GINAと共に

第37回 HIVを特別視することによる弊害 その2 (2009年7月) 

 HIVを特別視しすぎるとどのような弊害があるか・・・

 1つには前回お話したように、HIVよりも感染力が強く予防をしていなければならない他の性感染症がないがしろにされてしまうという問題です。

 もうひとつは、HIVを特別視しすぎるあまり、感染者に対する差別や偏見が生まれるという弊害です。

 HIV感染者に対する偏見が存在し、この日本でそれが顕著なのは大きな問題です。

 私は、以前タイのHIV陽性者がいわれのない差別を受けて、地域社会から、家族から、そして病院からさえも見捨てられている現状を目の当たりにし、それがGINA設立のきっかけとなりました。

 しかし、あれから数年たった今では、タイのHIV陽性者に対する差別意識は、もちろん完全になくなってはいませんが、かなり減ってきています。まだまだ感染の事実をカムアウトしやすい社会ではありませんが、それでも、「(性交渉以外の)日常生活では他人に感染させることはない」「適切な治療を受ければ死に至る病ではない」といったことが社会に認識されるようになり、以前のように、誰にも相談できずに死を迎えるしかないといった事態は今ではほとんどありません。

 欧米ではHIVに感染した有名人がカムアウトしてそれがマスコミに取り上げられたり、またそういった有名人がHIV予防のための活動をしたり、といったことがよくあります。しかし、私の知る限り日本人の有名人がHIV陽性であることをカムアウトした、という話は聞いたことがありません。

 また、家族や職場に感染の事実を隠しながら生きているHIV陽性の人は少なくありません。というより、家族にも職場にも感染の事実を伝えている人はごく稀です。

 私が診療の現場でHIV陽性の人に聞かれることに次のようなものがあります。

 「ひとりで隠しておくのがしんどくなってきました。会社に感染のことを言おうと思っているのですが先生はどう思いますか」

 HIV感染は何も恥ずかしいことではありませんし、(性交渉以外の日常生活では)他人に感染させることもありません。ですから、私は次のように答えています。

 「そうですね。HIV感染はなにも隠すべきものでもありませんしね。堂々と感染していると言えばいいと思いますよ・・・」

 嘘です。

 本当はこう言いたい気持ちがあるのですが、現在の日本社会ではHIV感染の事実が周知されると不利益を被る可能性が非常に高いのです。HIVに感染していることが会社に知られて仕事がしづらくなった、退職せざるを得なかった、という事実はいくらでもあるのが現状なのです。

 ですから、実際には次のように答えることがよくあります。

 「お気持ちは分かりますが、職場に報告するのは賢明でない場合の方が今の日本では多いのが現実です。いったん報告すればそれを撤回することはできません。私が助言するような問題ではないかもしれませんが、もう少し日本のHIVに対する偏見が軽減されるまで待つべきではないでしょうか」

 HIVが差別の対象となるような感染症でないことを訴えるというのはGINAのミッション・ステイトメントにもあるとおりです。HIV陽性の人と陰性の人が何の偏見もなく共存し合う、そういう社会があるべき姿であるはずです。

 HIV陽性の人が職場に感染のことを話す必要があると感じるのには理由があります。ひとつには、病状の程度にもよりますが、抗HIVを内服している人であれば定期的にエイズ拠点病院を受診しなければならないことがあります。この場合、会社を休んで受診しなければならない日もありますから、その理由をつくるのに苦労するのです。

 さらに、HIVに感染していると、まだ抗HIV薬を内服しなくてもいい段階でも、発熱や倦怠感といった症状が出現することがあります。そんなとき、HIV感染の事実を会社に伝えていないと、「体力のないやつだな」といった印象を与えることになるかもしれません。また、抗HIV薬を内服している人であれば、薬の副作用に苦労することもあり得ますし、例えば宴会や慰安旅行の際にこっそりと隠れて薬を飲まなければならない、といったこともあるでしょう。

