タイのIndependent Sex Workersについて

谷口 恭     2006年10月

目 次

1 背景
2 方法
3 結果
4 結論
5 参考 フリーの売春婦の性に対するモラルについて ―大学生との比較―


 
1 背景

 日本、韓国、シンガポールなど、例外はあるものの、概ねいわゆる先進国ではHIVの新規感染が減少してきていると言われています。ところが、全体ではそうであったとしても感染の内訳をみると、先進国に共通したある問題が浮き彫りになってきます。

 その問題とは、「海外での異性間性交渉による新規感染の増加」です。
 
 例えば、「British Medical Journal」という医学専門誌の2004年3月号に掲載された「Sex, Sun, Sea, and STIs」というタイトルの論文によりますと、2000年から2002年の間で、イギリスの国籍を持つ異性愛者でHIVに感染した男性の69%は海外での性交渉によるものです。そして、海外ではタイが最も多く、全体の22%に相当します。

 海外で(特にタイで)異性間性交渉によるHIV感染の増加は、ときおりメディアでも報道されています。


    ●オーストラリア北部のHIV新規感染者の大半が、タイやベトナム、フィリピンといった東南アジアで売春行為をおこなった結果によるものである。(2006年9月3日、NEWS.COM.AU)
    ●フィンランドでは2006年のHIV新規感染者が現時点で117人を記録し、同国の厚生省は最終的に170人にのぼるとみている。2001年の感染者は53人であることを考えると、急激に感染者が増加していることになる。フィンランドの新規感染者のうち4人に3人は性交渉によるもので、最も多いのが40歳前後の異性愛者である。そしてその多くが海外での売春行為による感染で、なかでも「タイでの売春行為が問題だ」、とフィンランド政府が公式に発表した。(2006年9月7日号Helsingin Sanomat(International edition)
   ● イングランドの北西部では2005年にHIV/AIDSの新規発見者が14%も増加していたことが分かった。感染ルート別でみると、異性間の性交渉によるものが急激に増加しており、特に海外での感染が問題視されている。(2006年9月5日BBC  NEWS(Website版)
    ●マレーシアのケランタン州知事が、「ケランタンで感染者が多いのは、地理がタイに近いからであり、タイに売春目的で渡航する男性がHIVに感染し、その後妻に感染させていることが問題である」、と指摘している。(2006年1月30日号 The  Nation)
    ●最近HIV感染が急増しているイギリス領ジャージー島では、新規感染の50%がイギリス内、30%が西ヨーロッパ内、そして20%がタイでの感染である。(2006年9月22日BBC NEWS(website版)


 これらの情報で、イングランド北西部のもの以外は、すべて「タイ」という国名を挙げて海外での売春行為が問題であるとしています。

 では、「タイの売春婦」には他国では見られない特徴があるのでしょうか。

 前述の「British Medical Journal」の論文では、ドイツ人のタイでのコンドーム使用率はわずか3~4割しかない、というデータを掲載しています。

 これは簡単には理解しがたいことです。マッサージパーラー(日本でいうソープランド)や置屋といった風俗店で、コンドームを使用しない性交渉がおこなわれているなどということは考えにくいからです。それに、タイは「100%コンドーム・キャンペーン」を成功させたことで有名です。実際、ほとんどの風俗店にコンドームが置かれていると言われています。小学生にも「コンドーム膨らませ大会」などをさせるくらいコンドームが身近にあるこの国で、コンドームを使用しない性交渉をおこなう者が多いなどということは信じがたいことです。
 
 「British Medical Journal」のこの論文で、西洋人がタイでコンドームを使用しない理由を、売春婦を売春婦と見ずに「親密な友達(intimate friends)」と考えていることが問題であると指摘しています。

 しかしながら、これもにわかには信じることができません。風俗店に入って、その女性を売春婦ではなく、「親密な友達」とみることなどあるのでしょうか。

 タイには、風俗店で勤務する売春婦以外に、バーやレストラン、コーヒーショップ、ホテルのロビー、ストリートなどで客をとるフリーの売春婦(Independent Sex Workers)が大勢います。

 西洋人が「親密な友達」とみるのは風俗店に勤務する売春婦ではなく、フリーの売春婦ではないか、GINAはそのように考えて、彼女たちに対する調査をおこないました。




2 方法

 GINAが4人のタイ女性を雇い、実際にフリーの売春婦200人に聞き取り調査をおこないました。対象となった売春婦は、バンコク、パタヤ、プーケットのバーやレストランで外国人をターゲットにしているフリーの売春婦です。

