GINAと共に
第87回 HIV陽性の医療従事者は仕事を続けられるか
少し古い話になりますが、福岡県のある病院で働く看護師がHIV感染を理由に職場を解雇された、という事件がありました。今回は、HIV陽性の医療者が勤務を続けることができるか、ということを考えていきたいと思います。まずは、この「福岡看護師解雇事件」を振り返ってみましょう。
2011年8月、福岡県の総合病院(A病院とします)に勤務していた看護師が目に異常を感じ勤務先のA病院を患者として受診し、その後大学病院(B病院とします)を受診しHIV感染が判明しました。
報道によりますと、看護師を診察したB病院の担当医は「患者への感染リスクは小さく、上司に報告する必要もない」と伝えました。(2012年1月13日共同通信)
ところが、B病院の別の医師が看護師の許可をとらずに(担当医の許可をとったのかどうかは報道からは不明)、看護師の勤務先のA病院の医師にHIV感染をメールで通知しました。
看護師はその後A病院の上司から「患者に感染させるリスクがあるので休んでほしい。90日以上休職すると退職扱いになるがやむを得ない」と告げられ、休職後の2011年11月末に退職させられました。
2012年1月11日、看護師は「診療情報が患者の同意なく伝えられたのは医師の守秘義務に違反する。休職の強要も働く権利を侵害するものだ」という理由で、A病院、B病院の双方を提訴しました。
2013年4月19日、福岡県の地裁支部にて原告(看護師)とB病院の間で和解が成立しました。守秘義務違反で提訴していた原告の主張をB病院が認め、「検査結果を紹介元(勤務先の病院)に提供するにあたり、原告の意思確認が不十分だったことを認め、真摯(しんし)に謝罪する」としたうえで、「診療情報を紹介元に提供する際は、患者本人の意思確認を徹底することを約束する」との再発防止策も盛り込んだそうです。(2013年4月19日の毎日新聞)
一方、看護師が勤務していたA病院は「退職を強要したわけではない。患者への感染リスクはある」などとして、請求棄却を求めているそうです(注4)。
さて、この事件を聞いてあなたはどう思われるでしょうか。「HIV感染を理由に解雇だなんでひどすぎる! この看護師を応援してA病院を糾弾すべき!」と感じられるでしょうか。
では、あなた(もしくはあなたの家族)がA病院に入院して担当看護師がこのHIV陽性の看護師だったらどのように思われるでしょうか・・・。例えばあなたの子供が入院したとしましょう。やんちゃで力の強いあなたの子供は採血や点滴を嫌がってあばれます。そんなときにこの看護師が誤って自分の腕に針を刺してしまい、その血液があなたの子供に触れたとしたら・・・。慌ててその血液を手でぬぐったあなたの子供がその手で目をこすり、結果的に看護師の血液があなたの子供の目に入ったとしたら・・・。
実はこの問題はそれほど簡単でなく、単純に「職場でのHIV差別はやめましょう」などという言葉で解決する類いのものではありません。
2002年4月に発生した「佐賀保育所B型肝炎ウイルス(HBV)集団発生事件」をご存じでしょうか。この事件は、園児19名、職員6名の合計25名がHBVに集団感染したもので、感染源は元職員であったと推定されています(注1)。
HBVはHIVと異なり、汗や唾液からもウイルスが検出されることがあります。ですから、保育所で園児と接触する程度でも感染が成立するのです。HBV陽性の職員が保育所で働いていた、ということがそもそもの問題であったことは自明でしょう。この職員から感染させられた園児や親御さんは大変悔しい思いをしているに違いありません。
HIVはHBVとは異なり、感染力はさほど強くなく、保育所で園児と接触するくらいで感染することは考えにくいと言えます。しかし、医療機関ではどうでしょうか。先に述べた「点滴であばれて・・・」という例は極端かもしれませんが、このようなことがないとは言い切れません。HIV陽性の看護師が手術室勤務で、執刀医に針やメスを手渡す業務についていれば、誤って自分の指を刺して血液が患者さんの体内に入る・・・、ということも絶対にないとは言えません。
しがたって、A病院が「患者への感染リスクはある」と主張しているのも、あながち間違いとは言えないのです。実際、海外でもHIV陽性の医療者の業務を規制している国はあります。
例えばオーストラリアでは、2006年8月、HIV陽性であることが発覚したクイーンズランド州の女性歯科医が感染の事実を行政に報告し、患者に直接的な処置をすることのない保健関係の仕事が州から与えられたことが現地のマスコミ(NEWS.COM.AU)に報道されました。報道では、感染の事実を報告したこの歯科医を称賛するような書き方をしていましたが、私が称賛されるべきと思ったのは行政の対応です。まず正直に申告した歯科医を評価し、身分を保障し仕事を与えた対応は見事でした。
その後のオーストラリアの情報はなかなか入ってこないのですが、現在は規則が変わっているかもしれません。というのは、優れた抗HIV薬の普及で、ウイルス量をほとんどゼロに押さえ込むことが現在では可能ですから、歯科的な処置も可能とみなされているかもしれないからです。実際、現在(2013年9月現在)でも、HIV陽性の医療従事者による外科的処置は、スウェーデン、カナダ、フランス、イギリス(後述)などでは認められています。
2013年8月15日、イギリスの保健省は、HIV陽性の医師や歯科医師、看護師およびその他の医療者が一定の歯科および外科処置を実施できるようになることを発表しました。ただし、対象者(HIV陽性の医療者)は、公衆衛生当局への登録が義務付けられ、抗HIV薬を内服していること、3ヶ月ごとの定期検査でウイルス量が検出限界以下であることなどの一定の条件を満たしていなければなりません(注2)。
日本ではどうかというと、1995年に「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」という通達が当時の厚生省から発表されました。この通達では、「本ガイドラインは、労働者が通常の勤務において業務上HIVを含む血液等に接触する危険性が高い医療機関等の職場は想定していない」とされています。つまり、HIV陽性の医療者は想定していない、ということです。しかし、2010年4月にこの部分が改正され、「医療機関等の職場については、(中略)、別途配慮が必要で、(中略)「医療機関における院内感染対策マニュアル作成のための手引き(案)」等(中略)を参考にして適切に対応することが望ましい」、とされました(注3)。つまり、厚労省では規則はつくらないから各医療機関で判断しなさい、ということです。
こんな通達、役人の責任逃れではないか! このように感じるのは私だけではないでしょう。医療者というのは、少なくとも保険診療をおこなっている医療機関で働く医療者は、国民から徴収している保険料や税金から給料をもらっているわけですから「公的な存在」であるはずです。その公的な業務に携わる医療者の勤務の是非を判定するのは厚労省でなければなりません。この問題を各医療機関の判断に委ねる、とするなら、X病院ではHIV陽性の医療者は勤務OKで、Y病院ではNG、などということもおこりえます。そうすると、医療者からみてもそうですが、患者さんの側からみたときに混乱を招くのは必至です。
はっきり言うと、厚労省(厚生省の時代から)はこの問題から逃げようとしています。先に佐賀県の保育所の事件を例にとりましたが、HBV陽性者は保育所勤務などの教育者だけでなく医療者にもいることは間違いありません。そもそもHBV陽性の日本人は約120万人もいると言われています。最近は有効な薬剤も登場していますが、HBV陽性の医療者全員が、ウイルス量が検出限界以下になっているという保証はありません。
C型肝炎ウイルス(HCV)は、HBVほど感染力は強くありませんが、米国では医療技師が44人の患者に感染させたという事件もあります。2013年8月14日、米国ニューハンプシャー州コンコードの連邦地裁で元医療技師の公判が開かれ被告は罪状を認めました。これまで複数の病院で、手術室から麻酔薬を盗んで自ら注射し、その注射器に生理食塩水などを入れ気づかれないよう細工し、その注射器が患者に用いられ、結果として合計44人にHCVが感染したそうです。もっともこの例は極めて特殊なものであり、通常の医療行為でHCVを医療者から患者にうつす可能性は極めて低いといえます。
ではHIV陽性の医療者はどうすべきなのでしょう。イギリスの保健省が述べているように、これまで世界中でHIV陽性の医療者から患者に感染した例は4例のみです。同省が規定しているように抗HIV薬の内服や定期的な検査を実施すれば医療者から患者に感染させる可能性はほぼゼロになるはずです。
HIV、HBV、HCV、(今回は述べませんでしたが)梅毒及びHTLV-1の5つの感染症について、医療者が陽性の場合の勤務の可否について、誰からみてもわかりやすいきっちりとしたガイドラインを日本では厚生労働省がつくるべきです。さもなければ、福岡の解雇された看護師とA病院のような問題がこれからも次々と出てくることになるでしょう。
注1:「佐賀保育所B型肝炎ウイルス(HBV)集団発生事件」について、詳しくは佐賀県の下記ホームページを参照ください。
http://kansen.pref.saga.jp/kisya/kisya/hb/houkoku160805.htm
注2:イギリス政府のウェブサイトに「Modernisation of HIV rules to better protect public」というタイトルで詳しく発表されています。下記URLを参照ください。
https://www.gov.uk/government/news/modernisation-of-hiv-rules-to-better-protect-public
注3:改訂後の「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」は厚労省の下記のページで閲覧することができます。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0527-3b.html
https://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-51/hor1-51-11-1-0.htm
注4(2015年2月付記):その後判決が出ました。2014年8月8日、福岡地裁福岡地裁久留米支部はA病院の就労制限を違法と認め、A病院に対し約115万円の支払いを命じました。(日経新聞2014年8月8日) さらにその続きがあります。2015年1月29日、福岡高裁で控訴審判決が下されました。結果は、賠償命令が出たことには変わりがありませんが、支払額が約61万円に減額されました。この理由は「元看護師は勤務先の病院が検査結果を職員間で共有することについて事後承諾していた」とされています。(日経新聞2015年1月29日)
参考:GINAと共に
第65回(2011年11月)「HIV陽性者に対する就職差別」
第80回(2013年2月)「HIV陽性者に対する就職差別 その2」
2011年8月、福岡県の総合病院(A病院とします)に勤務していた看護師が目に異常を感じ勤務先のA病院を患者として受診し、その後大学病院(B病院とします)を受診しHIV感染が判明しました。
報道によりますと、看護師を診察したB病院の担当医は「患者への感染リスクは小さく、上司に報告する必要もない」と伝えました。(2012年1月13日共同通信)
ところが、B病院の別の医師が看護師の許可をとらずに(担当医の許可をとったのかどうかは報道からは不明)、看護師の勤務先のA病院の医師にHIV感染をメールで通知しました。
看護師はその後A病院の上司から「患者に感染させるリスクがあるので休んでほしい。90日以上休職すると退職扱いになるがやむを得ない」と告げられ、休職後の2011年11月末に退職させられました。
2012年1月11日、看護師は「診療情報が患者の同意なく伝えられたのは医師の守秘義務に違反する。休職の強要も働く権利を侵害するものだ」という理由で、A病院、B病院の双方を提訴しました。
