GINAと共に
第196回(2022年10月) 「許される性依存症」とセックスワーカー
性依存症について過去に何度か取り上げました。チャーリー・シーンのHIVのカミングアクトを取り上げたコラム「欺瞞と恐喝と性依存症」では、他にもマイケル・ダグラス、エディ・マーフィー、タイガー・ウッズなども性依存症と診断されていることを紹介しました。
実際に私が診た患者さんやその家族については、2013年のコラム「性依存症という病」で詳しく述べました。このコラムに登場したすべての男性は性依存症の診断がつけられるのではなか、という私見を述べました。
しかし、「フーゾク通いがやめられなくて借金した」「他の複数の女性との関係が発覚しパートナーを傷つけた」というのは家庭が崩壊する恐れがありますから「病気」と呼んでいいでしょうが、「性感染症のリスクを考えずにセックスしてしまう」までは病気とは呼べないのではないか、という考えもあります。
前述のコラムで、私は「フーゾク通いが度を越してサラ金に借金をしている夫」の妻から相談を受けたエピソードを紹介しました。そのために、この女性は頭痛やめまいといった様々な症状が出現していました。我々医師は目の前で苦痛を訴える患者さんを放っておくことはできず、苦痛に原因があるのならその原因にアプローチすることを考えます。よって、この夫をなんとかして性依存症から脱却させる(フーゾク通いをやめさせる)方法を考えねばなりません。
ではこの男性にパートナーがおらず、そして収入の多くをフーゾクにつぎこんだとしても無借金の場合はどうでしょうか。
おそらくそういう男性(女性はほとんどいないと思います)もそれなりにいるのではないでしょうか。ここでは私が過去にバンコクで知り合ったOさんの話をしたいと思います。
当時40代半ばのOさんはかなり整ったルックスで、英語のみならずタイ語もそれなりに話します。ちょっと理屈っぽい物の言い方が気になりますが、知的レベルは相当高いことが分ります。
Oさんは一年のうち3か月くらい関東地方の工場の深夜勤務で資金を稼ぎ、そのお金を持って渡タイし、残りの9ヶ月はタイで買春を満喫するというライフスタイルをもう何年も続けているそうです。
言うまでもなく買春にはそれなりのコストがかかります。日本で3か月働いたくらいでそんなお金が捻出できるのか、というのが気になりますが、それが「できる」と言います。どうも、Oさんは相当な倹約家(というより、「ケチ」という表現の方が正しいでしょう)で、タバコを1本単位で友達に販売するようなことをしていました。住んでいたのは「台北ホテル」という、当時"不良日本人"がたむろしていた安宿です(私自身もこのホテルに泊まったことがあります。参考「悲しき日本の高齢者~「豊かな青春、惨めな老後」~」)
買春が趣味というか、もはや"生きがい"と呼んでもいいようなOさんが過去にタイで買春した人数は600人を超えると言います。そういった「人数」を自慢のように話す男性は他にもいますが、Oさんの場合、驚かされるのは「そのすべてを覚えている」というのです。それだけではなく、専用ノートをつくって、その女性の年齢、およその身長・体重・胸のサイズ、セックスの良し悪しを記録しているのです。興味深かったのは、その「セックスワーカー情報」に女性の出身県を書いていたことです。出身県は東北地方が圧倒的に多く、「シーサケート県のノックちゃんは......」という感じで、"思い出"を話していました。
驚いたのはそれだけではありません。Oさんのその買春専用ノートには"別冊"があったのです。これはいわば"写真集"で、これまでに買春したセックスワーカーの写真を貼っていました。通常、(もしも私がセックスワーカーなら)身元は隠したいですから、客に写真を撮られることを拒むと思うのですが、Oさんにはそう言わせない"魅力"があるのかもしれません。
さて、では私がそんなOさんに否定的な印象を持ったのかというと、不思議なことにそのような感覚は沸きませんでした。当時の私は、複数のエイズ施設をボランティアなどで訪問していて、セックスワークでHIVに感染した男女の患者さんをたくさん知っていました。Oさんのようなセックスワーカーの顧客はある意味で彼(女)らの"敵"のはずです。にもかかわらず、私はOさんの証言を興味深く聞き、ある種の好感さえもってしまったのです。
日本人で最も有名な性依存症の男性といえば、2015年に発覚した横浜市立中学校の元校長でしょう。Wikipediaによると、この校長は1988年から合計65回フィリピンに渡航し、10代から(なんと)70代の女性合計12,660人を買春していました。宿泊していたホテルに1回で何人も持ち帰るという行為を1日に3-5回おこない、女性には一律2,600円を渡していました。さらに「写真撮影」もおこない、これまでに合計147,600枚もの写真をアルバムに保管していたのです。
この事件を聞いたときに私が真っ先に思い出したのがOさんです。そして、「Oさんに対して私は反感を持つどころか、どこかで好感を持ってしまったように、きっとこの校長も、直接話をすれば憎しみの感情が沸かないのではないか」と感じました。
この校長は妻と3人の子供がいると報道されていましたから、家族は大変傷ついたでしょうが、それ以外の誰に迷惑をかけたでしょうか。セックスワーカーのなかには未成年もいましたから、それは法律上の罪にはなりますが、誤解を恐れずに言えば、未成年のセックスワーカーも収入を得、それが生活の糧になっていたわけです。レイプとは異なります。
売買春の議論には様々なものがあります。「働く権利」を求めるセックスワーカーも少なくありません。ということは互いに同意のもとの売買春であれば(未成年や人身売買の問題はありますが)、罪にならず誰も困らないわけです。
私自身はGINA設立以来、「性感染症のリスクを負ってまで売買春をすべきでない」と言い続けていますが、「性感染症のリスクを背負って売買春をする」という人にはそれ以上何も言うことがありません。
では、「許されない性依存症」とはどのようなものでしょうか。
最近、4回目の逮捕が報じられた東京の40代の美容外科医は、自身が院長を務めていたクリニックの女性スタッフ2名に睡眠薬を飲ませてレイプし、さらに全身麻酔で眠っている自院の複数の患者をレイプしていたことが発覚しました。さらに、その画像を保存してあったことが報道されています。
自分の部下2人に睡眠薬を飲ませ、患者には麻酔で眠っている間にレイプをはたらき、それを写真撮影、というのは極めて異常で悪質です。罪としては「連続強姦罪」となるのでしょうが、法律以前の問題で、世間はこの医師を許さないでしょうし、医療の世界に戻るの不可能です。
この事件を聞いて私が感じたことは、「そんなバカなことをせずに、バンコクのOさんや横浜の校長先生を見習えばよかったのに......」というものです。
上述したように、このコーナーで最初に私が性依存症について書いてから9年が経過しました。この間、大勢の性依存症の人たちを診察室で診てきました。また、GINAのサイトから相談メールをたくさんいただきました。
今の私が思うことをまとめると、「性依存症の人は(それが病気かどうかは別にして)それを自覚すべき。そして次におこなうべきことは、その性行為により傷つく人がいないかを確認すること。現実的には性行為の対象の多くはセックスワーカーに向かわざるを得ない」となります。
性依存症の人が存在する限り、セックスワーカーという職業は社会から求められているのかもしれません。
実際に私が診た患者さんやその家族については、2013年のコラム「性依存症という病」で詳しく述べました。このコラムに登場したすべての男性は性依存症の診断がつけられるのではなか、という私見を述べました。
しかし、「フーゾク通いがやめられなくて借金した」「他の複数の女性との関係が発覚しパートナーを傷つけた」というのは家庭が崩壊する恐れがありますから「病気」と呼んでいいでしょうが、「性感染症のリスクを考えずにセックスしてしまう」までは病気とは呼べないのではないか、という考えもあります。
前述のコラムで、私は「フーゾク通いが度を越してサラ金に借金をしている夫」の妻から相談を受けたエピソードを紹介しました。そのために、この女性は頭痛やめまいといった様々な症状が出現していました。我々医師は目の前で苦痛を訴える患者さんを放っておくことはできず、苦痛に原因があるのならその原因にアプローチすることを考えます。よって、この夫をなんとかして性依存症から脱却させる(フーゾク通いをやめさせる)方法を考えねばなりません。
ではこの男性にパートナーがおらず、そして収入の多くをフーゾクにつぎこんだとしても無借金の場合はどうでしょうか。
おそらくそういう男性(女性はほとんどいないと思います)もそれなりにいるのではないでしょうか。ここでは私が過去にバンコクで知り合ったOさんの話をしたいと思います。
当時40代半ばのOさんはかなり整ったルックスで、英語のみならずタイ語もそれなりに話します。ちょっと理屈っぽい物の言い方が気になりますが、知的レベルは相当高いことが分ります。
Oさんは一年のうち3か月くらい関東地方の工場の深夜勤務で資金を稼ぎ、そのお金を持って渡タイし、残りの9ヶ月はタイで買春を満喫するというライフスタイルをもう何年も続けているそうです。
