パバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu / วัดพระบาทน้ำพุ)でのエイズ治療

谷口 恭    2007年6月

ここでは、私が2002年及び2004年にパバナプ寺のエイズ治療で学んだことをご紹介いたします。

1 antiretroviral treatment(ARV)について
2 pulmonary tuberculosisについて
3 pneumocystis carinii pneumonia(PCP)について
4 CNS 疾患について
5 エイズ特定23疾患
6 皮膚症状について
7 感想



 
1 antiretroviral treatment(ARV)について

1)抗HIV薬の支給について

 タイでは、2005年10月からNAPHA(National Access to Antiretroviral Programme for People Living with HIV/AIDS)と呼ばれる、HIV陽性者が抗ウイルス薬の治療を受けやすくなるプログラムが施行され、抗HIV薬が必要な人のほとんどに供給されるようになりましたが、パバナプ寺では2004年の3月頃からいち早く政府からの無償薬が比較的入手しやすい状況になりました。

 ただし供給されるのは抗HIV薬だけです。血液検査に伴う費用が政府から支給されるわけではありません。普通の病院なら医療保険を用いて検査ができますが、この施設は病院ではありませんし、そもそも医療保険に入っているような患者さんはおられません。

 そこでボランティアがお金を出し合って血液検査をおこなうことにしました。項目はCBC,一般生化学とCD4です。ウイルス量まで検査する金銭的余裕はありません。CD4の数値でARV適用の有無、使用開始後の効果判定の参考にし、CBCと生化学で抗HIV薬の副作用の出現に注意するようにします。

2)ARVの適用について

 ARVの適用は、CD4が200/mm3を切っており症状の強い症例を優先とします。ただし以下の点への注意は必要です。

① 生命予後が極めて短いことが予想される場合には用いない。
② 服薬を遵守できる。
③ 副作用を理解できる。
④ ARVによって治癒しない疾患(中枢神経疾患、MACなど)もあることを理解させる。
⑤ tuberculosisがコントロールされていること。

 これら5つの点をクリアできた症例のみの適用ということになります。

 抗HIV薬の組み合わせは下記のパターンがあります。私は日本で抗HIV薬のメニューを組んだ経験がありませんでしたし、同じくボランティアとして働いていたアメリカ人の医師もエイズ専門医ではありません。そこで、バンコクの病院からエイズ専門医を月に一度呼び、どの症例にどの抗HIV薬を使用するかをカンファレンスで話し合い決めるようにしました。

①EFV(400-800mg) + d4T(60-80mg) + 3TC(300mg)
②NVP(200-600mg) + d4T(60-80mg) + 3TC(300mg)
③EFV(600mg) + AZT(600mg) + 3TC(300mg)
④NVP(200-400mg) + AZT(600mg) + 3TC(300mg)
⑤ddI(250-400mg) + AZT(600mg) + 3TC(300mg)
⑥ddI(250-400mg) + D4T(60-80mg) +  3TC(300mg)

 タイでは他の薬剤と同様、抗HIV薬にも合剤があります。例えば、AZTと3TCの混合薬にはzilarvirと呼ばれるタイ国内で製造しているジェネリック品があります。


3)副作用について

 抗HIV薬の使用は簡単ではありません。投薬をすればその後の経過をしっかりとみる必要があります。エイズ専門医は月に一度しか来てくれませんから、できる限り自分の力で診断しなければなりません。抗HIV薬を投与して特に注意すべきなのは以下の点です。

①immunity reconstitution syndrome
 本来CD4やRNA量と合わせて診断すべきでしょうが、この施設では度々血液検査をするわけにはいきませんからこの病態には特に注意が必要です。特にCMV retinopathy、toxoplasmosis、cryptococcosisなどは、ARV開始数週間で出現することがあります。

②Stevens-Johnson syndrome
 HIV/AIDS患者の薬疹は非常に多く注意が必要です。SJSは、発症すればすぐに抗HIV薬を中止し、速やかにステロイドを大量投与する必要があります。ただし抗HIV薬以外の薬剤でもSJSを起こしうるので実際は原因薬剤不明のこともあります。この施設では、NVPがSJSを起こしやすいことが経験的に分かっていたため、NVPをEFVに変更することが何度かありました。尚、SJSのHIV/AIDS患者の発症率は、HIV(-)の人のおよそ500倍であると言われています。