 調査方法は、タイ語で質問事項を記載したアンケート用紙を用いました。質問は27問で、ほとんどが選択式ですが、一部自由記述の欄も設けています。
 
 質問内容は、かなりプライベートなことまで聞いていますので、どれだけ正確に記載してくれたかは分かりませんが、GINAのスタッフはできる限りプライバシーに配慮して尋ねるようにしました。


3 結果

A. フリーセックスワーカーのプロフィール

1) 年齢


 有効回答数は200人。平均年齢は29.2歳。20代未満が4人、20代が119人、30代が60人、40代が15人、50代も2人いました。50代のふたりは、平均すると一週間にひとり程度の顧客しかとっていませんが、売春行為が貴重な収入源になっているそうです。

グラフ1 フリーの売春婦の年齢

2)未婚・既婚

 有効回答数は200人。100人が未婚(50%)、既婚が67人(33.5%)、離婚者が33人(16.5%)でした。既婚者が多く、全体の3分の1を超えていることに驚きます。

グラフ2 フリーの売春婦の婚姻状態

3) 子供

 有効回答数は195人。子供がいる者が130人、いない者が65人です。3人に2人は子供がいるということになります。既婚者と離婚者をあわせても100人にしかなりませんから、いかに未婚の母が多いかということが分かります。

グラフ3 フリーの売春婦の子供の有無

4) 出身地

 バンコクを含む中央部が27人、北部が39人、南部が11人、東部が5人、そして予想通りイサーン(東北部)が118人と、およそ6割がイサーン地方出身でした。

グラフ4 フリーの売春婦の出身地

 ここで、人口比及び一人当たりのGDP(GRP)と比較してみましょう。
 人口比(%)SWの割合(%)一人あたりのGDP(バーツ)
北部18.819.552,860
イサーン33.859.033,903
中央部28.013.5170,147
東部6.12.5250,004
南部13.35.578,684
表1 タイの地域別の人口、売春婦の数、一人当たりのGDP
注)1人あたりのGDPは、Thailand's state economic-planning agencyのNESDB National Economic and Social Development Boardが公表している2005年のデータ

 人口比と比較したときに、イサーン出身者が圧倒的に多いことが分かります。そしてイサーン地方では、一人当たりのGDPが33,903バーツ(約10万円)しかありません。要するに「貧困」が売春につながっているということです。

 他の地域をみてみると、イサーンと同様、以前は貧困が深刻な状態であると言われていた北部では、人口比とセックスワーカーの割合がほとんど同じとなっています。これは、イサーンが以前と変わらず貧しい状態にあるのに対し、北部ではここ5年から10年で経済状態がよくなったことと関係しているのかもしれません。ただ、1人あたりのGDPは依然、52,860バーツ(約16万円)しかありません。

 タイのなかで裕福な地域とされている中央部及び東部では人口比に対するセックスワーカーの比率が少なくなっています。尚、中央部の一人当たりのGDPは、17万バーツとなっていますが、これをバンコク及びその周辺県だけでみると、276,027バーツ(約83万円)となります。

5) 恋人の有無

 現在結婚していない者(未婚者+離婚者)133人のうち、恋人がいると回答したのが51人(38%)、いないと回答したのが82人(62%)でした。結婚している者が67人ですから、これに未婚で恋人がいる者51人を加えると118人(59%)となり、およそ6割の売春婦は特定のパートナーがいるのにもかかわらず売春行為をおこなっているということになります。

グラフ5 フリーの売春婦の恋人の有無

 未婚で恋人がいると答えた51人にはその恋人の国籍を尋ねています。タイ人が14人、西洋人が32人、日本人は6人、その他が5人となりました。これらの合計は51人を超えますが、これは、一部の回答者が複数回答しているからです。例えば、タイ人の恋人と西洋人の恋人がいるという答えや、西洋人と日本人という答えもありました。また、その他については中国人と答えたのがひとりで、残りは「気にしない」(バンコク勤務ナコンサワン県出身33歳)、「忘れた」(バンコク勤務パッタニー県出身18歳)、「世界中に恋人がいる」(プーケット勤務ランパーン県出身25歳)、「まだ聞いていない」(バンコク勤務チェンライ県出身25歳)、となっていました。

6) 勤務地域

 今回協力が得られたフリーの売春婦は、バンコクが161人、パタヤが23人、プーケットが17人です。200人のなかで、マッサージパーラーやゴーゴーバーでも働いており、そういった本来の(?)職場以外でも、顧客を求めている女性が65人、そういった風俗店には所属せずに完全にフリーの売春婦が135人でした。