2013年4月19日、福岡県の地裁支部にて原告(看護師)とB病院の間で和解が成立しました。守秘義務違反で提訴していた原告の主張をB病院が認め、「検査結果を紹介元(勤務先の病院)に提供するにあたり、原告の意思確認が不十分だったことを認め、真摯(しんし)に謝罪する」としたうえで、「診療情報を紹介元に提供する際は、患者本人の意思確認を徹底することを約束する」との再発防止策も盛り込んだそうです。(2013年4月19日の毎日新聞)
一方、看護師が勤務していたA病院は「退職を強要したわけではない。患者への感染リスクはある」などとして、請求棄却を求めているそうです(注4)。
さて、この事件を聞いてあなたはどう思われるでしょうか。「HIV感染を理由に解雇だなんでひどすぎる! この看護師を応援してA病院を糾弾すべき!」と感じられるでしょうか。
では、あなた(もしくはあなたの家族)がA病院に入院して担当看護師がこのHIV陽性の看護師だったらどのように思われるでしょうか・・・。例えばあなたの子供が入院したとしましょう。やんちゃで力の強いあなたの子供は採血や点滴を嫌がってあばれます。そんなときにこの看護師が誤って自分の腕に針を刺してしまい、その血液があなたの子供に触れたとしたら・・・。慌ててその血液を手でぬぐったあなたの子供がその手で目をこすり、結果的に看護師の血液があなたの子供の目に入ったとしたら・・・。
実はこの問題はそれほど簡単でなく、単純に「職場でのHIV差別はやめましょう」などという言葉で解決する類いのものではありません。
2002年4月に発生した「佐賀保育所B型肝炎ウイルス(HBV)集団発生事件」をご存じでしょうか。この事件は、園児19名、職員6名の合計25名がHBVに集団感染したもので、感染源は元職員であったと推定されています(注1)。
HBVはHIVと異なり、汗や唾液からもウイルスが検出されることがあります。ですから、保育所で園児と接触する程度でも感染が成立するのです。HBV陽性の職員が保育所で働いていた、ということがそもそもの問題であったことは自明でしょう。この職員から感染させられた園児や親御さんは大変悔しい思いをしているに違いありません。
HIVはHBVとは異なり、感染力はさほど強くなく、保育所で園児と接触するくらいで感染することは考えにくいと言えます。しかし、医療機関ではどうでしょうか。先に述べた「点滴であばれて・・・」という例は極端かもしれませんが、このようなことがないとは言い切れません。HIV陽性の看護師が手術室勤務で、執刀医に針やメスを手渡す業務についていれば、誤って自分の指を刺して血液が患者さんの体内に入る・・・、ということも絶対にないとは言えません。
しがたって、A病院が「患者への感染リスクはある」と主張しているのも、あながち間違いとは言えないのです。実際、海外でもHIV陽性の医療者の業務を規制している国はあります。
例えばオーストラリアでは、2006年8月、HIV陽性であることが発覚したクイーンズランド州の女性歯科医が感染の事実を行政に報告し、患者に直接的な処置をすることのない保健関係の仕事が州から与えられたことが現地のマスコミ(NEWS.COM.AU)に報道されました。報道では、感染の事実を報告したこの歯科医を称賛するような書き方をしていましたが、私が称賛されるべきと思ったのは行政の対応です。まず正直に申告した歯科医を評価し、身分を保障し仕事を与えた対応は見事でした。
その後のオーストラリアの情報はなかなか入ってこないのですが、現在は規則が変わっているかもしれません。というのは、優れた抗HIV薬の普及で、ウイルス量をほとんどゼロに押さえ込むことが現在では可能ですから、歯科的な処置も可能とみなされているかもしれないからです。実際、現在(2013年9月現在)でも、HIV陽性の医療従事者による外科的処置は、スウェーデン、カナダ、フランス、イギリス(後述)などでは認められています。
2013年8月15日、イギリスの保健省は、HIV陽性の医師や歯科医師、看護師およびその他の医療者が一定の歯科および外科処置を実施できるようになることを発表しました。ただし、対象者(HIV陽性の医療者)は、公衆衛生当局への登録が義務付けられ、抗HIV薬を内服していること、3ヶ月ごとの定期検査でウイルス量が検出限界以下であることなどの一定の条件を満たしていなければなりません(注2)。
日本ではどうかというと、1995年に「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」という通達が当時の厚生省から発表されました。この通達では、「本ガイドラインは、労働者が通常の勤務において業務上HIVを含む血液等に接触する危険性が高い医療機関等の職場は想定していない」とされています。つまり、HIV陽性の医療者は想定していない、ということです。しかし、2010年4月にこの部分が改正され、「医療機関等の職場については、(中略)、別途配慮が必要で、(中略)「医療機関における院内感染対策マニュアル作成のための手引き(案)」等(中略)を参考にして適切に対応することが望ましい」、とされました(注3)。つまり、厚労省では規則はつくらないから各医療機関で判断しなさい、ということです。
こんな通達、役人の責任逃れではないか! このように感じるのは私だけではないでしょう。医療者というのは、少なくとも保険診療をおこなっている医療機関で働く医療者は、国民から徴収している保険料や税金から給料をもらっているわけですから「公的な存在」であるはずです。その公的な業務に携わる医療者の勤務の是非を判定するのは厚労省でなければなりません。この問題を各医療機関の判断に委ねる、とするなら、X病院ではHIV陽性の医療者は勤務OKで、Y病院ではNG、などということもおこりえます。そうすると、医療者からみてもそうですが、患者さんの側からみたときに混乱を招くのは必至です。
はっきり言うと、厚労省(厚生省の時代から)はこの問題から逃げようとしています。先に佐賀県の保育所の事件を例にとりましたが、HBV陽性者は保育所勤務などの教育者だけでなく医療者にもいることは間違いありません。そもそもHBV陽性の日本人は約120万人もいると言われています。最近は有効な薬剤も登場していますが、HBV陽性の医療者全員が、ウイルス量が検出限界以下になっているという保証はありません。
C型肝炎ウイルス(HCV)は、HBVほど感染力は強くありませんが、米国では医療技師が44人の患者に感染させたという事件もあります。2013年8月14日、米国ニューハンプシャー州コンコードの連邦地裁で元医療技師の公判が開かれ被告は罪状を認めました。これまで複数の病院で、手術室から麻酔薬を盗んで自ら注射し、その注射器に生理食塩水などを入れ気づかれないよう細工し、その注射器が患者に用いられ、結果として合計44人にHCVが感染したそうです。もっともこの例は極めて特殊なものであり、通常の医療行為でHCVを医療者から患者にうつす可能性は極めて低いといえます。
ではHIV陽性の医療者はどうすべきなのでしょう。イギリスの保健省が述べているように、これまで世界中でHIV陽性の医療者から患者に感染した例は4例のみです。同省が規定しているように抗HIV薬の内服や定期的な検査を実施すれば医療者から患者に感染させる可能性はほぼゼロになるはずです。
HIV、HBV、HCV、(今回は述べませんでしたが)梅毒及びHTLV-1の5つの感染症について、医療者が陽性の場合の勤務の可否について、誰からみてもわかりやすいきっちりとしたガイドラインを日本では厚生労働省がつくるべきです。さもなければ、福岡の解雇された看護師とA病院のような問題がこれからも次々と出てくることになるでしょう。
注1:「佐賀保育所B型肝炎ウイルス(HBV)集団発生事件」について、詳しくは佐賀県の下記ホームページを参照ください。
http://kansen.pref.saga.jp/kisya/kisya/hb/houkoku160805.htm
注2:イギリス政府のウェブサイトに「Modernisation of HIV rules to better protect public」というタイトルで詳しく発表されています。下記URLを参照ください。
https://www.gov.uk/government/news/modernisation-of-hiv-rules-to-better-protect-public
注3:改訂後の「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」は厚労省の下記のページで閲覧することができます。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0527-3b.html
https://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-51/hor1-51-11-1-0.htm
注4(2015年2月付記):その後判決が出ました。2014年8月8日、福岡地裁福岡地裁久留米支部はA病院の就労制限を違法と認め、A病院に対し約115万円の支払いを命じました。(日経新聞2014年8月8日) さらにその続きがあります。2015年1月29日、福岡高裁で控訴審判決が下されました。結果は、賠償命令が出たことには変わりがありませんが、支払額が約61万円に減額されました。この理由は「元看護師は勤務先の病院が検査結果を職員間で共有することについて事後承諾していた」とされています。(日経新聞2015年1月29日)
参考:GINAと共に
第65回(2011年11月)「HIV陽性者に対する就職差別」
第80回(2013年2月)「HIV陽性者に対する就職差別 その2」
第86回 なぜ日本では同性婚の議論が起こらないのか(2013年8月)
2013年6月26日、アメリカの歴史に残る判決が同国の連邦最高裁で下されました。この判決により、同性婚者にも異性婚者と平等の権利が保障されることになったのです。
このニュースは日本のマスコミにも取り上げられていましたからご存知の方も多いと思いますが、ここでは少し詳しくみておきたいと思います。まず、アメリカでは州によって同性婚が認められているところとそうでないところがあります。カリフォルニア州は2008年5月に全米で2番目に同性婚が認められるようになりましたが、その後法廷での判決が二転三転していました。(ちなみに全米初の同性婚が認められるようになった州はマサチューセッツ州です)
カリフォルニア州では、法廷闘争がかなりややこしくなっていて、2010年より「同性婚は一応OKだけど新たに同性婚の届出はできない」、といったよく分からない状態が続いていました。6月26日の判決で、ようやく同性婚がきちんとしたかたちで認められることになったのです。連邦最高裁のこの判決を受け、カリフォルニア州のブラウン知事も州の法律改正を発表し、その直後から同性婚のカップルが婚姻届の提出を開始しているそうです。
現在アメリカでは、ワシントンD.C.と(カリフォルニアを入れて)13の州(注1)で同性婚が認められていますが、今後この連邦最高裁の判決の影響で、同性婚を認める州が増えるのではないかと見られています。
アメリカの連邦最高裁で同性婚を認めるという画期的な判決が下されたのは、オバマ大統領が2012年5月に「同性婚を支持する」と発言したことが影響を与えているのはおそらく間違いないでしょう。
私は、オバマ大統領のこの発言を聞いたとき、アメリカ全土で同性婚が認められるようになどなるわけがない、と感じました。なぜならアメリカという国には世界的にみてもかなり保守的な国民性があるからです。国会議員のいくらかが中絶に反対し、国民の何割かがダーウインの進化論を信じない国で、一部の州で認められることがあっても、決して全土では同性婚が認められるはずがない、と考えたのです。
なぜオバマ大統領が「同性婚を支持する」という発言をしたのか、私は、同性愛者(及び同性愛支援者)から寄付金を集めるためではないのか、と疑いました。そして、もしオバマ氏が本当に同性愛者の幸せを望むなら、同性婚ではなく、フランスのPACSのような制度を提唱すべきではないかと思ったのです。(このあたりについては、下記「GINAと共に」を参照ください)