言うまでもなく買春にはそれなりのコストがかかります。日本で3か月働いたくらいでそんなお金が捻出できるのか、というのが気になりますが、それが「できる」と言います。どうも、Oさんは相当な倹約家(というより、「ケチ」という表現の方が正しいでしょう)で、タバコを1本単位で友達に販売するようなことをしていました。住んでいたのは「台北ホテル」という、当時"不良日本人"がたむろしていた安宿です(私自身もこのホテルに泊まったことがあります。参考「悲しき日本の高齢者~「豊かな青春、惨めな老後」~」)
買春が趣味というか、もはや"生きがい"と呼んでもいいようなOさんが過去にタイで買春した人数は600人を超えると言います。そういった「人数」を自慢のように話す男性は他にもいますが、Oさんの場合、驚かされるのは「そのすべてを覚えている」というのです。それだけではなく、専用ノートをつくって、その女性の年齢、およその身長・体重・胸のサイズ、セックスの良し悪しを記録しているのです。興味深かったのは、その「セックスワーカー情報」に女性の出身県を書いていたことです。出身県は東北地方が圧倒的に多く、「シーサケート県のノックちゃんは......」という感じで、"思い出"を話していました。
驚いたのはそれだけではありません。Oさんのその買春専用ノートには"別冊"があったのです。これはいわば"写真集"で、これまでに買春したセックスワーカーの写真を貼っていました。通常、(もしも私がセックスワーカーなら)身元は隠したいですから、客に写真を撮られることを拒むと思うのですが、Oさんにはそう言わせない"魅力"があるのかもしれません。
さて、では私がそんなOさんに否定的な印象を持ったのかというと、不思議なことにそのような感覚は沸きませんでした。当時の私は、複数のエイズ施設をボランティアなどで訪問していて、セックスワークでHIVに感染した男女の患者さんをたくさん知っていました。Oさんのようなセックスワーカーの顧客はある意味で彼(女)らの"敵"のはずです。にもかかわらず、私はOさんの証言を興味深く聞き、ある種の好感さえもってしまったのです。
日本人で最も有名な性依存症の男性といえば、2015年に発覚した横浜市立中学校の元校長でしょう。Wikipediaによると、この校長は1988年から合計65回フィリピンに渡航し、10代から(なんと)70代の女性合計12,660人を買春していました。宿泊していたホテルに1回で何人も持ち帰るという行為を1日に3-5回おこない、女性には一律2,600円を渡していました。さらに「写真撮影」もおこない、これまでに合計147,600枚もの写真をアルバムに保管していたのです。
この事件を聞いたときに私が真っ先に思い出したのがOさんです。そして、「Oさんに対して私は反感を持つどころか、どこかで好感を持ってしまったように、きっとこの校長も、直接話をすれば憎しみの感情が沸かないのではないか」と感じました。
この校長は妻と3人の子供がいると報道されていましたから、家族は大変傷ついたでしょうが、それ以外の誰に迷惑をかけたでしょうか。セックスワーカーのなかには未成年もいましたから、それは法律上の罪にはなりますが、誤解を恐れずに言えば、未成年のセックスワーカーも収入を得、それが生活の糧になっていたわけです。レイプとは異なります。
売買春の議論には様々なものがあります。「働く権利」を求めるセックスワーカーも少なくありません。ということは互いに同意のもとの売買春であれば(未成年や人身売買の問題はありますが)、罪にならず誰も困らないわけです。
私自身はGINA設立以来、「性感染症のリスクを負ってまで売買春をすべきでない」と言い続けていますが、「性感染症のリスクを背負って売買春をする」という人にはそれ以上何も言うことがありません。
では、「許されない性依存症」とはどのようなものでしょうか。
最近、4回目の逮捕が報じられた東京の40代の美容外科医は、自身が院長を務めていたクリニックの女性スタッフ2名に睡眠薬を飲ませてレイプし、さらに全身麻酔で眠っている自院の複数の患者をレイプしていたことが発覚しました。さらに、その画像を保存してあったことが報道されています。
自分の部下2人に睡眠薬を飲ませ、患者には麻酔で眠っている間にレイプをはたらき、それを写真撮影、というのは極めて異常で悪質です。罪としては「連続強姦罪」となるのでしょうが、法律以前の問題で、世間はこの医師を許さないでしょうし、医療の世界に戻るの不可能です。
この事件を聞いて私が感じたことは、「そんなバカなことをせずに、バンコクのOさんや横浜の校長先生を見習えばよかったのに......」というものです。
上述したように、このコーナーで最初に私が性依存症について書いてから9年が経過しました。この間、大勢の性依存症の人たちを診察室で診てきました。また、GINAのサイトから相談メールをたくさんいただきました。
今の私が思うことをまとめると、「性依存症の人は(それが病気かどうかは別にして)それを自覚すべき。そして次におこなうべきことは、その性行為により傷つく人がいないかを確認すること。現実的には性行為の対象の多くはセックスワーカーに向かわざるを得ない」となります。
性依存症の人が存在する限り、セックスワーカーという職業は社会から求められているのかもしれません。
第195回(2022年9月) タイのコロナの終焉とタイ人の死生観
タイの新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)が間もなく"終焉"します。
まずは過去2年9ヶ月のコロナに関するタイの歴史を私の記憶をたどってまとめてみます。
タイでコロナ第1号の患者が報告されたのは2020年1月、その後すぐにかなり厳しい外出制限(ロックダウン)が敷かれました。外国人の場合、出国はできても再入国は認められず、いつ戻って来られるのかはまったくわからない状態でした。国内でも県境を越えることが容易でなくなり、検問が始まりました。
海外に在住しているタイ人に対しては、2020年3月(だったと記憶しています)から、「Fit-to-Fly certificate」と呼ばれる、いわゆる「健康証明書」を海外の医療機関で搭乗前に取得すれば帰国が認められるようになりました。
日本人を含む外国人が再びタイに入国できるようになったのは2020年7月頃でした。ただし、誰もが入国できるわけではなく、申請して許可を取らねばなりませんでした。駐在員及びその家族の場合は比較的スムースに許可が出ましたが、現地採用の場合はそうではありませんでした。駐在員は再入国できて現地採用はできない、というタイでよく見聞きする「駐在とゲンサイの差別」がコロナによってももたらされたのです。
「なんとかならないか」と私が不条理を感じたのは「配偶者がタイ人」という日本人です。入籍していない、例えば「内縁の妻」という関係なら分からなくもありませんが、正式に籍を入れている場合でも日本人はタイ入国の許可がなかなかおりなかったのです。
興味深いことに、その一方で「手術予定者」は簡単に許可をもらえました。「手術」というのは性別適合手術(性転換手術)や美容外科の手術です。どう考えても、手術予定者よりも配偶者がタイ人の日本人の方が先だろ、と思えますが、このあたりは「やっぱりタイ......」という感じです。
その後、申請が通りやすくなり、そのうちに現地採用者やタイの大学に留学する人たちにも許可がおりるようになりました。不思議なのは、同じ現地採用組でもビザが比較的簡単におりる場合とそうでない場合があって、このあたりのからくりは今もよく分かりません。
しかし、外国人であれば、駐在員であろうが、手術予定者であろうが、あるいは現地採用組であっても、渡航72時間前のPCR検査は必ず求められていました。
そして2022年4月1日、ワクチン接種を完了していれば渡航時のPCR検査が不要になりました。さらに7月1日、渡航前の「事前申請」が廃止され、これにより単なる旅行者であっても、ワクチンさえ接種していれば(あるいはPCR検査を受ければ)コロナ前の頃のように簡単に入国できるようになったのです。ただし、そうはいっても「緊急事態宣言(state of emergency)」下であることは変わっていません。外国人は入国時にコロナの検査を受けることを義務付けられ、感染すれば隔離される政策は維持されたままでした。
そしてついにコロナが"終焉"する日がやってきます。来たる2022年9月30日、「緊急事態宣言」が解除され、コロナ前の世界が戻って来ることが決まったのです。報道によると、タイは国として「ワクチン接種証明書」を不要とし、入国者の検査を終了します。感染しても軽症であれば隔離されなくなります。
さて、ここで「疑問」が出てきます。タイでもオミクロン株以降は全体では「軽症化」していますから、若者の大半はこの「終焉」を歓迎しているに違いありません。特に外国人を顧客にしている人たちは、これで経済が復活すると考えているはずです。
では、この政策に反対する人はいないのでしょうか。例えばタイの医療者はどのように考えているのでしょうか。
9月18日、米国CBSの番組「60 Minutes」で、バイデン大統領が「コロナは終わった(the pandemic is over)」とコメントしたことが放送されました。放送直後から全米でこの発言に対する反対コメントが飛び交いました。翌日には、コロナ後遺症に悩む人たちがホワイトハウスに集合し抗議をおこないました。医師たちはSNSを使って反対意見を表明しました。
一方、タイではそのような動きが聞こえてきません。現地の英字新聞にもそういった記事は見当たりませんし、私が個人的に交流のあるタイ人に聞いてみても「コロナが終わることはみんなが歓迎している」と言います。タイ人の医療者に聞いてみても「自分の知る限り、緊急事態宣言の終焉に反対している医師はいない」と言います。