B. フリーセックスワーカーの売春の実態

1) 一週間の顧客数


 有効回答数194人。7人以上と回答したのが14人(7.2%)、4人から6人が60人(31%)、2人から3人が72人(37%)、1人以下が48人(25%)でした。3人に2人以上が、1週間に2人から6人の顧客をとっていることになります。

グラフ6 フリーの売春婦の一週間あたりの顧客数


2) 売春行為にコンドームを使うか

 この質問では、コンドームの使用頻度を、「いつも使う」(100%)、「だいたい使う」(70-99%)、「ときどき使う」(40-69%)、「あまり使わない」(1-39%)、「まったく使わない」(0%)の5段階で尋ねています。

A 腟性交の場合

 有効回答数200人。「必ず使う」が150人(75%)、「だいたい使う」が11人(5.5%)、「ときどき使う」が34人(17%)、「あまり使わない」が3人(1.5%)、「まったく使わない」が2人(1%)という結果になりました。

グラフ7 フリーの売春婦のコンドーム使用率(腟性交の場合)

Bオーラルセックス(フェラチオ)の場合

 有効回答数193人。「フェラチオはしない」が37人(19.2%)、「必ず使う」が73人(38%)、「だいたい使う」が8%(4.1%)、「ときどき使う」が46人(24%)、「あまり使わない」が22人(11%)、「まったく使わない」が7人(3.6%)となりました。

グラフ8 コンドーム使用率(オーラルセックスの場合)

 90年代の半ば、タイが「100%コンドーム・キャンペーン」に力を入れていた頃のセックスワーカーのコンドーム使用率は95%以上と言われていました。2006年9月9日のBangkok Postの記事では、90%にまで落ちてきているというコメントが載せられていましたが、その数字と比べても、今回のデータの75%は少ないように思います。風俗店の場合、店側がコンドームを用意していますが、フリーの売春婦の場合は自分で、もしくは顧客に用意してもらう必要があるため、それだけ使用率は下がるのでしょう。

 しかしながら、この数字は、UNAIDSが2006年のレポートで発表した、北タイの売春婦のコンドーム使用率が51%というデータよりは大幅に高いと言えましょう。

 次に、オーラルセックス(フェラチオ)でのコンドーム使用率ですが、これは「オーラルセックスをしない」と「常にコンドームを使用する」を合わせると、57%となります。日本の風俗店ではオーラルセックスでコンドームを用いないことが多いようですから、日本よりもタイのフリーの売春婦の方が感染予防の知識が高いということになるかもしれません。

 また、調査結果のなかに、「フェラチオが好きなのは日本人。ファラン(西洋人)は人による。インド人やアラブ人はフェラチオを求めてこない」(バンコク勤務ウドンタニ県出身24歳)、という回答もありましたから、フェラチオの嗜好性に国民の違いがあるのかもしれません。

 「コンドームを使用しない」、と答えた売春婦にはその理由を尋ねています(複数回答可)。回答者は126人です。「常にコンドームを使用する」と答えたのが75%なのに、この設問に回答している者が全体の50%を超えるのは、「現在は常に使うが以前は使っていなかった。あるいは常に使うのだがたまたま使えないときがあった」という状況であろうと思われます。

グラフ9 コンドームを使用しない理由

 やはり回答で最も多いのが「顧客がコンドームの使用を拒否する」です。ついで、「コンドームを使うと気持ちがよくない」という回答が多いのですが、売春行為で快楽を求めているということは興味深いと言えましょう。三番目に多いのが「装着するときにムードが壊れる」です。「気持ちがよくない」と「ムードが壊れる」という回答を考えると、外国人の顧客だけでなく、フリーの売春婦自身も「親密な友達(intimate friends)」を求めているのかもしれません。

 その他で、具体的な理由を書いてくれた回答者が何人かありました。この理由が大きくふたつに分かれ、ひとつが「コンドームを使わなければお金をたくさんもらえるから」(バンコク勤務ノーンカイ県出身20歳)というものです。もうひとつは、「お客さんとは長いつきあいだから」(バンコク勤務コーンケン県出身39歳)のような意見です。
 
 風俗店に勤務するセックスワーカーなら、通常は店に置いてあるコンドームを使うことができます。では、フリーのセックスワーカーはコンドームを所持しているのでしょうか。

 この質問については有効回答数199人。「いつも所持している」が104人(52%)、「だいたい所持している」が12人(6%)、「ときどき所持している」が27人(14%)、「めったに所持しない」が22人(11%)、「所持しない」が34人(17%)となりました。

