GINAと共に
第136回(2017年10月) これからのHIVは50歳以上の離婚経験者
私が初めてタイのエイズ施設を訪れたのは2002年。研修医になり半年が過ぎた頃です。医学部では5回生と6回生はほぼ授業がなくほとんどが臨床実習となり病院で一日を過ごしますから、タイのエイズ施設を訪れるまでの2年半の間に数百人の患者さんを診察したことになります。ですが、タイに渡航するまで私はHIV陽性者に出会ったことがありませんでした。
そんな私がタイのエイズ施設に足を踏み入れた瞬間に感じたことが「若い!」ということです。日本では小児科と産科を除けば病院というのは高齢者が中心です。ところがそのタイの施設では高齢者も少しはいますが、大半は20~30歳代の若者、なかには10歳未満の子供もいました。そして、当時のタイでは抗HIV薬はまだ支給されていませんでした。ということは、若い彼(女)らは、近いうちに確実に死を迎えることになるのです。
そんな光景、日本ではありえません。高齢者ばかりが入院している慢性期の病棟、あるいはホスピスなどでは「あとは死を待つだけ」という患者さんたちが大半で、それはそれで「死」の重みを感じることになります。けれども、私が2002年にタイでみたその様子は大半が若者なのです。しかも、直接話をしてみると、彼(女)らの何割かは「死」を受け入れることができていません。近いうちに死ぬのは確実ということは分かっているけれど、死にたくないという気持ちが強いのです。
欧米から来ているボランティアの医療者の指導を受けながら、若い患者さんたちと過ごした数日間の経験が私にエイズに向かわせることを決心させます。ある意味では「年齢差別」になるのかもしれませんが、私が当時抱いた気持ちは「若い人たちだからこそ助けなくてはならない」というものです。さらに、彼(女)ら達から聞いた、いかに差別や偏見で苦しんできたかという話も私の感情を奮い立たせました。
その後私はNPO法人GINAを設立し、機会があれば日本でもエイズに関する講演をおこなってきました。私がいつも言い続けているのはふたつ。感染者への差別をなくすことと新たな感染者を生み出さないことです。そして、ここでいう「感染者」というのは若い人たちを念頭に置いています。ですから大学生の集まりや、若い社会人を対象とした集会で話すことはあるものの、中高齢者が集うところで話をしたことはありませんし、また呼ばれたこともありません。日本社会も私自身もHIVは若い世代の疾患と考えているのです。
ところが、そういった考えは過去のものとみなす必要がでてきました。ヨーロッパのメディアがはっきりとそれを指摘しています。その指摘のきっかけとなった論文は医学誌『Lancet』2017年9月26日(オンライン版)に掲載されています(注1)。ヨーロッパ全体で、そして特にイギリスでは高齢者のHIV感染が問題となっているのです。複数のメディアがこの論文を紹介し、さらにNHS(英国国民保健サービス)もウェブサイトで報告し問題提起しています(注2)。
まずは『Lancet』及びNHSの報告から具体的な数字をみていきましょう。
調査期間は2004年1月1日から2015年12月31日の12年間。対象は欧州31か国です。期間中に新たにHIV感染が判明したのが、15~49歳(便宜上ここからは「若者」とします)では312,501人。50歳以上では54,102人です。この数字だけをみるとHIVはまだまだ若者の感染症と言えそうですが、増加率に注目してみましょう。
若者の新規感染率は人口10万人あたり11.4人。12年間でほとんど変化はありません。一方50歳以上は10万人あたり2.6人と総数では若者より少ないのですが、毎年2.1%増加しています。また後述するように「感染経路」が若者と50歳以上では異なります。
深刻なのはイギリスです。50歳以上での増加率は年間3.6%。2004年には10万人あたり3.1人だったのが2015年には4.32人まで上昇しています。男女別にみてみると、50歳以上の男性では12年間で人口10万人あたり3.5人から4.8人に、50歳以上の女性では1.0人から1.2人に増加しています。一方、同国では若者の新規感染は4%減少しています。
データを欧州全体に戻して50歳以上の感染経路の内訳をみてみましょう。2015年には感染経路の最多が異性間性交渉の42.4%、男性同性間性交渉は30.3%、薬物の静脈注射が2.6%、その他及び不明が24.6%です。一方、若者は、最多が男性同性間性交渉の45.1%、異性愛30.8%、薬物4.6%、その他及び不明19.5%です。
これらから言える最も重要なことは「50歳以上の男女間での性交渉での感染増加に対策を立てねばならない」ということです。では、なぜ彼(女)らの間に新規感染が増えているのか。NHSは英国の大衆紙『Mail Online』の報道を引き合いに出しています。同紙は次のようにコメントしています(注3)。
離婚後の無防備な性交渉が50歳以上のHIV新規感染増加の真因である...。
同紙はさらに、「silver splitters」という造語(日本語にすると「熟年離婚者」でしょうか...)を紹介し、これがキーワードだとしています。同紙によれば、離婚した彼(女)らはHIVを過去のものと考えており、コンドームは避妊用具であり性感染症を防ぐツールとは認識していません。特に、精管切除(vasectomy)や子宮摘出(hysterectomy)を実施していれば、コンドームという発想は元からありません。
50歳以上の問題はまだあります(注4)。若者に比べて、HIVが発覚したときにすでに病状が進行していることが今回の調査で分かったのです。さらに「Mail Online」によれば、HIVの無料検査はいろんなところで受けることができるにもかかわらず50歳以上は検査を受けず、また予防啓発をおこなう団体も50歳以上に対しては積極的におこなっていないそうです。その結果、ますます検査を受ける機会を逃すことになります。
翻って日本はどうでしょうか。実は日本でも同じような傾向が現れつつあります。「平成28(2016)年エイズ発生動向」(注5)には「感染者の主要な感染経路はいずれの年齢階級においても同性間性的接触例の割合がもっとも高く、年齢が上がるに従い異性間性的接触の割合が高くなる傾向がみられた」と述べられています。つまり、ヨーロッパとは異なり、日本では50歳以上も感染経路は男性同性間性交渉が最多だけれど、若者と比べて異性間性交渉での感染の割合が多い、ということです。同資料の図13をみてみると、50歳以上では4割以上が異性間となっています。一方、30代では異性間は2割に過ぎません。
そして、これは日々の臨床を通しての私の実感とも一致します。私が日々診察している20代、30代のHIV陽性者は多くが男性同性愛者ですが、50代以上となると、全体では人数は多くないものの異性間性交渉で感染している割合が増えます。そして、自らの意思で保健所などへ検査を受けに行った人はほとんどおらず、何らかの症状が出て医療機関を受診してHIV感染が発覚した、というケースが多いのです。
また日本のHIV啓発団体もやはり若者を対象としています。10年ほど前からピア・エデュケーション(peer education)の有効性が注目され(「ピア」とは同胞とか同僚という意味です)、同世代の者がHIV/エイズの教育をおこなうべきだという考えが主流になってきています。そしてピア・エデュケーションを推奨している人たちが念頭に置いているのはまず間違いなく若い人たちです。
これを読んでいるあなたが50歳以上だったとしたら、そしてもしも「silver splitter」だとしたら、性に対する考え方、見直さなくてもいいでしょうか...。
************
注1:この論文のタイトルは「New HIV diagnoses among adults aged 50 years or older in 31 European countries, 2004?15: an analysis of surveillance data」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/lanhiv/article/PIIS2352-3018(17)30155-8/fulltext?elsca1=tlpr
注2:NHSはウェブサイト「NHS choices」で公表しています。タイトルは「Rates of newly diagnosed HIV increasing in over-50s」で、下記URLで全文を読めます。
https://www.nhs.uk/news/2017/09September/Pages/Rates-newly-diagnosed-HIV-increasing-in-over-50s.aspx
注3:「Mail Online」の記事のタイトルは「HIV on the rise in the over-50s: Warning that reckless sexual behaviour of 'silver splitters' has led to an increase in cases」で、下記URLで読むことができます。
http://www.dailymail.co.uk/health/article-4923672/HIV-rise-50s.html
注4:本文では述べませんでしたが、NHSは50歳以上の問題として次の2つも挙げています。ひとつは異性愛での感染が最多とはいえ、男性同性愛者の感染も増えていることです。若者でも増えていますが、50歳以上の増加率の方が高いのです。(50歳以上は5.8%の増加、若年者は2.3%) もうひとつは、過去12年間で薬物の静脈注射も増えていることです。こちらは若者では減少しています。
注5:下記URLを参照ください。
http://api-net.jfap.or.jp/status/2016/16nenpo/bunseki.pdf
そんな私がタイのエイズ施設に足を踏み入れた瞬間に感じたことが「若い!」ということです。日本では小児科と産科を除けば病院というのは高齢者が中心です。ところがそのタイの施設では高齢者も少しはいますが、大半は20~30歳代の若者、なかには10歳未満の子供もいました。そして、当時のタイでは抗HIV薬はまだ支給されていませんでした。ということは、若い彼(女)らは、近いうちに確実に死を迎えることになるのです。
そんな光景、日本ではありえません。高齢者ばかりが入院している慢性期の病棟、あるいはホスピスなどでは「あとは死を待つだけ」という患者さんたちが大半で、それはそれで「死」の重みを感じることになります。けれども、私が2002年にタイでみたその様子は大半が若者なのです。しかも、直接話をしてみると、彼(女)らの何割かは「死」を受け入れることができていません。近いうちに死ぬのは確実ということは分かっているけれど、死にたくないという気持ちが強いのです。