しかし、タイにも高齢者はもちろんいますし、免疫能の低下した疾患の罹患者や免疫抑制剤を使用している人、つまりコロナの重症化リスクが高い人もいます。日本や米国に比べると、重症化リスクを有する人の割合は高くありませんが、それでも、完全にコロナ前の社会に戻せば、こういった人たちが感染し重症化するリスクは上昇します。ちなみに、タイの平均年齢は39.0歳、日本は世界第一位の48.6歳です。
日頃、コロナの重症化リスクが高い人たちを診ている医療者がなぜ反対の声を上げないのか......。それはタイ人の死生観に関係があると私は思います。過去の「GINAと共に」で、結核で他界した10代の女性の話をしました(「第127回(2017年1月)こんなにもはかない命・・・」)。もしも日本で10代の女子が結核で死亡となると、少なくない人たちが長期に渡り悲しみに暮れ、その気持ちを表明するでしょうが、タイではそうではありません。
タイ人の性格や考え方には今でも度々驚愕しますが、私が最も驚かされるのは「死生観」です。バンコクの料理屋で働くタイ人夫婦と知り合ったことをきっかけに、私は長年その家族(大家族です)の他のメンバーとも仲良くしています。ある日、この夫婦の妻の兄と母親から日本にいる私に電話がかかってきました。そして、妹(母親の娘)の娘(母親の孫)が小学校に入学したという話を始めました。
「祝い金をくれ」ということかな、と思って話を聞いていると、やはりその通りだったのですが、電話の終わりの方で「そう言えば妹(その子の母親)は交通事故で死んだ」と言うのです。それもつい最近の話だと言います。ならば電話をしてきてまず私に伝えるのは妹の死だろう!と思うわけですが、これがタイ人なのです。しかも、あまりの突然の知らせに言葉をなくしている私に対し「マイペンライ、〇〇(その妹の名前)サバーイ・ナ(大丈夫、妹は元気だ)」と言うのです。
マイペンライは「大丈夫」「問題ない」「気にしない」などの意味で、どのタイ人も口癖のように日に何度も使う言葉で、日本人が最も早く覚えるタイ語と言ってもいいでしょう。しかし、身内の死に対しても使うとは......。それに「サバーイ」が分かりません。死んだのに元気って、いったい何を言っているのでしょうか。もしかして、と思って「彼女は天国で元気にしているってこと?(カオ・サバーイディー・ティー・サワン・マイ?)」と尋ねてみると、やはり「そうだ」とのこと。
私はタイ人の知らない人の葬式に参加したことがあります。故人と面識がない私がなんで?と思いましたが、人が多い方が故人も喜ぶとのことで、故人の知り合いに連れていかれました。そんなものか、と思って参加すると、日本の葬式との違いに愕然としました。タイ人は仏教徒ですから葬式はお寺でおこないます。さすが「微笑みの国」と呼ばれているだけあり、葬式でも泣いている人は皆無で、みんな勝手な会話を楽しんでいるようです。大きな笑い声が聞こえるな、と思って振り返ると、すでに酒盛りが始まっています。その後は飲めや歌えやの大宴会。そのうち博打まで始まり、子供たちはおもちゃの奪い合いをしています。
どうもタイ人というのはある意味で「死」を恐れていないようです。仏教が教える輪廻転生を信じているからかもしれませんが、とにかく生きている間に「タンブン」(徳を積むこと)をたくさん行えば来世で利益を得られると言います。
そういう死生観を有しているのなら、コロナに感染してもそれを「運命」と受け止められるのでしょうか。私がタイ人と親しくなってから20年以上が経ちます。これまで多くのタイ人とたくさんの会話をしてきましたが、いまだに私にはタイ人がよく分かっていません。
ただ、どこかで「そんなタイ人がうらやましい」と感じているのは事実です......。
まずは過去2年9ヶ月のコロナに関するタイの歴史を私の記憶をたどってまとめてみます。
タイでコロナ第1号の患者が報告されたのは2020年1月、その後すぐにかなり厳しい外出制限(ロックダウン)が敷かれました。外国人の場合、出国はできても再入国は認められず、いつ戻って来られるのかはまったくわからない状態でした。国内でも県境を越えることが容易でなくなり、検問が始まりました。
海外に在住しているタイ人に対しては、2020年3月(だったと記憶しています)から、「Fit-to-Fly certificate」と呼ばれる、いわゆる「健康証明書」を海外の医療機関で搭乗前に取得すれば帰国が認められるようになりました。
日本人を含む外国人が再びタイに入国できるようになったのは2020年7月頃でした。ただし、誰もが入国できるわけではなく、申請して許可を取らねばなりませんでした。駐在員及びその家族の場合は比較的スムースに許可が出ましたが、現地採用の場合はそうではありませんでした。駐在員は再入国できて現地採用はできない、というタイでよく見聞きする「駐在とゲンサイの差別」がコロナによってももたらされたのです。
「なんとかならないか」と私が不条理を感じたのは「配偶者がタイ人」という日本人です。入籍していない、例えば「内縁の妻」という関係なら分からなくもありませんが、正式に籍を入れている場合でも日本人はタイ入国の許可がなかなかおりなかったのです。
興味深いことに、その一方で「手術予定者」は簡単に許可をもらえました。「手術」というのは性別適合手術(性転換手術)や美容外科の手術です。どう考えても、手術予定者よりも配偶者がタイ人の日本人の方が先だろ、と思えますが、このあたりは「やっぱりタイ......」という感じです。
その後、申請が通りやすくなり、そのうちに現地採用者やタイの大学に留学する人たちにも許可がおりるようになりました。不思議なのは、同じ現地採用組でもビザが比較的簡単におりる場合とそうでない場合があって、このあたりのからくりは今もよく分かりません。
しかし、外国人であれば、駐在員であろうが、手術予定者であろうが、あるいは現地採用組であっても、渡航72時間前のPCR検査は必ず求められていました。
そして2022年4月1日、ワクチン接種を完了していれば渡航時のPCR検査が不要になりました。さらに7月1日、渡航前の「事前申請」が廃止され、これにより単なる旅行者であっても、ワクチンさえ接種していれば(あるいはPCR検査を受ければ)コロナ前の頃のように簡単に入国できるようになったのです。ただし、そうはいっても「緊急事態宣言(state of emergency)」下であることは変わっていません。外国人は入国時にコロナの検査を受けることを義務付けられ、感染すれば隔離される政策は維持されたままでした。
そしてついにコロナが"終焉"する日がやってきます。来たる2022年9月30日、「緊急事態宣言」が解除され、コロナ前の世界が戻って来ることが決まったのです。報道によると、タイは国として「ワクチン接種証明書」を不要とし、入国者の検査を終了します。感染しても軽症であれば隔離されなくなります。
さて、ここで「疑問」が出てきます。タイでもオミクロン株以降は全体では「軽症化」していますから、若者の大半はこの「終焉」を歓迎しているに違いありません。特に外国人を顧客にしている人たちは、これで経済が復活すると考えているはずです。
では、この政策に反対する人はいないのでしょうか。例えばタイの医療者はどのように考えているのでしょうか。
9月18日、米国CBSの番組「60 Minutes」で、バイデン大統領が「コロナは終わった(the pandemic is over)」とコメントしたことが放送されました。放送直後から全米でこの発言に対する反対コメントが飛び交いました。翌日には、コロナ後遺症に悩む人たちがホワイトハウスに集合し抗議をおこないました。医師たちはSNSを使って反対意見を表明しました。
一方、タイではそのような動きが聞こえてきません。現地の英字新聞にもそういった記事は見当たりませんし、私が個人的に交流のあるタイ人に聞いてみても「コロナが終わることはみんなが歓迎している」と言います。タイ人の医療者に聞いてみても「自分の知る限り、緊急事態宣言の終焉に反対している医師はいない」と言います。
しかし、タイにも高齢者はもちろんいますし、免疫能の低下した疾患の罹患者や免疫抑制剤を使用している人、つまりコロナの重症化リスクが高い人もいます。日本や米国に比べると、重症化リスクを有する人の割合は高くありませんが、それでも、完全にコロナ前の社会に戻せば、こういった人たちが感染し重症化するリスクは上昇します。ちなみに、タイの平均年齢は39.0歳、日本は世界第一位の48.6歳です。
日頃、コロナの重症化リスクが高い人たちを診ている医療者がなぜ反対の声を上げないのか......。それはタイ人の死生観に関係があると私は思います。過去の「GINAと共に」で、結核で他界した10代の女性の話をしました(「第127回(2017年1月)こんなにもはかない命・・・」)。もしも日本で10代の女子が結核で死亡となると、少なくない人たちが長期に渡り悲しみに暮れ、その気持ちを表明するでしょうが、タイではそうではありません。
タイ人の性格や考え方には今でも度々驚愕しますが、私が最も驚かされるのは「死生観」です。バンコクの料理屋で働くタイ人夫婦と知り合ったことをきっかけに、私は長年その家族(大家族です)の他のメンバーとも仲良くしています。ある日、この夫婦の妻の兄と母親から日本にいる私に電話がかかってきました。そして、妹(母親の娘)の娘(母親の孫)が小学校に入学したという話を始めました。