グラフ10 コンドームを所持しているか


3) 性感染症に罹患したことがあるか

 有効回答数が165人と最も回答率の低いのがこの設問でした。何らかの性感染症に罹患したことがあると答えた者が65人、ないと答えた者が100人でした。内訳をみると、HIVが1人、B型肝炎が5人、腟カンジダ症が15人、腟トリコモナスが49人でした。

 日本では最も多いクラミジアが0人、淋病が0人でした。これについて、GINAのタイスタッフのひとりは、「タイではクラミジアなんていう病気を知っている売春婦はほとんどいない。症状もほとんど出ないことから考えると実際に感染している女性は少なくないと思われる。淋病も症状がでなければ本人は気付かないから実際は感染している者もいるに違いない」、と言います。

 今回の設問全27問のうちで、おそらくこの設問に対する回答が最も信憑性が低いのではないかと思われます。同世代の女性が差し出したアンケート用紙に「性感染症に罹患したことがあるか」と聞かれて、あったとしてもなかなか正直には回答できないのかもしれません。

 次に、「性感染症の罹患率」と「一週間の顧客数」の関係を見てみましょう。
グラフ11-aは、今回GINAが調査したフリーの売春婦のものです。縦軸が性感染症に罹患したことがあるかどうか、横軸が一週間の顧客数です。

グラフ11-a タイのフリーの売春婦の顧客数と性感染症罹患率の関係

 1週間に7人以上の顧客をとっている売春婦では、58%が「性感染症に罹患したことがある」と答えており、これは理解できることです。売春の回数が増えれば増えるほど、それだけ性感染症に罹患するリスクも増えるからです。

 ところが、1週間の顧客数が6人以下の場合、顧客数が多ければ多いほど、性感染症に罹患した経験が少なくなっているのです。これはにわかには理解しがたいことです。ここで、グラフ11-bを参照してみてください。これは、第15回国際エイズ会議で発表された、サンクトペテルブルグの売春婦の顧客数とHIVの罹患率の関係を示したグラフです。このグラフは、顧客数が増えれば増えるほどそれだけHIVの感染率が高くなるということを示しており、この結果は容易に理解できます。

グラフ11-b サンクトペテルブルグの売春婦の顧客数とHIV罹患率の関係
(Source: T.smolakaya,et al. XV International AIDS Conference, 11-16 July 2004. Abstract No.THOrC1371)

 では、なぜ、GINAが調査をおこなったタイのフリーの売春婦では、「顧客数が少ないほど性感染症の罹患率が高い」、という一見理解しがたい結果がでたのでしょうか。

 おそらく、その理由のひとつが、「ひとりの顧客と親密な付き合いをする」ということだと思われます。

 今回調査対象とした、バンコク、パタヤ、プーケットはいずれもリゾート地で長期滞在者が少なくありません。バンコクをリゾート地というには無理があるかもしれませんが、実際にバンコクに当てもなく長期滞在している外国人は少なくありません。

 長期滞在している外国人のなかには、特定の売春婦と長時間行動を共にする者も大勢います。パタヤを拠点に活動している20代のあるセックスワーカーはこのようにコメントしています。

 「あたしはひとりの客と何日も過ごすのが好きなの。だってその方が安全だし楽しいんだもん。先週は金払いのいい日本人が、一週間連続で毎日3000バーツ(約9千円)もくれたのよ」

 たしかにこの女性が言うように、金払いがよくて安全な顧客と毎日過ごす方が効率はいいでしょう。ただし、「安全な」というのは、暴力をふるわれたり金品を盗まれたりしない、という意味です。

 性感染症という観点から考えれば、このように親密な関係になるのはむしろ危険と言えるでしょう。何日もの時間を過ごすうちに、情がわいてきて、ついついコンドームを使わないようになるかもしれないからです。これが、「親密な友達(intimate friend)」ということなのかもしれません。


4) 性感染症の検査を受けているか

 定期的な性感染症の検査を受けているかという質問に対する有効回答数は198人。「月に一度以上受けている」が21人(11%)、「2,3ヶ月に一度受けている」が89人(45%)、「年に1,2回受けている」が74人(37%)、「受けたことがない」が14人(7%)でした。