ところが、大統領の発言から1年1ヶ月後の2013年6月、連邦最高裁は、大統領の発言を支持します、と言わんばかりに同性婚を認める判決を下したのです。この判決は、歴史に新たな1ページを刻む判決、と言っていいでしょう。
改めてオバマ大統領のスピーチをみてみると興味深いことがあります。2012年11月7日にオバマ氏は再選の勝利スピーチをしています。「一生懸命に働けば誰にでもチャンスはある」といった感じのことを述べているところで、「あなたが黒人でも白人でもヒスパニックでもアジア人でも、(中略)、ゲイでもストレートでも・・・」、と発言しているのです。
このスピーチ、ちょうど私はこの部分をNHKで見たのですが、大統領の力強い声や手の動きに迫力があり日本人の私も感動させられました。実際、この箇所のすぐあとには割れんばかりの拍手と喝采が巻き起こります。それでも、世間には批判的にみる人もいて、ヒスパニックやゲイなどのマイノリティを味方につけて保守勢力との差をつけたいと考えているからこのようなスピーチをするんだ、という人もいます。実際、オバマ氏が大統領に就任してからメキシコなど中米からアメリカに入国し市民権を得た人が大幅に増えているそうです。そしてヒスパニックの大半がオバマを支持しているという話を聞きます。
私自身は以前のコラムで、オバマ氏を批判するようなことを述べていますから、ここでこのようなことを言うのは憚られるのですが、氏の本当の目的がどのようなものであったとしても、同性婚を認めるという連邦最高裁の判決にはオバマ氏の発言が大きな影響を与えている可能性が強く、結局のところオバマ氏が正しかったのだと今では考えています。
ただし、連邦最高裁で同性婚が認められたからといって、今後すべての州で同性婚が簡単に受け入れられるわけではありません。先に述べたように、アメリカという国は州によってはかなり保守的な色が強いのは間違いありません。今後、同性婚として入籍したいから別の州へ引っ越すという動きが広がるかもしれません。
2012年5月のオバマ大統領の同性婚支持発言、そして11月の再選勝利スピーチでの「ゲイでもストレートでも・・・」という発言は、アメリカ国内のみならず世界中に影響を与えているとみるべきでしょう。
イギリスでは2013年2月に下院で同性婚法案が賛成多数で可決されました。ニュージーランドとウルグアイでは2013年4月に、ブラジルでは2013年5月に同性婚を事実上認めるという決定が下されています。
興味深いのはフランスです。以前のコラムでも紹介しましたように、フランスという国は、世界で最も同性愛者の権利が保証されている国のひとつです。結婚ではなくPACSという制度があり、この制度を利用すれば、事実上配偶者と同じような権利が与えられるのです。私は、「PACSという制度こそが最も現実的に同性愛者の権利を守るためのものであり同性婚という制度にこだわる必要はない」、ということを述べました。
ところが、です。そのフランスも(オバマ氏の影響を受けてなのか)2013年5月18日に同性婚解禁法が成立しています。そして、この後が興味深いと言えます。フランスという国にも、アメリカほどではないと思いますが、一定の割合で保守層がいます。(その保守層と共存するためにもPACSは理想の制度だと私は考えていたのですが・・・)
フランスの同性婚解禁に対し保守層が"攻撃"にでました。法律成立3日後の5月21日、78歳の作家Dominique Venner氏は、ノートルダム寺院で1、500人が見守る中、同性婚合法化への抗議として、なんとピストルで自殺を図ったのです(注2)。5月26日にはパリで同性婚反対派による大規模デモ(主催者発表では40万人)が起こり警察が介入、合計96人の逮捕者が出ています(注3)。5月29日にはフランス初の同性婚カップルが誕生しましたが(注4)、結婚式場に反対派が押しかけ機動隊が式場を警備する事態になったそうです。6月9日には全仏オープン(テニス)の決勝戦で、同性婚合法化の抗議目的で半裸の男が乱入し騒ぎを起こしています(注5)。
これまでの私の人生で知り合ったフランス人というのは、合計で10人にも満たない程度ですが、彼(女)らは革新的な考えの人が多かったように思います。個人主義を徹底し、かつ他人を尊重する、といった感じです。大麻などの薬物に積極的な人もいれば、自分はやらないけど他人が何をやっても気にならないという人もいました。空き缶を捨てるといった地球を汚すことは許さないし、日本人が捕鯨するのはけしからんが、人間にも動物にも地球にも迷惑をかけなければ何をやってもいいんじゃないの、という人もいました。つまり個人主義が徹底しており、(アメリカ人のように)正義の名の下に他人を裁くというような人はいなかったのです。
ですから、同性婚解禁以降のフランス人の行動は私には大変意外なのです。公衆の面前での自殺、機動隊を出動させるほどのデモ、他人の結婚式をつぶす行動、全仏オープン決勝戦での半裸の乱入など、他人の結婚のことでなんでここまでできるのか、それが私には分からないのです。
一方、日本ではどうでしょう。世界中でこれだけ同性婚を巡る議論が繰り広げられているのにもかかわらず、国会で取り上げられる兆しすらありません。マスコミも同様です。アメリカの連邦裁判所の同性婚を認める判決は一応は扱われましたが、他国の同性婚を取り上げることはほとんどありませんし、フランスの一連の抗議活動については私の知る限りまったく報道されていません。
日本という国は、歴史的には同性愛に対してかなり寛容だったと言われることがあります。しかし、現在の日本では職場で同性愛者であることをカムアウトする人はほとんどいませんし、同棲している同性カップルは大勢いますが、多くは(年金を受け取れない、手術の同意書にサインできないなど)社会的不利益を被ったままです。
日本もそろそろ歴史に新しいページを刻む時期に来ているのではないでしょうか・・・。
参考:GINAと共に
第71回(2012年5月)「オバマの同性婚支持とオランドのPACS」
第60回(2011年6月)「同性愛者の社会保障」
第3回(2006年9月)「美しき同性愛」
注1:以下が13の州です。
カリフォルニア州、マサチューセッツ州、コネチカット州、アイオワ州、バーモント州、ニューハンプシャー州、ニューヨーク州、ワシントン州、メイン州、メリーランド州、ロードアイランド州、デラウェア州、ミネソタ州
注2:詳しくは下記のCNNのサイトを参照ください。「Notre-Dame suicide on the altar of same-sex marriage」というタイトルで報道されています。
http://edition.cnn.com/2013/05/23/opinion/opinion-poirier-same-sex-marriage-suicide
注3:イギリスのタブロイド紙『Independent』が詳しく報道しています。映像もあります。タイトルは「France: Huge gay marriage protest turns violent in Paris」です。
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/france-huge-gay-marriage-protest-turns-violent-in-paris-8632878.html
注4:『Independent』が報じています。タイトルは「First gay couple wed in France amid tight security after controversial new legislation sparked violent protests」です。
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/first-gay-couple-wed-in-france-amid-tight-security-after-controversial-new-legislation-sparked-violent-protests-8635060.html
注5:『Deadspin』というアメリカのスポーツ紙が報道しています。映像もありますが、半裸の男はうつっていません。タイトルは「The Half-Naked French Open Flare Guys Were Protesting Gay Marriage」です。
http://deadspin.com/the-half-naked-french-open-flare-guys-were-protesting-g-512179450
このニュースは日本のマスコミにも取り上げられていましたからご存知の方も多いと思いますが、ここでは少し詳しくみておきたいと思います。まず、アメリカでは州によって同性婚が認められているところとそうでないところがあります。カリフォルニア州は2008年5月に全米で2番目に同性婚が認められるようになりましたが、その後法廷での判決が二転三転していました。(ちなみに全米初の同性婚が認められるようになった州はマサチューセッツ州です)
カリフォルニア州では、法廷闘争がかなりややこしくなっていて、2010年より「同性婚は一応OKだけど新たに同性婚の届出はできない」、といったよく分からない状態が続いていました。6月26日の判決で、ようやく同性婚がきちんとしたかたちで認められることになったのです。連邦最高裁のこの判決を受け、カリフォルニア州のブラウン知事も州の法律改正を発表し、その直後から同性婚のカップルが婚姻届の提出を開始しているそうです。
現在アメリカでは、ワシントンD.C.と(カリフォルニアを入れて)13の州(注1)で同性婚が認められていますが、今後この連邦最高裁の判決の影響で、同性婚を認める州が増えるのではないかと見られています。
アメリカの連邦最高裁で同性婚を認めるという画期的な判決が下されたのは、オバマ大統領が2012年5月に「同性婚を支持する」と発言したことが影響を与えているのはおそらく間違いないでしょう。
私は、オバマ大統領のこの発言を聞いたとき、アメリカ全土で同性婚が認められるようになどなるわけがない、と感じました。なぜならアメリカという国には世界的にみてもかなり保守的な国民性があるからです。国会議員のいくらかが中絶に反対し、国民の何割かがダーウインの進化論を信じない国で、一部の州で認められることがあっても、決して全土では同性婚が認められるはずがない、と考えたのです。
なぜオバマ大統領が「同性婚を支持する」という発言をしたのか、私は、同性愛者(及び同性愛支援者)から寄付金を集めるためではないのか、と疑いました。そして、もしオバマ氏が本当に同性愛者の幸せを望むなら、同性婚ではなく、フランスのPACSのような制度を提唱すべきではないかと思ったのです。(このあたりについては、下記「GINAと共に」を参照ください)
ところが、大統領の発言から1年1ヶ月後の2013年6月、連邦最高裁は、大統領の発言を支持します、と言わんばかりに同性婚を認める判決を下したのです。この判決は、歴史に新たな1ページを刻む判決、と言っていいでしょう。
改めてオバマ大統領のスピーチをみてみると興味深いことがあります。2012年11月7日にオバマ氏は再選の勝利スピーチをしています。「一生懸命に働けば誰にでもチャンスはある」といった感じのことを述べているところで、「あなたが黒人でも白人でもヒスパニックでもアジア人でも、(中略)、ゲイでもストレートでも・・・」、と発言しているのです。
このスピーチ、ちょうど私はこの部分をNHKで見たのですが、大統領の力強い声や手の動きに迫力があり日本人の私も感動させられました。実際、この箇所のすぐあとには割れんばかりの拍手と喝采が巻き起こります。それでも、世間には批判的にみる人もいて、ヒスパニックやゲイなどのマイノリティを味方につけて保守勢力との差をつけたいと考えているからこのようなスピーチをするんだ、という人もいます。実際、オバマ氏が大統領に就任してからメキシコなど中米からアメリカに入国し市民権を得た人が大幅に増えているそうです。そしてヒスパニックの大半がオバマを支持しているという話を聞きます。
