魅惑のゴーゴーボーイ

谷口 恭     2007年2月

目 次

1 バンコクのゲイ・ストリート
2 世界中のゲイたちが・・・
3 女性客の大半が日本人!
4 終わりに



 
1 バンコクのゲイ・ストリート

 拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』で述べたように、2004年の秋、私はパタヤのゲイ・ストリートにひとりで迷い込んでしまいました。そのストリートに入った瞬間からそれまでとはまったく違う何やら異様な空気には気づいていたのですが、そのような知識がなかったこともあり、そこがゲイ・ストリートであることが判るまでには少し時間が必要でした。
 
 世界中の男性から一気に注目を浴びたのはなんとも言いがたい妙な気持ちでしたが、さすがにそのときにはゴーゴーバーなどの店に入る気持ちは沸きませんでした。

 しかし、それから何度かあのゲイ・ストリートが気になり、一度取材を試みたいという気持ちは次第に強くなってきていました。というのも、タイでのMSM(Men with sex with men、男性同性愛者)のHIV陽性率は決して低くないからです。2006年のUNAIDSの報告書によれば、バンコク在住のMSMのHIV陽性率は2003年に17%だったのに対し、2005年には28%にまで上昇しています。また、タイ厚生省のデータでは、2005年に新たに感染が判ったHIV陽性者のおよそ5分の1がMSMとなっています。(ちなみに3分の1は特定のパートナーと長期の付き合いをしている女性です)

 バンコク在住のMSMのHIV陽性率が28%というのはにわかには信じがたい数字です。というより、個人的にはこの数字は事実を反映していないと感じています。

 以前別のところでも述べましたが、タイでは知的労働者ほどゲイの占める割合が高いという傾向があります。実際、タイの二大国立大学とされているふたつの大学では、文科系の学生のおよそ7割はゲイであると言われています。私はこの話を二大国立大学の一方であるT大学の女子学生から直接聞いたこともあります。彼女によれば、彼女の通うT大学、及び双璧であるもう一方のC大学では、文科系の男子学生でハンサムな者は、ほぼ間違いなくゲイだそうです。(男前でない学生が残り3割だそうです・・・) さらに興味深いことに、偏差値の低い大学になればなるほどゲイの割合は減少するそうです。また、理系学部の学生の間では、それほどゲイの割合は高くないそうです。ただ、理系学部ならどこでもゲイが少ないわけではないと思います。私の印象では、タイの男性看護師のなかでゲイの占める割合はかなりのものです。

 知的レベルの高い層の間にHIV陽性者が多くても不思議ではないかもしれませんが、バンコクのMSMのHIV陽性率が28%というのが本当だとすれば、実数はとんでもないことになってしまいます。

 さて、話を本題に戻しましょう。一度ゲイの世界の取材を試みたいと思っていた私は、2006年11月にバンコクで開催されるプライマリケア関係の国際学会に参加することとなり、バンコクに数日間滞在することとなりました。(ちなみに私のタイ国渡航は大半がGINA関連の出張となるためバンコクにいることはほとんどありません)

 パタヤにはおそらく今後行くことはないでしょうから(はっきり言って好きな場所ではありません)、今回のバンコク滞在はゲイの集まる店に行くチャンスだと思ったのです。
 
 早速日本のゲイの友達にバンコクのホットなゲイ・スポットを教えてもらい、私はタイ航空に乗り込みました。(あくまでも主目的は学会参加です。念のため・・・)

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 気の小さい私はひとりでゲイ・スポットに繰り出す勇気がありません。そこで、バンコク在住の友人2人を誘い、3人でバンコクのとある場所にあるゴーゴーバーの見学に行くことにしました。尚、2人の知人のうちひとりは日本人男性、もうひとりはタイ人女性で、ふたりともストレート(異性愛者)です。(私も一応はストレートです。念のため・・・)


ゲイストリートの入り口 (看板はタイ語だけでなく英語や日本語も)


2 世界中のゲイたちが・・・

 やはり、このストリートに入ったとたんにそれまでとは異なる空気になります。最寄り駅からこのストリートに来るまでには、女性がダンサーをつとめるゴーゴーバーが密集しているエリアを通らなければならないのですが、そのエリアを歩くとバーの女性から声がかかっても男性からは視線を感じることはありません。ところが、ゲイ・ストリートに入ったとたん、女性の姿はほとんど皆無で男性の視線を痛いほど浴びるのです。

 オープンバーでお酒を飲んでくつろいでいる客に目をやれば、白人や日本人のゲイたちが大勢たむろしている様子が視界に入ってきます。おそらく、世界中からゲイが集まってきているのでしょう。白人の話している言語は英語だけではないようです。

 我々3人は多国籍の視線をくぐり抜け目的のゴーゴーバーへと向かいました。しかし、呼び込みが多いためなかなか前へ進みません。強引な勧誘に私は辟易としていたのですが、あとの2人をよくみればこの状況を楽しんでいるようです。


オープンバーにたむろする世界中のゲイたち


3 女性客の大半が日本人!