 HIV以外の病気、例えば1年前に胃ガンを患い胃の摘出術を受けた人がいたとしましょう。一般にガンというのは再発の可能性がありますし、そもそも胃を切除しているわけですから、そうでない人に比べて体力が弱いことが考えられます。職場にそのような人がいれば、きっと周囲の人はそれなりの接し方をするでしょう。例えば、体調が芳しくないように見えれば気遣いの言葉をかけるでしょうし、早退をすすめることがあるかもしれません。術後の定期健診で会社を休んでも誰も咎めることはないでしょう。

 HIVに感染している人も本来は同じはずです。定期受診で会社を休むこともあれば、体調がすぐれずに早退した方がいい場合だって考えられます。それなのに、感染の事実を周囲に伝えられないわけですから、当事者はしんどくても無理をすることになるかもしれませんし、会社を休む理由として毎回嘘をつかなければならないかもしれません。

 かつて日本には「らい予防法」という歴史的に恥ずべき法律がありました。ハンセン病を患った人に対し、いわれのない差別を国家自らがおこなっていた非科学的で非人道的な法律です。しかも、この悪法が廃止されたのは1996年になってからです。この国では21世紀を目の前にするまで、国が中心となってハンセン病罹患者を差別し続けてきたのです。

 同じことを繰り返してはいけません。HIV陽性者が感染の事実を隠さなければ生きていけないという社会など、いくら国民の所得が上がろうが、教育水準が上がろうが、恥ずべき社会なのです。

 HIVという感染症を特別視しすぎれば、HIVは怖い、HIVに感染すると死ぬ、HIVに感染すると二度とセックスできない、HIVに感染すると家族に迷惑をかける、などといった誤った考えが生まれることになります。

 そして、このような誤解がHIVに対する差別感や偏見を助長しているのです

記事URL

第36回 HIVを特別視することによる弊害 その1 (2009年6月)

 2009年6月17日、厚生労働省のエイズ動向委員会は、2008年に新たに報告されたHIV感染者とエイズ発症者の確定値を公表しました。

 同省によりますと、HIV感染者は1,126人(2007年は1,082人)、エイズ発症者は431人(2007年は418人)で、ともに過去最多を更新しています。さらに、これらの数字は6年連続で過去最多を更新していることになります。

 6年連続過去最多、となると、「気になる人は検査にいきましょう」「HIVはもう稀な感染症ではありません」、などと言われるようになり、行政やNGOなどの団体は、HIVの検査キャンペーンなどをおこない、積極的に検査を促すようになります。

 GINAでもこれまで検査の重要性を訴えてきたつもりではありますが、では、HIVの検査を積極的にしていればそれで問題はないのか、と言えば決してそんなことはありません。

 このウェブサイトをみてメールで質問される人は少なくありませんが、それらのメールを読んだり、また私は太融寺町谷口医院で毎日のようにHIVに関する相談を患者さんから直接受けますが、患者さんの悩みを聞いたりしていると、HIVはまだまだ誤解されているんだな、と感じることがよくあります。

 今回は私が日々感じている憂うべきHIVに関する誤解についてお話したいと思います。

 なぜHIVが誤解されているのか。この答えは、HIVを特別視しすぎることにあるのではないか、と私は感じています。

 HIVは特別な感染症で絶対にかかってはいけない。だから少しでも可能性があるなら検査しないといけない。体液が付着していたかもしれないシーツに触れてしまった・・・、落ちているハンカチに血がついていたような気がする・・・、蚊にさされたけどこの蚊が自分の前にHIV陽性者に吸血していたら・・・。

 こういった理論的に感染しうるはずのないことでも不安から逃れられない人がいます。理論的に感染の可能性を否定できないケースで、実際の医療現場で患者さんから最もよく聞くのは次のようなことです。

 先日、(交際相手以外の人と)性交渉を持ってしまった。コンドームはしていたけど、相手の体液が自分に触れたような気がする。HIVが心配になってきた・・・。

 この場合、リスクはゼロではないかもしれません。まず、日本人というのは、コンドームはしているといっても、よく聞くと、フェラチオ(fellatio)の際にはコンドームを使用しなかったという人が非常に多いという特徴があります。(これはGINAがおこなったタイのsex workerに関する調査であきらかとなりました)