私自身は以前のコラムで、オバマ氏を批判するようなことを述べていますから、ここでこのようなことを言うのは憚られるのですが、氏の本当の目的がどのようなものであったとしても、同性婚を認めるという連邦最高裁の判決にはオバマ氏の発言が大きな影響を与えている可能性が強く、結局のところオバマ氏が正しかったのだと今では考えています。
ただし、連邦最高裁で同性婚が認められたからといって、今後すべての州で同性婚が簡単に受け入れられるわけではありません。先に述べたように、アメリカという国は州によってはかなり保守的な色が強いのは間違いありません。今後、同性婚として入籍したいから別の州へ引っ越すという動きが広がるかもしれません。
2012年5月のオバマ大統領の同性婚支持発言、そして11月の再選勝利スピーチでの「ゲイでもストレートでも・・・」という発言は、アメリカ国内のみならず世界中に影響を与えているとみるべきでしょう。
イギリスでは2013年2月に下院で同性婚法案が賛成多数で可決されました。ニュージーランドとウルグアイでは2013年4月に、ブラジルでは2013年5月に同性婚を事実上認めるという決定が下されています。
興味深いのはフランスです。以前のコラムでも紹介しましたように、フランスという国は、世界で最も同性愛者の権利が保証されている国のひとつです。結婚ではなくPACSという制度があり、この制度を利用すれば、事実上配偶者と同じような権利が与えられるのです。私は、「PACSという制度こそが最も現実的に同性愛者の権利を守るためのものであり同性婚という制度にこだわる必要はない」、ということを述べました。
ところが、です。そのフランスも(オバマ氏の影響を受けてなのか)2013年5月18日に同性婚解禁法が成立しています。そして、この後が興味深いと言えます。フランスという国にも、アメリカほどではないと思いますが、一定の割合で保守層がいます。(その保守層と共存するためにもPACSは理想の制度だと私は考えていたのですが・・・)
フランスの同性婚解禁に対し保守層が"攻撃"にでました。法律成立3日後の5月21日、78歳の作家Dominique Venner氏は、ノートルダム寺院で1、500人が見守る中、同性婚合法化への抗議として、なんとピストルで自殺を図ったのです(注2)。5月26日にはパリで同性婚反対派による大規模デモ(主催者発表では40万人)が起こり警察が介入、合計96人の逮捕者が出ています(注3)。5月29日にはフランス初の同性婚カップルが誕生しましたが(注4)、結婚式場に反対派が押しかけ機動隊が式場を警備する事態になったそうです。6月9日には全仏オープン(テニス)の決勝戦で、同性婚合法化の抗議目的で半裸の男が乱入し騒ぎを起こしています(注5)。
これまでの私の人生で知り合ったフランス人というのは、合計で10人にも満たない程度ですが、彼(女)らは革新的な考えの人が多かったように思います。個人主義を徹底し、かつ他人を尊重する、といった感じです。大麻などの薬物に積極的な人もいれば、自分はやらないけど他人が何をやっても気にならないという人もいました。空き缶を捨てるといった地球を汚すことは許さないし、日本人が捕鯨するのはけしからんが、人間にも動物にも地球にも迷惑をかけなければ何をやってもいいんじゃないの、という人もいました。つまり個人主義が徹底しており、(アメリカ人のように)正義の名の下に他人を裁くというような人はいなかったのです。
ですから、同性婚解禁以降のフランス人の行動は私には大変意外なのです。公衆の面前での自殺、機動隊を出動させるほどのデモ、他人の結婚式をつぶす行動、全仏オープン決勝戦での半裸の乱入など、他人の結婚のことでなんでここまでできるのか、それが私には分からないのです。
一方、日本ではどうでしょう。世界中でこれだけ同性婚を巡る議論が繰り広げられているのにもかかわらず、国会で取り上げられる兆しすらありません。マスコミも同様です。アメリカの連邦裁判所の同性婚を認める判決は一応は扱われましたが、他国の同性婚を取り上げることはほとんどありませんし、フランスの一連の抗議活動については私の知る限りまったく報道されていません。
日本という国は、歴史的には同性愛に対してかなり寛容だったと言われることがあります。しかし、現在の日本では職場で同性愛者であることをカムアウトする人はほとんどいませんし、同棲している同性カップルは大勢いますが、多くは(年金を受け取れない、手術の同意書にサインできないなど)社会的不利益を被ったままです。
日本もそろそろ歴史に新しいページを刻む時期に来ているのではないでしょうか・・・。
参考:GINAと共に
第71回(2012年5月)「オバマの同性婚支持とオランドのPACS」
第60回(2011年6月)「同性愛者の社会保障」
第3回(2006年9月)「美しき同性愛」
注1:以下が13の州です。
カリフォルニア州、マサチューセッツ州、コネチカット州、アイオワ州、バーモント州、ニューハンプシャー州、ニューヨーク州、ワシントン州、メイン州、メリーランド州、ロードアイランド州、デラウェア州、ミネソタ州
注2:詳しくは下記のCNNのサイトを参照ください。「Notre-Dame suicide on the altar of same-sex marriage」というタイトルで報道されています。
http://edition.cnn.com/2013/05/23/opinion/opinion-poirier-same-sex-marriage-suicide
注3:イギリスのタブロイド紙『Independent』が詳しく報道しています。映像もあります。タイトルは「France: Huge gay marriage protest turns violent in Paris」です。
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/france-huge-gay-marriage-protest-turns-violent-in-paris-8632878.html
注4:『Independent』が報じています。タイトルは「First gay couple wed in France amid tight security after controversial new legislation sparked violent protests」です。
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/first-gay-couple-wed-in-france-amid-tight-security-after-controversial-new-legislation-sparked-violent-protests-8635060.html
注5:『Deadspin』というアメリカのスポーツ紙が報道しています。映像もありますが、半裸の男はうつっていません。タイトルは「The Half-Naked French Open Flare Guys Were Protesting Gay Marriage」です。
http://deadspin.com/the-half-naked-french-open-flare-guys-were-protesting-g-512179450
第85回 橋下市長の発言に対して誰も言わないこと(後編)(2013年7月)
参議院選挙(2013年7月21日実施)も終わり、「維新の会」の議席が増えなかったことが小さく報道されることを除けば、大阪市の橋下市長の話題はあまり取り上げられなくなってきました。2ヶ月前には、世界中のマスコミで大きく取り上げられ国際問題にも発展しかけた氏の問題発言も、すでに忘れ去られつつあるのかもしれません。
前回も指摘したように、橋下市長の一連の問題発言に対し、マスコミだけでなく、世界中の識者がコメントを発しました。ここでそれらを振り返ることはしませんが、私が言いたかったことは2つです。ひとつは前回述べたように、橋下市長は「集団でおこなう破廉恥な行為をあまりにも当然のことのように考えていないか」、ということです。慰安所や集団買春、性風俗などを「あって然るべき」のように発言する氏に、私は強い違和感を覚えます。
私は「売買春」や「性風俗」を直ちに全面的に廃止せよ、と言っているわけではありません。こういったものがない世界は理想ではあるでしょうが、現実的にはありえないからです。売春が「世界最古の職業(the world's oldest profession)」などと堂々と発言し必要性を訴える人に対しては嫌悪感を覚えますが、古今東西どこの世界にいっても売買春が存在することは認めます。北朝鮮は世界で唯一ヤクザやマフィアが存在しない地域と言われることがありますが、その北朝鮮でさえ売買春は存在すると聞きます。
売買春や性風俗というものは、あるべきでないのは自明ですが、だからといって「存在しないものとみなす」のはもっと問題です。なぜなら、<臭いものに蓋をする>というやり方では必ずしっぺ返しをくらうからです。この場合の「しっぺ返し」とは、例えば、売買春以上の事件、端的に言えば殺人や人身売買が闇でおこなわれるのを見逃す、いったことです。
では、現実的にはどのように対処すべきかというと、ほとんどのヨーロッパの国のように、組織売春は違法だが個人売春は合法とするというのはひとつの方法でしょうし、オランダのように娼婦(sex worker)を公娼のようにみなし、決められた場所のみで売買がおこなわれる、とするのもひとつでしょう。
日本の法律がわかりにくいのは、風俗店や遊廓のように明らかに性的サービスがおこなわれているところがあり、それが売買春なのは自明であるにもかかわらず、取り締まられるわけでもなく公然と存在しているからです。これに対し、以前ある人から「腟交渉は売買春になるけれど、オーラルセックスやアナルセックスは<法的には>売買春にはならない」という話を聞いたことがあります。
しかし、この理屈に納得できる人はどれだけいるのでしょう。性的サービスを受けて射精にいたれば(いたらなくても)、それが腟を使おうが肛門や口を使おうが変わりないではないか、と思うのが普通の感覚ではないでしょうか。世界中の法律を調べたわけではありませんが、腟交渉とオーラルセックス・アナルセックスを法的に区別している国はおそらく存在しないでしょう。
もしも本当に、オーラルセックス・アナルセックスが合法で腟交渉が違法なのであれば、私は日本人の法律や規則の言葉の解釈の仕方に問題があると思います。憲法9条はその最たる例かもしれませんが、日本人の言語の解釈の仕方は国際的には理解されません。
憲法9条についてはいろいろと議論があるので立ち入ることを避け、もう少しわかりやすい例を出したいと思います。1946年の国際捕鯨取締条約では、食用の捕鯨は禁止されていますが、科学調査目的の捕鯨は認められています。日本はこの条約を都合のいいように解釈して、捕鯨を繰り返し、実際には鯨肉を販売し消費者は食べています。(誤解のないように言っておくと、私は捕鯨に反対しているわけではありません) オーストラリアが主張するように、日本が科学調査目的と言い張るならキャッチ&リリースすべきですし、食用として捕鯨したいなら、「漁民の生活のために一定の捕獲を認めてほしい」と言えばいいわけです(アイスランドは昔からそう言っています)。
話を戻しましょう。日本の遊廓や性風俗店というものが、法的にどのような位置づけになるのかが非常に曖昧であり、これが日本の売買春の諸問題を分かりにくくしているのです。
さて、ここからが今回の本題です。その曖昧な存在の遊廓のなかでも日本を代表するのが大阪市西成区の「飛田新地」です。そして、その飛田新地の顧問弁護士を橋下市長が以前担っていたそうです。
2013年5月におこなわれた記者団に対する会見で、橋下氏はそのことについて質問され、なんと次のように返答したというのです。
「それ(飛田新地)は料理組合、(中略)、料理組合自体は違法ではありません・・・」