 幸運なことに店に入ると一番後ろの席が空いていました。この店の構造は、真ん中にステージがあり、ステージ上ではブリーフ姿の男性ダンサーたちがショーを披露しています。そのステージを取り囲むように何重ものシートがあり、私たちが案内されたのは空いていた一番後ろの席でした。

 この店は客席の照明は非常に暗く、ライターで足元を照らしてもらわないと歩きにくいような状態です。ステージだけが明るくなっており、ミラーボールがキラキラと輝いています。そのため、店に入った直後はステージしか見えなかったのですが、少し目が慣れてくると他の客席の様子もわかるようになってきました。

 表のストリートには女性の姿がほとんどありませんでしたが、この店の客のおよそ4割は女性です。男性客はおそらくほとんどがゲイで、いかにも金持ちそうな中年タイ人(おそらく中華系)、西洋人、そして東洋人(たぶんほとんどが日本人)が同じくらいの比率です。一方、女性客は、西洋人は皆無で、男性と一緒に来ているタイ人もいますが、大半は東洋人、というより日本人女性です!

 最近は韓国人や中国人のタイ旅行者も増えていますが、よく見ると日本人かそうでないかは分かります。おそらくこの店の女性客の大半は日本人です。

 さらによく観察すると、日本人女性はふたつのタイプに分けられそうです。ひとつは、女性2人から3人組のやや派手な格好をした20代のグループで、店の男性ダンサーやウエイターと楽しそうにはしゃいでいます。おそらく日本のホストクラブと同じような図式なのでしょう。

 もう一方のタイプは前者とは対照的で、ひとりで来ている地味なタイプの女性たちです。年齢は30代から40代くらいでしょうか。推測するのは大変失礼だとは思いますが、イメージとしては、普段は丸の内や淀屋橋のオフィス街でOLをしている目立たない女性たちといった感じです。彼女たちはブリーフ1枚の男性ダンサーを横に座らせ、大声こそ出さないものの楽しそうに話しています。

 彼女たちは日本でもこんな笑顔を見せるのだろうか・・・

 他人のことは放っておくべきで詮索するのは失礼ですが、ついついそんな思いが私の頭をよぎりました。それくらい彼女たちの笑顔が素敵だったのです。

 そして、私は気づきました。

 この光景は、女性ダンサーがステージに立つゴーゴーバーの”裏返し”だということに・・・。

 2004年の秋、私はタイの暗黒面をよく知る日本人男性に案内され、バンコクのゴーゴーバーに行った経験があります。美しき女性たちが華やかなダンスをステージで披露していたそのゴーゴーバーの客の大半は日本人男性でした。なかには20代の遊び人風の男性グループもありましたが、ひとりで来ている30代後半から50代くらいと思われる中年男性も少なくはありませんでした。

 彼らの外見は地味で、決して目立つタイプではありません。実際にインタビューしたわけではありませんが、独身者の方が多いのではないかという印象がありました。彼らが実際に日本でどのような生活をしているのかは分かりませんが、「彼らは日本でもこんな笑顔を見せるのだろうか・・・」、と感じたことを覚えています。

 そして今、私の目の前で繰り広げられている光景は、そんな日本人男性たちが女性たちに入れ替わったものなのです。

 ステージではなく客席を眺めている私に気づいたひとりのウエイターが席までやってきました。彼もまたブリーフ1枚の格好です。面倒なことになると困るので、挨拶をした後、会話の空気をみながら私は言いました。

 「ポム・マイ・チャイ・ゲー・ナ・クラップ。マイ・ダイ・グリアット・ゲー・テー・ワー・マイ・ダイ・チョープ・ナ・クラップ(僕はゲイじゃないよ。ゲイは嫌いじゃないけど好きでもないんだよ) テー・ミー・クワームソンジャイ・バー・ベープ・ニー(けどこういう店に興味があったんだ)」