Stevens-Johnson syndrome(原因薬剤不明)

③嘔吐
 抗HIV薬の投与後に嘔吐が始まれば難渋することが少なくありません。一般的な制吐剤であるmetoclopramideやdomperidoneが奏功するケースは半分もありません。granisetronを使用すると著効した患者さんがおられましたが、たしか1錠10ドル以上もするため実用的ではありませんでした。ステロイドを使うと嘔気が改善することがあるので末期には使用することもありました。

④肝機能障害
 NVPを用いると肝機能障害を起こすことがあります。またtuberculosisの治療を受けているときに肝機能障害が出現すれば、RIF/PZAを中止しSMに変更するようにしました。

⑤Depression
 これは多くの薬剤が原因で起こります。ARVのメニューにEFVが入っているときはこれを中止した症例があります。

⑥Anemia
 AZTが原因であることが多いといえます。他にbactrim, dapsone, prozac(タイでSSRIと言えばprozacです)などもよく起こします。vitamin B, folic acid, ironなどを投与します。


4)interesting findings

ARVを開始すると、それまで治療に難渋していた症状が改善したり、逆に新たな症状が出現したりすることがあります。ここでは私の経験した症例を紹介します。

①psoriasis
 教科書的には、HIV/AIDS患者のpsoriasisの発症率はHIV(-)と変わらないとなっていますが、パバナプ寺では5~10%程度の人にpsoriasisを認めました。外用だけではなかなか改善しません。ステロイドの内服もそれほど効果が得られることは少なく、またmethotrexateやciclosporinをCD4が低下している症例に投与するのも適切ではないと思われます。したがって治療に難渋することが多いのです。ところがARVを開始すると1週間程度で劇的に改善していくことがあります。

②arthritis
 エイズ患者さんは様々な痛みを訴えますが、ときに症状緩和に苦労するのがarthritisです。NSAIDsはほとんど効果がなくopioid系の薬剤の適用がないと思われる症例では、ARVを開始すると2日程度で劇的に緩和することがあります。尚opioid系の薬剤入手は簡単ではありません。

③cryptosporidiosis
 cryptosporidiosisは健常人であれば無治療でも数日間で改善します。特効薬のようなものはありません。エイズの場合おそらくCD4が100/mm3を切ったあたりから難治性になると思われます。ところがARVを開始すると劇的に治癒することがあります。

③cytomegalovirus(CMV)
 immunity reconstitution syndromeで最も高頻度に出現するのがCMV retinopathyです。発症すればgancyclovirを使用せざるを得ないのですが、非常に高価でボランティアのお金がないときには購入することができません。尚、CMV retinopathyにはgancyclovirを眼球に直接注射するという方法があるらしいのですが、私は眼球への注射の経験がなかったのでスタッフから依頼されても断っていました。ヨーロッパ人の看護師がよく注射をしていました。(彼女はヨーロッパで経験があると言っていました)


2 pulmonary tuberculosisについて

 パバナプ寺では採血もできなければレントゲンも撮影できません。細菌や真菌の培養もできなければもちろんPCRなどできるわけがありません。顕微鏡がないのでガフキーすらおこなえません。またツベルクリン反応はタイでは一般的ではないそうです。(ボランティアで来ている欧米諸国の医療従事者も同じことを言っていました。ツ反に頼るのは日本だけなのでしょうか・・・)

 HIV/AIDS患者さんのtuberculosis発症率は非常に高く、パバナプ寺の重症病棟でみれば陽性率はおそらく7割を超えると思われます。しかし医療従事者に対する感染予防は適切とは言えず、N-95のようなマスクをしているスタッフはいません。私は日本からN-95を持っていきましたが使うことはできませんでした。(医学的には不適切なのでしょうが、外国人は“When in Rome, do as the Romans do.”を心がけなければならないのです)