欧米から来ているボランティアの医療者の指導を受けながら、若い患者さんたちと過ごした数日間の経験が私にエイズに向かわせることを決心させます。ある意味では「年齢差別」になるのかもしれませんが、私が当時抱いた気持ちは「若い人たちだからこそ助けなくてはならない」というものです。さらに、彼(女)ら達から聞いた、いかに差別や偏見で苦しんできたかという話も私の感情を奮い立たせました。
その後私はNPO法人GINAを設立し、機会があれば日本でもエイズに関する講演をおこなってきました。私がいつも言い続けているのはふたつ。感染者への差別をなくすことと新たな感染者を生み出さないことです。そして、ここでいう「感染者」というのは若い人たちを念頭に置いています。ですから大学生の集まりや、若い社会人を対象とした集会で話すことはあるものの、中高齢者が集うところで話をしたことはありませんし、また呼ばれたこともありません。日本社会も私自身もHIVは若い世代の疾患と考えているのです。
ところが、そういった考えは過去のものとみなす必要がでてきました。ヨーロッパのメディアがはっきりとそれを指摘しています。その指摘のきっかけとなった論文は医学誌『Lancet』2017年9月26日(オンライン版)に掲載されています(注1)。ヨーロッパ全体で、そして特にイギリスでは高齢者のHIV感染が問題となっているのです。複数のメディアがこの論文を紹介し、さらにNHS(英国国民保健サービス)もウェブサイトで報告し問題提起しています(注2)。
まずは『Lancet』及びNHSの報告から具体的な数字をみていきましょう。
調査期間は2004年1月1日から2015年12月31日の12年間。対象は欧州31か国です。期間中に新たにHIV感染が判明したのが、15~49歳(便宜上ここからは「若者」とします)では312,501人。50歳以上では54,102人です。この数字だけをみるとHIVはまだまだ若者の感染症と言えそうですが、増加率に注目してみましょう。
若者の新規感染率は人口10万人あたり11.4人。12年間でほとんど変化はありません。一方50歳以上は10万人あたり2.6人と総数では若者より少ないのですが、毎年2.1%増加しています。また後述するように「感染経路」が若者と50歳以上では異なります。
深刻なのはイギリスです。50歳以上での増加率は年間3.6%。2004年には10万人あたり3.1人だったのが2015年には4.32人まで上昇しています。男女別にみてみると、50歳以上の男性では12年間で人口10万人あたり3.5人から4.8人に、50歳以上の女性では1.0人から1.2人に増加しています。一方、同国では若者の新規感染は4%減少しています。
データを欧州全体に戻して50歳以上の感染経路の内訳をみてみましょう。2015年には感染経路の最多が異性間性交渉の42.4%、男性同性間性交渉は30.3%、薬物の静脈注射が2.6%、その他及び不明が24.6%です。一方、若者は、最多が男性同性間性交渉の45.1%、異性愛30.8%、薬物4.6%、その他及び不明19.5%です。
これらから言える最も重要なことは「50歳以上の男女間での性交渉での感染増加に対策を立てねばならない」ということです。では、なぜ彼(女)らの間に新規感染が増えているのか。NHSは英国の大衆紙『Mail Online』の報道を引き合いに出しています。同紙は次のようにコメントしています(注3)。
離婚後の無防備な性交渉が50歳以上のHIV新規感染増加の真因である...。
同紙はさらに、「silver splitters」という造語(日本語にすると「熟年離婚者」でしょうか...)を紹介し、これがキーワードだとしています。同紙によれば、離婚した彼(女)らはHIVを過去のものと考えており、コンドームは避妊用具であり性感染症を防ぐツールとは認識していません。特に、精管切除(vasectomy)や子宮摘出(hysterectomy)を実施していれば、コンドームという発想は元からありません。
50歳以上の問題はまだあります(注4)。若者に比べて、HIVが発覚したときにすでに病状が進行していることが今回の調査で分かったのです。さらに「Mail Online」によれば、HIVの無料検査はいろんなところで受けることができるにもかかわらず50歳以上は検査を受けず、また予防啓発をおこなう団体も50歳以上に対しては積極的におこなっていないそうです。その結果、ますます検査を受ける機会を逃すことになります。
翻って日本はどうでしょうか。実は日本でも同じような傾向が現れつつあります。「平成28(2016)年エイズ発生動向」(注5)には「感染者の主要な感染経路はいずれの年齢階級においても同性間性的接触例の割合がもっとも高く、年齢が上がるに従い異性間性的接触の割合が高くなる傾向がみられた」と述べられています。つまり、ヨーロッパとは異なり、日本では50歳以上も感染経路は男性同性間性交渉が最多だけれど、若者と比べて異性間性交渉での感染の割合が多い、ということです。同資料の図13をみてみると、50歳以上では4割以上が異性間となっています。一方、30代では異性間は2割に過ぎません。
そして、これは日々の臨床を通しての私の実感とも一致します。私が日々診察している20代、30代のHIV陽性者は多くが男性同性愛者ですが、50代以上となると、全体では人数は多くないものの異性間性交渉で感染している割合が増えます。そして、自らの意思で保健所などへ検査を受けに行った人はほとんどおらず、何らかの症状が出て医療機関を受診してHIV感染が発覚した、というケースが多いのです。
また日本のHIV啓発団体もやはり若者を対象としています。10年ほど前からピア・エデュケーション(peer education)の有効性が注目され(「ピア」とは同胞とか同僚という意味です)、同世代の者がHIV/エイズの教育をおこなうべきだという考えが主流になってきています。そしてピア・エデュケーションを推奨している人たちが念頭に置いているのはまず間違いなく若い人たちです。
これを読んでいるあなたが50歳以上だったとしたら、そしてもしも「silver splitter」だとしたら、性に対する考え方、見直さなくてもいいでしょうか...。
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注1:この論文のタイトルは「New HIV diagnoses among adults aged 50 years or older in 31 European countries, 2004?15: an analysis of surveillance data」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/lanhiv/article/PIIS2352-3018(17)30155-8/fulltext?elsca1=tlpr
注2:NHSはウェブサイト「NHS choices」で公表しています。タイトルは「Rates of newly diagnosed HIV increasing in over-50s」で、下記URLで全文を読めます。
https://www.nhs.uk/news/2017/09September/Pages/Rates-newly-diagnosed-HIV-increasing-in-over-50s.aspx
注3:「Mail Online」の記事のタイトルは「HIV on the rise in the over-50s: Warning that reckless sexual behaviour of 'silver splitters' has led to an increase in cases」で、下記URLで読むことができます。
http://www.dailymail.co.uk/health/article-4923672/HIV-rise-50s.html
注4:本文では述べませんでしたが、NHSは50歳以上の問題として次の2つも挙げています。ひとつは異性愛での感染が最多とはいえ、男性同性愛者の感染も増えていることです。若者でも増えていますが、50歳以上の増加率の方が高いのです。(50歳以上は5.8%の増加、若年者は2.3%) もうひとつは、過去12年間で薬物の静脈注射も増えていることです。こちらは若者では減少しています。
注5:下記URLを参照ください。
http://api-net.jfap.or.jp/status/2016/16nenpo/bunseki.pdf
第135回(2017年9月) 性風俗がやめられない人たち
今回は私の元に寄せられたアキラさんからの相談メールの紹介をしたいと思います。ただし、本人が特定できないように一部を変更していること、さらに、同じような質問は非常にたくさん寄せられていることを先にお断りしておきます。
************
【お名前(ニックネ-ム可)】アキラ
【内容】先生こんにちは。30代の既婚者です。僕は自分が性依存症でないかと疑っています。というのは風俗通いがやめられないんです。GINAのサイトなどを見て、HIVよりもB型肝炎が重要ということを知ってワクチンはうちました。HIVには絶対にかかりたくないのでコンドームは使うようにしていますが、オーラルセックスのときはコンドームなしのこともあります。というか、そちらの方が多いです。もうやめようと思うのですが、少し時間がたつとまた行きたくなるのです。遊んだ後に充実しているかというと、後悔する気持ちの方が強いです。妻とは仲が悪くはありませんがもう何年もセックスしていませんし、まったくやる気が起こりません。ただ、子供はほしいと思っています。
【私の回答】
アキラさんへ。同じような質問をよく受けます。そして、いつも回答に苦労します...。性依存症については、はっきりとした概念がなくそのような病気はないとする意見もありますが、本人やパートナーが苦痛を感じていることも多く、ひどい場合は借金や性感染症の問題が起こる場合もありますからやはりひとつの疾患と考えるべきだ、という意見が増えてきています。最近では自助グループもできているようです。
さて、アキラさんの問題を具体的に考えてみましょう。まずは性感染症から。
B型肝炎(以下HBV)のワクチンを接種しているのはいいことです。念のために聞きますが、抗体が無事にできたことは確認されていますね。HBVのワクチンは3回接種しても抗体ができていないことがあります。抗体があると思い込み「悲劇」が起こることがときどきありますから今一度確認してください。