 また、クンニリングス(cunnilingus)の際に用いるデンタルダム(女性器に覆うカバーのようなもの)は日本ではほとんど売れないそうです。ということは、日本人はオーラルセックスについてはかなり無頓着ということになります。

 HIVはオーラルセックスで感染する可能性はそれほど高くありませんが、ないわけではありません。タイでは以前から、オーラルセックスの危険性が繰り返し強調されていますし、日本での症例については拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』で述べたとおりです。

 ですから、少しでもリスクのある性交渉があるならHIVの検査を受けるべき、というのは間違いではありません。

 問題はここからです。

 HIVが気になって検査を・・・という人の何割かは、ともかくHIVが気になっていて他の性感染症については驚くほど無関心なのです。B型肝炎ウイルス(以下HBV)のワクチンを打っていない人も少なくありません。

 以前にも述べましたが、HBVのワクチンを打たないでよく分かっていない相手と性的接触をもつなどというのは医療者からみれば考えられないことです。HBVはHIVと異なり、オーラルセックスでも"簡単に"感染しますし、なかにはディープキスで感染したという報告もあります。

 医療の現場では、性交渉による感染でなく患者さんの体液に触れることによる感染を危惧して様々な感染予防対策がとられています。HIVに関して言えば、たいていどこの医療機関でもマニュアルが作成され、針刺し事故など感染の危険性のある出来事があればすぐに抗HIV薬を内服することになっています。(太融寺町谷口医院にももちろんスタッフのための抗HIV薬を常備しています)

 しかし、HIV対策というのは、医療現場で感染しうる多くの感染症のなかのひとつにすぎないわけで、しかも感染力がそれほど強くないわけですから、例えば感染予防対策マニュアルの1ページ目にHIVの記載があるわけではありません。

 針刺し事故などのカテゴリーに入れられる感染症のなかで、最優先の(要するに最も感染力が強く予防を徹底しなければならない)感染症はやはりHBVでしょう。ですから、医療者は全員、医師や看護師だけでなく検査技師や事務員も、HBVのワクチン接種をおこない抗体ができていることを確認しなければならないのです。

 もしもHIV対策にのみ必死になり、命にかかわる感染症でありなおかつ感染力がHIVよりもはるかに強いHBVの対策をいい加減にしているとすれば本末転倒です。そんな医療機関はあり得ませんが、もしもあったとしたら他の医療機関から笑いものになるだけではすまないでしょう。感染症に対して無知という烙印をおされ、医療界から消されるでしょう。(というよりそんな医療機関がもしあれば患者さんに被害が出る前に今すぐに消えてもらわなければなりません)

 HBVだけではありません。感染力はHBVよりは弱いと言えますが、C型肝炎ウイルス(以下HCV)も性交渉を通しての感染はあり得ます。(私の印象で言えばHCVは男性同性愛者に多いのですが、異性愛者でもないわけではありません。HIVと同等くらいには男女間のHCV感染はあると思われます)

 また、治る病気とは言え、梅毒も侮ってはいけません。ここ数年で、いったん減少しかけていた梅毒が増加傾向にあります。そして、私の印象でいえば、圧倒的に男性同性間が多かった一昔前に比べて、確実に女性の感染者や女性から感染する男性が増えています。

 さらに言えば、クラミジアや淋病、性器ヘルペスや尖圭コンジローマなどもHIVに比べると遥かに感染力が強いわけで、そういったいつかかってもおかしくない(しかもコンドームで防ぎきれないこともある)感染症が心配にならずに、HIVのみに恐怖を感じている人に対してはどうしても違和感を覚えてしまいます。

 次回は、HIVを特別視することで生じているもうひとつの弊害についてお話いたします。

記事URL

第35回 アートメイクとピアスとタトゥー(2009年5月)