「祝い金をくれ」ということかな、と思って話を聞いていると、やはりその通りだったのですが、電話の終わりの方で「そう言えば妹(その子の母親)は交通事故で死んだ」と言うのです。それもつい最近の話だと言います。ならば電話をしてきてまず私に伝えるのは妹の死だろう!と思うわけですが、これがタイ人なのです。しかも、あまりの突然の知らせに言葉をなくしている私に対し「マイペンライ、〇〇(その妹の名前)サバーイ・ナ(大丈夫、妹は元気だ)」と言うのです。
マイペンライは「大丈夫」「問題ない」「気にしない」などの意味で、どのタイ人も口癖のように日に何度も使う言葉で、日本人が最も早く覚えるタイ語と言ってもいいでしょう。しかし、身内の死に対しても使うとは......。それに「サバーイ」が分かりません。死んだのに元気って、いったい何を言っているのでしょうか。もしかして、と思って「彼女は天国で元気にしているってこと?(カオ・サバーイディー・ティー・サワン・マイ?)」と尋ねてみると、やはり「そうだ」とのこと。
私はタイ人の知らない人の葬式に参加したことがあります。故人と面識がない私がなんで?と思いましたが、人が多い方が故人も喜ぶとのことで、故人の知り合いに連れていかれました。そんなものか、と思って参加すると、日本の葬式との違いに愕然としました。タイ人は仏教徒ですから葬式はお寺でおこないます。さすが「微笑みの国」と呼ばれているだけあり、葬式でも泣いている人は皆無で、みんな勝手な会話を楽しんでいるようです。大きな笑い声が聞こえるな、と思って振り返ると、すでに酒盛りが始まっています。その後は飲めや歌えやの大宴会。そのうち博打まで始まり、子供たちはおもちゃの奪い合いをしています。
どうもタイ人というのはある意味で「死」を恐れていないようです。仏教が教える輪廻転生を信じているからかもしれませんが、とにかく生きている間に「タンブン」(徳を積むこと)をたくさん行えば来世で利益を得られると言います。
そういう死生観を有しているのなら、コロナに感染してもそれを「運命」と受け止められるのでしょうか。私がタイ人と親しくなってから20年以上が経ちます。これまで多くのタイ人とたくさんの会話をしてきましたが、いまだに私にはタイ人がよく分かっていません。
ただ、どこかで「そんなタイ人がうらやましい」と感じているのは事実です......。
第194回(2022年8月) セックスパートナーの適正人数は?
「みなさん、セックスパートナーの数を制限してください!」と、もしも厚労大臣が国民へのメッセージとして記者会見で発表したとすれば、あなたはどのように感じるでしょうか。
日本を含む一夫一妻制の国では、結婚すればパートナーが一人であることが求められますし(既婚者と性交渉をもてば罪に問われる可能性があります)、未婚であったとしても複数のパートナーがいることを堂々と宣言している人はごく少数ですし、黙っているだけで実はこっそり......、という場合はそれなりにはあるでしょうが、それでも厚労大臣が国民に向けてメッセージを送らねばならないほど多くはないと考える人が多数ではないでしょうか。
ですが、これは米国CDC(疾病予防管理センター)が正式に表明している国民へのメッセージです。米国CDCだけではありません。WHO(世界保健機構)も世界中の市民に対して同じメッセージを発信しています。
これらのメッセージはモンキーポックス(サル痘)の感染を防ぐために当局が一般市民に宛てたものです。モンキーポックスを予防するための指針としてCDCが発表している内容をもう少し詳しくみてみましょう。
・感染の可能性を減らすためセックスパートナーの数を制限してください
・(バーなどにある)奥の部屋、サウナ、セックスを目的としたクラブ、プライベートおよびパブリックのセックスパーティなど、複数のパートナーと匿名で性的接触がもてる場所で感染しやすくなります
・コンドームは、肛門、口、陰茎、膣を保護できる場合がありますが、発疹は体の他の部分に発生することがありますから、コンドームだけでは防ぎきれません
・グローブ(手袋)は膣または肛門に指を挿入する際に有用ですが、全面を覆うように着用しなければならず、外すときには表面に触れないように慎重にしてください
・キスや唾液交換(exchanging spit)は避けてください
・他人と共に自慰行為をするときは距離を置いてお互いに触れないようにしてください
・対面での接触がないヴァーチャルセックスがお勧めです
・できるだけ肌と肌の接触を減らして、発疹のある部分を衣服で覆ったままセックスしてください。
これらがCDCのサイトに堂々と書かれていることに驚く人がいるかもしれません。ちなみに、「パブリックのセックスパーティ」というのは行政がセックスパーティを開いているという意味ではありません。おそらく「プライベートのセックスパーティ」は知り合いだけの"パーティ"で、「パブリックのセックスパーティ」はSNSなどで参加者を募集したものだと思います。
それにしても、セックスパートナーの人数を制限せよ、セックスパーティに参加するな、膣や肛門に指を入れるときはグローブを使え、唾液交換は避けよ、などなど、これを行政が発言するところに日本との違いを感じます。ちなみに日本の厚労省のサイトには「予防」として次の2つが書かれているだけです。
・天然痘ワクチンによって約85%発症予防効果があるとされている
・流行地では感受性のある動物や感染者との接触を避けることが大切である
セックスパートナーの人数の話をしましょう。CDCが国民に向けて勧告しなければならないほど米国では複数のセックスパートナーを持つのが一般的なのでしょうか。しかも「一人にしなさい」ではなく「制限しなさい(Limit your number of sex partners)」ですから3人以上のセックスパートナーがいることを前提としているようです。
実はこの答えは「主としてゲイに向けたメッセージ」だからです。要するに、ストレートに比べるとゲイはセックスパートナーをたくさん持っていることが多いのです。ただし、ここは解釈にちょっと注意が必要で、すべてのゲイの人たちが複数のパートナーを持っていたりセックスパーティを楽しんでいたりするわけではありません。ですから、「ゲイだから」という理由でセクシャルアクティビティが高いと決めつけるようなことは避けねばなりません。
ですが、私の経験上、それはGINAで関わった大勢のゲイも太融寺町谷口医院のゲイの患者さんも踏まえて、ゲイ及びバイセクシャルはストレートに比べて、少なくとも「平均セックスパートナー数」は圧倒的に多いと言えます。生涯パートナー、というか「生涯に性交渉を持った人数」でも圧倒的な差があります。ストレートの男性で、生涯で性行為を持った人数が100人を超える人はそう多くないと思います。ですが、ゲイの場合、すでに20代で経験人数1000人以上という人がザラにいます。ただし、繰り返しますがすべてのゲイではありません。互いに忠誠を誓い数年あるいは数十年にわたりパートナーは互いに一人だけ、というゲイカップルも少なくないことは忘れてはいけません。
周知のように、モンキーポックスは性的接触で簡単に感染します。クラブのダンスフロアで皮膚と皮膚が触れただけで感染した事例も報告されていることからも分かるように(イギリス人と米国人)、感染力は極めて強いと認識しなければなりません。
「セックスパートナーの適正人数は1人にすべきか複数持ってもよいのか」、についてはいろんな観点からの考察が必要となりますが、モンキーポックスの感染予防でいえば「少なければ少ないほど安全」ということになります。
そして、決してゲイだけが注意をすればいいわけではありません。これはクラブで肌が触れ合うだけでも感染するほど感染力が強いのだからストレートも日常生活での感染に気を付けるべき、という意味だけではありません。CDCの上記の勧告をよく読むと、「膣」という言葉も2回登場しています。セックスパートナーの人数を制限すべきなのはストレートでも同じだというわけです。
最後に、性感染症の患者さんを診察していて私がいつも感じていることを紹介しておきます。それは「性行為をもつ人数が多いほど性感染症のリスクが上昇するのは全体としては事実だが、個別にみるとそうでもない」ということです。相当ハイリスクな行為をとっているのに感染しない人もいれば、その逆に、例えば「生まれて初めてのオーラルセックスで感染したHIV陽性者」もいます。残念ながらこの患者さんとは連絡がつかなくなりました......。
「一度くらいはいいだろう......」そのような思いが悲劇につながり得ることは覚えておいた方がいいでしょう。
日本を含む一夫一妻制の国では、結婚すればパートナーが一人であることが求められますし(既婚者と性交渉をもてば罪に問われる可能性があります)、未婚であったとしても複数のパートナーがいることを堂々と宣言している人はごく少数ですし、黙っているだけで実はこっそり......、という場合はそれなりにはあるでしょうが、それでも厚労大臣が国民に向けてメッセージを送らねばならないほど多くはないと考える人が多数ではないでしょうか。
ですが、これは米国CDC(疾病予防管理センター)が正式に表明している国民へのメッセージです。米国CDCだけではありません。WHO(世界保健機構)も世界中の市民に対して同じメッセージを発信しています。