グラフ12 性感染症の定期的な検査を受けているか

 この数字を見れば、積極的に性感染症の定期的な検査を受けている者は少なくない、ということになるでしょう。

 しかし、200人のうち、65人はマッサージパーラーやゴーゴーバーでも働いているという背景があります。通常、こういった風俗店では最低でも3ヶ月に一度は性感染症の検査を義務づけているそうです。

 では、風俗店には所属していない完全にフリーの売春婦でみてみると、「月に一度以上」は0%、「2,3ヶ月に一度」が34%、「年に1,2度」が55%、「受けたことがない」が11%ということになります。しかも、この質問は、本来、症状のないときに「検査」目的で受診しているかどうかを聞きたかったのですが、結果としては、何か症状が出現してから「治療」目的で受診した者も含まれてしまったため、純粋に「検査」目的でどれだけの者が受診しているのかが分かりませんでした。この調査の問題点のひとつです。

グラフ13 完全にフリーの売春婦の性感染症の検査の頻度


5) どんなセックスをしているか

 腟性交、オーラルセックス、アナルセックスのうち、どれをしているか(複数回答可)を尋ねています。回答者は199人。「腟性交のみ」が185人(93%)、「腟性交+オーラルセックス」が5人(2.5%)、「オーラルセックスのみ」が5人(2.5%)、「腟性交+アナルセックス」が1人(0.5%)、「腟性交+オーラルセックス+アナルセックス」が3人(1.5%)となりました。


6) コンドームなしのセックスの強要

 コンドームを用いないセックス(腟性交)を強要されたことがあるか、という質問です。有効回答数は191人。「ある」と答えたのが129人(68%)、「ない」と答えたのが62人(32%)です。

グラフ14 コンドームを用いない性交渉(腟性交)を強要されたことがあるか

 次は、コンドームを用いないオーラルセックス(フェラチオ)を強要されたことがあるか、という質問です。有効回答数193人。「ある」が131人(68%)、「ない」が62人(32%)です。


グラフ15 コンドームを用いないフェラチオを強要されたことがあるか

 腟性交、オーラルセックスとも、3人に2人が強要されたことがある、と答えています。この数字からも、フリーの売春婦という仕事がどれだけ危険かということが分かります。
 
7) 収入
 
 彼女たちの月収について尋ねています。有効回答数は193人。平均はおよそ1万7千バーツ(約5万円)ですが、差は少なくなく、月収が5千バーツ未満(約1万5千円以下)と答えたものが13人(7%)だったのに対し、5万バーツ以上(約15万円以上)と答えた者が11人(6%)いました。

 タイの大卒の初任給が1万から2万バーツ程度ですから、彼女たちの平均月収は決して低くないと言えます。今回の調査では、彼女たちの最終学歴を聞いていませんが、セックスワーカーのなかには小学校しか卒業していない者も少なくなく(義務教育は中学までですが貧困から中学に行けないことが珍しくないのです)、最終学歴が小学校、あるいは中学を卒業していたとしても、そういった女性が売春以外で働けるようなところ、例えば単純作業の工場やレストランのウエイトレスなどでは、せいぜい5千から6千バーツが相場だと言われています。そういったことから考えても、貧困が売春の原因になっていると言えるでしょう。

グラフ16 フリーの売春婦の月収

 今回の調査では質問していませんが、彼女たちのなかには顧客から携帯電話や服などを買ってもらう者も少なくありません。「売春婦にプレゼントなんてどうして・・・」と疑問に思えますが、彼女たちが顧客にとって「親密な友達(intimate friends)」になっている場合はプレゼントも珍しくないのです。

 ここで、タイの経済学について試算をしてみましょう。仮にタイ全域の売春婦の月給が平均1万7千バーツとして、タイ全域に30万人の売春婦がいると仮定すると(実際はもっと多いという説もありますが)、合計51億バーツ(約150億円)となります。これに12をかけて年収ベースで計算すると、612億バーツ(約1840億円)となり、タイのGDPがおよそ7兆バーツですから、彼女たちの収入はGDPのおよそ0.9%に相当するということになります。

C フリー・セックスワーカーの意識

1) どこの国の顧客が好きか


 有効回答数199人。回答は複数回答です。最も多いのが西洋人で154人です。彼女たちの大半は、「コン・タイ(タイ人)」「コン・ファラン(西洋人)」「コン・イープン(日本人)」などの表現を使いますから、西洋人を細かく分けて聞くことはしていません。2位が日本人の26人で、西洋人に比べると大幅に少ないと言えます。最近、バンコクやパタヤに買春目的で旅行する日本人が増えているようですが、そんな日本人たちは必ずしも彼女らから好んで受け入れられているわけではないということを示しています。