 新型インフルエンザが世間を騒がせており、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(旧すてらめいとクリニック)にも、少しの風邪症状だけで「インフルエンザかも?」と考えて受診する患者さんが後を絶ちませんが、ほぼ毎日のように「HIVが心配で・・・」という人も来られます。

 私は、HIV感染を心配しているという人に対して、「もしも感染しているとすれば性感染ですか、それとも血液感染ですか」と尋ねるようにしています。

 すると、圧倒的に多いのが「性感染を心配しています」という答えで、「血液感染が心配」という人は、10人中1人程度です。なかには、「血液感染ってどんなのですか?」と逆に質問される場合もあり、「HIV感染=性感染」と考えている人すらいます。

 たしかに、HIV感染、特に日本のHIV感染は圧倒的多数が性的接触によるものです。ですから、「危険な性交渉を控える」「性交渉のときにはコンドームを」などというのはHIV感染を防ぐ上では大変大切なことではあります。

 しかし、それだけでは充分ではありません。もちろん、その人がどのような行動をとっているかにもよりますが、「血液感染としてのHIV」に対する意識に乏しい人がけっこう多いようだな・・・、と私は感じています。

 HIVの血液感染で最たるものは、「違法薬物の静脈注射」です。もっとありていの言葉で言えば「針の使いまわし」です。これについては、このウェブサイトでも何度も繰り返し危険性を強調してきました。薬物常用者(ジャンキー)は、医療従事者でもない限り、薬物と同様(あるいはそれ以上に)新しい針を入手するのが困難です。そのため、何度も同じ針を使うことになりますが針は一度使えば鋭利さに乏しくなりますから、何度か使用するうちに静脈に刺しにくくなります。そのため、ジャンキーはいつも新しい針をなんとかして手に入れたいと考えています。

 そんなときに、他人が一度だけ使った針がそこにあったとすれば、まだその針には鋭利さがあり静脈に刺入しやすいと考えるわけです。これが回しうちにつながりHIVを含む感染症の原因になるというわけです。

 さて、今回お話したいのは薬物の静脈注射以外の血液感染です。多くの人にとってノーマークなのが、アートメイクとボディピアス、そしてタトゥーです。これらは、日本でおこなうよりも海外で施術をした方が安くつくこともあり、安易な気持ちで海外旅行に出掛けたときに、開放的な気分が後押しすることもあるのかもしれませんが、試してしまうという人が少なくありません。

 最近私が知り合った人(日本人女性)も、海外のある国でHIVに感染しました。その人は、いつどこでどのようにHIVに感染したのか見当もつかない、と私に話しました。外国人との性交渉はありますが、交際相手だけですし、危険な性交渉(unprotected sex)の経験もないと言います。しかし、よくよく聞いてみれば、1年ほど前に海外でアートメイクの施術を受けたことが分かりました。確証はできませんが、状況からこの人はアートメイクの施術でHIVに感染した可能性が強いのです。

 今のところ、日本のタトゥーショップやアートメイクの施術でHIVに感染したという症例は私の知る限りではありません。では、日本では安全なのかというと、そうは言い切れないと考えた方がいいでしょう。HIV感染は表に出てこないだけで実際にはありうる可能性もありますし、C型肝炎ウイルス(以下HCV)やB型肝炎ウイルス(以下HBV)などは充分にあり得ます。実際、私が診察した患者さんのなかにも日本のタトゥーショップでHCVに感染した人は何人もいます。

 興味深いことに、タトゥーなどでHCVに感染した人のなかには、HIVに対しては豊富な知識を持っている人が少なくありません。最近私が診察した患者さんのなかに、「大丈夫だとは思うけどタトゥーでHIVに感染したことを否定したいので・・・」と言ってHIV抗体検査を希望された方がいました。私は問診時にその人に、「HIVもみておいた方がいいかとは思いますが、HCVは大丈夫と言い切れますか」と質問すると、意外にもその人はHCVがタトゥーで感染するということを知りませんでした。"意外にも"と私が感じたのは、HIVに関しては充分な知識を持っていたからです。HIVに対しては知識が豊富でHCVについてはほとんど何も知らない・・・。医療者からみれば、HIVよりも感染力が(少なくとも血液感染で言えば)強く、感染者もはるかに多い(日本のHCV陽性者は200万人以上とも言われています)HCVがノーマークになっていることに大変な違和感を覚えるのです。