これらのメッセージはモンキーポックス(サル痘)の感染を防ぐために当局が一般市民に宛てたものです。モンキーポックスを予防するための指針としてCDCが発表している内容をもう少し詳しくみてみましょう。
・感染の可能性を減らすためセックスパートナーの数を制限してください
・(バーなどにある)奥の部屋、サウナ、セックスを目的としたクラブ、プライベートおよびパブリックのセックスパーティなど、複数のパートナーと匿名で性的接触がもてる場所で感染しやすくなります
・コンドームは、肛門、口、陰茎、膣を保護できる場合がありますが、発疹は体の他の部分に発生することがありますから、コンドームだけでは防ぎきれません
・グローブ(手袋)は膣または肛門に指を挿入する際に有用ですが、全面を覆うように着用しなければならず、外すときには表面に触れないように慎重にしてください
・キスや唾液交換(exchanging spit)は避けてください
・他人と共に自慰行為をするときは距離を置いてお互いに触れないようにしてください
・対面での接触がないヴァーチャルセックスがお勧めです
・できるだけ肌と肌の接触を減らして、発疹のある部分を衣服で覆ったままセックスしてください。
これらがCDCのサイトに堂々と書かれていることに驚く人がいるかもしれません。ちなみに、「パブリックのセックスパーティ」というのは行政がセックスパーティを開いているという意味ではありません。おそらく「プライベートのセックスパーティ」は知り合いだけの"パーティ"で、「パブリックのセックスパーティ」はSNSなどで参加者を募集したものだと思います。
それにしても、セックスパートナーの人数を制限せよ、セックスパーティに参加するな、膣や肛門に指を入れるときはグローブを使え、唾液交換は避けよ、などなど、これを行政が発言するところに日本との違いを感じます。ちなみに日本の厚労省のサイトには「予防」として次の2つが書かれているだけです。
・天然痘ワクチンによって約85%発症予防効果があるとされている
・流行地では感受性のある動物や感染者との接触を避けることが大切である
セックスパートナーの人数の話をしましょう。CDCが国民に向けて勧告しなければならないほど米国では複数のセックスパートナーを持つのが一般的なのでしょうか。しかも「一人にしなさい」ではなく「制限しなさい(Limit your number of sex partners)」ですから3人以上のセックスパートナーがいることを前提としているようです。
実はこの答えは「主としてゲイに向けたメッセージ」だからです。要するに、ストレートに比べるとゲイはセックスパートナーをたくさん持っていることが多いのです。ただし、ここは解釈にちょっと注意が必要で、すべてのゲイの人たちが複数のパートナーを持っていたりセックスパーティを楽しんでいたりするわけではありません。ですから、「ゲイだから」という理由でセクシャルアクティビティが高いと決めつけるようなことは避けねばなりません。
ですが、私の経験上、それはGINAで関わった大勢のゲイも太融寺町谷口医院のゲイの患者さんも踏まえて、ゲイ及びバイセクシャルはストレートに比べて、少なくとも「平均セックスパートナー数」は圧倒的に多いと言えます。生涯パートナー、というか「生涯に性交渉を持った人数」でも圧倒的な差があります。ストレートの男性で、生涯で性行為を持った人数が100人を超える人はそう多くないと思います。ですが、ゲイの場合、すでに20代で経験人数1000人以上という人がザラにいます。ただし、繰り返しますがすべてのゲイではありません。互いに忠誠を誓い数年あるいは数十年にわたりパートナーは互いに一人だけ、というゲイカップルも少なくないことは忘れてはいけません。
周知のように、モンキーポックスは性的接触で簡単に感染します。クラブのダンスフロアで皮膚と皮膚が触れただけで感染した事例も報告されていることからも分かるように(イギリス人と米国人)、感染力は極めて強いと認識しなければなりません。
「セックスパートナーの適正人数は1人にすべきか複数持ってもよいのか」、についてはいろんな観点からの考察が必要となりますが、モンキーポックスの感染予防でいえば「少なければ少ないほど安全」ということになります。
そして、決してゲイだけが注意をすればいいわけではありません。これはクラブで肌が触れ合うだけでも感染するほど感染力が強いのだからストレートも日常生活での感染に気を付けるべき、という意味だけではありません。CDCの上記の勧告をよく読むと、「膣」という言葉も2回登場しています。セックスパートナーの人数を制限すべきなのはストレートでも同じだというわけです。
最後に、性感染症の患者さんを診察していて私がいつも感じていることを紹介しておきます。それは「性行為をもつ人数が多いほど性感染症のリスクが上昇するのは全体としては事実だが、個別にみるとそうでもない」ということです。相当ハイリスクな行為をとっているのに感染しない人もいれば、その逆に、例えば「生まれて初めてのオーラルセックスで感染したHIV陽性者」もいます。残念ながらこの患者さんとは連絡がつかなくなりました......。
「一度くらいはいいだろう......」そのような思いが悲劇につながり得ることは覚えておいた方がいいでしょう。
第193回(2022年7月) 中絶禁止の米国よりも中絶が困難な日本の現状
2022年7月23日、WHO(世界保健機関)はモンキーポックス(サル痘)に対して、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern)」、いわゆる「緊急事態宣言」を発令しました。
現時点でモンキーポックス感染者の99%はMSM(男性と性行為をもつ男性)と報道されていますが、米国では小児及びシスジェンダーの女性への感染者も確認されています。ストレートの男女に感染者が増え始めるのも時間の問題でしょう。女性に感染し妊娠すれば(あるいは女性が妊娠してから感染すれば)母子感染のリスクも出てきます。
今回のテーマはモンキーポックスではなく「中絶」です。2022年6月24日、米国では歴史を大きく転換させる中絶に関する判決が出ました。まずは米国の中絶に関する歴史を整理してみましょう。
・1973年、米国最高裁判所が「中絶は合憲」との判決を下した。裁判を起こしたのは「ロー」という名前(仮名)の女性。中絶手術を受けたことで罪を問われていたために「中絶禁止は違憲だ」と訴えを起こしていた。この判決(ロー判決)を「ロー対ウェイド事件」とも呼ぶ。
・ロー判決により、米国では「妊娠24週目までの中絶手術」は合法と認められた。
・1992年、「ロー判決を覆すかもしれない」と言われていたケイシー訴訟と呼ばれる訴訟があった。当初の予想に反して、判決(ケイシー判決)はロー判決を踏襲するもので、依然中絶は合法であることが確認された。
・ロー判決の主役の中絶した女性ローは、後にプロライフ派(中絶反対派のこと、賛成派をプロチョイス派と呼ぶ)に転じた。ロー裁判を起こしたのも自分の意思ではなく、プロチョイス派の弁護士にかつがれただけだ、と言い出した。2005年にはロー判決の最高裁判決の見直しを求める申し立てをおこなった。
・2022年5月3日、米国のメディア「POLITICO」が、「ロー判決は覆る」とする内容の最高裁で用いられる草稿を入手しスクープした。これはサミュエル・アリートという最高裁判事が2022年2月に執筆したもの。
・POLITICOが入手した草稿は「ドブス対ジャクソン・ウイミンズ病院(Dobbs v. Jackson Women's Health Organization)」の裁判に対するもので、判決は6月24日に出されることになった。
・2022年6月24日、POLITICOの報道の通り、米国最高裁判所はロー対ウェイド事件を覆し「人工中絶は憲法上の権利ではない」とした。
中絶が禁止となると考えなければならない問題のひとつは「レイプの被害時にどうするのか」です。私が院長を務める太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)でも、年に数人から数十人の女性が「緊急避妊希望」で受診されます。パートナーとの性交渉時にコンドームが破損した、という場合もありますが、多いのは「レイプの被害」です。ちなみに、この場合はHIVの曝露後予防(PEP)も緊急避妊と同時におこないます。
緊急避妊は100%成功するものではありません。谷口医院の歴史でも過去15年半で、きちんと緊急避妊の薬を飲んだのにもかかわらず失敗(妊娠)した女性が2人います(ちなみに失敗した2例はいずれもヤッペ法で、LNG法での失敗例はゼロ)。
米国の判決は、正確には「妊娠6週以降の中絶禁止」ですから「緊急避妊」が禁止されるわけではありません。ですが、緊急避妊は100%成功する保証はありませんし、早さが勝負の緊急避妊は治療(薬の内服)が遅れれば失敗(妊娠)してしまいます。妊娠が確定するのはだいたい5週目以降ですから「6週以内」となると、「妊娠発覚時にすでに6週目になっていた」といったことも起こり得ます。また、医療機関に容易にアクセスできない場合はリスクが上がります。そして、私が恐れていたことがすでに起こっていました。
米国最高裁判所がロー対ウェイド事件を覆す判決を出してからまだ1週間もたっていない6月30日、オハイオ州の10歳の少女がインディアナ州に移動して、レイプで妊娠した胎児の中絶手術を受けました。オハイオ州では最高裁判所の判決を受け、中絶手術が違法とされ、そのため少女は州を出なければならなくなったのです。
