GINAと共に

第151回(2019年1月) 本当に危険な麻薬(オピオイド)

 2018年に報道された違法薬物関連のニュースをみると、おそらく一般紙で最も取り上げられたのは「大麻」でしょう。以前から決まっていたこととはいえ、カナダで嗜好用(recreational)大麻が合法化されたことが世界中のメディアで大きく報道されました。カナダはウルグアイに次ぐ全面的に嗜好用大麻を認めた2番目の国となりました。

 米国は州によって法律が異なります。2016年11年に実施された住民投票で、多くの州で医療用のみならず嗜好用大麻が合法化されたことは過去のコラムで述べました。そして、大麻の成分CBD(カンナビジオール)でできた医薬品が重症のてんかんに有効であることをCDCが承認したことも過去のコラムで述べました。ある調査によると、米国成人の85%が医療大麻を、57%が嗜好大麻を支持しています。娯楽用どころか医療用大麻の検討すらおこなわれていない日本でも大麻の使用者(というより逮捕者)は増加傾向にあるようです。

 支持者の間では、依存性も副作用も少ないのだからタバコやアルコールが合法で大麻が違法なのはおかしい、とよく言われますが、私も含めて医療者の間には安易な使用に抵抗のある者も少なくありません。この理由はこのサイトで繰り返し述べているので今回は繰り返しませんが、大麻よりも遥かに危険な違法薬物の話を今回はおこないます。それは「麻薬」です。

 米国の医療情報提供サイト「HealthDay」が発表した「2018年の健康問題トップ9」のトップにくるのが麻薬汚染です。ちなみに、残りの8つのうち1つに「大麻使用者の増加」が挙げられています。残り7つは「電子タバコ利用者の増加」、「インフルエンザの脅威」「オバマケアが維持されたこと」「遺伝子をターゲットとした個別化がん治療」「レタスからの大腸菌感染」「がん検診の基準変更」「ポリオに似た原因不明の神経疾患」です。改めて9つを分類してみると、感染症が3つ、がん関連が2つ、制度が1つ、依存性薬物が3つ、ということになります。

 麻薬がどれくらい恐ろしい薬物なのかについては、実はこのサイトの過去のコラムでも述べたことがあります。そのコラムでは、なぜ麻薬汚染がHIV感染の増加につながるかについて述べました。今回は、麻薬そのものの危険性を新しいデータなどをみながら再確認したいと思います。

 その前に言葉を確認しておきましょう。「麻薬」とはケシ(opium)の実から抽出される天然のオピオイド及びオピオイドの合成化合物のことを指します。具体的にはモルヒネ、ヘロイン、コデイン、フェンタニルなどです。ただ、報道などではコカインやLSDが"麻薬"に分類されることもありますし、さらに文脈によっては覚醒剤や大麻まで含めて"麻薬"と呼ばれるようなこともあり混乱を招きやすいので、ここからは本来の麻薬のことを「オピオイド」で統一したいと思います。

 「HealthDay」はCDC(米疾病対策センター)が2018年11月に発表したデータを引き合いに出しています。CDCのこのページだけでは分かりにくいので、これを解説した薬物依存のリハビリの団体「Recovery Village」のサイトを参照し特徴をまとめてみます。

 CDCの報告によれば、2017年の一年間で薬物の過剰摂取で死亡した米国人は72,000人以上でこれは2016年から10%の上昇。そのうち68%(約48,000人)はオピオイドが原因です。2002年から比較するとオピオイドによる死亡者はおよそ4倍にもなっています。米国の平均寿命は3年連続で減少しており、その原因がオピオイドであることが指摘されています。オピオイドの中では、フェンタニルの過剰摂取による死亡が急増していることが問題視されています。

 フェンタニルは、ヘロインの50倍、モルヒネの100倍とも言われる強力なオピオイドで、依存性や中毒性も突出しています。前回は、フレディ・マーキュリーをはじめとするエイズで他界したミュージシャンについての話をしましたが、薬物で亡くなるミュージシャンが多いのもまた事実です。そして、2016年に急死したプリンスの死因がフェンタニルだったと言われています。