 私がすすめたこともあり、この人はHIVだけでなくHCVの検査もおこないました。結果は、HIVは陰性であったものの、HCVは「陽性」でした。(HBVは陰性でした)

 ここで、なぜタトゥーやアートメイクでHIVやHCV、HBVといった感染症に罹患するのかについて考えてみましょう。おそらく世界中どこのタトゥーショップに行っても、「針は使い捨てを使用しています」と答えるに違いありません。では、使い捨ての針を使っているのにもかかわらずどうして感染するのか。学術的な調査がなされたわけではありませんが、おそらく色を付けるための墨が入っている「墨つぼ」に一番の原因があるのではないかと思われます。

 感染予防対策を徹底しようと思えば、針や彫刻刀だけではなく、墨つぼも使い捨てにしなければなりません。実際に、HIVやHCVに感染している人がいることを考えると、アートメイクショップやタトゥーショップで使用されている墨つぼは客ごとに新しいものに取り替えられていない可能性があります。あるいは、墨つぼの製造過程に問題があるのかもしれません。

 さらに、針や彫刻刀、墨つぼが完全に無菌状態であったとしても、施術者がHIVやHCVに感染している場合は、感染のリスクが完全にゼロにはならないと考えるべきでしょう。また、施術をおこなう際の環境にも注意を払うべきでしょう。(医療の手術現場では、術野を完全に滅菌された状態に保ちますが、同じような環境でタトゥーやアートメイクがおこなわれているとは考えられません)

 このように述べると、タトゥーやアートメイク、ボディピアス(ボディピアスは墨を使いませんが海外のショップでは不衛生なところがあると言われています)は、感染予防上おこなってはいけないもの、と聞こえてしまいますが、こういったものが衛生上の観点からのみ語られることには問題があります。

 こういったものは芸術、あるいは文化とも言えるわけで、感染のリスクがあるからという理由だけで否定することはできません。(例えば、アンジェリーナ・ジョリーの背中に入っている虎のタトゥーは、タイの伝統的な寺で入れられています)

 医療機関の手術室でタトゥー、というのが解決策であるようにも思いますが、現実的ではありません。まずは、施術を受ける方も、施術をおこなう方も、感染症の知識を確かなものとすることが大切でしょう。正しい知識を持つ持たないで、感染症のリスクは天と地ほど変わるのですから。

参考:太融寺町谷口医院ウェブサイト メディカル・エッセィ 第16回 「タトゥーの功罪」(http://www.stellamate-clinic.org/med_esse-1.htm#16)2005年6月1日

記事URL

第34回 カリフォルニアは大麻天国?!(2009年4月)

 昨年(2008年)秋ごろから、日本全国で、大麻取締法で逮捕という事件が増えてきています。いっときのように芸能人や有名人の逮捕報道は少し減少したように思われますが、代わって大量販売や栽培のニュースが増えてきているように感じます。

 今月(2009年4月)には、大阪市住之江区の住宅ビルの一棟が「大麻製造工場」として機能しており、大量の大麻が栽培されていたことが大阪府警薬物対策課によってあきらかとなりました。この「工場」では末端価格で5億円もの大麻が栽培されていたそうです。(報道は2009年4月7日の日経新聞)

 群馬県では、ベトナム人3人が住宅街の木造二階建住宅で鉢植えの大麻草約160本を栽培していたことが群馬県警の調査で発覚しました。このベトナム人らは木造の民家に通常より太い電気配線を引き込んでいたことが発覚のきっかけになっています。大麻を栽培するには適切な光、温度、水などが必要になりますから、家庭用の40から50アンペア程度の配線では充分でなく、そのため240アンペアに対応できる配線工事をしていたそうです。(報道は4月18日の読売新聞)