HBV以外に「命に関わる感染症」はHIVとC型肝炎(HCV)です。これらの感染力は強くなくコンドームをしていればほぼ100%防げます。オーラルセックスでのリスクは高くありませんが、私が診察した患者さんのなかには生まれて初めてのオーラルセックスでHIVに感染した人もいますから、やはり危険と考えるべきです。それに、コンドームなしのオーラルセックスがあれば尿道や咽頭への淋菌やクラミジア感染が起こります。これらは命に関わるものではありませんが、他人へ感染させれば大変ですから、そういう意味でもオーラルセックスにもコンドームは必要と考えましょう。
ワクチンがなく、コンドームで防げない感染症には、梅毒、性器ヘルペス、尖圭コンジローマなどがあります。正確に言えば、尖圭コンジローマには非常に有効なワクチンがありますが日本では男性に認可されていません(未認可でも希望が多く、私が院長を務める谷口医院では発売と同時に男性にも摂取していますが)。
性感染症以外の最大の問題は「奥さんとのコミュニケーション」ですね。思い切って一度セックスについて話し合ってみてはどうでしょうか。こういうケースは、奥さんの方からは言い出しにくいものです。(もっとも、アキラさんも言い出しにくいでしょうが...) 女性からセックスレスの相談を受けたときも「思い切ってご主人と話してみましょう」と助言しますが、「女性の方からは言い出せない」と多くの女性は言います。「男らしくアキラさんから...」という表現は時代錯誤かもしれませんが、今も変わらず「愛している」ことは伝えるべきだと思います。というのは、セックスレスの相談をする女性が最も気にしているのは「愛されていないのかも...」ということだからです。
世の中には、セックスレスの解決方法として、互いに別のセックスパートナーを持てばいいとか、スワッピングが解決になる、といった無責任な助言をする人がいるようですが、医師としてはこのようなことは勧められません。第一に性感染症の問題があるからです。ワクチンでもコンドームでも防げない感染症、例えば梅毒に感染して、さらにパートナーに感染させると(梅毒は些細なスキンシップでも感染することがあります)、それで夫婦関係が悪化しかねません。
もしもアキラさんが性器ヘルペスに感染したとしましょう。そして奥さんに感染させてしまうと出産時に相当のストレスがかかります。分娩時に生まれてくる赤ちゃんにヘルペスを感染させてしまうと命が助からないこともあります。もしもこのような事態になれば、きっとアキラさんは後悔の念に苦しむことになります。
アキラさんにとってセックスとは何でしょう。出会ったばかりでよく知らない女性とすぐに関係をもつ非日常的な刺激を求めているのでしょうか。このような非日常的な刺激で快楽が得られたとしてもその快楽はすぐに終わります。さらに、その後に虚無感に襲われることもあります。また、同じことを繰り返していればそのうち快楽自体がなくなります。アキラさんもすでに思い当たることがあるのではないですか。
奥さんとのセックスで幸福感を味わっていた頃を思い出してください。そのときには出会ってすぐのセックスでは決して体験できない平和的な幸福感を実感できたのではないですか。これはオキシトシンというホルモンの影響と言われていて、非日常的な刺激で得られる興奮系のホルモンとはまったく異なるものです。
奥さんとのセックスでは非日常的なドキドキする刺激感は期待できないでしょう。ですが、何とも言えない幸せ感につつまれた平和な時間を二人で共有することはできるはずですよ。
************
アキラさんのように性風俗がやめられないという男性は少なくなく、実際、日本人の性風俗利用率は他の先進国に比べて抜きんでています。数字をいくつか紹介してみましょう。
京都大学の木原正博医師らが1999年におこなった全国の5千人の男性を対象とした調査では、日本人男性の買春率は10%を超え、欧米諸国が数%程度であることを考えると「著しく高い」と結論づけられています(http://idsc.nih.go.jp/iasr/21/245/dj2452.html)。
「成人男性の買春行動及び買春許容意識の規定因の検討」というタイトルの宇井美代子氏らの研究によれば、4~5年の間に「性風俗(ソープ,ファッションヘルス,デートクラブ,ホテトルなど)を利用した」、「女子高校生に金品を渡して,セックス等の性的行為をした」、「海外で売春婦を買った」のいずれか1項目にでも「はい」と回答した者は14.6%にも上ります(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/79/3/79_3_215/_pdf)。
NHKも「日本の性プロジェクト(2002)」という調査をおこなっており、過去1年間に性風俗施設を利用したことがある男性の割合は13.6%になるという結果がでています。(『データブックNHK日本人の性行動・性意識』NHK出版223ページ)
もっと驚くデータもあります。『日本エイズ学会誌』という医学誌に掲載された「日本の就労成人男性におけるHIV/AIDS関連意識と行動に関するインターネット調査」では、なんと「日本人男性の46%が風俗施設利用経験あり」とされています(http://jaids.umin.ac.jp/journal/2013/20131503/20131503183193.pdf)。 ただし、この調査結果はあまりにも数字が高すぎます。この原因としてインターネットを使ったスノーボールサンプリングという方法を用いたことで参加者に偏りが生じたのではないかと私は考えています。
ですが、先述した3つのデータが示しているとおり、1割程度の日本人男性は性風俗の経験があるのは間違いないでしょう。そしてこれは欧米諸国からみれば異常な数字です。ちなみに、他国のデータをみてみると、米国0.3%、英国0.6%、フランス1.1%となっています。
ワクチンでもコンドームでも防げない性感染症の存在を考えれば、余程の覚悟がないと性風俗など利用できないはずです。思い当たることがある人は今一度考えなおしてみることを勧めます。
参考:GINAと共に第89回(2013年11月)「性依存症という病」
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【お名前(ニックネ-ム可)】アキラ
【内容】先生こんにちは。30代の既婚者です。僕は自分が性依存症でないかと疑っています。というのは風俗通いがやめられないんです。GINAのサイトなどを見て、HIVよりもB型肝炎が重要ということを知ってワクチンはうちました。HIVには絶対にかかりたくないのでコンドームは使うようにしていますが、オーラルセックスのときはコンドームなしのこともあります。というか、そちらの方が多いです。もうやめようと思うのですが、少し時間がたつとまた行きたくなるのです。遊んだ後に充実しているかというと、後悔する気持ちの方が強いです。妻とは仲が悪くはありませんがもう何年もセックスしていませんし、まったくやる気が起こりません。ただ、子供はほしいと思っています。
【私の回答】
アキラさんへ。同じような質問をよく受けます。そして、いつも回答に苦労します...。性依存症については、はっきりとした概念がなくそのような病気はないとする意見もありますが、本人やパートナーが苦痛を感じていることも多く、ひどい場合は借金や性感染症の問題が起こる場合もありますからやはりひとつの疾患と考えるべきだ、という意見が増えてきています。最近では自助グループもできているようです。
さて、アキラさんの問題を具体的に考えてみましょう。まずは性感染症から。
B型肝炎(以下HBV)のワクチンを接種しているのはいいことです。念のために聞きますが、抗体が無事にできたことは確認されていますね。HBVのワクチンは3回接種しても抗体ができていないことがあります。抗体があると思い込み「悲劇」が起こることがときどきありますから今一度確認してください。
HBV以外に「命に関わる感染症」はHIVとC型肝炎(HCV)です。これらの感染力は強くなくコンドームをしていればほぼ100%防げます。オーラルセックスでのリスクは高くありませんが、私が診察した患者さんのなかには生まれて初めてのオーラルセックスでHIVに感染した人もいますから、やはり危険と考えるべきです。それに、コンドームなしのオーラルセックスがあれば尿道や咽頭への淋菌やクラミジア感染が起こります。これらは命に関わるものではありませんが、他人へ感染させれば大変ですから、そういう意味でもオーラルセックスにもコンドームは必要と考えましょう。
ワクチンがなく、コンドームで防げない感染症には、梅毒、性器ヘルペス、尖圭コンジローマなどがあります。正確に言えば、尖圭コンジローマには非常に有効なワクチンがありますが日本では男性に認可されていません(未認可でも希望が多く、私が院長を務める谷口医院では発売と同時に男性にも摂取していますが)。
性感染症以外の最大の問題は「奥さんとのコミュニケーション」ですね。思い切って一度セックスについて話し合ってみてはどうでしょうか。こういうケースは、奥さんの方からは言い出しにくいものです。(もっとも、アキラさんも言い出しにくいでしょうが...) 女性からセックスレスの相談を受けたときも「思い切ってご主人と話してみましょう」と助言しますが、「女性の方からは言い出せない」と多くの女性は言います。「男らしくアキラさんから...」という表現は時代錯誤かもしれませんが、今も変わらず「愛している」ことは伝えるべきだと思います。というのは、セックスレスの相談をする女性が最も気にしているのは「愛されていないのかも...」ということだからです。
世の中には、セックスレスの解決方法として、互いに別のセックスパートナーを持てばいいとか、スワッピングが解決になる、といった無責任な助言をする人がいるようですが、医師としてはこのようなことは勧められません。第一に性感染症の問題があるからです。ワクチンでもコンドームでも防げない感染症、例えば梅毒に感染して、さらにパートナーに感染させると(梅毒は些細なスキンシップでも感染することがあります)、それで夫婦関係が悪化しかねません。
もしもアキラさんが性器ヘルペスに感染したとしましょう。そして奥さんに感染させてしまうと出産時に相当のストレスがかかります。分娩時に生まれてくる赤ちゃんにヘルペスを感染させてしまうと命が助からないこともあります。もしもこのような事態になれば、きっとアキラさんは後悔の念に苦しむことになります。
アキラさんにとってセックスとは何でしょう。出会ったばかりでよく知らない女性とすぐに関係をもつ非日常的な刺激を求めているのでしょうか。このような非日常的な刺激で快楽が得られたとしてもその快楽はすぐに終わります。さらに、その後に虚無感に襲われることもあります。また、同じことを繰り返していればそのうち快楽自体がなくなります。アキラさんもすでに思い当たることがあるのではないですか。