 因みに、これまでパバナプ寺で一年間以上継続して働いたボランティアのほとんどが実際にtuberculosisに罹患しているようです。

1) antitubercular drugの適用
 まず症状からtuberculosisを疑います。弛張熱や体重減少、下痢、寝汗などに注意します。なかには昼間はまったく何の症状もないという人もいますから、vital signの測定や問診を注意深くする必要があります。
 tuberculosisを疑えば、ciprofloxacinを3日間投与してみます。これで症状が改善すれば、そのままciprofloxacinのみを継続します。症状が改善した場合、tuberculosisだったのかどうか分かりませんが、この施設では従来からこの方法を採用しています。
 ciprofloxacinの3日間投与でまったく症状改善が認められない場合、antitubercular drugの適用と考えます。投与方法はWHOが推奨する標準的な方法です。タイでは通常どこの施設でもWHOの方式を採用しているようです。

2) antitubercular drugの投与
 まず症例をcategory1とcategory2に分けて考えます。
 category1は、施設内でtuberculosisを初めて発症した(と考えられる)症例です。category1では、INH,RIF,PZA,EMBを2ヶ月投与します。2ヶ月後tuberculosisを疑う喀痰が継続していれば、さらにこれらを3ヶ月投与します。この時点で喀痰が消失していればINH,RIFを4ヶ月投与して終了とします。喀痰が継続していると判断すれば、category2にうつります。
 タイにはこれら4剤(INH,RIF,PZA,EMB)の便利な合剤があり(Myrin-Pと呼ばれています)、体重ごとにカプセル数を使い分けるだけです。ですから標準的な体重であれば、1種類のカプセルを1日に4~5個内服するだけとなります。
 category2が適用となるのは、category1で効果が乏しかった症例と再発した症例です。INH,RIF,PZA,EMBにSMを加えこれを2ヶ月間投与します。その後INH,RIF,PZA,EMBを1ヶ月投与します。この時点で喀痰が消失していればINH,RIF、EMBを5ヶ月投与します。喀痰が継続していればこれら3剤の5ヶ月投与の前に、INH,RIF,PZA,EMBを2ヶ月追加します。尚、INF,RIF,EMBもMyrinと呼ばれる便利な合剤があります。

3) antitubercular drugの中止
 tuberculosisを疑ったすべての症例がantitubercular drugで奏功するわけではありません。いつまでも漠然と治療を継続するのは副作用の出現を待つだけとなるのでantitubercular drugを中止することも検討しなければなりません。
 antitubercular drugの奏功するtuberculosisであれば、早ければ数日間で熱型が改善してきます。もしも2週間たっても改善しなければ、症状と熱型からtuberculosisを強く疑っていても中止とします。またmycobacterium avium-intracellulare complex(MAC)に対してもantitubercular drugは無効です。MACは前医から診断がついて送られてくることもあるのですが効果的な治療薬は(私の知る限り)ありません。ARVを開始しても奏功することはほとんどありません。

4)extrapulmonary tuberculosis
 tuberculous cervical lymphadenitisやenteric tuberculosisの症例を数例経験しました。これらは前医で診断がついていることが多いのですが、antitubercular drugが著効するケースはそれほど多くありません。


3 pneumocystis carinii pneumonia(PCP)について

 日本ではPCPの診断にはCXR、胸部CT, βD glucan、KL-6、あるいはbronchofiberscopeで気管支洗浄液を採取する、といった方法でPCPの診断をつけることが多いと思われますが、パバナプ寺にはレントゲンすらありません。私は国内で診断がつくのが遅くなったPCPを何度か経験していたので、レントゲンすら撮影できない施設ではたして診断がつけられるのか、とかなり不安でしたが、意外なことに、ほとんどの症例でベッドサイドの診察だけで診断がつきました。

 PCPの診断は疑うことから始まります。CD4が200/mm3を切ると容易に発症しますし、重症病棟のおそらく3分の1くらいの患者さんはPCPを発症しています。ですから呼吸困難を訴えた症例の鑑別診断にまず上がるのが tuberculosisとPCPなのです。