 薬物による死亡の危機は女性で深刻です。米国CDCの報告によれば、1999年から2017の間で、30~64歳の女性では薬物関連の死亡者が260%も増加しています(人口10万人あたり6.7人から24.3人への上昇、死亡者数でみれば4,314人から18,110人へと増加)。ここでいう薬物には、抗うつ薬、ベンゾジアゼピン(参照:太融寺町谷口医院「はやりの病気」第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」)、コカイン、ヘロインなども含まれますが、CDCはこの期間に合成オピオイドの医師による処方が大幅に増加したことを指摘しており、なかでも55~64歳への処方が急増していることを問題視しています。

 オピオイドを摂取している女性が妊娠することもあり、当然新生児に影響を与えます。neonatal abstinence syndrome(通称「NAS」、日本語ではあまり使わない言葉で、あえて日本語にすると「新生児禁断症候群」)と呼ばれる様々な症状が生じますし、頭囲が小さくなることが報告されています。

 女性→新生児だけではありません。小児から思春期の生徒の間でもオピオイド汚染が深刻となっています。1999年から2016の18年間に約9千人の小児または若年者(adolescents)が、薬物が原因で死亡していることが医学誌「JAMA」で報告されています。違法に入手した薬物もありますが、注目すべきは、(フェンタニルなどの)合成オピオイドの多さです。2014年から2016年の間、合計1,508人のオピオイドでの死亡があり、そのうち468人(31.0%)が合成オピオイドだというのです。

 オピオイドはネイティブアメリカンの命も奪っています。CDCの報告によれば、2013年から2015年の間、ネイティブアメリカン(American IndianとAlaska Natives)のオピオイド過剰摂取の死亡率は、白人の2.7~4.1倍となっています。

 ここでオピオイド依存症に陥る人はどうやってオピオイドを手に入れているのかを考えてみましょう。医師には職業上の倫理観がありますから、患者さんから頼まれても必要以上の処方はできません。オピオイド依存症になったきっかけが医師の最初の処方なのは事実ですが。オピオイドを求めて医療機関を渡り歩いて入手する人もいるでしょうが、これはすぐに発覚します。したがって、闇ルートで違法に入手することになるのですが、最近"裏の手"が流行している可能性が指摘されています。

 それは「獣医からの入手」です。医学誌『JAMA』に掲載された論文によると、ペンシルバニア大学獣医学部で処方されたオピオイドは2007年から2017年で41%も増加しているのに対し、受診した動物は13%しか増えておらず、この理由として飼い主がオピオイドを使用している疑いが指摘されています。

 さて、オピオイドが問題である理由のひとつは過去のコラムでも述べたようにHIV感染ですが、もちろんそれだけではありません。現在米国ではHIVだけではなく、オピオイド乱用に伴うC型肝炎ウイルス(以下HCV)も問題になっています。

 医学誌『JAMA』に掲載された論文によると、HCV陽性のアメリカ人の半数以上は9つの州(カリフォルニア、テキサス、フロリダ、ニューヨーク、ペンシルバニア、オアイオ、ミシガン、テネシー、ノースカロライナ)に住んでいて、そのなかの5つ(ニューヨーク、ノースカロライナ、オハイオ、ペンシルバニア、テネシー)でオピオイド乱用が問題になっています。ちなみに、これら5つの州はアパラチア(Appalachian)地域と呼ばれる米国東部の地域です。

 さて、過去のコラムで述べたように日本でもオピオイドが処方される機会が急増しており、しかも患者さん自身は危険性を充分に聞かされていないケースが目立ちます。米国に追随してはいけません...。


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第150回(2018年12月)フレディだけじゃないHIVのミュージシャン

 日本では2018年11月9日に公開された映画「ボヘミアン・ラプソディ」が記録的なヒットを続けています。私にとってこれは意外で、日本にはクイーンのファンがそんなにいたのかな、と疑問に感じたのですが、報道などによると、中高年だけでなく若い世代の間でも人気があるとか。