奥さんとのセックスで幸福感を味わっていた頃を思い出してください。そのときには出会ってすぐのセックスでは決して体験できない平和的な幸福感を実感できたのではないですか。これはオキシトシンというホルモンの影響と言われていて、非日常的な刺激で得られる興奮系のホルモンとはまったく異なるものです。
奥さんとのセックスでは非日常的なドキドキする刺激感は期待できないでしょう。ですが、何とも言えない幸せ感につつまれた平和な時間を二人で共有することはできるはずですよ。
************
アキラさんのように性風俗がやめられないという男性は少なくなく、実際、日本人の性風俗利用率は他の先進国に比べて抜きんでています。数字をいくつか紹介してみましょう。
京都大学の木原正博医師らが1999年におこなった全国の5千人の男性を対象とした調査では、日本人男性の買春率は10%を超え、欧米諸国が数%程度であることを考えると「著しく高い」と結論づけられています(http://idsc.nih.go.jp/iasr/21/245/dj2452.html)。
「成人男性の買春行動及び買春許容意識の規定因の検討」というタイトルの宇井美代子氏らの研究によれば、4~5年の間に「性風俗(ソープ,ファッションヘルス,デートクラブ,ホテトルなど)を利用した」、「女子高校生に金品を渡して,セックス等の性的行為をした」、「海外で売春婦を買った」のいずれか1項目にでも「はい」と回答した者は14.6%にも上ります(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/79/3/79_3_215/_pdf)。
NHKも「日本の性プロジェクト(2002)」という調査をおこなっており、過去1年間に性風俗施設を利用したことがある男性の割合は13.6%になるという結果がでています。(『データブックNHK日本人の性行動・性意識』NHK出版223ページ)
もっと驚くデータもあります。『日本エイズ学会誌』という医学誌に掲載された「日本の就労成人男性におけるHIV/AIDS関連意識と行動に関するインターネット調査」では、なんと「日本人男性の46%が風俗施設利用経験あり」とされています(http://jaids.umin.ac.jp/journal/2013/20131503/20131503183193.pdf)。 ただし、この調査結果はあまりにも数字が高すぎます。この原因としてインターネットを使ったスノーボールサンプリングという方法を用いたことで参加者に偏りが生じたのではないかと私は考えています。
ですが、先述した3つのデータが示しているとおり、1割程度の日本人男性は性風俗の経験があるのは間違いないでしょう。そしてこれは欧米諸国からみれば異常な数字です。ちなみに、他国のデータをみてみると、米国0.3%、英国0.6%、フランス1.1%となっています。
ワクチンでもコンドームでも防げない性感染症の存在を考えれば、余程の覚悟がないと性風俗など利用できないはずです。思い当たることがある人は今一度考えなおしてみることを勧めます。
参考:GINAと共に第89回(2013年11月)「性依存症という病」
第133回(2017年7月) ボランティアでの感染症のリスク~後編~
前回はタイでのボランティアで気を付ける感染症として、A型肝炎、麻疹、結核が特に重要であるという話をしました。注意を要する感染症は他にも様々あり、また国や地域によっても異なりますが、今回もタイを中心に話を進めることとします。
私はGINAの仕事の関連でタイが最も渡航の多い国ですが、他国にも観光も含めて訪れることがあります。そんな私がアジア諸国で最も恐れている感染症は何かというと「蚊」、正確に言えば「蚊が媒介する感染症」、具体的に言えば、「マラリア、デング熱、チクングニア熱、ジカ熱」です。(日本脳炎については後述します)
マラリアは世界三大感染症のひとつ(他の2つはHIVと結核)で「死に至る病」です。ワクチンはなく蚊(ハマダラカ)に刺されないようにしなければなりません。さらに、マラリア侵淫地(マラリアが多数棲息している地域)に行くときは、マラリア予防薬を内服すべきです。幸なことに、タイには北部のジャングル地域を除けばマラリアの報告は少数であり、予防薬までは必要ありません。
つまり、「一般的な蚊の対策」だけで充分です。ただ、この「一般的な蚊の対策」ができている人があまりいません。以前、「タイには慣れている」と宣言している人が「蚊対策は夕方から夜明けまでで充分」と言っているのを聞いて驚かされたことがあります。この人はマラリアを想定してそのような勘違いをしているのです。マラリアを媒介するハマダラカはたしかに夕方から活動を開始しますが、デング熱やチクングニア熱を媒介するネッタイシマカの活動時間は日中です。
しかもこの蚊は水があるところならどこにでもいますから、水たまりや田んぼのみならず、都心部の工事現場とか、放置されているタイヤの中などにもいます。もちろんプールにもいます。ボランティアに行こうという人はリゾートホテルのプールサイドには縁がないかもしれませんが、こういったところで日焼け止めは塗るのに虫よけは使用していなかったという人がデング熱の餌食になるのです。蚊対策にはDEET、イカリジン、蚊取り線香などの知識が必要になります。
蚊対策は思いのほか大変です。私は現地で購入したDEETと日本から持参するリキッドタイプの電気式蚊取り器を使いますが、最大の難点は、日中は「水や汗でDEETが流れれば直ちに塗りなおさなければならない」ということです。デング熱にはワクチンが登場し、いくつかの国で使われるようになってきていますが、タイではまだ未認可です。フィリピンでは認可されていますが、1年かけて3回接種しなければなりませんから長期滞在している人しか打てないでしょうし、また3回接種したとしても100%防げるわけではありません。それに、チクングニア熱やジカ熱には無効ですから、結局のところ従来通りの蚊対策をおこなわなければなりません。
デング熱はタイを含む東南アジアであまりにも多い感染症ですから、長期でボランティアをしている人のなかにはすでに感染したことがあるという人もいます。また、タイ人はDEETなど通常は用いていませんし、子供は日常的に蚊に刺されていますから、蚊なんて怖くないと思っている人がいますが、稀とはいえ、デング熱が命を奪うことがあることを忘れてはいけません。実際、2016年にはフィリピンで蚊にさされた新潟県の女性がデング熱(デング出血熱)で死亡しています。
東南アジアで蚊が媒介する感染症で忘れてはいけないものが日本脳炎です。日本脳炎は昨年(2016年)対馬で立て続けに感染者が見つかりました。豚のいない対馬で日本脳炎が発症した理由としてイノシシが媒介したのではないかと言われていますが、日本脳炎を最も媒介しやすい動物はなんといっても「豚」です。豚→蚊→人と感染するのです。通常、ボランティアの施設内に豚はいないと思いますが、タイでは少し田舎の方にいくと家畜の豚がいくらでもいます。日本の家畜のイメージとは異なり、放し飼いとしか思えないようなところもあります。そのようなところで蚊にさされると非常に危険です。日本脳炎は定期接種のワクチンですから幼少時に接種していますが、長期間はもちません。成人の場合は数年に一度のペースで追加接種するのが理想です。
蚊以外の節足動物で注意するものを考えてみましょう。現在日本では「ヒアリ」が注目されていますが、タイにも大小さまざまなアリがいて刺されるとけっこう痛いです。私はタイにヒアリがいるのかどうか知りませんが、似たようなアリはそれなりに棲息していると思われます。日本ではヒアリが「殺人アリ」と呼ばれているようで、これはアナフィラキシーショックと呼ばれるアレルギーの最重症型を呈す例があるからでしょう。ですが、重症化する頻度は稀であり、過剰に心配しすぎるのも問題です。マスコミなどがヒアリを過剰に「恐怖の生物」と煽るような報道をするのは、日本は平和な国で(蚊をおそれなくていい数少ない国です)、アリには「働き者」で良いイメージがありますから、ヒアリのような「従来の概念を覆すアリ」が入ってくることに強い抵抗があるからだと思います。
タイでは、東北地方(イサーン地方)では、アリの卵を食べる文化(「カイ・モッ・デーン」と呼ばれる高級?料理。直訳すると「赤いアリの卵」)がありますし、タイ全域でホテルの部屋のなかに小さなアリは頻繁に入ってきますから、日常的に見かけるアリは怖くありません。ですが野原にいる大きなアリにはそれなりに注意すべきです。もちろんアリだけではなく、他の昆虫や節足動物にも注意しなければなりません。サソリもムカデも当たり前のようにいます。また、私の知る限り、タイでの致死的なダニ媒介感染症(注1)はさほどありませんが、マダニに噛まれると痒み・痛みに悩まされることもありますから、やはり対策は必要です。
話を屋外から屋内、つまりベッドサイドに戻しましょう。エイズ施設にボランティアに行ったからといって針刺しなどをしなければHIVに感染することはありません。ただ、看護師や医師は採血や点滴をすることがあるでしょうから充分に注意しなければなりません。もしも刺してしまえばPEP(曝露後予防)をしなければなりません(注2)。
通常のケアでHIVに感染することはありませんが、B型肝炎ウイルス(以下「HBV」)には最大限の注意が必要です。HBVはいったん感染すると生涯体内から消えません。HIVと同じような機序で逆転写酵素を使って人の遺伝子に潜り込むことができるのです。HIVとの違いは、無治療でも助かることも多いということです。ですが、感染して数か月後に劇症肝炎を起こし死に至ることもありますし、長期間ウイルスが血中に残り将来肝臓がんが発症することもあります。
HBVがなぜ恐怖かというと、血液のみならず唾液、汗、便、尿などにもウイルスが含まれていることがあるからです。つまり、軽いスキンシップ程度の接触でも感染しうるのです。実際、2002年には佐賀県の保育所で25人が集団感染を起こしました。子供のスキンシップ程度の接触でも感染するのです。タイを含むアジアではHBVの陽性者はまったく珍しくありません。感染者が多数いて、ささいなスキンシップで感染するのであれば、ワクチン以外に予防する手段はありません。逆に、ワクチン接種し抗体を形成しておけば生涯にわたりHBVの心配をする必要はありません(注3)。
しかしながら、私の経験から言えば、タイを含む海外でのエイズ施設にボランティアに赴くのにも関わらず、HBVワクチンを接種していない、それどころか、その必要性を考えたこともなかった、という人が後を絶たないのです。これがどれだけ危険なことか...。