 PCPでは呼吸困難が突然やってくるのが特徴です。SpO2も顕著に低下します。チアノーゼが出現することもあります。肺野にラ音が認められることはほとんどありません。喀端は白色の非特異的なものです。

 PCPを強く疑えば、trimethoprim 4-5mg/kg/8hrs及びsulfamethoxazole 25mg/mg/8hrsを最低21日間投与します。症状が強いときには治療開始時にステロイドを併用することもあります。サルファ剤にアレルギーのあるときは(これは少なくありません)、trimethoprim 5mg/kg/8hrs及びdapsone 100mg/dayを用います。しかしdapsoneも、ときに重症型の薬疹をきたすこともありこうなると難渋します。

 薬剤を投薬すれば、通常は2-3日で、長くても5日程度で症状が改善します。もし改善が認められなければmisdiagnosisであったと考えます。


4 CNS 疾患について

 日本では当たり前のように使えるCTやMRIはありません。また髄液検査もできません。そんななか、我々がおこなっていた中枢神経疾患についての診察と治療について述べたいと思います。

 まずベッドサイドで神経学的所見をとります。深部腱反射、項部硬直、眼球運動、瞳孔不同の有無、Babinski反射などはルーチンで診るようにします。

 診断がついてもつかなくても、耐え難い頭痛を訴えているときはtramadolを用います。日本ではtramadolは注射薬しかないと思いますが、タイでは錠剤が比較的簡単に入手できます。

 cerebral meningitisあるいはencephalitisが示唆され診断がつかないときはtoxoplasmosisを疑います。これはパバナプ寺ではtoxoplasmosisが高頻度にみられるからです。そしてtoxoplasmosisのテスト治療を開始します。まず、初日にpyrimethamine 25mg 4錠を分4で投与し、sulfadiazine 500mg 8-12錠を分4で投与します。翌日からは、pyrimethamineの量を半分にします。sulfadiazineにアレルギーがあれば、代わりに CLDM150mg を4錠分4で投与します。あるいは、DOXY100mg(2錠分2)やdapsone 100mg(1錠分1)にすることもあります。 HIV陽性の人は、sulfadiazineにアレルギーがあることが多いのですが、toxoplasmosisの治療にはできる限りsulfadiazineを優先して使います。sulfadiazineを使えば2,3日で症状が劇的に改善するからです。私は一度、sulfadiazineにアレルギーのある症例に対して、ステロイドを点滴しながらsulfadiazineを投与する治療をおこないました。これは、以前パバナプ寺で医療ボランティアをしていたベルギー人の医師に電話でアドバイスをもらいながらおこない、結果的には上手くいったのですが、薬疹の出現あるいはステロイドの副作用の出現に常に注意していなければなりませんでした。sulfadiazineを使わなければtoxoplasmosisという診断が正しいとしても、症状改善までに1週間程度かかることもあります。これらの治療で症状が改善しなければtoxoplasmosisという診断はmisdiagnosisであったと判断します。 

 パバナプ寺で、toxoplasmosisに次いで頻度の高い中心神経疾患は、cryptococcosisです。cryptococcosisが疑われるのは、(理由は分かりませんが)頭痛が側頭部に強いとき、特有の皮膚症状のあるとき、けいれんや麻痺が左右対称に表れるときなどです。cryptococcosisを疑えば、fluconazole を200mg 2CP分2で6-10週、その後、症状をみながら fluconazole 200mg 1CP分1に減量していきます。重症時は、fluconazole 200mg 3CP分3を5日間投与し、その後2CP分2に戻します。

 toxoplasmosis, cryptococcosisに次いで多い中枢神経疾患がtuberculous meningitisです。それ以外に私が経験したのは、encephalic lymphoma、HIV encephalopathy、progressive multifocal leukoencephalopathy (PML) などです。


5 エイズ特定23疾患

 私が始めてパバナプ寺を訪問した2002年には、まだARVがおこなわれていませんでしたし、2004年の時点でも投薬開始が遅すぎた患者さんが多く、その結果様々なエイズ合併症を経験することになりました。現在は以前に比べると早期から治療が開始できるケースが増えてきたので病棟で遭遇する合併症も少なくなってきています。
 参考までに、青色で表示しているものが特定23疾患のなかで私が経験した合併症です。このなかには、診断がついて他院から送られてきた症例も含まれます。salmonellosisやisosporiasisは発症していたとしても診断する術がなく、実際にはこれらを発症した患者さんもおられたかもしれません。