 「マイ・ペン・ライ・クラップ(かまわないよ)」

 タイ人は、相手がどんなタイプの人間であれ、あたたかく受け入れてくれて、その場の会話を楽しもうとしてくれます。特にこの男性は接客のプロということもあり、私との会話を盛り上げようとしてくれます。この店に来ている日本人女性、というかタイにハマっているという日本人女性は、もしかするとタイ男性のこういうところにハマっているのかもしれません。

 彼は私の横に座り自分のことを話しました。彼にとっても、恋愛やセックスの対象にならない私とはかえって話しやすいのかもしれません。

 彼はブリーラム県(イサーン地方にある大きな県)出身の22歳で、現在タイ人の中年男性と日本人女性のふたりの恋人がいると言います。その日本人女性は年に数回しかタイに来ませんが毎月仕送りを送ってくれるそうです。中年男性からも毎月いくらかのお金をもらっているそうです。

 「で、君はいったい男性と女性のどちらが好きなんだい」という私の質問ははぐらかされましたし、「ふたりからお金をもらっているならこの仕事をしなくてもいいんじゃないのか」と聞いてみれば、「この仕事が好きだし、ふたりの恋人も認めてくれているんだ」という答えが返ってきて、結局彼の本性はあまり分かりませんでした。

 私の知人ふたりはさっきまでダンサーたちとなにやら楽しく盛り上がっていましたが、そろそろ“お開き”といった雰囲気になっています。

 店を出る前トイレで手を洗っていると、私の前の鏡にひとりの日本人女性がうつりました。私の席から数メートル離れた場所でさっきまで楽しそうにタイ人ダンサーと話していた30代後半くらいの女性です。鏡にうつった自分の目と私の視線が合ったことに気づいた彼女は、さっと目をそらし逃げるようにトイレから立ち去りました。

 異国の地の夜の店で日本人どうしが出会うと変な空気になるのは無理もないでしょうが、露骨に逃げ出さなくてもいいのにと思った私は、すぐに私が彼女にゲイだと思われていることに気づきました。

 たしかに、ついさっきまでブリーフ1枚の男性と楽しそうに話していた私をゲイと思うのは無理のないことでしょう。彼女は、私のことを、日本ではカミングアウトできずタイに来て本性を現すゲイと思ったのかもしれません。そう思うとむしょうに笑いがこみ上げてきました。

 そして、私を見て逃げるように立ち去っていったその女性になぜか好感を持ちました。


ゴーゴーボーイのステージ


4 終わりに

 今回のゴーゴーバーへの訪問では、私自身の身分を明らかにしておらず、話をした男性とも、HIVやセーフティセックスについての話題に持っていくことはできませんでした。

 しかし、こういった店で知り合った男女(あるいは男男)の関係というのは、単なる風俗店でのセックスではなく、いくらかの恋愛感情が伴ったものであることは想像に難くありません。(日本からタイに仕送りする女性もいるのですから・・・)

 だとすると、やがてunprotected sexへと発展することも充分に考えられます。

 公的なデータや報道記事は見たことがありませんが、おそらくタイ男性と外国人女性(男性)との恋愛が原因となったHIV感染というのも珍しくないのではないかと思われます。

 あきらかな風俗店や置屋なら男性客もprotected sexをおこなうけれど、相手がフリーの売春婦(independent sex worker)の場合、恋愛と売買春の境界が曖昧となり、unprotected sexとなりやすい、ということはGINAの調査(タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について)でも明らかとなりました。

 女性の場合、置屋のように明白な「風俗店」の経験ができないこともあり、恋愛とお金のからんだ危険な性行為との境界が男性よりも分かりにくくなるのではないかとも思えます。

 恋愛が100あるとすれば100通りの恋愛があるわけで、恋愛の相手がゴーゴーボーイ(ガール)であろうが、フリーの売春婦・夫(independent sex worker)であろうが、ふたりが幸せにしているなら、他人からとやかく言われる筋合いはありません。

 したがって、unprotected sexの危険性を認識している限りは、ゴーゴーバーに行く男女は非難されるべきでない、と私は考えています。

 この考えに反対する人もいるでしょう。そういう人たちには、日本ではおそらく見せることのない彼(女)らのバーのなかでの笑顔を是非とも見てもらいたいものです。

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