前回と今回で、タイを中心に海外ボランティアに参加するときに注意しなければならない感染症について述べました。これはほんの「プロローグ」であり、実際にはまだまだ勉強しなければならないことがたくさんあります。前回は狂犬病ワクチンの優先順位は高くないという話をしましたが、タイ最大のエイズホスピス「Wat Phrabhatnamphu」があるロッブリー県はサルの名所であり、実はサルに噛まれて狂犬病ワクチンを慌てて接種した、という人がたくさんいます。
海外にボランティアに行く人は、かかりつけ医にじっくりと相談してみてください。かかりつけ医をお持ちでない方はGINAに相談してください。相談は何度されても無料です。
************
注1:ダニは最近はタイよりも日本の方が重症例・死亡例の報告が目立ちます。北海道でダニ媒介性脳炎の報告があり、西日本ではSFTSでの死亡者が散見されます。また日本紅斑熱、ライム病、ツツガムシ病といったダニが媒介する感染症も治療が遅れると危険です。ただし、本文にも述べたようにタイではなぜかこういった感染症の報告をあまり聞きません。
注2:PEP(曝露後予防)については下記を参照ください。
GINAと共に第119回(2016年5月)「PEP、PrEPは日本で普及するか」
注3:この点は誤解されていることが多く、いったん抗体が形成されても数年後の血液検査で陰転化していれば追加接種が必要と考えている人が少なくありません。ですが、原則としてワクチン接種で抗体が一度つくられれば、その後の検査で陰性となったとしても追加接種や検査は不要です。
参考:http://www.kankyokansen.org/modules/news/index.php?content_id=106
私はGINAの仕事の関連でタイが最も渡航の多い国ですが、他国にも観光も含めて訪れることがあります。そんな私がアジア諸国で最も恐れている感染症は何かというと「蚊」、正確に言えば「蚊が媒介する感染症」、具体的に言えば、「マラリア、デング熱、チクングニア熱、ジカ熱」です。(日本脳炎については後述します)
マラリアは世界三大感染症のひとつ(他の2つはHIVと結核)で「死に至る病」です。ワクチンはなく蚊(ハマダラカ)に刺されないようにしなければなりません。さらに、マラリア侵淫地(マラリアが多数棲息している地域)に行くときは、マラリア予防薬を内服すべきです。幸なことに、タイには北部のジャングル地域を除けばマラリアの報告は少数であり、予防薬までは必要ありません。
つまり、「一般的な蚊の対策」だけで充分です。ただ、この「一般的な蚊の対策」ができている人があまりいません。以前、「タイには慣れている」と宣言している人が「蚊対策は夕方から夜明けまでで充分」と言っているのを聞いて驚かされたことがあります。この人はマラリアを想定してそのような勘違いをしているのです。マラリアを媒介するハマダラカはたしかに夕方から活動を開始しますが、デング熱やチクングニア熱を媒介するネッタイシマカの活動時間は日中です。
しかもこの蚊は水があるところならどこにでもいますから、水たまりや田んぼのみならず、都心部の工事現場とか、放置されているタイヤの中などにもいます。もちろんプールにもいます。ボランティアに行こうという人はリゾートホテルのプールサイドには縁がないかもしれませんが、こういったところで日焼け止めは塗るのに虫よけは使用していなかったという人がデング熱の餌食になるのです。蚊対策にはDEET、イカリジン、蚊取り線香などの知識が必要になります。
蚊対策は思いのほか大変です。私は現地で購入したDEETと日本から持参するリキッドタイプの電気式蚊取り器を使いますが、最大の難点は、日中は「水や汗でDEETが流れれば直ちに塗りなおさなければならない」ということです。デング熱にはワクチンが登場し、いくつかの国で使われるようになってきていますが、タイではまだ未認可です。フィリピンでは認可されていますが、1年かけて3回接種しなければなりませんから長期滞在している人しか打てないでしょうし、また3回接種したとしても100%防げるわけではありません。それに、チクングニア熱やジカ熱には無効ですから、結局のところ従来通りの蚊対策をおこなわなければなりません。
デング熱はタイを含む東南アジアであまりにも多い感染症ですから、長期でボランティアをしている人のなかにはすでに感染したことがあるという人もいます。また、タイ人はDEETなど通常は用いていませんし、子供は日常的に蚊に刺されていますから、蚊なんて怖くないと思っている人がいますが、稀とはいえ、デング熱が命を奪うことがあることを忘れてはいけません。実際、2016年にはフィリピンで蚊にさされた新潟県の女性がデング熱(デング出血熱)で死亡しています。
東南アジアで蚊が媒介する感染症で忘れてはいけないものが日本脳炎です。日本脳炎は昨年(2016年)対馬で立て続けに感染者が見つかりました。豚のいない対馬で日本脳炎が発症した理由としてイノシシが媒介したのではないかと言われていますが、日本脳炎を最も媒介しやすい動物はなんといっても「豚」です。豚→蚊→人と感染するのです。通常、ボランティアの施設内に豚はいないと思いますが、タイでは少し田舎の方にいくと家畜の豚がいくらでもいます。日本の家畜のイメージとは異なり、放し飼いとしか思えないようなところもあります。そのようなところで蚊にさされると非常に危険です。日本脳炎は定期接種のワクチンですから幼少時に接種していますが、長期間はもちません。成人の場合は数年に一度のペースで追加接種するのが理想です。
蚊以外の節足動物で注意するものを考えてみましょう。現在日本では「ヒアリ」が注目されていますが、タイにも大小さまざまなアリがいて刺されるとけっこう痛いです。私はタイにヒアリがいるのかどうか知りませんが、似たようなアリはそれなりに棲息していると思われます。日本ではヒアリが「殺人アリ」と呼ばれているようで、これはアナフィラキシーショックと呼ばれるアレルギーの最重症型を呈す例があるからでしょう。ですが、重症化する頻度は稀であり、過剰に心配しすぎるのも問題です。マスコミなどがヒアリを過剰に「恐怖の生物」と煽るような報道をするのは、日本は平和な国で(蚊をおそれなくていい数少ない国です)、アリには「働き者」で良いイメージがありますから、ヒアリのような「従来の概念を覆すアリ」が入ってくることに強い抵抗があるからだと思います。
タイでは、東北地方(イサーン地方)では、アリの卵を食べる文化(「カイ・モッ・デーン」と呼ばれる高級?料理。直訳すると「赤いアリの卵」)がありますし、タイ全域でホテルの部屋のなかに小さなアリは頻繁に入ってきますから、日常的に見かけるアリは怖くありません。ですが野原にいる大きなアリにはそれなりに注意すべきです。もちろんアリだけではなく、他の昆虫や節足動物にも注意しなければなりません。サソリもムカデも当たり前のようにいます。また、私の知る限り、タイでの致死的なダニ媒介感染症(注1)はさほどありませんが、マダニに噛まれると痒み・痛みに悩まされることもありますから、やはり対策は必要です。
話を屋外から屋内、つまりベッドサイドに戻しましょう。エイズ施設にボランティアに行ったからといって針刺しなどをしなければHIVに感染することはありません。ただ、看護師や医師は採血や点滴をすることがあるでしょうから充分に注意しなければなりません。もしも刺してしまえばPEP(曝露後予防)をしなければなりません(注2)。
通常のケアでHIVに感染することはありませんが、B型肝炎ウイルス(以下「HBV」)には最大限の注意が必要です。HBVはいったん感染すると生涯体内から消えません。HIVと同じような機序で逆転写酵素を使って人の遺伝子に潜り込むことができるのです。HIVとの違いは、無治療でも助かることも多いということです。ですが、感染して数か月後に劇症肝炎を起こし死に至ることもありますし、長期間ウイルスが血中に残り将来肝臓がんが発症することもあります。
HBVがなぜ恐怖かというと、血液のみならず唾液、汗、便、尿などにもウイルスが含まれていることがあるからです。つまり、軽いスキンシップ程度の接触でも感染しうるのです。実際、2002年には佐賀県の保育所で25人が集団感染を起こしました。子供のスキンシップ程度の接触でも感染するのです。タイを含むアジアではHBVの陽性者はまったく珍しくありません。感染者が多数いて、ささいなスキンシップで感染するのであれば、ワクチン以外に予防する手段はありません。逆に、ワクチン接種し抗体を形成しておけば生涯にわたりHBVの心配をする必要はありません(注3)。
しかしながら、私の経験から言えば、タイを含む海外でのエイズ施設にボランティアに赴くのにも関わらず、HBVワクチンを接種していない、それどころか、その必要性を考えたこともなかった、という人が後を絶たないのです。これがどれだけ危険なことか...。
前回と今回で、タイを中心に海外ボランティアに参加するときに注意しなければならない感染症について述べました。これはほんの「プロローグ」であり、実際にはまだまだ勉強しなければならないことがたくさんあります。前回は狂犬病ワクチンの優先順位は高くないという話をしましたが、タイ最大のエイズホスピス「Wat Phrabhatnamphu」があるロッブリー県はサルの名所であり、実はサルに噛まれて狂犬病ワクチンを慌てて接種した、という人がたくさんいます。
海外にボランティアに行く人は、かかりつけ医にじっくりと相談してみてください。かかりつけ医をお持ちでない方はGINAに相談してください。相談は何度されても無料です。
************
注1:ダニは最近はタイよりも日本の方が重症例・死亡例の報告が目立ちます。北海道でダニ媒介性脳炎の報告があり、西日本ではSFTSでの死亡者が散見されます。また日本紅斑熱、ライム病、ツツガムシ病といったダニが媒介する感染症も治療が遅れると危険です。ただし、本文にも述べたようにタイではなぜかこういった感染症の報告をあまり聞きません。
注2:PEP(曝露後予防)については下記を参照ください。
GINAと共に第119回(2016年5月)「PEP、PrEPは日本で普及するか」
注3:この点は誤解されていることが多く、いったん抗体が形成されても数年後の血液検査で陰転化していれば追加接種が必要と考えている人が少なくありません。ですが、原則としてワクチン接種で抗体が一度つくられれば、その後の検査で陰性となったとしても追加接種や検査は不要です。
参考:http://www.kankyokansen.org/modules/news/index.php?content_id=106
第134回(2017年8月) インド女性の2つの「惨状」
日本では男女雇用機会均等法が制定され30年以上が経過しますが、いまだに女性が不利益を被っていることがよく指摘されます。諸外国と比べても女性の政治家や企業役員が少ないことは明らかであり、実際に企業で働く女性の実感としても「男性が女性より優遇されている」ようで、先日東京大学らによりおこなわれた調査でも45%の女性がそのように回答しています。(報道は2017年7月21日の共同通信)