グラフ17 どこの国の顧客が好きか


2) 顧客を恋人にしてもよいか

 有効回答数197人。「イエス」と答えたのが152人で77%、「ノー」と答えたのが45人で23%です。

グラフ18 顧客を恋人にしてよもよいか


3) 顧客と結婚してもよいか

 有効回答数197人。「イエス」と答えたのが161人で82%、「ノー」と答えたのが36人で18%でした。

グラフ19 顧客と結婚してもよいか

 もう少し詳しくみてみましょう。「恋人にはなれないけれど結婚はできる」と答えた者が16人、「恋人にはなれるが結婚はできない」と答えた者が9人、「どちらも考えられない」と答えたのが26人、という結果となりました。

 「顧客を恋人にしてもよいか」、「顧客と結婚してもよいか」、いずれの質問に対しても「イエス」と答えた者があまりにも多いことに驚かされます。彼女たちの大半がこのように考えていることの良し悪しは別にして、彼女たちのこういった意識が、外国人に対し売春婦ではなく、「親密な友達」と思わせるようになり、それがコンドームを用いない性行為につながっているのではないかと思われます。

 それにしても、こういった感覚はタイのフリーのセックスワーカーに特徴的なものなのでしょうか。今回は比較調査をおこなっていませんが、マッサージパーラーや置屋といった風俗店に勤務するタイのセックスワーカーの意識と比べてみたいものです。また、他の国のセックスワーカー、例えば日本の風俗嬢の意識と比較してみるのも興味深いかもしれません。


5) 「売春」という仕事は嫌いか

 有効回答数194人。ほとんどのセックスワーカーが「嫌い」と答えるのかと思いきや、「嫌い」はわずか15人(8%)。「それほど嫌いではない」が147人(76%)。「好き」と回答した者も32人(16%)いました。

グラフ20 「売春」は嫌いか


6) 充分なお金があれば「売春」をやめるか

 有効回答数196人。「やめる」と答えた者が176人(90%)、「やめない」と答えた者が20人(10%)となりました。20人ものセックスワーカーが「やめない」と答えていることに驚かされます。

グラフ21 充分なお金があれば「売春」はやめるか

 この質問では「やめない」理由も尋ねています。「楽しいからやめない」(バンコク出身バンコク勤務30歳)、「この仕事ができて幸せ」(パッタニー県出身バンコク勤務18歳)、「楽しいだけでなくたくさんお金がもらえる」(ブリーラム県出身バンコク勤務24歳)、「この仕事が大好き」(バンコク出身プーケット勤務26歳)、「もっとこの仕事を知りたい」(チェンマイ出身バンコク勤務25歳)、などの答えが相次ぎ驚かされます。

7) 性感染症に対する知識

 次の5つの質問をしています。

@ HIVはオーラルセックスでも感染することがある
A 子宮頚癌の原因は性感染症ではない
B 性交渉でB型肝炎に罹患することがある
C 性交渉でC型肝炎に罹患することがある
D 性交渉でA型肝炎に罹患することがある
E 性交渉でE型肝炎に罹患することがある

 ?@につ@については、正解は「イエス」ですが、有効回答数196人のうち正解者は166人と85%の正解率でした。これは高い正解率と考えていいのではないかと思われます。先に述べたように、「オーラルセックスはしない」と「オーラルセックスをするときはいつもコンドームを用いる」を合わせると57%という数字になりましたが、彼女らはオーラルセックスでもHIVに感染するという事実を知っているためにこのような高い数字になるのでしょう。

 参考までに、2006年9月12日のnewsclip.be(http://www.newsclip.be)によりますと、バンコク都内バンラック地区の病院が、「同病院を受診してHIVに感染していることが分かった男性のうち10人に1人が口腔性交による感染であった」、と報告しています。この報告を受けて、タイ保健省はオーラルセックスの際にもコンドームやデンタルダム(女性器にあてる薄いシート)を使うよう呼びかけています。

 子宮頚癌はHPV(ヒトパピローマウイルス)の性感染により発症しますから、?Aの正Aの正解は「ノー」です。有効回答数194人のうち、正解者は80人で41%の正解率でした。(タイの女性にとって、子宮頚癌は最も罹患率の高い悪性腫瘍であり、人口10万人あたりの患者数は約20人です)
 
