タイ北部Phayao県Chun郡のエイズ事情 —インタビューを通じて—
2012年夏 渡邊 智子
2012年7月27日から8月12日までGINA・谷口恭先生のご紹介のもと、タイ北部Phayao県Chun郡のエイズ事情について学ぶ、貴重な機会を頂きました。Chun郡での取組みを、インタビューをもとに紹介していきたいと思います。
1.Chun郡のエイズ事情
Phayao県Chun郡はタイの北部に位置する人口約54,412人の町です。HIV陽性者の割合は、2012年で人口の4%(2,000人)と推定されており、タイ国内で最もHIV感染が深刻な地域の一つとされています。2001年から郡立Chun病院においてART(Anti-Retroviral Treatment;抗HIV療法)を開始しました。CD4が350を下回るとARTが開始されます。2,000人のうち600人が郡立Chun病院でHIV陽性者として患者登録をされており、そのうち400人がARTを受けています。残りの1,400人は他の郡、あるいは私立病院で治療を受けているか、未治療です。Chun郡はラオスとの国境に面しており、山岳民族が多い地域になります。主な産業は農業で、農家への感染が多くなっています。
Chun郡を訪れる前は緊張感や悲壮さを想像していたのですが、実際に訪れてみると町は穏やかで差別や偏見をもつ人が少ないことに驚きました。
2.エイズに対する差別や偏見について
人々はエイズをどのように捉えられているのだろうか、農家や病院スタッフ、学校の先生など様々な人に話を伺うことができました。
インタビューを通じて、「エイズは恐い病気ではない」、「現在では、特別な病気ではない」とする意見が多く寄せられました。また、「5年前(2007年ごろ)までは恐かったが、今は薬があるから普通に働ける。みんな慣れてきて、差別も軽減した。」、「昔、患者はみんな黒く一目でわかった。けれど、今は薬のお陰でそんなことはない」、といった意見がありました。
上記より、ARTによる患者さんの健康状況の改善が、差別や偏見の軽減に繋がっているのではないかと考えました。さらに、「HIVについての記事は新聞でもあまり見かけなくなった。」といった声もあり、過去のものとして忘れられていく状況があると感じました。
下記のグラフは、Chun郡におけるHIV/AIDSの症状を有する患者数のグラフです。2007年頃から急激に減少しているのがわかります。
グラフ1. AIDS Situation in Chun District, Number of Symptomatic HIV /AIDS patients ,1994 -2012
3. 自助グループの活動
Phayao県では、1995年頃から自助グループが誕生し、その後、患者さんの相談窓口や情報提供窓口としてネットワークを拡大していきました。今回、GINAが支援しているプサン郡の自助グループ「ハクプサン」と郡立Chun病院でボランティアスタッフとして働く自助グループを訪問させていただきました。
(1) 自助グループ「ハクプサン」
「ハクプサン」はプサン郡で最も大きなHIV/AIDSの自助グループで、拠点センターの役割を担っています。現在は、情報提供の他、ラジオ放送を通じた健康相談、電話相談、患者の自立支援基金、子どもたちのサポートをも行っています。
設立経緯や、活動内容、プサン郡のエイズ事情について、ハクプサンのリーダーに話を伺いました。
「HIV/AIDS患者さんは、オーソーモ(健康ボランティア)やアナマイ(保健所)に一番忘れられたグループだと思う。だからこそ、感染拡大時には自分たちで何とかしなければという思いがあり、自助グループの設立を目指しました。12~13年前は自助グループが少なかったけれども、グループに入れば情報や仕事、基金など何らかのメリットがあるようにすることで人々がグループへ入りやすくしました。設立当初、差別や偏見からHIV/AIDS患者が入れる基金がなかったため、自分たちで基金を設けて月々30バーツの積み立てを行い、養鶏や養豚などの初期投資に用いて患者さんが自立できるように支援しました。活動が次第に他の患者さんのためだけではなく、自分達の生きがいや社会のために活動をするようになりました。8年前自身がHIVと分かった時と今とでは気持ちが全く異なり、人のために責任のある仕事を行うことがどんな薬よりも良い薬だと感じています。
現在、子ども達の中で差別がなくなるように、学校でのエイズ教育や地域全体での行事(キャンプなど)にも力を入れています。コミュニティーの子ども達と高齢者を繋ぐ良い機会と捉えています。」
<写真:ラジオDJとして活躍するハクプサンのスタッフ>
Q.中高生はHIV/AIDSについてどのように考えているのですか?