社会的に女性が「差別」されているのは日本だけではなく、儒教の影響なのか韓国での女性の扱われ方は日本よりもずっとひどいとする声は少なくありません。中国もやはり、女性の待遇は好ましいものではなく、自殺者が女性の方が男性より多いのは中国くらいであることがよく引き合いに出されます。
ではアジア全体で女性が差別的な扱いを受けているのかといえば、そういうわけではなく、タイやフィリピンなど東南アジアではあまりそのような感じがしません。タイでは農村地域に行けば、女性が朝早くから夜遅くまで働き、男性は1日中寝そべっているような印象がありますが、不思議なことに女性が酷使されているという印象は受けません。バンコクなど都心部では、大企業や役所を覗けば女性の社員が多いことに驚かされます。しかも課長や部長といった役職に就いている女性がすごく多いのです。これはフィリピンでも同じです。
では女性差別の問題は、日本・韓国・中国といった東アジアで最も深刻なのかといえば、そういうわけではなく、イスラム教の国々やアフリカ諸国のなかには東アジアとは比べ物にならないくらい女性の権利が認められていない地域もあります。(ただし、私の印象でいえば、インドネシアやマレーシアはイスラム圏でも女性の地位は低くはありません)
今回取り上げたいのはインドの女性差別です。そしてなぜこの問題を取り上げるかというと、女性差別がHIV感染に関わっているだろうと思えるからです。インドのHIV陽性者は現在1位の南アフリカ共和国に次いで第2位です。感染者はおよそ500万人とみられていますが、きちんと調査されたわけではなく、感染に気付いていない人も多数いるでしょうから実態は誰にも分からないと考えるべきでしょう。
なぜインドでこれほどまでにHIVが多いのか。最大の理由は「女性がセックスを拒めない」からではないか。私はそのようにみています。それを物語る2つの「惨状」を紹介したいと思います。
1つめの惨状は、「インドでは硫酸を顔面にかけられる女性が異常に多い」ということです。日本でも同じような事件はあるのでしょうが、私自身は子供の頃にテレビでみたサスペンスドラマでしか知りません。一方、インドでは当たり前すぎるくらいにこういう事件があります。酸(硫酸)に攻撃されることをインドでは「アシッド・アタック」と呼ぶそうです。そもそも、こういう言葉が日常化していること自体が事件が多いことを物語っています。
北インドの古都アーグラに「Sheroes Hangout」という小さなカフェがあり、観光名所として紹介されています。私はTrip advisorでみましたが、他のサイトでも簡単に見つかります。(「Sheroes Hangout」で検索してみてください) この「Sheroes」という単語、「She」と「Hero」を合わせた造語です。そして従業員はアシッド・アタック被害者の女性たちです。
インドでは宗教的な理由から女性が男性と「区別」されています。これを差別と呼ぶかどうかは議論が分かれるでしょうが、日本人を含む外国人がインドをみればやはり異様でしょう。女性は「不浄」な存在とされ、料理を作ったり運んだりすることを許されていません。インドのレストランに女性のウエイトレスや料理人がいないのはこのためです。高級レストランにはサリー姿の美しい女性がいますが、彼女らは客を席まで案内するだけです。
「Sheroes Hangout」ではアシッド・アタックの被害者の女性がウエイトレスをしています。これはインドでは画期的なことです。もっとも、客は西洋人がほとんどでありインド人はほとんど行かないと聞きました。ですが「Trip advisor」にはインド人の書込もありました。(今のところ日本人の報告はありません)
さて、私が言いたいのはこのカフェのことではありません。なぜインドではアシッド・アタックなるものが「容認」されるのか、ということです。もちろんこのような残虐な行為は法的に許されてはいません。ですが、同じような事件が後を絶たないのは、この犯罪への「敷居」が低いからに他なりません。実際、アシッド・アタックの加害者が重罰を課せられるわけでもなく、周囲からそれほど非難されることもないのです。もしも日本で同じことをおこなえば、法律上の償いをしたとしても、生涯にわたり社会から許されることはないでしょう。
なぜインドではこれほどの残虐行為の加害者が社会から「容認」されるのか。それは被害者の女性が、加害者が望む結婚または交際を断ったからです。男性のセックスの申し入れを断った女性はアシッド・アタックの報復を受けても仕方がない、という社会的なコンセンサスがあるから男性が「容認」されているというわけです。
女性がセックスを拒めないことを示すもうひとつの「惨状」を紹介したいと思います。それは、インドではレイプの被害があまりにも多く日常化しているということです。日本人の旅行者が軟禁され集団レイプの被害にあったという報道もときどき聞きますが、この国ではこのようなことは日常茶飯事であり、我々が想像もできないようなレベルで事件が起きています。
例えば、2017年6月には、インド北東部のビハール州で16歳の少女が電車のなかで集団レイプされ電車から捨てられるという事件が発生しました。BBCが詳しく報じています(注1)。報道によれば、この少女は自宅の近くで男性2人に拉致され、レイプされ、駅までつれていかれて電車に乗せられました。車内で合流した別の3人の男性にもレイプされ、その後電車から突き落とされたのです。現地の新聞(注2)によれば、少女は重体であり生死をさまよっているそうです。
電車という公共の乗り物の中でのレイプ...。平和を享受している日本人からは想像もつきません。そして、インドの「恐怖の乗り物」は電車だけではありません。バスもまた危険なのです。16歳の少女の悲惨な事件が起こったわずか数日後、今度は、インド北部のノイダで、35歳の女性がバスの中で3人の男に8時間にわたりレイプされるという事件が発生しました(注3)。また、その約1カ月前には、インド北部グルグラムで、9か月の赤ちゃんと一緒にバスに乗った女性が同乗していた3人の男性にレイプされ、赤ちゃんが走行中にバスの外に放り出されて死亡する事件が起こりました(注4)。
現地新聞によれば、2015年の1年間にインド全域でのレイプ事件が34,600件以上発生しています(注5)。しかし、これが氷山の一角であるのは自明であり、この国では雇用機会均等の権利どころか女性が安全に暮らすことすら保障されていません。過去に紹介したように、米国では性行為には女性の「合意」が必要であり、この合意を「記録」するためのアプリまで存在します。米国が正しいかどうかは別にして、女性に対する考えが米国とインドでは天と地ほどの差があります。
何が女性差別に該当するかという議論は専門家に任せたいと思いますが、私が言いたいことは、インドのこういった女性の「惨状」を鑑みれば、HIVに対して無防備な性交渉が日常的におこなわれているのはもはや歴然とした事実であり、女性を保護する対策を考えない限りはHIVを含む性感染症を減らすことはできない、ということです。
そして、インドとは状況が異なりますが、日本のHIV予防を考えるときにも「女性が性的に脆弱な存在ではないか」ということを考えなければならない、というのが私の言いたいことです。
*************
注1:下記を参照ください。
http://www.bbc.com/news/world-asia-india-40323307?utm_source=Sailthru&utm_medium=email&utm_campaign=New%20Campaign&utm_term=%2AMorning%20Brief
注2:下記を参照ください。
http://indiatoday.intoday.in/story/bihar-class-x-girl-gangraped/1/982210.html
注3:下記を参照ください。
http://timesofindia.indiatimes.com/city/gurgaon/woman-alleges-rape-in-moving-car/articleshow/59243134.cms?TOI_browsernotification=true
注4:下記を参照ください。
http://indianexpress.com/article/india/gurgaon-two-held-in-gangrape-of-woman-murder-of-infant-4693919/
注5:下記を参照ください。
http://indianexpress.com/article/india/india-news-india/over-34600-rape-cases-in-india-delhi-tops-among-union-territories-3004487/
参考:山田敏弘(著)「なぜインドは「レイプ大国」になってしまったのか?|相次ぐ事件の背景を探る」『クーリエジャポン』2017年6月25日号
https://courrier.jp/news/archives/89109/
社会的に女性が「差別」されているのは日本だけではなく、儒教の影響なのか韓国での女性の扱われ方は日本よりもずっとひどいとする声は少なくありません。中国もやはり、女性の待遇は好ましいものではなく、自殺者が女性の方が男性より多いのは中国くらいであることがよく引き合いに出されます。
ではアジア全体で女性が差別的な扱いを受けているのかといえば、そういうわけではなく、タイやフィリピンなど東南アジアではあまりそのような感じがしません。タイでは農村地域に行けば、女性が朝早くから夜遅くまで働き、男性は1日中寝そべっているような印象がありますが、不思議なことに女性が酷使されているという印象は受けません。バンコクなど都心部では、大企業や役所を覗けば女性の社員が多いことに驚かされます。しかも課長や部長といった役職に就いている女性がすごく多いのです。これはフィリピンでも同じです。
では女性差別の問題は、日本・韓国・中国といった東アジアで最も深刻なのかといえば、そういうわけではなく、イスラム教の国々やアフリカ諸国のなかには東アジアとは比べ物にならないくらい女性の権利が認められていない地域もあります。(ただし、私の印象でいえば、インドネシアやマレーシアはイスラム圏でも女性の地位は低くはありません)
今回取り上げたいのはインドの女性差別です。そしてなぜこの問題を取り上げるかというと、女性差別がHIV感染に関わっているだろうと思えるからです。インドのHIV陽性者は現在1位の南アフリカ共和国に次いで第2位です。感染者はおよそ500万人とみられていますが、きちんと調査されたわけではなく、感染に気付いていない人も多数いるでしょうから実態は誰にも分からないと考えるべきでしょう。