 B型肝炎は、ときに劇症化し致死的となりますから非常に重要な性感染症のひとつです。?Bの正Bの正解は「イエス」となります。有効回答数192人で、正解は114人、正解率は59%となります。

 C型肝炎は、劇症化はまれですが、感染すると大部分は慢性化し、放置しておくと肝硬変、さらには肝癌になることもあります。B型肝炎に比べると感染率は低く、少し古い医学の教科書には「性感染はない」と書いてあるものもあります。最近は「性感染する」という見方が有力ですから、この設問の正解は、一応は「イエス」ですが、正解率が高くなくても止むを得ないでしょう。もっとも感染経路は(母子感染を除けば)B型肝炎とほぼ同じですから、B型肝炎の知識を持ち、適切な予防をおこなっていれば特にC型肝炎の対策をする必要はありません。有効回答数192人、正解者53人、正解率28%です。

 A型肝炎は経口感染であり、ウイルスは糞便に混入していることから、「肛門性交で感染しやすい」、という特徴があります。ただ、感染力は極めて強く、わずかなウイルスが手に付いただけで他人に感染させるリスクがあります。E型肝炎は、A型肝炎ほどは感染力が強くないもののA型肝炎と同様の感染経路をもちます。この肝炎ウイルスは日本ではそれほどありませんが、東南アジアでは珍しくないために質問に入れてみました。?D?EとD?EともEとも一応正解は「イエス」ということになり、両質問とも有効回答数は191人。正解者はそれぞれ48人、50人、正解率はそれぞれ25%、26%です。

 実は、性感染症の知識を問う質問は他にもいくつか用意していたのですが、クラミジアや淋病といった他の性感染症に対する知識が乏しく、質問に答える以前にその病名を知らない者が非常に多いということが調査を開始してから分かりました。これは今回の調査の反省点のひとつで、次回調査をおこなうことがあれば、「病名を知っているか」という質問から始めたいと考えています。



4 結論

1) 貧困が売春の原因である
 
 なぜ買春をおこなうのか、この理由はたしかにいくつも存在すると思われますが、「貧困が買春の最大の理由である」ということを曖昧にすれば事の本質が見えなくなってしまいます。

 実際、今回調査した売春婦のうち90%が「充分なお金があれば買春をやめる」と答えています。また、59%に配偶者もしくは恋人がおり、67%に子供がいるというデータを見ても、貧困があるからやむをえず買春をしている、という現実が見えてくるといえるでしょう。

 さらに、タイで最も貧しい地域である東北地方(イサーン地方)出身者が58%、その次に貧しい北部の出身者が19%であり、今回調査した売春婦の4人に3人以上がこのどちらかの出身ということになります。

2) フリーの売春婦は脆弱(vulnerable)な存在

 約4割がこれまでに何らかの性感染症に罹患したことがあると回答しており、またコンドームを用いない性交渉を顧客に強要されたことがあると答えた者は68%にも昇ります。また、コンドームを使わないことがあると答えた者が挙げる理由で最も多いのが「顧客が使用を拒否する」というものです。

 風俗店の場合は、顧客の乱暴に対して店がある程度は売春婦を守ると思われますが、フリーの売春婦は、危機管理の責任はすべて本人に帰せられ、かなりのリスクを背負わなければならない脆弱(vulnerable)な存在であると言えるでしょう。


3) 低くない性感染症の知識

 オーラルセックス(フェラチオ)の際、コンドームを常に使用すると答えた者が57%と、これは日本の性風俗と比べてみても決して低くはない数字だと思われます。腟性交では75%が常にコンドームを使用していること答えています。これはバンコクの風俗店が90%であることと比較すると少ないですが、北タイでは51%(UNAIDS 2006年)であることを考えると、性感染症予防の意識は低くはないと言えるでしょう。

 また、87%が、「オーラルセックスでもHIVに感染することがある」と回答しています。

 これは、少なくともHIVに関しては感染予防の知識が低くないと言えるのではないでしょうか。

 ただ、クラミジアや淋病といった自覚症状の出現しにくい性感染症に関しては病名すら知られていない可能性もあり、今後彼女らに対する性感染症予防の啓発は必要となるでしょう。


4) 「親密な友達」

 今回の調査ではフリーの売春婦だけを対象としており、いわゆる風俗店に勤務する女性に対しては調査をしていないため比較ができませんが、タイのフリーの売春婦は顧客と「親密な友達(intimate friends)」になりやすいのではないかと思われます。