私はタイで母子感染によりHIVに感染した子供たちをたくさんみてきました。彼(女)らは生まれたときから身体が小さかったり、どこかに傷害を抱えていたりします。タイでは最近になってようやく妊娠12週以内であれば中絶手術が合法となりましたが、以前は違法でした。そのため母子感染した可能性があると分かっていながら出産するしかなかった女性が少なくなかったのです。ちなみに日本では21週目と6日目までなら合法です。
中絶に反対する人たちは「生まれてくる赤ちゃんの権利」といった言葉を持ち出しますが、その赤ちゃんの感染症のリスクを考えているのか、私には大いに疑問です。レイプで妊娠したその赤ちゃんがHIV陽性ということも当時のタイでは実際にあったのです。
おそらく多くの日本人が米国最高裁のロー判決を覆したこの判決を疑問に感じているのではないでしょうか。では、21週と6日目までの中絶が合法の日本は世界からどのように思われているのでしょう。女性の権利を大切にしている民主的な国家と思われているのでしょうか。実際はその逆です。日本の法律には世界から理解しがたい点があるのです。その最大の理由は、日本では中絶に「配偶者の同意が必要なこと」です。
2022年6月14日のWashington Postの記事「日本では中絶は合法だがほとんどの女性は配偶者の同意が求められる(In Japan, abortion is legal ? but most women need their husband's consent)」によると、現在、中絶の際に配偶者の同意が必要なのは日本以外に10か国(シリア、イエメン、サウジアラビア、クウェート、赤道ギニア、UAE、台湾、インドネシア、トルコ、モロッコ)ありますが、G7では日本のみです。韓国も過去には配偶者の同意が必要でしたがこの規則は2020年に撤廃されています。「国連女性差別撤廃委員会(The U.N. Committee on the Elimination of Discrimination Against Women)」は、日本に対し配偶者同意の撤廃を求めています。また、日本では、現在安全性が確立されて世界の多くの地域で使われている経口中絶薬がいまだに許可されていません。
こういったルールが強制された結果、何が起こるでしょう。母親による嬰児殺害です。同記事によれば、2018年に1歳未満の乳幼児を殺害した事件は28件、うち7人は生まれたその日に殺されています。また、2022年に母親が新生児を公共の場に遺棄した事件は、6月の時点で少なくとも6件あります。
私自身はこれらの事件を直接知っているわけではありませんが、過去に谷口医院の若い未婚の女性の患者さんが嬰児殺害で逮捕されたことがあります。警察から電話がかかってきて私自身も事情聴取されました。谷口医院の患者さんが事件の加害者ということは時々あるのですが、通常私は事件の詳細を聞きません。聞くべきでないような気がするからです。
しかし、このときは警察官にこの女性がどのような罪で逮捕されたのかを聞かずにはいられませんでした。その理由は、真面目で何事にも一生懸命なその女性が刑事事件を起こすとは到底思えなかったからです。警察官から嬰児殺害と聞いて「彼女なりにいろんなことを考えてそうする以外に方法はなかったのだろう」と感じました。おそらく嬰児殺害に至った女性のほとんどは配偶者がいない未婚の状態で、誰にも相談できなかったのではないでしょうか。
ところで、「未婚だから配偶者の同意が得られず中絶できない」は正しいのでしょうか。そんなことはありません。2013年、厚労省は「未婚の場合は配偶者の同意は不要」との見解を公表しています。ちなみに2021年3月には、「夫からDVを受けるなど婚姻関係が実質破綻し、同意を得ることが困難な場合、本人の同意だけでよい」との見解も示しています。
2020年6月2日、愛知県西尾市の公園で市の職員がポリ袋に入れられた男児の遺体を発見しました。4日後に元看護学生の女性が逮捕されました。男児の父親は小学校の同級生。報道によると、その男性は中絶同意書にサインすることを約束したものの、その後連絡がつかなくなりました。女性は受診した病院で「男性の同意書がないと中絶ができない」と言われ、さらに複数の医療機関に交渉するも、そのすべてから断られたのです。
日本では厚労省が許可しているのにもかかわらず、医療者や医療機関が中絶に配偶者(胎児の父親)の同意書を強制しているのです。これが女性の権利を踏みにじる行為と言えば言い過ぎでしょうか......。
現時点でモンキーポックス感染者の99%はMSM(男性と性行為をもつ男性)と報道されていますが、米国では小児及びシスジェンダーの女性への感染者も確認されています。ストレートの男女に感染者が増え始めるのも時間の問題でしょう。女性に感染し妊娠すれば(あるいは女性が妊娠してから感染すれば)母子感染のリスクも出てきます。
今回のテーマはモンキーポックスではなく「中絶」です。2022年6月24日、米国では歴史を大きく転換させる中絶に関する判決が出ました。まずは米国の中絶に関する歴史を整理してみましょう。
・1973年、米国最高裁判所が「中絶は合憲」との判決を下した。裁判を起こしたのは「ロー」という名前(仮名)の女性。中絶手術を受けたことで罪を問われていたために「中絶禁止は違憲だ」と訴えを起こしていた。この判決(ロー判決)を「ロー対ウェイド事件」とも呼ぶ。
・ロー判決により、米国では「妊娠24週目までの中絶手術」は合法と認められた。
・1992年、「ロー判決を覆すかもしれない」と言われていたケイシー訴訟と呼ばれる訴訟があった。当初の予想に反して、判決(ケイシー判決)はロー判決を踏襲するもので、依然中絶は合法であることが確認された。
・ロー判決の主役の中絶した女性ローは、後にプロライフ派(中絶反対派のこと、賛成派をプロチョイス派と呼ぶ)に転じた。ロー裁判を起こしたのも自分の意思ではなく、プロチョイス派の弁護士にかつがれただけだ、と言い出した。2005年にはロー判決の最高裁判決の見直しを求める申し立てをおこなった。
・2022年5月3日、米国のメディア「POLITICO」が、「ロー判決は覆る」とする内容の最高裁で用いられる草稿を入手しスクープした。これはサミュエル・アリートという最高裁判事が2022年2月に執筆したもの。
・POLITICOが入手した草稿は「ドブス対ジャクソン・ウイミンズ病院(Dobbs v. Jackson Women's Health Organization)」の裁判に対するもので、判決は6月24日に出されることになった。
・2022年6月24日、POLITICOの報道の通り、米国最高裁判所はロー対ウェイド事件を覆し「人工中絶は憲法上の権利ではない」とした。
中絶が禁止となると考えなければならない問題のひとつは「レイプの被害時にどうするのか」です。私が院長を務める太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)でも、年に数人から数十人の女性が「緊急避妊希望」で受診されます。パートナーとの性交渉時にコンドームが破損した、という場合もありますが、多いのは「レイプの被害」です。ちなみに、この場合はHIVの曝露後予防(PEP)も緊急避妊と同時におこないます。
緊急避妊は100%成功するものではありません。谷口医院の歴史でも過去15年半で、きちんと緊急避妊の薬を飲んだのにもかかわらず失敗(妊娠)した女性が2人います(ちなみに失敗した2例はいずれもヤッペ法で、LNG法での失敗例はゼロ)。
米国の判決は、正確には「妊娠6週以降の中絶禁止」ですから「緊急避妊」が禁止されるわけではありません。ですが、緊急避妊は100%成功する保証はありませんし、早さが勝負の緊急避妊は治療(薬の内服)が遅れれば失敗(妊娠)してしまいます。妊娠が確定するのはだいたい5週目以降ですから「6週以内」となると、「妊娠発覚時にすでに6週目になっていた」といったことも起こり得ます。また、医療機関に容易にアクセスできない場合はリスクが上がります。そして、私が恐れていたことがすでに起こっていました。
米国最高裁判所がロー対ウェイド事件を覆す判決を出してからまだ1週間もたっていない6月30日、オハイオ州の10歳の少女がインディアナ州に移動して、レイプで妊娠した胎児の中絶手術を受けました。オハイオ州では最高裁判所の判決を受け、中絶手術が違法とされ、そのため少女は州を出なければならなくなったのです。
私はタイで母子感染によりHIVに感染した子供たちをたくさんみてきました。彼(女)らは生まれたときから身体が小さかったり、どこかに傷害を抱えていたりします。タイでは最近になってようやく妊娠12週以内であれば中絶手術が合法となりましたが、以前は違法でした。そのため母子感染した可能性があると分かっていながら出産するしかなかった女性が少なくなかったのです。ちなみに日本では21週目と6日目までなら合法です。
中絶に反対する人たちは「生まれてくる赤ちゃんの権利」といった言葉を持ち出しますが、その赤ちゃんの感染症のリスクを考えているのか、私には大いに疑問です。レイプで妊娠したその赤ちゃんがHIV陽性ということも当時のタイでは実際にあったのです。
おそらく多くの日本人が米国最高裁のロー判決を覆したこの判決を疑問に感じているのではないでしょうか。では、21週と6日目までの中絶が合法の日本は世界からどのように思われているのでしょう。女性の権利を大切にしている民主的な国家と思われているのでしょうか。実際はその逆です。日本の法律には世界から理解しがたい点があるのです。その最大の理由は、日本では中絶に「配偶者の同意が必要なこと」です。