この返答に対し、その場にいた記者のひとりが「飛田で買春できることは、大阪のちょっとませた中学生なら誰でも知っている。そんな詭弁を弄してひとりの政治家として恥ずかしくないのか!」と発言したそうです。すると橋下氏は「日本において違法なことがあれば、捜査機関が適正に処罰する。料理組合自体は違法でもない」、「違法なことであれば、捜査機関が行って逮捕されます。以上です」、と言ってこの話題を断ち切ったそうです。
私にとって橋下氏の今回の一連の発言で最もショックだったのがこの言葉です。売買春はあるべきではありませんが、古今東西どこの世界にいっても存在するものです。そして、春を鬻いでいる女性が脆弱な存在であり、いくつもの危険に晒されているのは明らかです。
そして橋下氏は政治家であり弁護士です。ならば、「いくつもの危険に晒されている人たちを法的に守るのが僕の仕事でした」と言うべきではなかったでしょうか。もちろん、法律で取り締まられるべき行為(売春)があるなら、それは法で裁かれなければなりません。しかし、犯罪者や被疑者、容疑者も弁護士をつけて弁護される権利があります。ですから、飛田新地でおこなわれていることが犯罪なら、犯罪者の弁護士として任務を遂行すればいいわけですし、逆に飛田で働く人たちが不当な搾取にあったり、暴力事件の被害者になったりするのであれば、そのときは被害者の弁護人として弁護をすればいいわけです。
私はタイのエイズ施設で、元売春婦の人たちをたくさんみてきました。彼女たち(なかには男性もいます)が、いかに不当な搾取にあい、暴力の被害にあい、そしてHIVを感染させられたかをこれまでさんざん聞いてきました。例外があることも認めますが、彼女(彼)たちの多くは、好き好んでそのような職業を選択したわけではありません。そして、これは日本でも同様でしょう。
私が個人的に橋下氏に興味をもったのは、例の「集団買春はODA発言」の直後に潔くテレビ番組を降板したというニュースをみたときです。そして、橋下氏について調べているときに、飛田新地の顧問弁護士に従事していたことを知りました。私はそのとき、「きっとこの人は弱者の味方に違いない」と感じました。
もうひとつ、私が「橋下氏は弱者の味方に違いない」と思った出来事があります。それは、『週刊朝日』に掲載された、橋下氏の出生に関する内容、つまり橋下氏が被差別部落出身であることを暴露した記事(注1)に対し、氏が毅然とした態度で朝日新聞社に抗議したことです。私は橋下市長が掲げる政策のすべてに賛同しているわけではありませんが、それはさておき、この「週刊朝日事件」を知ったときに橋下氏を応援したくなりました。そして、そのような境遇で育ち逆境にくじけずに市長にまでなった氏は、きっと弱者の味方に違いない、と思い込んだのです。
しかし、それはどうやら私の思い込みに過ぎなかったようです・・・。
政治家には強いリーダーシップが必要であり、大阪市長なら、今大阪市にとって最も重要なことは何か、という観点から、あるべき大阪市の未来について語らなければなりません。ですから「弱者を守る」ということは、私にとっては大切なことに見えますが、市長としてはそれを第一義的に語る必要はありません。氏が理想と考えている大阪市の将来のビジョンを重要なことから大阪市民に示してくれればまずはそれでいいわけです。
けれども、市長にとって優先順位は高くないとしても、春を鬻がなければならないセックス・ワーカーたちが今も大阪にも存在しているということ、あるいは被差別部落に関する諸問題がすべて解決されているわけではないということについても、目を向けることを忘れないでほしいと切に願います・・・。
注1:私自身は『週刊朝日』のこの記事を直接は読んでいないのですが、似たようなことが書かれていたと報道された『新潮45』、『週間新潮』、『週刊文春』はすべて読んでいました。私は、被差別部落を具体的な地名を出して記事にするということに大変驚いた(80~90年代なら考えられないことです)こと以外に、これらの記事でショックを受けたことが2つあります。
ひとつは『週刊朝日』の記事を書いたのがノンフィクション作家の佐野眞一氏ということです。佐野氏の作品は取材力がすばらしく、例えば 『東電OL殺人事件』は歴史に残る名著と言っていいでしょう。この本がなければ、無実の罪で15年もの歳月を刑務所で過ごさなければならなかったネパール人のゴビンダさんは今も獄中にいたかもしれない、と私は思っています。その佐野氏が(後述する)上原善広氏の『新潮45』とほとんど同じ内容のオリジナリティがまるでないような記事を書いたそうで、私にとっては、内容が橋下氏の出生を暴露するという無意味なものであったことと合わせて二重に残念でした。
もうひとつは、上原善広氏が『新潮45』2011年11月号で「最も危険な政治家」というタイトルで橋下氏の出生を暴いたことです。佐野眞一氏もそうですが、私は個人的にこの上原善広というノンフィクション作家を高く評価しています。代表作である『日本の路地を旅する』(2010年大宅壮一ノンフィクション賞受賞作)は大変衝撃的な名著です。自身が被差別部落出身であることを堂々と語り、なおかつ実兄が性犯罪の加害者であることもカムアウトしているのです。その上原氏が橋下市長の出生についてこのような記事を書いたことが残念というか、私がこれを読んだときの第一印象は「自分が被差別部落出身だからといって部落問題について何を書いても許されるわけではないぞ!」というものです。
前回も指摘したように、橋下市長の一連の問題発言に対し、マスコミだけでなく、世界中の識者がコメントを発しました。ここでそれらを振り返ることはしませんが、私が言いたかったことは2つです。ひとつは前回述べたように、橋下市長は「集団でおこなう破廉恥な行為をあまりにも当然のことのように考えていないか」、ということです。慰安所や集団買春、性風俗などを「あって然るべき」のように発言する氏に、私は強い違和感を覚えます。
私は「売買春」や「性風俗」を直ちに全面的に廃止せよ、と言っているわけではありません。こういったものがない世界は理想ではあるでしょうが、現実的にはありえないからです。売春が「世界最古の職業(the world's oldest profession)」などと堂々と発言し必要性を訴える人に対しては嫌悪感を覚えますが、古今東西どこの世界にいっても売買春が存在することは認めます。北朝鮮は世界で唯一ヤクザやマフィアが存在しない地域と言われることがありますが、その北朝鮮でさえ売買春は存在すると聞きます。
売買春や性風俗というものは、あるべきでないのは自明ですが、だからといって「存在しないものとみなす」のはもっと問題です。なぜなら、<臭いものに蓋をする>というやり方では必ずしっぺ返しをくらうからです。この場合の「しっぺ返し」とは、例えば、売買春以上の事件、端的に言えば殺人や人身売買が闇でおこなわれるのを見逃す、いったことです。
では、現実的にはどのように対処すべきかというと、ほとんどのヨーロッパの国のように、組織売春は違法だが個人売春は合法とするというのはひとつの方法でしょうし、オランダのように娼婦(sex worker)を公娼のようにみなし、決められた場所のみで売買がおこなわれる、とするのもひとつでしょう。
日本の法律がわかりにくいのは、風俗店や遊廓のように明らかに性的サービスがおこなわれているところがあり、それが売買春なのは自明であるにもかかわらず、取り締まられるわけでもなく公然と存在しているからです。これに対し、以前ある人から「腟交渉は売買春になるけれど、オーラルセックスやアナルセックスは<法的には>売買春にはならない」という話を聞いたことがあります。
しかし、この理屈に納得できる人はどれだけいるのでしょう。性的サービスを受けて射精にいたれば(いたらなくても)、それが腟を使おうが肛門や口を使おうが変わりないではないか、と思うのが普通の感覚ではないでしょうか。世界中の法律を調べたわけではありませんが、腟交渉とオーラルセックス・アナルセックスを法的に区別している国はおそらく存在しないでしょう。
もしも本当に、オーラルセックス・アナルセックスが合法で腟交渉が違法なのであれば、私は日本人の法律や規則の言葉の解釈の仕方に問題があると思います。憲法9条はその最たる例かもしれませんが、日本人の言語の解釈の仕方は国際的には理解されません。
憲法9条についてはいろいろと議論があるので立ち入ることを避け、もう少しわかりやすい例を出したいと思います。1946年の国際捕鯨取締条約では、食用の捕鯨は禁止されていますが、科学調査目的の捕鯨は認められています。日本はこの条約を都合のいいように解釈して、捕鯨を繰り返し、実際には鯨肉を販売し消費者は食べています。(誤解のないように言っておくと、私は捕鯨に反対しているわけではありません) オーストラリアが主張するように、日本が科学調査目的と言い張るならキャッチ&リリースすべきですし、食用として捕鯨したいなら、「漁民の生活のために一定の捕獲を認めてほしい」と言えばいいわけです(アイスランドは昔からそう言っています)。
話を戻しましょう。日本の遊廓や性風俗店というものが、法的にどのような位置づけになるのかが非常に曖昧であり、これが日本の売買春の諸問題を分かりにくくしているのです。
さて、ここからが今回の本題です。その曖昧な存在の遊廓のなかでも日本を代表するのが大阪市西成区の「飛田新地」です。そして、その飛田新地の顧問弁護士を橋下市長が以前担っていたそうです。
2013年5月におこなわれた記者団に対する会見で、橋下氏はそのことについて質問され、なんと次のように返答したというのです。
「それ(飛田新地)は料理組合、(中略)、料理組合自体は違法ではありません・・・」
この返答に対し、その場にいた記者のひとりが「飛田で買春できることは、大阪のちょっとませた中学生なら誰でも知っている。そんな詭弁を弄してひとりの政治家として恥ずかしくないのか!」と発言したそうです。すると橋下氏は「日本において違法なことがあれば、捜査機関が適正に処罰する。料理組合自体は違法でもない」、「違法なことであれば、捜査機関が行って逮捕されます。以上です」、と言ってこの話題を断ち切ったそうです。
私にとって橋下氏の今回の一連の発言で最もショックだったのがこの言葉です。売買春はあるべきではありませんが、古今東西どこの世界にいっても存在するものです。そして、春を鬻いでいる女性が脆弱な存在であり、いくつもの危険に晒されているのは明らかです。
そして橋下氏は政治家であり弁護士です。ならば、「いくつもの危険に晒されている人たちを法的に守るのが僕の仕事でした」と言うべきではなかったでしょうか。もちろん、法律で取り締まられるべき行為(売春)があるなら、それは法で裁かれなければなりません。しかし、犯罪者や被疑者、容疑者も弁護士をつけて弁護される権利があります。ですから、飛田新地でおこなわれていることが犯罪なら、犯罪者の弁護士として任務を遂行すればいいわけですし、逆に飛田で働く人たちが不当な搾取にあったり、暴力事件の被害者になったりするのであれば、そのときは被害者の弁護人として弁護をすればいいわけです。
私はタイのエイズ施設で、元売春婦の人たちをたくさんみてきました。彼女たち(なかには男性もいます)が、いかに不当な搾取にあい、暴力の被害にあい、そしてHIVを感染させられたかをこれまでさんざん聞いてきました。例外があることも認めますが、彼女(彼)たちの多くは、好き好んでそのような職業を選択したわけではありません。そして、これは日本でも同様でしょう。
私が個人的に橋下氏に興味をもったのは、例の「集団買春はODA発言」の直後に潔くテレビ番組を降板したというニュースをみたときです。そして、橋下氏について調べているときに、飛田新地の顧問弁護士に従事していたことを知りました。私はそのとき、「きっとこの人は弱者の味方に違いない」と感じました。
もうひとつ、私が「橋下氏は弱者の味方に違いない」と思った出来事があります。それは、『週刊朝日』に掲載された、橋下氏の出生に関する内容、つまり橋下氏が被差別部落出身であることを暴露した記事(注1)に対し、氏が毅然とした態度で朝日新聞社に抗議したことです。私は橋下市長が掲げる政策のすべてに賛同しているわけではありませんが、それはさておき、この「週刊朝日事件」を知ったときに橋下氏を応援したくなりました。そして、そのような境遇で育ち逆境にくじけずに市長にまでなった氏は、きっと弱者の味方に違いない、と思い込んだのです。