 77%が「顧客を恋人にしてもよい」と回答し、82%が「顧客と結婚してもよい」と答えています。なかには、「恋愛のためでなくお金のためだけにやっている」(バンコク勤務28歳、スコータイ県出身)とはっきりと意見を述べる女性もいましたが、大多数が顧客を恋人や結婚相手の対象ともみており、今回の調査には含めていませんが、「過去に顧客と交際したことがある」とコメントした女性も少なくありません。

 また、10%は「充分にお金があったとしても買春を続ける」と回答していることにも驚かされます。その理由も「楽しい」「幸せ」「この仕事が大好き」などが目立ち、彼女たちのこのような意識が、顧客とより親密な関係になる要因であると思われます。


5) この調査の限界と今後の展開

 今回の調査では「外国人の顧客にとって、フリーの売春婦が“親密な友達”となり、それがコンドームを用いない性交渉につながっているのではないか」という予想を立てましたが、これを科学的に実証するにはフリーでない、つまり風俗店に勤務する女性との比較調査が必要になりますが、今回はそれをおこなっていません。

 性感染症に関する調査は信憑性に乏しいと思われます。検査については、調査の意図は「定期的に検査目的で(症状がなくても)クリニックを受診しているか」というものだったのですが、回答の多くは「検査目的ではなく治療のために受診した場合」も「イエス」と回答していることが分かりました。また、性感染症の知識を問う項目では、質問の難度が高すぎたことが分かりました。次回は、たとえば「クラミジアという病気を知っていますか」といったような質問から始めるべきだと思われます。

 冒頭で述べたように、フィンランド、オーストラリア、ジャージー島といった先進国のHIV増加はタイが原因であると公的なコメントが発表されたことが問題となっています。今回の調査結果は、それを裏付けるものとなった可能性はありますが、きちんと実証するためには他国の売春婦と比較しなければなりません。GINAの今後の課題としたいと思います。



5 参考 フリーの売春婦の性に対するモラルについて ―大学生との比較―

 この調査は、2005年にソンクラー大学公衆衛生学教室でおこなわれた大学生(男性37人、女性106人、合計143人)に対する意識調査と同じ質問を、フリーの売春婦に対しておこなったものです。

 質問した内容は以下の通りです。各質問に対して、「強く賛成」「賛成」「どちらでもない」「反対」「強く反対」の5つのうちからひとつを選択してもらっています。
① 10代の性交渉は問題ない
② 大人は10代の性交渉に干渉すべきでない
③ 婚前交渉はいい経験だ
④ 10代の売買春は個人の権利だ
⑤ 10代でも恋人がいて当然だ
⑥ 性行為によってリラックスできる
⑦ コンドームを使うのは不快だ
⑧ 公衆の面前でキスやハグをおこなうことに問題はない
⑨ 自分の配偶者が結婚前に他人と性交渉をもっていてもかまわない
⑩ 本物の恋愛に性交渉は不可欠である


 結果は以下のようになりました。上のグラフが売春婦200人に対する結果、下のグラフ
は大学生に対するものです。

① 10代の性交渉は問題ない




② 大人は10代の性交渉に干渉すべきでない




③ 婚前交渉はいい経験だ




④ 10代の売買春は個人の権利だ




⑤ 10代でも恋人がいて当然だ




⑥ 性行為によってリラックスできる



⑦ コンドームを使うのは不快だ




⑧ 公衆の面前でキスやハグをおこなうことに問題はない




⑨ 自分の配偶者が結婚前に他人と性交渉をもっていてもかまわない




⑩ 本物の恋愛に性交渉は不可欠である




 データを比較してみると、「性行為によってリラックスできる」、「コンドームを使うのは不快だ」、「公衆の面前でキスやハグをおこなうことに問題はない」の3つの質問に対する回答は両者間でそれほど差はありません。

 一方、「10代の性交渉に問題はない」、「大人は10代の性交渉に干渉すべきでない」、「婚前交渉はいい経験だ」、「10代の売春は個人の権利だ」、「10代で恋人がいても当然だ」、「自分の配偶者が結婚前に他人と性交渉をもっていてもかまわない」、「本物の恋愛に性交渉は不可欠である」は、両者の間で大きな差が認められました。

 特に、「本物の恋愛に性交渉は不可欠である」は、売春婦の84%が「強く賛成」もしくは「賛成」と答えているのに対し、大学生ではわずかに4%です。性交渉を生業としている売春婦と保守的なタイの大学生では生活スタイルがまったく異なるでしょうが、それでも同世代のタイ人の間にこれほどの大きな差があることは興味深いと言えるでしょう。

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