2022年6月14日のWashington Postの記事「日本では中絶は合法だがほとんどの女性は配偶者の同意が求められる(In Japan, abortion is legal ? but most women need their husband's consent)」によると、現在、中絶の際に配偶者の同意が必要なのは日本以外に10か国(シリア、イエメン、サウジアラビア、クウェート、赤道ギニア、UAE、台湾、インドネシア、トルコ、モロッコ)ありますが、G7では日本のみです。韓国も過去には配偶者の同意が必要でしたがこの規則は2020年に撤廃されています。「国連女性差別撤廃委員会(The U.N. Committee on the Elimination of Discrimination Against Women)」は、日本に対し配偶者同意の撤廃を求めています。また、日本では、現在安全性が確立されて世界の多くの地域で使われている経口中絶薬がいまだに許可されていません。
こういったルールが強制された結果、何が起こるでしょう。母親による嬰児殺害です。同記事によれば、2018年に1歳未満の乳幼児を殺害した事件は28件、うち7人は生まれたその日に殺されています。また、2022年に母親が新生児を公共の場に遺棄した事件は、6月の時点で少なくとも6件あります。
私自身はこれらの事件を直接知っているわけではありませんが、過去に谷口医院の若い未婚の女性の患者さんが嬰児殺害で逮捕されたことがあります。警察から電話がかかってきて私自身も事情聴取されました。谷口医院の患者さんが事件の加害者ということは時々あるのですが、通常私は事件の詳細を聞きません。聞くべきでないような気がするからです。
しかし、このときは警察官にこの女性がどのような罪で逮捕されたのかを聞かずにはいられませんでした。その理由は、真面目で何事にも一生懸命なその女性が刑事事件を起こすとは到底思えなかったからです。警察官から嬰児殺害と聞いて「彼女なりにいろんなことを考えてそうする以外に方法はなかったのだろう」と感じました。おそらく嬰児殺害に至った女性のほとんどは配偶者がいない未婚の状態で、誰にも相談できなかったのではないでしょうか。
ところで、「未婚だから配偶者の同意が得られず中絶できない」は正しいのでしょうか。そんなことはありません。2013年、厚労省は「未婚の場合は配偶者の同意は不要」との見解を公表しています。ちなみに2021年3月には、「夫からDVを受けるなど婚姻関係が実質破綻し、同意を得ることが困難な場合、本人の同意だけでよい」との見解も示しています。
2020年6月2日、愛知県西尾市の公園で市の職員がポリ袋に入れられた男児の遺体を発見しました。4日後に元看護学生の女性が逮捕されました。男児の父親は小学校の同級生。報道によると、その男性は中絶同意書にサインすることを約束したものの、その後連絡がつかなくなりました。女性は受診した病院で「男性の同意書がないと中絶ができない」と言われ、さらに複数の医療機関に交渉するも、そのすべてから断られたのです。
日本では厚労省が許可しているのにもかかわらず、医療者や医療機関が中絶に配偶者(胎児の父親)の同意書を強制しているのです。これが女性の権利を踏みにじる行為と言えば言い過ぎでしょうか......。
第192回(2022年6月) 逮捕される小児愛者は氷山の一角
「性指向」というのは人によって大きく異なるものです。同性に対して「ときめく」のは現在多くの国で異常とみなさなれなくなりましたが、数十年前までは先進国でさえ、良くて「病気」、悪ければ「犯罪」の扱いでした。英国の天才作家オスカー・ワイルドも同性愛で有罪となり、牢獄で時を過ごし、晩年には誰からも見向きもされず孤独に死んでいったと言われています。
ストレートの場合、性指向がある程度大人の女性に向かえば誰からも咎められないわけですが、小児となると話は変わってきます。ただし、その「境界」がどこにあるかについては、時代や文化に影響を受けます。前回紹介した私がタイで知り合ったM君のように、相手が14歳の少女であれば日本でなら犯罪行為となります。タイでも厳密には違法ですが、14歳の少女を置屋で買春し客が逮捕されることは(少なくとも2000年代前半のタイでは)なかったのです。
日本でこのようなことをやれば大問題で、場合によっては実名で報道されることもあります。最近、13歳の女子への淫行で逮捕された香川県の三豊総合病院の35歳の医師は実名で報道されネット上に写真が拡散されました。ただ、この医師が罪を犯したのは事実であり、二度と医療の世界に戻れないのは確実でしょうが(名前を変えない限りはネット検索ですぐにバレます)、本質的にも罪か、と問われれば話は少し複雑です。
例えば、私がタイのエイズホスピスで診ていたある中年女性の患者さんは最初の出産が14歳だと言っていました。正式に入籍はしていないものの(タイではこういう話が珍しくありません)、その子の父親は夫(husband)だったと言います。おそらく日本でも大昔には13~14歳くらいで結婚、出産するケースはいくらでもあり、それが犯罪とみなされることはなかったでしょう。ただし、2000年代前半のタイでも、江戸時代の日本でも、例えば2歳の子供に性的虐待を加える者がいたとすれば重い罪に問われたに違いありません。
最近、ドイツで史上最悪と呼んでもいいような小児愛者(ペドファイル)の男が逮捕されました。Marcus R.という名の44歳のこの白人の男、ベビーシッターを装い子供に接触し性的虐待をおこない、その様子を写真やビデオにおさめ、同じ"趣向"をもつ者に送信していたことが発覚し逮捕されました。写真やビデオから、これまでに33人の被害者が特定されたことが2022年5月30日に当局から発表されました。一番幼い被害者はなんと生後1か月です。
報道によると、この男に犯罪歴はなく、捜査当局の調べによると10人の男子と2人の女子に性虐待を続け、現在18件の虐待で告発されています。あるメディアはこの男性の顔写真を大きく掲載しています。これだけでかでかと顔写真を掲載され、しかも世界中で閲覧されているわけですから、この男が社会復帰するのは相当困難でしょう。ただ、この男、とても44歳には見えないほど幼く、優しそうな整った顔つきをしています。だから小児を取り込むのに長けているのでしょうが、「プロのベビーシッターです」と言われれば多くの人が信用するのではないでしょうか。
実はドイツでは以前から小児への性虐待があまりにも多いことが問題となっています。ただ、こういった犯罪の国際比較のデータは見当たらず、ドイツだけが多いのかどうかは分かりません。また、見つからなければ数字には上がってこないわけですし、どの程度の行為が性虐待になるかについての明確な基準はありません(少なくとも国際基準はありません)。したがって、仮にすべての犯罪が露呈し、国際的に同じ基準が採用されて調査されたとすれば、ドイツよりも日本が多い、ということになるかもしれません。
2022年5月30日、トルコのメディア「TRT WORLD」が「ドイツ、2021年の児童虐待事件が増加(Germany reports rise in child abuse cases in 2021)」という記事を掲載しました。記事によると、2021年のドイツでの小児への性虐待の件数は15,500以上に昇り、これは前年から6.3%増加しています。ドイツ連邦刑事庁(Federal Criminal Police Office)長官によると、この数字は警察が把握している数字のみであり、実際の犯罪件数はずっと多いに違いないそうです。当局は、学校のクラスに1~2人程度が性的虐待の被害者となっているとみています。
このトルコのメディア、なぜかドイツの小児愛事件を詳しく報じており、2020年6月には「小児性愛者の容疑者3万人以上を警察が追っている(Germany investigating 30,000 suspects over paedophilia)」という記事を載せています。また、同じ時期に「ドイツ当局は過去数十年に渡り親の保護が受けられない男子を小児愛者と住まわせていた(For decades German officials handed over vulnerable children to paedophiles)」という驚くような記事も掲載しています。
トルコ人がなぜドイツのこのような事件に関心を持つのかが分かりませんが、ドイツ語の読めない私にとって、このメディアはありがたい存在です。ドイツには「Deutsche Welle (DW)」という信頼できる英字新聞があるのですが、こちらは"かたすぎる"というか、三面記事的な話題は好まれないようで、ペドフィリア/ペドファイルの記事はあまり掲載されません。
日本とドイツを比べてみましょう。ドイツの人口は日本のおよそ3分の2で約8000万人です。そのドイツの年間での警察が把握している小児の被害者が先述したように15,500人です。一方、日本では厚労省が数字を発表しています。令和2年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数のうち性的虐待は2,245人で、前年より168人(約8%)増えています。