A Mycosis
Candidiasis, Cryptococcosis, Coccidioidomycosis, Histoplasmosis, Pneumocystis Carinii Pneumonia (PCP)

B Protozoiasis
Toxoplasmosis, Cryptosporidiosis, Isosporiasis

C Bacterial infection
Pyogenic bacterila infection, Salmonellosis, Active tuberculosis, Nontuberculous Mycobacteria

D viral infection
Cytomegalovirus infection, Herpes Simplex, Progressive multifocal leukoencephalopathy (PML) 

E Malignant tumor
Kaposi‘s sarcoma, Primary encephalic lymphoma, Invasive Carcinoma of the Uterine Cervix

F Others
Palindromic pneumonia, Lymphogenous interstitial pneumonia, HIV encephalopathy, HIV wastingsyndrome

 エイズの合併症として有名なKaposi’s sarcomaを私は経験することができませんでした。Kaposi’s sarcomaはパバナプ寺の16年の歴史のなかでもまだ3例しかないようです。この理由はKaposi’s sarcomaの疫学的な特徴と関係があります。
 HHV-8が原因とされているKaposi’s sarcomaは、欧米諸国であればゲイ以外が発症することは稀だと言われています。一方、アフリカではヘテロでも子供でもみられるそうです。そしてタイを含む東南アジアではゲイの間でもほとんど発症しないそうです。これはHHV-8の存在する地域に偏りがあるためではないかとみる医師もいます。
 Kaposi’s sarcomaはARVの普及で世界的に減少傾向にあると言われていますが、現在でもエイズの合併症としての悪性新生物のなかでは最多です。直接の死因になることは少ないと言われていますが、pleuropulmonary Kaposi‘s sarcomaを発症すれば予後不良であるようです。


6 皮膚症状について

1)皮膚疾患総論

 私が経験した皮膚症状を『AIDS and Other Manifestations of HIV Infection (4th edition)』に記載されている疾患と対比すると以下のようになります。(青色で表示しているのが私が経験した疾患です。(primary HIV infectionに伴う皮膚疾患は除外してあります)

A Noninfectious Disease
Seborrheic Dermatitis, Psoriasis, Xeroderma, Cutaneous Adverse Drug Reactions, Fat Redistribution Syndrome, Photosensitivity Disorders, Aphthous Ulcers, Granuloma Annulare, Vasculitis, Nail Disorders, HIV-Associated Pruritus, Pruritic Papular Eruptions, Eosinophilic Pustular Folliculitis

B Arthropod Infestation
Insect Bite Reactions, Scabies

C Bacterial Infections
Cutaneous Pyoderma, Bacillary Angiomatosis, Mycobacterial Infections, Syphilis

D Fungal Infections
Candidiasis, Dermatophytosis, Onychomycosis, Cryptococcosis, Histoplasmosis, Penicilliosis, Coccidioidomycosis, Sporotrichosis

E Other Opportunistic Infections
Pneumocystosis, Amebiasis

F Viral Infections
Human Papilloma Virus Infection, Molluscum Contagiosum, Oral Hairy Leukoplakia, Herpes SimplexVirus, Herpes Zoster, Cytomegalovirus

G Malignant Neoplasms
Kaposi's Sarcoma, Epidermal Skin Cancer, Melanoma, Cutaneous Lymphoma

 私がパバナプ寺で経験した皮膚疾患のトップ3はPPE、black syndrome、scabiesです。その次に来るのがcandidaやSTIsです。まずはこれらをご紹介いたします。

1)PPE(Pruritic Papular Eruptions)
 PPEという診断は国内の一般皮膚科診察時にはあまりなされませんが、エイズの皮膚症状ではもっとも高頻度に出現するものの1つです。一般的には、「HIV/AIDS患者における臨床的に同じような像を呈する疾患の総称」と言えるかもしれません。PPEの定義としては、insect biteや EPF( Eosinophilic Pustular Folliculitis)の初期も含むということになっています。