しかし、それはどうやら私の思い込みに過ぎなかったようです・・・。
政治家には強いリーダーシップが必要であり、大阪市長なら、今大阪市にとって最も重要なことは何か、という観点から、あるべき大阪市の未来について語らなければなりません。ですから「弱者を守る」ということは、私にとっては大切なことに見えますが、市長としてはそれを第一義的に語る必要はありません。氏が理想と考えている大阪市の将来のビジョンを重要なことから大阪市民に示してくれればまずはそれでいいわけです。
けれども、市長にとって優先順位は高くないとしても、春を鬻がなければならないセックス・ワーカーたちが今も大阪にも存在しているということ、あるいは被差別部落に関する諸問題がすべて解決されているわけではないということについても、目を向けることを忘れないでほしいと切に願います・・・。
注1:私自身は『週刊朝日』のこの記事を直接は読んでいないのですが、似たようなことが書かれていたと報道された『新潮45』、『週間新潮』、『週刊文春』はすべて読んでいました。私は、被差別部落を具体的な地名を出して記事にするということに大変驚いた(80~90年代なら考えられないことです)こと以外に、これらの記事でショックを受けたことが2つあります。
ひとつは『週刊朝日』の記事を書いたのがノンフィクション作家の佐野眞一氏ということです。佐野氏の作品は取材力がすばらしく、例えば 『東電OL殺人事件』は歴史に残る名著と言っていいでしょう。この本がなければ、無実の罪で15年もの歳月を刑務所で過ごさなければならなかったネパール人のゴビンダさんは今も獄中にいたかもしれない、と私は思っています。その佐野氏が(後述する)上原善広氏の『新潮45』とほとんど同じ内容のオリジナリティがまるでないような記事を書いたそうで、私にとっては、内容が橋下氏の出生を暴露するという無意味なものであったことと合わせて二重に残念でした。
もうひとつは、上原善広氏が『新潮45』2011年11月号で「最も危険な政治家」というタイトルで橋下氏の出生を暴いたことです。佐野眞一氏もそうですが、私は個人的にこの上原善広というノンフィクション作家を高く評価しています。代表作である『日本の路地を旅する』(2010年大宅壮一ノンフィクション賞受賞作)は大変衝撃的な名著です。自身が被差別部落出身であることを堂々と語り、なおかつ実兄が性犯罪の加害者であることもカムアウトしているのです。その上原氏が橋下市長の出生についてこのような記事を書いたことが残念というか、私がこれを読んだときの第一印象は「自分が被差別部落出身だからといって部落問題について何を書いても許されるわけではないぞ!」というものです。
第84回 橋下市長の発言に対して誰も言わないこと(前編)(2013年6月)
2013年5月13日、大阪市の橋下市長が記者団の取材に応じ慰安婦問題などについておこなった発言は、日本国内のみならず世界中で物議を醸し、これまで多くのマスコミや知識人などがコメントを発しています。
当たり障りのないコメントから、橋下市長を(全面的にではないにせよ)擁護するような意見まで多くの議論が飛び交っていますが、一連の橋下市長のコメントで私が最も強く疑問を感じた2つの点についてはなぜか誰もコメントしていないので、今回(と次回)はそれについて述べたいと思います。
従軍慰安婦に関する橋下市長の一連の発言は、部分的には筋が通っているのではないかと私は感じています。話を都合のいいようにすり替えている、などと指摘されることもあるようですが、少し贔屓目にみれば、橋下市長の発言には頷けるところもあります。
例えば、「歴史をひもといたら、いろんな戦争で、勝った側が負けた側をレイプするだのなんだのっていうのは、山ほどある。弾丸が飛び交う中で命をかけて走っているとき、どこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度が必要なのは誰だってわかる」、というコメントがあったようです。この発言に対し、ヒステリックに反応した人も少なくないようですが、このこと自体は全面的に誤りとは言えないと思います。
あまり堂々と語られることはありませんが、戦後米兵にレイプされた日本人女性は少なくないという指摘があり、現在でもときおり強姦事件が報道されていることからもこれは自明でしょう。1955年に沖縄で起こった「由美子ちゃん誘拐強姦惨殺事件」はあまりにも悲惨であり、その後その地域では「由美子」という名前を付ける親がいなくなったほどです(下記コラムも参照ください)。
1995年におきた黒人米兵3人による小6少女レイプ事件は多くの人にとってまだ記憶に新しいでしょう。この事件の直後に当時のアメリカ太平洋軍司令官は「レンタカーを借りる金で女が買えた」と発言しました。
今回の橋下市長の発言のなかに、米軍普天間飛行場の司令官に対して「もっと風俗業を活用してほしい」と進言した、というものがありますが、この発言も1995年の当時の司令官のコメントの直後なら、世論の批判はここまで大きくなかったかもしれません。「あなたがたが性欲をおさえられない異常集団だということはよく分かりました。次からはお金を払って合意を得た女性を相手にしてくださいね。小学生はお願いだから勘弁してくださいね」と言っているようなものですから、米兵、さらに米国民に対して痛烈な皮肉になったはずです(ただし、沖縄県民に対しては失礼極まりない発言です)。
ちなみに、橋下市長の発言がまだ覚めていない2013年5月21日、米海軍佐世保基地の米兵2人が日本人女性に対する性的暴行の疑いで取り調べを受けていることを一部のマスコミが報じています。
軍人が一般女性をレイプするのはアメリカ人だけではありません。例えばベトナムには「ライタイハン」という言葉がありますが、この言葉の意味は「ライ」が雑種、「タイハン」は韓国です。つまり、ライタイハンとは、ベトナム戦争で米国を支援するためにベトナムに派遣された韓国兵と現地女性との間にできた子供のことです。ライタイハンのなかには、現地女性と韓国兵との間に恋愛が芽生えてその結果生まれてきたというケースもあったでしょう。しかし、レイプで孕まされたベトナム人女性が多かったことが指摘されていますし、レイプでなくても、お金を払って現地女性を買っていた韓国兵がいたことを否定する人はいないと思います。
タイのパタヤでは、今でも米海軍が寄港すると数千人の米兵が女性を買っているのは誰もが認める事実です。世界中にこのような例はいくらでもあり、橋下市長の言うように、軍人のなかには買春に及んだり、あるいはレイプの加害者になったりするケースがあるのは間違いありません。ですから、橋下市長の発言に対し、ヒステリックに「女性の権利を踏みにじる許せない発言」と言ってみたり、従軍慰安婦の保証問題に議論を持っていったりすると話が噛み合わなくなるわけです。
ただし、私は橋下市長の従軍慰安婦に関する発言に対して看過できない部分があります。
橋下氏は市長に就任する前(2003年)に、テレビ番組で「日本人による集団買春は中国へのODAみたいなもの」と発言し、そしてその言葉の責任をとり、涙を浮かべながら番組を降板することを宣言しそのままスタジオから出て行った、というエピソードがあります。
私はこれをテレビで見ていたわけではなく後で知ったのですが、いくら問題発言をしたからといって、生放送中に謝罪をし自ら降板したというその行動に潔さを感じました。そして、集団買春が断じて許されるべきでないことをきちんと認識されたのだろうと信じていました。
しかし、今回の一連の発言のなかに、「精神的に高ぶる集団には慰安婦制度が必要」「もっと風俗業を活用してほしい」などという発言があったということは、橋下市長の本心では、今でも「集団買春はODAみたいなもの」という考えが変わっていないのではないかと疑わざるを得ません。橋下市長は「集団買春」というものはあって当然で「みんながおこなう正常な行為」とみなしているのではないでしょうか。
戦中のことを知る手がかりは限られていて従軍慰安婦のことについてはっきりしたことはわかりません。従軍慰安婦がなかったと主張する日本人は多いですが、一般に「あったこと」よりも「なかったこと」を証明するのは困難です。しかし、戦中のことは分からなくても現在のことは分かります。私は、橋下市長や橋下市長の主張を全面的に支持する人に聞いてみたいことがあります。
それは「集団買春をしている国民が日本以外にあるか?」というものです。私はGINAの関連でタイの売買春について取材をしたことがあり、中国で問題になったような集団買春をタイでおこなった日本の組織があることを知っています。しかしいくら取材を重ねても日本人以外が集団買春をおこなったという話は聞けませんでした。(ただし、金払いの良さや女性に対して暴力を振るわないなど最も"紳士的"なのも日本人という声もありましたが・・・)
21世紀になってから日本を訪れる韓国人や中国人が増え、例えば九州のゴルフ場などでは日本人客の方が少ない日もあると聞きます。しかし、ではその韓国人や中国人の中年の男性の集団が日本人女性を集団買春しているかというと、そのようなことは(私が知らないだけかもしれませんが)まったく聞きません。
では、なぜ日本人以外の国民は集団買春をしないのでしょうか。それは、そういった行為が恥ずかしいという羞恥心を持っているからではないでしょうか。その逆に、ODAみたいなもの、風俗業を活用してほしい、などと発言する橋下市長にはその羞恥心がないように感じられるのです。
赤信号みんなで渡れば・・・、などという言葉があることからも分かるように、日本人というのは集団になれば信じられないような行為を簡単にしてしまう民族なのかもしれません。しかし政治家はそうであってはなりません。まともな羞恥心を持ち、上品な言動をこころがけるべきです。
まとめていきましょう。橋下市長の発言に対する私の疑問のひとつは、「集団でおこなう破廉恥な行為をあまりにも当然のことのように考えていないか」ということです。個人行動として戦地でレイプをする米国人や韓国人の方が正しい、と私は言っているわけではありません。「誰だって・・」という表現に私は同意しませんが、性の衝動を抑えられない軍人がいるのは間違いないでしょうし、旅行先で性的衝動が抑えられなくなる人がいるのも事実でしょう。どれだけ道徳教育をしようが、モラルに逸脱した人間を皆無にするのは現実的には不可能だと思います。しかし、集団行動を是認するというのはあまりにも飛躍しすぎですし、それを政治家が公言するなどというのはあってはならないことだと私は思います。
それからもうひとつ指摘しておきたいのは、橋下市長は性感染症のリスクを知っているのか、ということです。ガンやリウマチなどの疾患であれば、病気と戦っている人や克服した人がマスコミに登場したり、本を出したりしますが、「性風俗に行ってHIVになりました」、とか、「風俗でB型肝炎ウイルスをうつされ入院して妻と子供は逃げていきました・・・」、などといったことを堂々と公表する人はほとんどいません。しかし現実には「性風俗を利用してその後の人生が大きく変わってしまった」、という人は枚挙に暇がありません。橋下市長がそのような現実を知っているとは到底思えない、というか、知っていたらあのような発言はしないと思うのです。
政治家というのは大変強い影響力を持っています。橋下市長の発言を聞いて、「性風俗って意外に敷居が低いんだな・・」と感じる青少年が出てくるのではないか、私はそのことを危惧します。
そして、一連の橋下市長の発言で、もうひとつ私が看過することのできないものがあり、そのことの方が今回述べたことよりも重要なのですが、それについては次回お話したいと思います。
参考:GINAと共に
第81回(2013年3月)「レイプに関する3つの問題」
第69回(2012年3月)「南京虐殺と集団買春」