日本とドイツを比較すると人口あたりで考えれば小児の性的虐待の被害者は、日本はドイツの10分の1ほどになります。では、日本はドイツほどペドファイルが多くなく子供が安心できる国なのかと問われれば、そういうわけではないと思います。
なぜなら、報道を読むと、ドイツではインターネットを解析して容疑者を特定し逮捕しているからです。先述のベビーシッターを装っていたペドファイルもネットから足がついています。そしてこの男と"情報交換"をしていた他の同類の容疑者もネットを解析することで逮捕に至っています。他方、日本では児童相談所に届けられて性的虐待が判明したケースがカウントされています。言うまでもなく、日本の統計の取り方では実態が隠れてしまっているわけです。
では、抵抗できない脆弱な子供たちを守るにはどうすればいいのでしょうか。理想の対策ではありませんが、「罪を重くする」はひとつの現実的な対処法でしょう。例えば小児愛で逮捕されると重刑を課すだけではなく、インターネットに顔をさらすようにするのです。先述のMarcus R.もメディアを通して世界中に写真が拡散しました。
イギリスの有名なペドファイルにRichard Huckleがいます。この男はWikipediaでも紹介されているほど悪名高く、写真も世界中に広がっています。興味深いのは、この男、収監されているときに仲間の囚人に性的暴行を加えられ、首を絞められ、刺殺でとどめを刺されたことです。ちなみに、Richard Huckleをレイプして殺害した囚人Paul Fitzgeraldもイギリスのメディアで顔をさらされています。
では、罪を重くして犯罪者の顔をさらすことで小児への性的虐待は減少するのでしょうか。私はそれでは不十分であり、抜本的な解決にはならないと思っています。では、どうすればいいか。近いうちに私見を述べたいと思います。
最後に、性的虐待の結果、HIVに感染させられる小児も少なくないことを改めて強調しておきたいと思います。私自身、そういう子供たちをタイでみてきました。
ストレートの場合、性指向がある程度大人の女性に向かえば誰からも咎められないわけですが、小児となると話は変わってきます。ただし、その「境界」がどこにあるかについては、時代や文化に影響を受けます。前回紹介した私がタイで知り合ったM君のように、相手が14歳の少女であれば日本でなら犯罪行為となります。タイでも厳密には違法ですが、14歳の少女を置屋で買春し客が逮捕されることは(少なくとも2000年代前半のタイでは)なかったのです。
日本でこのようなことをやれば大問題で、場合によっては実名で報道されることもあります。最近、13歳の女子への淫行で逮捕された香川県の三豊総合病院の35歳の医師は実名で報道されネット上に写真が拡散されました。ただ、この医師が罪を犯したのは事実であり、二度と医療の世界に戻れないのは確実でしょうが(名前を変えない限りはネット検索ですぐにバレます)、本質的にも罪か、と問われれば話は少し複雑です。
例えば、私がタイのエイズホスピスで診ていたある中年女性の患者さんは最初の出産が14歳だと言っていました。正式に入籍はしていないものの(タイではこういう話が珍しくありません)、その子の父親は夫(husband)だったと言います。おそらく日本でも大昔には13~14歳くらいで結婚、出産するケースはいくらでもあり、それが犯罪とみなされることはなかったでしょう。ただし、2000年代前半のタイでも、江戸時代の日本でも、例えば2歳の子供に性的虐待を加える者がいたとすれば重い罪に問われたに違いありません。
最近、ドイツで史上最悪と呼んでもいいような小児愛者(ペドファイル)の男が逮捕されました。Marcus R.という名の44歳のこの白人の男、ベビーシッターを装い子供に接触し性的虐待をおこない、その様子を写真やビデオにおさめ、同じ"趣向"をもつ者に送信していたことが発覚し逮捕されました。写真やビデオから、これまでに33人の被害者が特定されたことが2022年5月30日に当局から発表されました。一番幼い被害者はなんと生後1か月です。
報道によると、この男に犯罪歴はなく、捜査当局の調べによると10人の男子と2人の女子に性虐待を続け、現在18件の虐待で告発されています。あるメディアはこの男性の顔写真を大きく掲載しています。これだけでかでかと顔写真を掲載され、しかも世界中で閲覧されているわけですから、この男が社会復帰するのは相当困難でしょう。ただ、この男、とても44歳には見えないほど幼く、優しそうな整った顔つきをしています。だから小児を取り込むのに長けているのでしょうが、「プロのベビーシッターです」と言われれば多くの人が信用するのではないでしょうか。
実はドイツでは以前から小児への性虐待があまりにも多いことが問題となっています。ただ、こういった犯罪の国際比較のデータは見当たらず、ドイツだけが多いのかどうかは分かりません。また、見つからなければ数字には上がってこないわけですし、どの程度の行為が性虐待になるかについての明確な基準はありません(少なくとも国際基準はありません)。したがって、仮にすべての犯罪が露呈し、国際的に同じ基準が採用されて調査されたとすれば、ドイツよりも日本が多い、ということになるかもしれません。
2022年5月30日、トルコのメディア「TRT WORLD」が「ドイツ、2021年の児童虐待事件が増加(Germany reports rise in child abuse cases in 2021)」という記事を掲載しました。記事によると、2021年のドイツでの小児への性虐待の件数は15,500以上に昇り、これは前年から6.3%増加しています。ドイツ連邦刑事庁(Federal Criminal Police Office)長官によると、この数字は警察が把握している数字のみであり、実際の犯罪件数はずっと多いに違いないそうです。当局は、学校のクラスに1~2人程度が性的虐待の被害者となっているとみています。
このトルコのメディア、なぜかドイツの小児愛事件を詳しく報じており、2020年6月には「小児性愛者の容疑者3万人以上を警察が追っている(Germany investigating 30,000 suspects over paedophilia)」という記事を載せています。また、同じ時期に「ドイツ当局は過去数十年に渡り親の保護が受けられない男子を小児愛者と住まわせていた(For decades German officials handed over vulnerable children to paedophiles)」という驚くような記事も掲載しています。
トルコ人がなぜドイツのこのような事件に関心を持つのかが分かりませんが、ドイツ語の読めない私にとって、このメディアはありがたい存在です。ドイツには「Deutsche Welle (DW)」という信頼できる英字新聞があるのですが、こちらは"かたすぎる"というか、三面記事的な話題は好まれないようで、ペドフィリア/ペドファイルの記事はあまり掲載されません。
日本とドイツを比べてみましょう。ドイツの人口は日本のおよそ3分の2で約8000万人です。そのドイツの年間での警察が把握している小児の被害者が先述したように15,500人です。一方、日本では厚労省が数字を発表しています。令和2年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数のうち性的虐待は2,245人で、前年より168人(約8%)増えています。
日本とドイツを比較すると人口あたりで考えれば小児の性的虐待の被害者は、日本はドイツの10分の1ほどになります。では、日本はドイツほどペドファイルが多くなく子供が安心できる国なのかと問われれば、そういうわけではないと思います。
なぜなら、報道を読むと、ドイツではインターネットを解析して容疑者を特定し逮捕しているからです。先述のベビーシッターを装っていたペドファイルもネットから足がついています。そしてこの男と"情報交換"をしていた他の同類の容疑者もネットを解析することで逮捕に至っています。他方、日本では児童相談所に届けられて性的虐待が判明したケースがカウントされています。言うまでもなく、日本の統計の取り方では実態が隠れてしまっているわけです。
では、抵抗できない脆弱な子供たちを守るにはどうすればいいのでしょうか。理想の対策ではありませんが、「罪を重くする」はひとつの現実的な対処法でしょう。例えば小児愛で逮捕されると重刑を課すだけではなく、インターネットに顔をさらすようにするのです。先述のMarcus R.もメディアを通して世界中に写真が拡散しました。
イギリスの有名なペドファイルにRichard Huckleがいます。この男はWikipediaでも紹介されているほど悪名高く、写真も世界中に広がっています。興味深いのは、この男、収監されているときに仲間の囚人に性的暴行を加えられ、首を絞められ、刺殺でとどめを刺されたことです。ちなみに、Richard Huckleをレイプして殺害した囚人Paul Fitzgeraldもイギリスのメディアで顔をさらされています。
では、罪を重くして犯罪者の顔をさらすことで小児への性的虐待は減少するのでしょうか。私はそれでは不十分であり、抜本的な解決にはならないと思っています。では、どうすればいいか。近いうちに私見を述べたいと思います。
最後に、性的虐待の結果、HIVに感染させられる小児も少なくないことを改めて強調しておきたいと思います。私自身、そういう子供たちをタイでみてきました。