 PPEは症例にもよりますが、重症例では難治性の掻痒を伴います。strongest classのステロイド外用に加え、多くの症例でステロイド内服が必要となります。

2)Black Syndrome
 Black Syndromeという名称は、(私の知る限り)皮膚科の教科書に記載がありません。エイズ末期になると、xerodermaが高度になり全身が黒くなってくることから、パバナプ寺ではこのように呼ばれています。ステロイドは外用だけではほとんど効果がなく、内服が不可欠となることがほとんどです。

3)scabies
 scabiesはスタッフを介して容易に他の患者さんに感染する可能性がありますから、早期発見・早期治療が重要です。スタッフは非常に丁寧な介護をおこなっていますからそれほど多く発生するとは思えないのですが、実際には頻繁に発症しています。この理由として2つが考えられます。ひとつは、新しい患者さんが以前の施設からもってくる場合です。もうひとつは、確証はできませんが、おそらくdog scabiesが感染しているのではないかと考えられます。パバナプ寺では重症病棟にさえも犬が自由に出入りしています。(私は以前dog scabiesがヒトに感染することはないと考えていて、拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』にはそのように記載しましたがこれは誤りです。)

 dog scabiesがヒトに感染した場合、二次的にヒトに感染することはありませんが、human scabiesかdog scabiesかを識別することはできず、dog scabiesに感染していたとしてもhuman scabiesと同じ治療をおこないます。

 治療は、日本では、γBHCの外用、あるいはivermectinの内服をおこないますが、パバナプ寺ではbenzyl benzoateを用います。首から下全身に3日間塗布し4日間休薬するコースを2クールおこないます。


4) candidiasis
 施設内には顕微鏡がありませんから、candidiasisは肉眼所見で診察します。口腔内の白苔をみれば疑います。また咽頭痛を訴える患者さんのなかには口腔内でははっきりしていなくても咽頭の奥に白苔が認められることもあります。さらに嚥下困難があればesophageal candidiasisを疑います。口腔内の鑑別診断として、oral hairy leukoplakia、oral aphtha, herpes simplexなどがあります。

candidiasisの治療は、thrushのみであれば、clotrimazole 4錠分4を投与し、改善しなければfluconazole 100~200mgを投与します。esophageal candidiasisが疑われるときは、nystatin liquid か fluconazole liquidを使用し、同時にfluconazole 400mg(分2)を投与します。

 candidiasisの出現が重要な意味をもつのは、エイズの進行度合いを推測できるからです。パバナプ寺ではボランティアがお金を出し合って血液検査をおこなっておりそんなに頻回にはできません。candidiasisが出現すればCD4が200/mm3を切ったと考え、PCPの予防にbactrim 1錠を予防投与することがあります。

5)sexually transmitted infection(STIs)

 パバナプ寺内でよく遭遇するSTIsが、genital herpes, condyloma acuminate, syphilisです。これらはいずれも再発するのが特徴のSTIsです。

 genital herpesは、日本でみるものよりも症状が激しいのが特徴です。症例によっては、壊疽性膿皮症あるいは悪性腫瘍を思わせるようなものもあります。

パバナプ寺でのgenital herpesの治療は、日本でおこなわれている標準的な治療よりも薬剤を大量に使います。日本ではacyclovirを1日に1000mg使用するのが標準的ですが、パバナプ寺では1日の投与量が3000-4000mgとなります。

 syphilisは、papular syphilid, flat condyloma, alopeciaなどの症状を呈します。

 タイでの治療は日本の標準的なものと異なります。まず、benzatine penicillin 0.3ccを筋注し、同日にdexamethasone 1ccとprocaine penicillin 100万単位を筋注します。ステロイドを併用するのはJarisch-Herxheimer反応を予防するためと思われます。その後、週に3回のペースで procaine penicillin 240万単位を筋注(120万単位ずつ両側臀部)します。neural syphilisが疑われる症例に対しては、procaine penicillin 240万単位に加え、probenecid 2g/日を10-14日毎日投与します。

 condyloma acuminataにもよく遭遇します。パバナプ寺には、電気メスも液体窒素もありません。現在はタイで使用されているimiquimodも私がバパナプ寺にいた当時はありませんでしたから、podophyllinを週に3回程度の割合で塗布して治療していました。