 さて、大麻は依存性は強くないものの、違法薬物の入り口となることが多く、大麻をきっかけに覚醒剤(もしくは麻薬)の使用、初めはアブリ、その後静脈注射、HIVを含む感染症のリスク、という話はこのウェブサイトでも何度もおこなってきました。私なりに大麻はキケンということを訴えてきたつもりですが、最近この私の考えにまったく矛盾する社会状況になりつつある地域があります。

 それは、カリフォルニアです。

 2009年4月12日のWashington Postによりますと、現在、カリフォルニア州では「医療用大麻」が、なんとほとんど誰でも簡単に入手できるようなのです!

 「医療用大麻」について解説しておきます。大麻はいくらかのリラックス(鎮静)作用があります。痛みのある患者さんに対しては鎮痛作用もあると言われています。またジャンキーたちがよく言うように、大麻が食欲を亢進させるのは事実です。ですから、食欲不振や嘔気(吐き気)のある人が大麻を吸入すれば食欲がでてくることがあります。

 したがって、例えば、ガンの末期で痛みがありご飯が食べられないような状況であったり、エイズの症状を発症しているような状態であったりすれば、大麻にはいくらかの症状改善を期待できると思われます。実際、ガンやエイズの末期に大麻を使用するという治療は、異論はあるものの世界のいくつかの地域でおこなわれています。

 ところが、今回Washington Postが取り上げているカリフォルニアの現実は、一応は「医療用大麻」となっていますが、記事をよく読めば、"ほとんど誰でも簡単に入手"できることがわかります。

 記事によりますと、カリフォルニアに住民票があり21歳以上であれば、医者を受診し150ドル(約1万5千円)を払って「医師の推薦状(physician's recommendation)」をもらうことができます。後は薬局で大麻を購入するのみです。

 医者を受診するのに、ガンやエイズを患っている必要はありません。眠れない、食欲がない、背中が痛い、ひざが痛い、・・・、そのような理由で医師は推薦状を書いてくれるというのです。

 薬局も大麻の調剤を収入源にしているようです。「LA Journal of Education for Medical Marijuana(医療用大麻の教育雑誌)」というタブロイド紙には、カリフォルニアで営業する400以上の薬局が扱っている「マジック・パープル」や「ストロベリー・カフ」、その他の商品の広告が、多くのページに掲載されているそうです。

 この記事を読んでぞっとしたのは私だけでしょうか。大麻の種類に「マジック・パープル」とか「ストロベリー・カフ」という親しみやすい名前が付けられ、タブロイド紙に広告が載せられているというのです。これではまるで新しく発売されたチョコレートのような扱いではないですか!

 周知のようにアメリカ合衆国という国は連邦制をとっています。連邦法もありますし、それぞれの州にも州法という法律があります。大麻に関しては、カリフォルニア州法に従って合法的に(医療用)大麻を所持できたとしても、連邦法では所持すること自体が禁止されていますから違法になります。ところが、Washington Postによりますと、今後DEA(米連邦麻薬取締局)は、(医療用)大麻に対して強制捜査をおこなわないそうです。

 カリフォルニア州がここまで大麻を受容するようになったのはなぜでしょうか。記事によりますと、ひとつには同州の財政の問題があります。関係者によりますと、カリフォルニア州全体での大麻のマーケットは140億ドル(約1兆4千億円)あり、現在1千8百万ドル(約18億円)の税収入があり、今後13億ドル(約1,300億円)にもなる見込みがあるそうです。

 ここまでくれば行政が積極的に大麻の使用を促しているようにすら感じられます。一方で、日本を含めたほとんどの国では大麻は違法なのです。オランダやインドの一部の州で大麻が合法なのは、昔からよく知られていたことでありますが、それらの地域は"例外"とみなされていると思われます。

 しかし、カリフォルニア州でもこのように事実上ほとんど誰もが大麻を入手できるようになったのであれば、大麻は本当に使用すべきでないのか、あるいは使用してもいいのか、について改めて議論すべきではないでしょうか。