「5年前まで子供たちはHIV/AIDSについて関心がなく、知識もありませんでした。今は、小中学生の妊娠もあるため、エイズ教育の必要性を強く感じています。学校でもコンドームの使い方などを教えるようになりました。ハクプサンもエイズ教育支援活動を行っており、教育で80%は子どもたちを守ることができると考えます。」
Q.ラジオのリスナーによる主な相談内容を教えて下さい。
「HIVに感染したことをパートナーに言えず、どうしたらよいかという相談があります。その他には、薬や治療に関する相談です。薬を飲んだ方がよいか、薬の副作用についての相談などがあります。また、差別に関する相談もあります。病院に行っても差別を受ける。どこに話を持っていけばよいか、様々な形で偏見やいじめを受ける、どうすればよいかなどです。他の人には相談できないレイプなどの相談や、その他の一般的な相談も受けます。」
ハクプサンを訪問した後、過去にハクプサンが行っていたエイズ教育の写真(下記)をいただいたのですが、エイズ教育の方法が日本とは大きく異なります。ハクプサンでは、自分の体を知ることから始め、患者さんとともにグループワークを行います。そのため、子ども達はより実感をもって学ぶことができると考えられます。
<左:エイズ教育のグループワーク、右:患者さんによるエイズ教育> |
(2)郡立Chun病院にてボランティアスタッフとして働く自助グループ
郡立Chun病院には、HIV/AIDSデイケアセンターが併設されています。
そこでは、HIV/AIDSについて教育を受けた患者さんがボランティアスタッフとして働いています。主な業務は、外来の補佐とピアカウンセラーとしての相談業務、自助グループとの会合です。Chun病院では、1人の医師が毎週水曜日に100名の患者さんを診察します。Chun郡の住民登録(ID登録)がなされている患者さんは、診療費および薬代は全て無料です(ただし、他の郡からの患者は有料)。山岳民族も7割の人々がID登録をしており、同様の条件で診療を受けられます。また、IDのない山岳民族の人々もChun病院では無料で受け入れています。
診察では一人当たりに多くの時間を割くことができないため、ピアカウンセラーや、Psychiatric nurseによる心理的サポートが重要となります。心理的サポートでは、まず、ボランティアスタッフによるピアカウンセリングが行われ、ピアカウンセリングで解決できない専門性を要する内容については、医師や看護師といった医療者に引き継がれます。
Q.「患者さんからの主な相談内容はどのようなものですか」
(ピアカウンセラー、Psychiatric nurse、医師の回答をもとに作成)
主な相談内容 | 補足 | |
ピアカウンセリング |
・日常生活に関する相談 ・病気に関する相談 ・パートナーとの関係等に関する相談 |
*ピアカウンセリング業務は、 他の患者さんのためだけではなく、 ボランティア自身の生きがいにもなっています。 |
Psychiatric nurseによる エイズカウンセリング |
(専門性を要する深刻な相談) ・ARTの副作用や合併症 ・経済的問題 |
*タイの看護師は医師に代わって、 処方箋と診断書を発行することができます。 |
医師への相談 |
・ARTの副作用による恐怖 ・深刻な症状に対する恐怖 ・死への恐怖 |
<左:外来のボランティアスタッフとして働く患者さん、右:Psychiatric nurseによるエイズカウンセリング>
Chun病院でいただいた資料の中に、ボランティアスタッフとして働く患者さんのエッセイがありました。いずれの患者さんもボランティアスタッフとして働くことで、やりがいや生き甲斐を見つけています。また、他の患者さんとの交流を通じて、自身の居場所を見つけていました。ボランティアスタッフは、HIV/AIDSについて十分なトレーニングを受けています。それらの経験や知識を自身の健康にも役立てており、ボランティアスタッフ自身も目に見えるような症状の改善がみられています。
4.The Foundation of Training Center For Agriculture And Occupationによる里親支援活動
GINAが支援している団体「The Foundation of Training Center For Agriculture And Occupation 」は、1989年に谷口巳三郎先生によって「農業および職業訓練センター(21世紀農場)」として設立されました。昨年末に、谷口氏が亡くなり、現在は、谷口恭子会長とKanita Akatsukaさんによって管理、運営されています。
エイズ孤児へ奨学金支援活動を行い、現在までに150人以上の子ども達と里親との架け橋となってきました。プサン郡でBANNAMJAI(バンナムチャイ) AIDS プロジェクトも行っており、地域の人々の健康支援活動を行っています。
21世紀 農場では、子ども達が月に16時間手伝いに来ます。月500バーツ(およそ1250円)の奨学金とバス代が支給されます。また、里親制度では1人あたり年間3万円、里親に支給されています。
滞在中、母の日にBaan Puang Pa Yom School(小中学校)を訪問しました。農場が支援している奨学生が多く通っており、GINAを通じた奨学金が500バーツ(1250円)ずつ、援助を必要とする数十名の子ども達に手渡されました。
<左:農場で手伝いをする子ども達、右:小学校にて奨学金の寄付を行う様子> |
5.DV(ドメスティック・バイオレンス)被害者の家庭訪問を通じて
最後に、Chun病院の看護師さんとアナマイ(保健所)の保健師さんと一緒に、DV被害者の家庭訪問に同行させていただきました。DVによって身寄りがなくなった高齢者や、無意識に口を開けなくなった子どもなど、穏やかなChun郡とは逆の悲痛な状況がありました。また、オーソーモという保健ボランティアにも出逢いました。Chun郡にはオーソーモが1,589名存在し、彼らは月に700バーツ(1750円)で地域の人々の健康をサポートしています。町の人の話では、アナマイとオーソーモを好まない人が多いことに驚きました。「役所的でやる気がない」、「病院に行く方がよい」、「良いアナマイと悪いアナマイが両極端だ」など意見がありました。また、オーソーモについては、「小遣い稼ぎ」、「機能していない」、「蚊の駆除ばかりで、HIV/AIDSなどは関与しない」など厳しい意見もありました。
ハクプサンのリーダーからも指摘があったように、HIV/AIDS患者さんは、オーソーモやアナマイに一番忘れられたグループなのかもしれません。差別や偏見は表面的には少なくなってきても、今度は忘れられる(無視される)状況があるのだと感じました。
6.最後に
今回、北タイのエイズ事情をはじめ、Chun郡の様々な側面を見ることができ、貴重な経験をさせていただきました。まだまだ未熟ですが、今後、何らかの形でHIV/AIDS支援に関わっていきたいと思っています。温かく迎えて下さったChun郡のみなさん、本当にありがとうございました。
渡邊智子
大阪大学大学院にて国際保健学を勉強中。
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