 過去に、「LGBTには芸術家・アーティストが多い」ということを述べ、LGBTのミュージシャンについてのコラム(GINAと共に第141回(2018年3月)「美しき同性愛~その2」)を書きました。そのコラムで取り上げたアーティストは、私の個人的趣味からダンスミュージック中心となりました。今回のコラムでは、「HIVに感染したミュージシャン」について述べていきたいと思いますが、やはり個人的嗜好が大きく入ってしまっていることを先にお断りしておきます。

 HIVに感染しそれをカムアウトしたミュージシャンで最も有名なのはやはりフレディ・マーキュリー(以下フレディ)で間違いないでしょう。ロックにはあまり興味のない私でさえ、ヒット曲をいくつか挙げることができます。フレディはタンザニアのザンジバル島出身で、生きていれば現在72歳になります。生きていれば60歳の誕生日を迎えた2006年9月5日には、世界各地で記念フェスティバルが開催されました(当時はこのサイトでも紹介しました)。

 1991年11月24日、つまりフレディが他界した日には大きなニュースとなり、インターネットが普及していなかった当時でもその訃報は世界中に届けられました。私もこのときの報道は記憶に残っています。そして、フレディのエイズでの死亡がいくつものエイズ関係の基金設立になったと言われています。

 フレディ以外でHIVに感染したミュージシャンをみていきましょう。以前、LGBTのコラムでも紹介したのがシルヴェスター(Sylvester)です。シルヴェスターの曲はおそらく一般のヒットチャートではさほど上がらなかったと思うのですが、当時ハイエナジーと呼ばれていたディスコサウンド界では有名で、代表曲「Do you wanna funk」は当時のマハラジャなどに通っていた人にはお馴染みのサウンドのはずです。シルヴェスターは、私がその存在を知った1987年にはすでにHIVに感染していることをカムアウトしており、88年にエイズで他界しました。

 ブラックミュージックやラップフリークの間ではN.W.AのEazy-Eがエイズで他界したことは有名です。90年代当時「ギャングスター・ラップ」というジャンルが誕生しました。これは、イメージとしてはギャング出身のラッパーが物議をかもすような歌詞(といっても私には今もほとんど理解できませんが)をラップするのが特徴です。実際、薬物使用や売買で逮捕されたラッパーも少なくなく、Eazy-Eも経験があるはずです。この世界は人間関係も複雑で、誰と誰が仲が悪い、という話は絶えませんでした。

 (おそらく)Eazy-Eよりも有名なスヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)(「what's my name?」が最も有名でしょうか)とは犬猿の仲と言われていましたし、ワールド・クラス・レッキン・クルー(World Class Wreckin' Cru)のメンバーであったドクター・ドレー(Dr. Dre)とも相当仲が悪かったことは有名です。尚、ワールド・クラス・レッキン・クルーという名前に聞き覚えがないという人も、80年代後半のディスコフリークなら「The Fly」と言われれば、「あの曲!」と分かるのではないでしょうか。そう、アフリカ・アンド・ズールーキングズ(Afrika & The Zulu Kings)の「The Beach」やアキーム(Akeem The Dream)の「The Unbeatable Dream」などとよくミックスされていたあの曲です。ドクター・ドレー自らがラップをしている曲には有名なものがあまりないのですが、スヌープ・ドッグのファースト・アルバム「ドギー・スタイル(Doggystyle)」をプロデュースしていますし、2パック(2Pac)の「California Love」をプロデュースしているのもドクター・ドレーです。2パックはおそらく最も有名なギャングスター・ラッパーでしょう。

 そして、これはwikipediaからの情報ですが、Eazy-Eがエイズで1995年に他界する直前に、電話でスヌープ・ドッグやドクター・ドレーと和解したそうです。尚、感染ルートはよく分かりませんが、薬物の静脈注射が原因ではないかという噂があります。