なぜインドでこれほどまでにHIVが多いのか。最大の理由は「女性がセックスを拒めない」からではないか。私はそのようにみています。それを物語る2つの「惨状」を紹介したいと思います。
1つめの惨状は、「インドでは硫酸を顔面にかけられる女性が異常に多い」ということです。日本でも同じような事件はあるのでしょうが、私自身は子供の頃にテレビでみたサスペンスドラマでしか知りません。一方、インドでは当たり前すぎるくらいにこういう事件があります。酸(硫酸)に攻撃されることをインドでは「アシッド・アタック」と呼ぶそうです。そもそも、こういう言葉が日常化していること自体が事件が多いことを物語っています。
北インドの古都アーグラに「Sheroes Hangout」という小さなカフェがあり、観光名所として紹介されています。私はTrip advisorでみましたが、他のサイトでも簡単に見つかります。(「Sheroes Hangout」で検索してみてください) この「Sheroes」という単語、「She」と「Hero」を合わせた造語です。そして従業員はアシッド・アタック被害者の女性たちです。
インドでは宗教的な理由から女性が男性と「区別」されています。これを差別と呼ぶかどうかは議論が分かれるでしょうが、日本人を含む外国人がインドをみればやはり異様でしょう。女性は「不浄」な存在とされ、料理を作ったり運んだりすることを許されていません。インドのレストランに女性のウエイトレスや料理人がいないのはこのためです。高級レストランにはサリー姿の美しい女性がいますが、彼女らは客を席まで案内するだけです。
「Sheroes Hangout」ではアシッド・アタックの被害者の女性がウエイトレスをしています。これはインドでは画期的なことです。もっとも、客は西洋人がほとんどでありインド人はほとんど行かないと聞きました。ですが「Trip advisor」にはインド人の書込もありました。(今のところ日本人の報告はありません)
さて、私が言いたいのはこのカフェのことではありません。なぜインドではアシッド・アタックなるものが「容認」されるのか、ということです。もちろんこのような残虐な行為は法的に許されてはいません。ですが、同じような事件が後を絶たないのは、この犯罪への「敷居」が低いからに他なりません。実際、アシッド・アタックの加害者が重罰を課せられるわけでもなく、周囲からそれほど非難されることもないのです。もしも日本で同じことをおこなえば、法律上の償いをしたとしても、生涯にわたり社会から許されることはないでしょう。
なぜインドではこれほどの残虐行為の加害者が社会から「容認」されるのか。それは被害者の女性が、加害者が望む結婚または交際を断ったからです。男性のセックスの申し入れを断った女性はアシッド・アタックの報復を受けても仕方がない、という社会的なコンセンサスがあるから男性が「容認」されているというわけです。
女性がセックスを拒めないことを示すもうひとつの「惨状」を紹介したいと思います。それは、インドではレイプの被害があまりにも多く日常化しているということです。日本人の旅行者が軟禁され集団レイプの被害にあったという報道もときどき聞きますが、この国ではこのようなことは日常茶飯事であり、我々が想像もできないようなレベルで事件が起きています。
例えば、2017年6月には、インド北東部のビハール州で16歳の少女が電車のなかで集団レイプされ電車から捨てられるという事件が発生しました。BBCが詳しく報じています(注1)。報道によれば、この少女は自宅の近くで男性2人に拉致され、レイプされ、駅までつれていかれて電車に乗せられました。車内で合流した別の3人の男性にもレイプされ、その後電車から突き落とされたのです。現地の新聞(注2)によれば、少女は重体であり生死をさまよっているそうです。
電車という公共の乗り物の中でのレイプ...。平和を享受している日本人からは想像もつきません。そして、インドの「恐怖の乗り物」は電車だけではありません。バスもまた危険なのです。16歳の少女の悲惨な事件が起こったわずか数日後、今度は、インド北部のノイダで、35歳の女性がバスの中で3人の男に8時間にわたりレイプされるという事件が発生しました(注3)。また、その約1カ月前には、インド北部グルグラムで、9か月の赤ちゃんと一緒にバスに乗った女性が同乗していた3人の男性にレイプされ、赤ちゃんが走行中にバスの外に放り出されて死亡する事件が起こりました(注4)。
現地新聞によれば、2015年の1年間にインド全域でのレイプ事件が34,600件以上発生しています(注5)。しかし、これが氷山の一角であるのは自明であり、この国では雇用機会均等の権利どころか女性が安全に暮らすことすら保障されていません。過去に紹介したように、米国では性行為には女性の「合意」が必要であり、この合意を「記録」するためのアプリまで存在します。米国が正しいかどうかは別にして、女性に対する考えが米国とインドでは天と地ほどの差があります。
何が女性差別に該当するかという議論は専門家に任せたいと思いますが、私が言いたいことは、インドのこういった女性の「惨状」を鑑みれば、HIVに対して無防備な性交渉が日常的におこなわれているのはもはや歴然とした事実であり、女性を保護する対策を考えない限りはHIVを含む性感染症を減らすことはできない、ということです。
そして、インドとは状況が異なりますが、日本のHIV予防を考えるときにも「女性が性的に脆弱な存在ではないか」ということを考えなければならない、というのが私の言いたいことです。
*************
注1:下記を参照ください。
http://www.bbc.com/news/world-asia-india-40323307?utm_source=Sailthru&utm_medium=email&utm_campaign=New%20Campaign&utm_term=%2AMorning%20Brief
注2:下記を参照ください。
http://indiatoday.intoday.in/story/bihar-class-x-girl-gangraped/1/982210.html
注3:下記を参照ください。
http://timesofindia.indiatimes.com/city/gurgaon/woman-alleges-rape-in-moving-car/articleshow/59243134.cms?TOI_browsernotification=true
注4:下記を参照ください。
http://indianexpress.com/article/india/gurgaon-two-held-in-gangrape-of-woman-murder-of-infant-4693919/
注5:下記を参照ください。
http://indianexpress.com/article/india/india-news-india/over-34600-rape-cases-in-india-delhi-tops-among-union-territories-3004487/
参考:山田敏弘(著)「なぜインドは「レイプ大国」になってしまったのか?|相次ぐ事件の背景を探る」『クーリエジャポン』2017年6月25日号
https://courrier.jp/news/archives/89109/
第132回(2017年6月) ボランティアでの感染症のリスク~前編~
ボランティアというものにはどこか「非日常的」な趣があり、それが海外でのボランティアとなると、非日常性は一層増します。周囲の者が「大変だね」「気を付けてね」「そんなことできるなんて偉いね」など、気遣いの言葉をかけてくれますが、当事者自身は大変どころか、これから始まる「非日常」にワクワクしている、ということがよくあります。
ですから、一部の皮肉屋が言う「ボランティアなんてしょせん自己満足」というのは、あながち外れておらず、もしもあなたがボランティアを考えていて誰かにこのような皮肉を言われれば「そう、自己満足。で、何が悪いの?」と返せばいいのです。
海外で医療ボランティアをしている自分をイメージするとき、見知らぬ土地や言葉に戸惑いながらも一生懸命患者さんに貢献する姿を思い浮かべることになり、人によっては悦に入ることもあるでしょう。ですが、実際にはもちろん「厳しさ」があります。前回は、ボランティアの地にたどり着くだけでも大変だ、ということを述べました。今回は感染症の話です。
前回は、タイ最大のエイズホスピス「パバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)」を訪れるときに使う交通手段として「ロット・トゥー」「モータサイ」を紹介し、これらはそれなりにハードルが高いことを述べました。そんなにリスクが伴うならやめておこう、という考えは間違っていませんし、場合によってはタイに着いてからやっぱり行けなかった、ということもあります。海外では「自分の身は自分で守る」が原則ですから、危険を察して予定を変更するのは賢明な選択です。
感染症は知識で防ぐことができます。これは裏からみると「知識不足のせいで感染」がありえるということです。その感染症が「治る病気」であればいいでしょう。後から笑い話にでもすればいいのです。ですが、「治らない病気」あるいは「後遺症が残る病気」さらに「死に至る病」であればどうでしょう。
はっきり言うと、私がこれまでタイで見てきた日本人のボランティアやこれから渡航予定の日本人の多くは感染症に無防備すぎます。実際、大変な感染症に罹患してしまった人もいます。ある程度勉強している人であってもどこかチグハグというか、優先順位の置き方がおかしいケースがあります。
例を挙げましょう。「タイでは狂犬病のワクチンは必須ですよね」、と聞かれることがあります。これはたしかに間違ってはいません。タイに行ったことのある人ならわかるでしょうが、タイの犬は、昼間はまるでタイ人のように(失礼!)道端に寝そべっています。しかし夜になると文字通り「豹変」します。狂暴化し人間を襲うのです。そして犬に噛まれ狂犬病を発症すると(ほぼ)100%死亡します。しかしワクチンを適切に接種していれば100%助かります。
ですからタイ渡航時には狂犬病ワクチンが必要という考えは間違っていないどころか、推奨されるべきものです。しかし、です。狂犬病ワクチンはワクチンのなかでは優先順位はそう高くはありません。その理由として、まず犬(だけではありませんが)は日ごろから注意していればそう恐れる必要はありません。夜間に森に行くようなことは絶対にやめなければなりませんが、夜間はホテルから出ないことなどをルールにしておけばそれほど危なくはありません。