当たり障りのないコメントから、橋下市長を(全面的にではないにせよ)擁護するような意見まで多くの議論が飛び交っていますが、一連の橋下市長のコメントで私が最も強く疑問を感じた2つの点についてはなぜか誰もコメントしていないので、今回(と次回)はそれについて述べたいと思います。
従軍慰安婦に関する橋下市長の一連の発言は、部分的には筋が通っているのではないかと私は感じています。話を都合のいいようにすり替えている、などと指摘されることもあるようですが、少し贔屓目にみれば、橋下市長の発言には頷けるところもあります。
例えば、「歴史をひもといたら、いろんな戦争で、勝った側が負けた側をレイプするだのなんだのっていうのは、山ほどある。弾丸が飛び交う中で命をかけて走っているとき、どこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度が必要なのは誰だってわかる」、というコメントがあったようです。この発言に対し、ヒステリックに反応した人も少なくないようですが、このこと自体は全面的に誤りとは言えないと思います。
あまり堂々と語られることはありませんが、戦後米兵にレイプされた日本人女性は少なくないという指摘があり、現在でもときおり強姦事件が報道されていることからもこれは自明でしょう。1955年に沖縄で起こった「由美子ちゃん誘拐強姦惨殺事件」はあまりにも悲惨であり、その後その地域では「由美子」という名前を付ける親がいなくなったほどです(下記コラムも参照ください)。
1995年におきた黒人米兵3人による小6少女レイプ事件は多くの人にとってまだ記憶に新しいでしょう。この事件の直後に当時のアメリカ太平洋軍司令官は「レンタカーを借りる金で女が買えた」と発言しました。
今回の橋下市長の発言のなかに、米軍普天間飛行場の司令官に対して「もっと風俗業を活用してほしい」と進言した、というものがありますが、この発言も1995年の当時の司令官のコメントの直後なら、世論の批判はここまで大きくなかったかもしれません。「あなたがたが性欲をおさえられない異常集団だということはよく分かりました。次からはお金を払って合意を得た女性を相手にしてくださいね。小学生はお願いだから勘弁してくださいね」と言っているようなものですから、米兵、さらに米国民に対して痛烈な皮肉になったはずです(ただし、沖縄県民に対しては失礼極まりない発言です)。
ちなみに、橋下市長の発言がまだ覚めていない2013年5月21日、米海軍佐世保基地の米兵2人が日本人女性に対する性的暴行の疑いで取り調べを受けていることを一部のマスコミが報じています。
軍人が一般女性をレイプするのはアメリカ人だけではありません。例えばベトナムには「ライタイハン」という言葉がありますが、この言葉の意味は「ライ」が雑種、「タイハン」は韓国です。つまり、ライタイハンとは、ベトナム戦争で米国を支援するためにベトナムに派遣された韓国兵と現地女性との間にできた子供のことです。ライタイハンのなかには、現地女性と韓国兵との間に恋愛が芽生えてその結果生まれてきたというケースもあったでしょう。しかし、レイプで孕まされたベトナム人女性が多かったことが指摘されていますし、レイプでなくても、お金を払って現地女性を買っていた韓国兵がいたことを否定する人はいないと思います。
タイのパタヤでは、今でも米海軍が寄港すると数千人の米兵が女性を買っているのは誰もが認める事実です。世界中にこのような例はいくらでもあり、橋下市長の言うように、軍人のなかには買春に及んだり、あるいはレイプの加害者になったりするケースがあるのは間違いありません。ですから、橋下市長の発言に対し、ヒステリックに「女性の権利を踏みにじる許せない発言」と言ってみたり、従軍慰安婦の保証問題に議論を持っていったりすると話が噛み合わなくなるわけです。
ただし、私は橋下市長の従軍慰安婦に関する発言に対して看過できない部分があります。
橋下氏は市長に就任する前(2003年)に、テレビ番組で「日本人による集団買春は中国へのODAみたいなもの」と発言し、そしてその言葉の責任をとり、涙を浮かべながら番組を降板することを宣言しそのままスタジオから出て行った、というエピソードがあります。
私はこれをテレビで見ていたわけではなく後で知ったのですが、いくら問題発言をしたからといって、生放送中に謝罪をし自ら降板したというその行動に潔さを感じました。そして、集団買春が断じて許されるべきでないことをきちんと認識されたのだろうと信じていました。
しかし、今回の一連の発言のなかに、「精神的に高ぶる集団には慰安婦制度が必要」「もっと風俗業を活用してほしい」などという発言があったということは、橋下市長の本心では、今でも「集団買春はODAみたいなもの」という考えが変わっていないのではないかと疑わざるを得ません。橋下市長は「集団買春」というものはあって当然で「みんながおこなう正常な行為」とみなしているのではないでしょうか。
戦中のことを知る手がかりは限られていて従軍慰安婦のことについてはっきりしたことはわかりません。従軍慰安婦がなかったと主張する日本人は多いですが、一般に「あったこと」よりも「なかったこと」を証明するのは困難です。しかし、戦中のことは分からなくても現在のことは分かります。私は、橋下市長や橋下市長の主張を全面的に支持する人に聞いてみたいことがあります。
それは「集団買春をしている国民が日本以外にあるか?」というものです。私はGINAの関連でタイの売買春について取材をしたことがあり、中国で問題になったような集団買春をタイでおこなった日本の組織があることを知っています。しかしいくら取材を重ねても日本人以外が集団買春をおこなったという話は聞けませんでした。(ただし、金払いの良さや女性に対して暴力を振るわないなど最も"紳士的"なのも日本人という声もありましたが・・・)
21世紀になってから日本を訪れる韓国人や中国人が増え、例えば九州のゴルフ場などでは日本人客の方が少ない日もあると聞きます。しかし、ではその韓国人や中国人の中年の男性の集団が日本人女性を集団買春しているかというと、そのようなことは(私が知らないだけかもしれませんが)まったく聞きません。
では、なぜ日本人以外の国民は集団買春をしないのでしょうか。それは、そういった行為が恥ずかしいという羞恥心を持っているからではないでしょうか。その逆に、ODAみたいなもの、風俗業を活用してほしい、などと発言する橋下市長にはその羞恥心がないように感じられるのです。
赤信号みんなで渡れば・・・、などという言葉があることからも分かるように、日本人というのは集団になれば信じられないような行為を簡単にしてしまう民族なのかもしれません。しかし政治家はそうであってはなりません。まともな羞恥心を持ち、上品な言動をこころがけるべきです。
まとめていきましょう。橋下市長の発言に対する私の疑問のひとつは、「集団でおこなう破廉恥な行為をあまりにも当然のことのように考えていないか」ということです。個人行動として戦地でレイプをする米国人や韓国人の方が正しい、と私は言っているわけではありません。「誰だって・・」という表現に私は同意しませんが、性の衝動を抑えられない軍人がいるのは間違いないでしょうし、旅行先で性的衝動が抑えられなくなる人がいるのも事実でしょう。どれだけ道徳教育をしようが、モラルに逸脱した人間を皆無にするのは現実的には不可能だと思います。しかし、集団行動を是認するというのはあまりにも飛躍しすぎですし、それを政治家が公言するなどというのはあってはならないことだと私は思います。
それからもうひとつ指摘しておきたいのは、橋下市長は性感染症のリスクを知っているのか、ということです。ガンやリウマチなどの疾患であれば、病気と戦っている人や克服した人がマスコミに登場したり、本を出したりしますが、「性風俗に行ってHIVになりました」、とか、「風俗でB型肝炎ウイルスをうつされ入院して妻と子供は逃げていきました・・・」、などといったことを堂々と公表する人はほとんどいません。しかし現実には「性風俗を利用してその後の人生が大きく変わってしまった」、という人は枚挙に暇がありません。橋下市長がそのような現実を知っているとは到底思えない、というか、知っていたらあのような発言はしないと思うのです。
政治家というのは大変強い影響力を持っています。橋下市長の発言を聞いて、「性風俗って意外に敷居が低いんだな・・」と感じる青少年が出てくるのではないか、私はそのことを危惧します。
そして、一連の橋下市長の発言で、もうひとつ私が看過することのできないものがあり、そのことの方が今回述べたことよりも重要なのですが、それについては次回お話したいと思います。
参考:GINAと共に
第81回(2013年3月)「レイプに関する3つの問題」
第69回(2012年3月)「南京虐殺と集団買春」
第83回 歯科医院でのHIV感染とキンバリー事件(後編)(2013年5月)
前回は1991年に米国で起こったセンセーショナルな「キンバリー事件」を紹介し、キンバリーさんのHIV感染は、歯科医師が故意に感染させたという当初の見方は誤りではないか、ということを述べました。
では、なぜ歯科医師と同じ遺伝子のHIVがキンバリーさんに感染したのか・・・。仮説の域を出ませんが、今回はまずはこのことについて話を進めていきたいと思います。
キンバリーさんに歯の治療をおこなったアーサー歯科医師(男性)が同性愛者であったことは判っています。そして、アーサー歯科医師は性行為を介してHIVに感染したであろうことはほぼ間違いありません。そして、ここからは噂になりますが、どうもアーサー歯科医師には複数のパートナーがいて、さらに相当奔放な性交渉の趣味があったのではないかと言われています。
ということは、アーサー歯科医師の性交渉の相手のひとりが、あるいは複数人が、性交渉の相手というだけでなく、アーサー歯科医師の患者でもあった可能性もないわけではないと考えられます。
もちろん、このような調査は当時の地方警察もしくはFBIによっておこなわれています。そしてアーサー歯科医師の性交渉の相手が、アーサー歯科医師の治療を受けていた、という証拠は出なかったそうです。
しかし、です。奔放な性生活を送っていたアーサー歯科医師の性交渉の相手が何人いたのかを正確に把握することは相当困難なはずです。恋人のように何度も逢引を重ねていた関係ならわかるでしょうが、一度だけの性交渉の相手となると、捜査に限界があると考えるべきでしょう。特に、いわゆる「ハッテンバ」で、お互いの名前も知らないような関係で、暗がりのなかただ一度の性交渉をもった、という関係では、相手がアーサー歯科医師と知らないで、性交渉を持っている可能性がでてきます。
「ハッテンバ」では、自分の本名や職業を言わないこともあります。というより、初めからは言わないのが普通でしょう。まして職業が歯科医師とくれば、それを隠そうとするのは当然です。
つまり、地方警察やFBIが把握できていないだけで、アーサー歯科医師と関係を持った男性が患者として、アーサー歯科医師の治療を受けていた可能性があるというわけです。そして、場合によっては、アーサー歯科医師も、この患者もお互いに性交渉を持った関係だということに気づいていないまま治療を施し治療を受けていた、ということだってないとは言えません。このような関係であれば捜査線に上がってこないのも無理もありません。
また、こういうことも考えられます。アーサー歯科医師と関係を持っていた男性がいたとして、アーサー歯科医師のクリニックが休診日の日に、アーサー歯科医師の治療を受けていた可能性です。アーサー歯科医師が、彼にとって「特別な人」を自分の歯科医院に呼んで治療を施した。お金を受け取らず無料で治療をおこなったこともあり、あえてカルテを書かなかった、ということもないとは言えません。
しかし、ここでひとつの疑問がでてきます。仮に、アーサー歯科医師と性的関係をもった男性がアーサー歯科医師の治療を受けていたとしても、歯科医院であれば当然器具の滅菌をおこなっているはずです。HIVはそれほど生命力が強いわけではありませんから、通常の滅菌をおこなっていれば、患者→医療器具→患者、というルートでの感染などあるはずがないではないか、という疑問です。