 私自身の個人的意見としては大麻に反対ですが、その最大の理由は「他の危険な違法薬物の入り口となることが多いから」というものです。しかし、実際には、他の危険な違法薬物に手を出すことなく"上手に"大麻と付き合っている人が少なくないのも事実です。

 このWashington Postの記事によりますと、アメリカでは1億人以上が生涯のうちに一度は大麻を経験し、2,500万人は過去1年以内に使用しているそうです。ということは、(アメリカの人口は約3億1千万人ですから)、全人口の3人に1人が生涯で一度は大麻を使用し、12人に1人は過去1年以内に使用していることになります。

 大麻を禁じている法律は世界中でいくつもありますが、実際には多くの人が大麻を使用しているのが現実で、国や地域によっては堂々と使用できるというわけです。

 いったい大麻はどれだけ医学的に有益性があるのか、また大麻を使用することによって健康被害はどれくらい起こりうるのか、依存性や中毒性については実際のところどうなのか、もしも一定のルールの下で使用可能とするのであれば、適正な使用量はどれくらいなのか、医療用として使う場合、適応となる症状や疾病はどのようにすべきなのか、「眠れない」「嘔気がする」といった確認しようのない症状を訴えた症例に対して全例処方すべきなのか、健康保険は使用可能とすべきなのか、健康保険が使えたとしても使えなかったとしても適正価格というのはどれくらいなのか、その他起こりうる問題としてどのようなことが想定されるのか、・・・。

 我々は、このようなことを世界規模で検討すべき地点にまで来ているのではないでしょうか・・・。

参考:
GINAと共に 第29回(2008年11月)「大麻の危険性とマスコミの責任」

GINAと共に目次へ

記事URL

第33回 私に余生はない・・・(2009年3月)

現在GINAが支援しているひとつに、タイのパヤオ県にあるエイズ患者・孤児のグループがあります。GINAの支援先は、エイズ患者さんが収容されている施設であることがほとんどなのですが、パヤオ県のHIV陽性者に関しては、施設を支援しているわけではありません。

 この地域にはエイズ患者・孤児を収容している施設というのは(私の知る限りは)なくて、地域でエイズ患者・孤児を支えています。

 そして、そういったエイズ患者・孤児を現地で支援している人たちのなかでリーダー的存在なのが、日本人である谷口巳三郎先生(以下、巳三郎先生)なのです。

 巳三郎先生については、このウェブサイトの他のところでも紹介していますが、もう一度どのような先生なのかについてお話したいと思います。

 巳三郎先生は、1923年熊本県の生まれです(今年86歳になられます)。戦中は学徒動員でジャワ戦線にも行かれたそうです。特攻隊に選ばれながらも出撃の機会がないまま終戦となりましたが、同胞が次々と死んでいったのを目の当たりにされたと言います。

 戦後、鹿児島大学農学部を卒業され、県庁や熊本県立農業大学校などで農業に従事されてきました。60歳の定年退職後、単身でタイに渡られ北部のパヤオ県で、現地の人々に農業の指導をおこないました。

 巳三郎先生も、最初は数年間の農業技術の指導をすれば、あとは現地の人たちだけでやっていけるだろうと考えられていたそうです。ところが、現在でも、まだ現地の人だけでは農産物の生産を維持していくのは困難で巳三郎先生の指導が必要とされています。

 巳三郎先生が関わったのは、農業だけにとどまりませんでした。この地域には社会的に様々な問題があります。パヤオ県の北部には山岳民族が住んでいますが、山岳民族はタイ国籍をもっていません。そして貧困という問題があります。また、貧困にあえいでいるのは山岳民族だけではありません。タイ国籍を持っているパヤオ県の県民も、ほとんどの人は貧しい生活を強いられています。タイは地理的に南北に長い土地ですが、パヤオ県のある北部は土地が貧しく、農作物がまともに育たないのです。(だからこそ、巳三郎先生の農業指導が必要なのです)