また、もしも噛まれたとしても速やかに救急病院を受診しワクチンを接種すれば助かります。タイはよほど辺鄙なところでない限り夜間でも受診できる病院はたいていの地域にあります。それに日本でワクチンをうつと非常に高価という問題もあります。
狂犬病よりも優先しなければならないワクチンは何なのか。感染経路を考えることがまず必要です。そして、ワクチンのみに頼るという考えは間違いです。狂犬病でいえばワクチンより大切なことは動物に噛まれないように気を付けることです。実際、犬に噛まれれば心配しないといけないのは狂犬病だけではありません。犬の口腔内にはやっかいな細菌も多数棲息しています。
タイではA型肝炎(以下HAV)のワクチンも必要と言われています。これは現地の人が行くような屋台で食事を摂るのであれば必須です。ですが、外国人が利用する高級なところでのみ食事する人はそこまでの心配はいりません。実際、私は観光でタイに行くという人にHAVのワクチンを勧めることはまずありません。しかし、ボランティアとなると長期になりますし、そもそもボランティア志望の人たちは現地の人たちと仲良くなることに積極的です。必ず現地の人しか行かないようなところで食事をすることになります。このときHAVのワクチンを接種していなければ危険です。ですから、HAVのワクチンはボランティアには必須と考えるべきです。
しかし、もっと重要なものがあります。ここ数年の流れで言えば最も重要な感染症は「麻疹(はしか)」です。2016年9月、ジャカルタに出張していた30代男性の日本人が麻疹に感染し一時は意識状態が低下しました。シンガポールに搬送され、さらに日本に帰国して治療を受けましたが、現在も後遺症が残っているそうです。この男性は、渡航前にA型肝炎、B型肝炎、日本脳炎のワクチンは会社の指示で接種していたそうです。なぜ、麻疹が含まれていないのか...。この社員は会社の指示に従っていたのにもかかわらず後遺症が残る感染症に罹患してしまったのです。やはり、自分の身は自分で守る、が原則です。麻疹ワクチンは最低2回接種が必要です。
麻疹がなぜ怖いのか。それは空気感染するからです。空気感染は「同じ教室にいるだけで感染する」と考えればいいと思います。ですから空港や駅、スーパーマーケットなど多くの人が集まる場所(これを「マスギャザリング」と呼びます)に行く機会があればリスクに晒されることになります。
麻疹の他に空気感染する重要な感染症に「水痘(みずぼうそう)」と「結核」があります。水痘は麻疹ほど重篤ではありませんが、成人が感染すると「あばた」のような皮膚症状がかなり長期間残ることがあり、その後外出ができなくなる人もいます。
結核は健常人であれば日常生活で感染することはあまりありませんが、ボランティアとなると話は別です。特にエイズ施設の場合、重症の患者さんは全員が結核感染の可能性がある、と考えなければなりません。結核にはワクチンはなく(乳児期に接種するBCGは結核のワクチンですが成人期に防げるわけではありません)他の方法で予防するしかありません。結核の予防には特殊なマスクを用いなければならず、実際日本の医療機関では結核陽性者と接するときはこのマスクを装着することが義務付けられています。パバナプ寺を含むエイズ施設ではここまで徹底できないのが実情ですが、それでも基礎知識は持っていなくてはなりません。
以前、パバナプ寺である日本人のボランティア女性が、エイズ末期で声がほとんど出ず、まず間違いなく結核を有していると思われる患者さんに、マスクをせずに顔を近づけて会話をしようとしていました。私はすぐに注意しましたが、この女性は「結核のことなど考えたことがなかった」と話していました。たしかに、結核の知識は学校などでは教えてくれませんから自分で勉強するしかありません。
ボランティアの動機がどのようなものであっても、自己満足であったとしても、私自身はボランティアをおこなう人を応援したいと考えています。ですが、「気持ち」や「勢い」だけでは後悔することになりかねません。次回も感染症のリスクの話の続きをしたいと思います。
ですから、一部の皮肉屋が言う「ボランティアなんてしょせん自己満足」というのは、あながち外れておらず、もしもあなたがボランティアを考えていて誰かにこのような皮肉を言われれば「そう、自己満足。で、何が悪いの?」と返せばいいのです。
海外で医療ボランティアをしている自分をイメージするとき、見知らぬ土地や言葉に戸惑いながらも一生懸命患者さんに貢献する姿を思い浮かべることになり、人によっては悦に入ることもあるでしょう。ですが、実際にはもちろん「厳しさ」があります。前回は、ボランティアの地にたどり着くだけでも大変だ、ということを述べました。今回は感染症の話です。
前回は、タイ最大のエイズホスピス「パバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)」を訪れるときに使う交通手段として「ロット・トゥー」「モータサイ」を紹介し、これらはそれなりにハードルが高いことを述べました。そんなにリスクが伴うならやめておこう、という考えは間違っていませんし、場合によってはタイに着いてからやっぱり行けなかった、ということもあります。海外では「自分の身は自分で守る」が原則ですから、危険を察して予定を変更するのは賢明な選択です。
感染症は知識で防ぐことができます。これは裏からみると「知識不足のせいで感染」がありえるということです。その感染症が「治る病気」であればいいでしょう。後から笑い話にでもすればいいのです。ですが、「治らない病気」あるいは「後遺症が残る病気」さらに「死に至る病」であればどうでしょう。
はっきり言うと、私がこれまでタイで見てきた日本人のボランティアやこれから渡航予定の日本人の多くは感染症に無防備すぎます。実際、大変な感染症に罹患してしまった人もいます。ある程度勉強している人であってもどこかチグハグというか、優先順位の置き方がおかしいケースがあります。
例を挙げましょう。「タイでは狂犬病のワクチンは必須ですよね」、と聞かれることがあります。これはたしかに間違ってはいません。タイに行ったことのある人ならわかるでしょうが、タイの犬は、昼間はまるでタイ人のように(失礼!)道端に寝そべっています。しかし夜になると文字通り「豹変」します。狂暴化し人間を襲うのです。そして犬に噛まれ狂犬病を発症すると(ほぼ)100%死亡します。しかしワクチンを適切に接種していれば100%助かります。
ですからタイ渡航時には狂犬病ワクチンが必要という考えは間違っていないどころか、推奨されるべきものです。しかし、です。狂犬病ワクチンはワクチンのなかでは優先順位はそう高くはありません。その理由として、まず犬(だけではありませんが)は日ごろから注意していればそう恐れる必要はありません。夜間に森に行くようなことは絶対にやめなければなりませんが、夜間はホテルから出ないことなどをルールにしておけばそれほど危なくはありません。
また、もしも噛まれたとしても速やかに救急病院を受診しワクチンを接種すれば助かります。タイはよほど辺鄙なところでない限り夜間でも受診できる病院はたいていの地域にあります。それに日本でワクチンをうつと非常に高価という問題もあります。
狂犬病よりも優先しなければならないワクチンは何なのか。感染経路を考えることがまず必要です。そして、ワクチンのみに頼るという考えは間違いです。狂犬病でいえばワクチンより大切なことは動物に噛まれないように気を付けることです。実際、犬に噛まれれば心配しないといけないのは狂犬病だけではありません。犬の口腔内にはやっかいな細菌も多数棲息しています。
タイではA型肝炎(以下HAV)のワクチンも必要と言われています。これは現地の人が行くような屋台で食事を摂るのであれば必須です。ですが、外国人が利用する高級なところでのみ食事する人はそこまでの心配はいりません。実際、私は観光でタイに行くという人にHAVのワクチンを勧めることはまずありません。しかし、ボランティアとなると長期になりますし、そもそもボランティア志望の人たちは現地の人たちと仲良くなることに積極的です。必ず現地の人しか行かないようなところで食事をすることになります。このときHAVのワクチンを接種していなければ危険です。ですから、HAVのワクチンはボランティアには必須と考えるべきです。
しかし、もっと重要なものがあります。ここ数年の流れで言えば最も重要な感染症は「麻疹(はしか)」です。2016年9月、ジャカルタに出張していた30代男性の日本人が麻疹に感染し一時は意識状態が低下しました。シンガポールに搬送され、さらに日本に帰国して治療を受けましたが、現在も後遺症が残っているそうです。この男性は、渡航前にA型肝炎、B型肝炎、日本脳炎のワクチンは会社の指示で接種していたそうです。なぜ、麻疹が含まれていないのか...。この社員は会社の指示に従っていたのにもかかわらず後遺症が残る感染症に罹患してしまったのです。やはり、自分の身は自分で守る、が原則です。麻疹ワクチンは最低2回接種が必要です。
麻疹がなぜ怖いのか。それは空気感染するからです。空気感染は「同じ教室にいるだけで感染する」と考えればいいと思います。ですから空港や駅、スーパーマーケットなど多くの人が集まる場所(これを「マスギャザリング」と呼びます)に行く機会があればリスクに晒されることになります。
麻疹の他に空気感染する重要な感染症に「水痘(みずぼうそう)」と「結核」があります。水痘は麻疹ほど重篤ではありませんが、成人が感染すると「あばた」のような皮膚症状がかなり長期間残ることがあり、その後外出ができなくなる人もいます。
結核は健常人であれば日常生活で感染することはあまりありませんが、ボランティアとなると話は別です。特にエイズ施設の場合、重症の患者さんは全員が結核感染の可能性がある、と考えなければなりません。結核にはワクチンはなく(乳児期に接種するBCGは結核のワクチンですが成人期に防げるわけではありません)他の方法で予防するしかありません。結核の予防には特殊なマスクを用いなければならず、実際日本の医療機関では結核陽性者と接するときはこのマスクを装着することが義務付けられています。パバナプ寺を含むエイズ施設ではここまで徹底できないのが実情ですが、それでも基礎知識は持っていなくてはなりません。
以前、パバナプ寺である日本人のボランティア女性が、エイズ末期で声がほとんど出ず、まず間違いなく結核を有していると思われる患者さんに、マスクをせずに顔を近づけて会話をしようとしていました。私はすぐに注意しましたが、この女性は「結核のことなど考えたことがなかった」と話していました。たしかに、結核の知識は学校などでは教えてくれませんから自分で勉強するしかありません。
ボランティアの動機がどのようなものであっても、自己満足であったとしても、私自身はボランティアをおこなう人を応援したいと考えています。ですが、「気持ち」や「勢い」だけでは後悔することになりかねません。次回も感染症のリスクの話の続きをしたいと思います。