では、この疑問にお答えしましょう。たしかにHIVはB型肝炎ウイルス(HBV)などと比べると、感染力は非常に弱いと言えます。しかし、例えば歯牙を削るのに使うハンドピースや研磨器の奥にウイルスが侵入し、ある程度湿度があれば丸1日くらいは生き延びることは理論的にはありえます。もちろん適切な滅菌をしていればこのようなことは防げます。
問題は、本当に"適切な"滅菌ができていたかどうかです。前回私は、当時サラリーマンをしており、米国の歯学部の学者と共に仕事をしていた、と述べました。当時の私はある商社に努めており、歯科医療で用いる滅菌システムの販売促進に携わっていました。今でこそ、歯科医院でのトータルな滅菌処置は常識になっていますが、当時は、日本ではまだ煮沸消毒で済ませているところもあったくらいで、完全な滅菌ができていたとは言い難い状況でした。米国では日本よりは進んでいましたが、すべての歯科医院が21世紀におこなわれているのと同じレベルで滅菌がおこなわれていたかどうかは疑問です。実際、それらが不充分であったからこそ、米国で滅菌に関する商品やシステムが開発されたわけです。
私の仮説は、①アーサー歯科医師と関係をもったHIV陽性の男性患者がアーサー歯科医師のクリニックで治療を受けた、②その男性患者は捜査線上に上がってこなかった。場合によってはその患者もアーサー歯科医師も過去に性的接触をもったことに互いに気づいていなかった、③歯科医院での滅菌が不充分であった、というものです。
ここで、私の仮説を裏付ける・・・、とは言えませんが、歯科医院でのHIV感染が実は少なくないのではないかと考えたくなる「ある事実」を紹介したいと思います。それは、当時のアメリカでは、感染ルートがまったく不明のHIV感染が少なくなかった、ということです。
つまり、性交渉の経験が一度もなく(あっても特定の相手とだけでその相手はHIV陰性で)、薬物の針の使い回しなどの経験もなく、もちろん母子感染もありえないというHIV陽性者が少なからずいたのです。違法薬物のことは他人に言いたくありませんし、性交渉にしてもそれが特定の相手とのものでなければ隠したいものですから、「感染ルート不明のHIV感染」は、単に自分の過去を偽っているだけ、という場合もあるでしょう。しかし、例えばまだ中学生で、あきらかにリスク行為のないような感染者も当時のアメリカでは少なくなかったそうです。
話を現在に戻しましょう。前回紹介したように、米国オクラホマの歯科医院で治療を受けてHIVとC型肝炎ウイルスに感染した人が21世紀のこの時代に実際にいるわけです。そして2013年3月、保健当局はさらに感染者がいる可能性を考え7千人もの(元)患者に検査を呼びかけたのです。
さて、この院内感染が<極めて特殊な例>と言い切ることができるでしょうか。院内感染については楽観視をしてはいけません。医療先進国のアメリカで実際にこのようなことが起こっているわけです。ちなみに、アメリカでは、「2004年3月から2008年1月の間に、南ネヴァダの内視鏡センターで麻酔の注射をした人はHIVなどに院内感染した可能性がある」という発表が2008年2月にラスベガス当局によりおこなわれました。
日本ではどうでしょう。2007年12月に、神奈川県茅ヶ崎市のある病院で、心臓カテーテル検査を受けた患者5人が相次いでC型肝炎を発症したという事件が報道されています。医療器具の使い回しなど、医療者からみれば考えられないことなのですが、このように実際に現代の日本でもあるのが現実なのです。
格安のレーシック手術を手がけ、100人近い患者に院内感染で感染症を発症させた東京のG眼科のM医師が逮捕された事件はまだ記憶に新しいと思います。この事件では、角膜感染で視力を失った事例などが報道されましたが、具体的な病原体については発表されていません。このなかにHIV感染がなかったのかが気になります。(HIVが角膜や結膜から感染したとしてもすぐには症状がでませんから今後発覚するかもしれません)
私は、院内感染の恐怖をいたずらに煽りたくはありません。なぜならほとんどの医療機関では適切な滅菌がおこなわれており(あるいは使い捨てのものが使われており)、院内感染が、特にHIVに関しては、起こるとは思えないからです。
しかし、実際にオクラホマの事件や茅ヶ崎市の病院やG眼科のことを考えると、医療機関を受診し、何らかの施術を受ける度に、「院内感染、大丈夫ですよね」と尋ねざるを得ないかもしれません。尋ねたところで、事実に関係なく「大丈夫です」と言われるだけでしょうが・・・。
参考:GINAと共に第21回(2008年3月)「院内感染のリスク」
では、なぜ歯科医師と同じ遺伝子のHIVがキンバリーさんに感染したのか・・・。仮説の域を出ませんが、今回はまずはこのことについて話を進めていきたいと思います。
キンバリーさんに歯の治療をおこなったアーサー歯科医師(男性)が同性愛者であったことは判っています。そして、アーサー歯科医師は性行為を介してHIVに感染したであろうことはほぼ間違いありません。そして、ここからは噂になりますが、どうもアーサー歯科医師には複数のパートナーがいて、さらに相当奔放な性交渉の趣味があったのではないかと言われています。
ということは、アーサー歯科医師の性交渉の相手のひとりが、あるいは複数人が、性交渉の相手というだけでなく、アーサー歯科医師の患者でもあった可能性もないわけではないと考えられます。
もちろん、このような調査は当時の地方警察もしくはFBIによっておこなわれています。そしてアーサー歯科医師の性交渉の相手が、アーサー歯科医師の治療を受けていた、という証拠は出なかったそうです。
しかし、です。奔放な性生活を送っていたアーサー歯科医師の性交渉の相手が何人いたのかを正確に把握することは相当困難なはずです。恋人のように何度も逢引を重ねていた関係ならわかるでしょうが、一度だけの性交渉の相手となると、捜査に限界があると考えるべきでしょう。特に、いわゆる「ハッテンバ」で、お互いの名前も知らないような関係で、暗がりのなかただ一度の性交渉をもった、という関係では、相手がアーサー歯科医師と知らないで、性交渉を持っている可能性がでてきます。
「ハッテンバ」では、自分の本名や職業を言わないこともあります。というより、初めからは言わないのが普通でしょう。まして職業が歯科医師とくれば、それを隠そうとするのは当然です。
つまり、地方警察やFBIが把握できていないだけで、アーサー歯科医師と関係を持った男性が患者として、アーサー歯科医師の治療を受けていた可能性があるというわけです。そして、場合によっては、アーサー歯科医師も、この患者もお互いに性交渉を持った関係だということに気づいていないまま治療を施し治療を受けていた、ということだってないとは言えません。このような関係であれば捜査線に上がってこないのも無理もありません。
また、こういうことも考えられます。アーサー歯科医師と関係を持っていた男性がいたとして、アーサー歯科医師のクリニックが休診日の日に、アーサー歯科医師の治療を受けていた可能性です。アーサー歯科医師が、彼にとって「特別な人」を自分の歯科医院に呼んで治療を施した。お金を受け取らず無料で治療をおこなったこともあり、あえてカルテを書かなかった、ということもないとは言えません。
しかし、ここでひとつの疑問がでてきます。仮に、アーサー歯科医師と性的関係をもった男性がアーサー歯科医師の治療を受けていたとしても、歯科医院であれば当然器具の滅菌をおこなっているはずです。HIVはそれほど生命力が強いわけではありませんから、通常の滅菌をおこなっていれば、患者→医療器具→患者、というルートでの感染などあるはずがないではないか、という疑問です。
では、この疑問にお答えしましょう。たしかにHIVはB型肝炎ウイルス(HBV)などと比べると、感染力は非常に弱いと言えます。しかし、例えば歯牙を削るのに使うハンドピースや研磨器の奥にウイルスが侵入し、ある程度湿度があれば丸1日くらいは生き延びることは理論的にはありえます。もちろん適切な滅菌をしていればこのようなことは防げます。
問題は、本当に"適切な"滅菌ができていたかどうかです。前回私は、当時サラリーマンをしており、米国の歯学部の学者と共に仕事をしていた、と述べました。当時の私はある商社に努めており、歯科医療で用いる滅菌システムの販売促進に携わっていました。今でこそ、歯科医院でのトータルな滅菌処置は常識になっていますが、当時は、日本ではまだ煮沸消毒で済ませているところもあったくらいで、完全な滅菌ができていたとは言い難い状況でした。米国では日本よりは進んでいましたが、すべての歯科医院が21世紀におこなわれているのと同じレベルで滅菌がおこなわれていたかどうかは疑問です。実際、それらが不充分であったからこそ、米国で滅菌に関する商品やシステムが開発されたわけです。
私の仮説は、①アーサー歯科医師と関係をもったHIV陽性の男性患者がアーサー歯科医師のクリニックで治療を受けた、②その男性患者は捜査線上に上がってこなかった。場合によってはその患者もアーサー歯科医師も過去に性的接触をもったことに互いに気づいていなかった、③歯科医院での滅菌が不充分であった、というものです。
ここで、私の仮説を裏付ける・・・、とは言えませんが、歯科医院でのHIV感染が実は少なくないのではないかと考えたくなる「ある事実」を紹介したいと思います。それは、当時のアメリカでは、感染ルートがまったく不明のHIV感染が少なくなかった、ということです。
つまり、性交渉の経験が一度もなく(あっても特定の相手とだけでその相手はHIV陰性で)、薬物の針の使い回しなどの経験もなく、もちろん母子感染もありえないというHIV陽性者が少なからずいたのです。違法薬物のことは他人に言いたくありませんし、性交渉にしてもそれが特定の相手とのものでなければ隠したいものですから、「感染ルート不明のHIV感染」は、単に自分の過去を偽っているだけ、という場合もあるでしょう。しかし、例えばまだ中学生で、あきらかにリスク行為のないような感染者も当時のアメリカでは少なくなかったそうです。
話を現在に戻しましょう。前回紹介したように、米国オクラホマの歯科医院で治療を受けてHIVとC型肝炎ウイルスに感染した人が21世紀のこの時代に実際にいるわけです。そして2013年3月、保健当局はさらに感染者がいる可能性を考え7千人もの(元)患者に検査を呼びかけたのです。
さて、この院内感染が<極めて特殊な例>と言い切ることができるでしょうか。院内感染については楽観視をしてはいけません。医療先進国のアメリカで実際にこのようなことが起こっているわけです。ちなみに、アメリカでは、「2004年3月から2008年1月の間に、南ネヴァダの内視鏡センターで麻酔の注射をした人はHIVなどに院内感染した可能性がある」という発表が2008年2月にラスベガス当局によりおこなわれました。
日本ではどうでしょう。2007年12月に、神奈川県茅ヶ崎市のある病院で、心臓カテーテル検査を受けた患者5人が相次いでC型肝炎を発症したという事件が報道されています。医療器具の使い回しなど、医療者からみれば考えられないことなのですが、このように実際に現代の日本でもあるのが現実なのです。
格安のレーシック手術を手がけ、100人近い患者に院内感染で感染症を発症させた東京のG眼科のM医師が逮捕された事件はまだ記憶に新しいと思います。この事件では、角膜感染で視力を失った事例などが報道されましたが、具体的な病原体については発表されていません。このなかにHIV感染がなかったのかが気になります。(HIVが角膜や結膜から感染したとしてもすぐには症状がでませんから今後発覚するかもしれません)
私は、院内感染の恐怖をいたずらに煽りたくはありません。なぜならほとんどの医療機関では適切な滅菌がおこなわれており(あるいは使い捨てのものが使われており)、院内感染が、特にHIVに関しては、起こるとは思えないからです。
しかし、実際にオクラホマの事件や茅ヶ崎市の病院やG眼科のことを考えると、医療機関を受診し、何らかの施術を受ける度に、「院内感染、大丈夫ですよね」と尋ねざるを得ないかもしれません。尋ねたところで、事実に関係なく「大丈夫です」と言われるだけでしょうが・・・。
参考:GINAと共に第21回(2008年3月)「院内感染のリスク」