6)penicilliosis

 日本ではあまり経験しない皮膚疾患にpenicilliosisがあります。この疾患は日本ではあまり馴染みがないですが、東南アジアと南中国ではエイズ合併症のなかで3番目に多い日和見感染と言われています。原因となる真菌は、P. marneffeiです。CD4が50/mm3以下となると出現することが多く、発熱、貧血、体重減少、リンパ節腫脹、肝肥大、消化器症状、呼吸器症状などが現れます。

 皮膚症状はおよそ75%に認め、顔面、耳介、上腕、上半身に臍窩形成した丘疹が現れ陰部潰瘍や口腔内症状を伴うこともあります。symmetricalに出現しますが、(後に述べる)cryptococcosisに比べると多彩な皮膚症状を呈します。出血や壊死を伴うこともあります。

 治療はitraconazole 200mgを分2で投与します。再発が多いので長期投与しなければなりません。重症例にはamphotericin B 0.6 - 1mg/kgを使用することもあります。

7)cryptococcosis
 cryptococcosisの皮膚症状は、顔面・頚部に好発する臍窩形成した丘疹・結節が特徴です。中心部に血痂が付着することもあります。penicilliosisと同様、symmetricalとなることが多いのですが、penicilliosisのような出血や壊死は少なく、一見molluscum contagiosumに似ているような印象があります。治療は、fluconazole、itraconazoleを基本に、重症例にはamphotericin Bを用います。



7 感想

 パバナプ寺では最近は比較的早期からARVを開始されることが多く、重篤な合併症が発症することは以前に比べて少なくなってきています。2004年の夏、私は1ヶ月間医療行為に携わりましたが、ちょうどこの頃がARV導入の移行期で、治療に難渋していた症状がARVの導入で劇的に改善したケース、退院できたケース(ARV導入前は退院はあり得ませんでした)、または不幸なことにARV開始が間に合わなかったケース、など様々な症例を経験することができました。この頃の生活は、重症病棟(36人)を毎日診察し、中等症から軽症の症例を2~5日に一度程度の間隔で診察、それに毎日2~3人の新患がありましたから、日本でエイズをほとんど経験したことのなかった私にとっては、かなり難易度の高い診療となりました。幸なことに、2002年はベルギー人のDr.Yves、2004年にはアメリカ人のDr.Janeが指導をしてくださり、また経験豊富なタイ人の看護師、さらに世界中から集まっているボランティアのおかげで非常に多くのことを学ぶことができました。患者さんに貢献したくて赴いたパバナプ寺ですが、結果としては私自身が多くを学ばせてもらうことになりました。

 私が学んだふたりの医師はいずれもエイズ専門医ではなく、general physician(≒プライマリケア医≒総合診療科医≒家庭医)でした。内科的診察だけでなく、皮膚科、婦人科、眼科、耳鼻科、または精神科など広い領域に渡り幅広い知識と技術を持っているふたりの姿に深い感銘を受け、私は2004年の帰国後、general physicianを目指すために大学の総合診療科の門を叩きました。

 私は現在もパバナプ寺に定期的に訪問するようにしています。タイは新規HIV感染者が減少しつつあり、他国に比べると抗HIV薬が入手しやすい状況にあるのは事実ですが、それでも問題は解決したわけではありません。パバナプ寺への入所希望者が後を絶たない最大の理由は、家族や社会がエイズを受け入れない現実があるからです。これは以前に比べると社会全体でみれば改善してきているのですが、すべての人が社会から受け入れられているわけではないのです。

 私は今後もパバナプ寺、そしてタイ国におけるHIV/AIDSの諸問題にコミットしていくつもりです。

注釈: 写真にWWW.AIDS-HOSPICE.COMと入っているものはすべて同サイトからの提供です。同サイトとは相互リンクを貼っています。(http://www.AIDS-HOSPICE.com)

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