 貧困が深刻化するとどうなるか・・・。パヤオ県は地理的にゴールデントライアングル(世界的な麻薬の産地)のすぐ近くです。貧困にあえいだ若者は、違法薬物の生産・販売に手を染め出します。女性はどうしたか・・・。バンコクやプーケットといった都心部に売春をしにいきます。

 その結果、薬物の静脈注射か売買春、あるいはその両方でHIVに感染する人が急増しました。都心に売春婦として出稼ぎにいった妻からその夫に感染するケース、HIVに感染していることを知らずに出産し生まれてきた赤ちゃんがすでにHIV陽性だったというケースなどは、この地域では枚挙に暇がありません。実際、人口あたりのHIV陽性者の数は、パヤオ県は全国一なのです。

 さて、今でこそ少しはましになっていますが、90年代の半ばはエイズとは偏見に満ちた病気でした。感染者は家族から追い出されたり、地域社会にいられなかったりといった事態になり生活ができなくなってしまいます。行き場を失くした感染者たちは、巳三郎先生を頼ることになりました。

 頼まれると放っておけない巳三郎先生は、HIV陽性者のために立ち上がります。農作物を無償で与え、仕事ができる程度の体力が残っている人たちには農業を教えたり、女性であれば日本からミシンを輸入し裁縫の指導をしたりしました。(日本で中古ミシンを集め巳三郎先生に送るプロジェクトを担ったのは、熊本から巳三郎先生の活躍を支えている奥様の恭子先生です)

 GINAは、こういった巳三郎先生のHIV陽性者への取り組みに感銘を受け、巳三郎先生を通してこの地域のHIV陽性者を支援することになりました。また、タイ人のなかにも、地域のHIV陽性者やエイズ孤児を支援したいと考える人もいます。最近では、そういった支援活動をしているタイ人に対してもGINAは支援を開始しています。

 さて、その巳三郎先生が今月(2009年3月)一時的に日本に帰国されました。大変多忙な方ですから、帰国時はいつも全国各地からひっぱりだことなります。講演をされたり、様々な人と会われたりと、休んでいる時間がないほどです。今回の帰国では、西日本国際財団という財団法人から、「西日本国際財団アジア貢献賞10周年記念特別賞」という賞も授与されています。

 そんな忙しいスケジュールのなか、巳三郎先生は大阪まで来られ私に会っていただきました。お話する時間は1時間程度でしたが、最近のパヤオのHIVに関する様々なお話を聞くことができました。

 巳三郎先生によりますと、最近のパヤオのHIV情勢は、一般的なマスコミの報道とは異なり、感染者は減っていないどころかむしろ増えているような印象があるそうです。というのも、巳三郎先生は、今でも週に2回、HIV陽性者のために農作物を無償で供給されていますが、その農作物を受け取るHIV陽性者の人数が増加しているそうなのです。

 巳三郎先生は、これまで感染に気づいていなかった人がエイズを発症して初めてHIV陽性であることが判ったというケースがこの地域は依然多く、発表されている人数よりもかなり多くのHIV陽性者がいることを確信していると言われます。

 また、抗HIV薬は以前に比べると広く行き渡るようになっているそうですが、例えば、支給された薬で副作用が出てそれ以上使えなくなると、もうお手上げとなることが多いそうです。(日本なら当然別の抗HIV薬を使うことになります)



 また、抗HIV薬が支給されたとしても、エイズに伴う様々な症状に使用する薬は簡単には手に入りません。(お金があればもちろん買えますが、先にも述べたようにこの地域はタイのなかでも最貧県のひとつです)

 巳三郎先生は今年86歳です。86歳というと、普通は仕事をリタイヤして自分の好きなことをゆっくりとおこなってもいいはずです。ほとんどの人は「余生を楽しむ」ことを考えるのではないでしょうか。

 けれども、巳三郎先生は違います。『九州流』という西日本タウン銀行が発行している雑誌のインタビューで巳三郎先生はこのように答えています。

 私に余生はない。いつも人生の最前線。死ぬ時が最も輝いているというのが理想です・・・。

GINAと共に目次へ

記事URL