 次に挙げたいのがジャーメイン・スチュワート(Jermaine Stewart)(以下ジャーメイン)です。おそらくジャーメインにはさほどヒットした曲がなく、ジャンルはR&Bのダンスミュージックですが、当時ダンスミュージックを聞き込んでいた私にもあまり印象に残っている曲がありません。にもかかわらず有名なのは、シャラマーと一緒に活動していた時期があったからだと思います。ジャーメインはゲイであることをカムアウトしており、HIVの感染源は公表されていないと思いますが、性感染ではないかとみられています。死亡したのは1997年、39歳時ですが、私が知ったのは他界してからであり、いつ頃からHIV感染を公表していたのかは分かりません。

 私は一時サルサにハマっていたことがあります。1990年頃、クラブのフロアでかかるダンスミュージックに少し飽きていて違うジャンルのものが聴きたくなったのです。そのとき最も夢中になったアーティストがウィリー・コロン(Willie Colon)というトロンボーン奏者です。ウィリー・コロンはヴォーカルもつとめますが、トロンボーン奏者として他のヴォーカリストと共演することも多く、そのヴォーカリストで私が最も好きだったのがエクトル・ラボー(Hector Lavoe)です。現在の私はサルサにさほど詳しいわけではなく、これは私の想像に過ぎませんが、今もエクトル・ラボーは伝説的な存在ではないかと思います。そのエクトル・ラボーが他界したのが1993年。死因はエイズです。感染経路はおそらく違法薬物の静脈注射ではないかと言われています。

 もうひとりだけ、HIVに感染したミュージシャンを紹介したいと思います。彼の名はポール・レカキス(Paul Lekakis)。この名前に聞き覚えがないという人も1987年にディスコ界で大ヒットした「Boom Boom」を聴けば思い出すでしょう。「Boom Boom」はイタリア系のレーベルから発売されたユーロビートだったため、イタリア人だと思っている人が多いのですが(私も長い間そう思っていました)、実はアメリカ人です。今回紹介した他のミュージシャンと異なり、彼は現在も生きています。また、バイセクシャルであることをカムアウトしておりHIVへの感染は性感染ではないかと言われています。

 さて、今回HIVに感染したミュージシャンを紹介したのは、フレディ以外にもたくさんいるんですよ、ということを単に言いたかったからではありません。おそらくHIVに感染し公言していないミュージシャンは大勢いるでしょうし、他界してからも本人の意思を尊重し事実が伏せられていることもあるに違いありません。

 では、なぜフレディはじめ今回紹介したミュージシャンたちは世間にHIV感染を公表したのでしょうか。全員が感染発覚後すぐにカムアウトしたわけではありません。実際、フレディも長い間公表しておらず、エイズを発症しているのではないかという噂が出てからも否定し続けていました。では、最期に公表したのはなぜなのでしょう。医療者には患者の死後も守秘義務が課せられますし、親族以外には死因を知らせないという選択肢もあったはずです。

 にもかかわらず世間にカムアウトしたのは、「何かを訴えたかったから」ではないでしょうか。その「何か」は全員が同じではなく、その人それぞれのものがあるでしょう。映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観ながら、フレディにとっての「何か」を考えようと思っているのですが、なかなか時間が取れずにまだ映画館へ足を運ぶスケジュールが立てられずにいます。

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第149回(2018年11月) 許されざる同性愛者の罪

 今回は一部の同性愛者を非難する内容です。
 
 セクシャルマイノリティ(LGBT)を理解するよう努め、偏見をなくさなければならない、ということを私はこれまでいろんなところでさんざん言い続けてきました。悪意のある差別は言うまでもなく、悪意はなくても結果として当事者が傷ついてしまう場合もあるということも伝えてきました。逆差別はしませんし、「放っておいてくれ」と言う当事者の人もいますが、世間の無知と誤解のせいで苦しんでいるセクシャルマイノリティの人たちに対して無関心でいることが私にはできません。

 ですが、その逆に当事者の人たちがストレートの人たちを傷つけているとすれば、しかもその人の生涯を踏みにじる行為をしたとすればどうでしょう。このことを考えるきっかけになった数年前に診た症例を紹介したいと思います。

 それは一部上場の巨大企業で管理職に就く50代の男性。身なりもさわやかで話もうまく、どこからみても人望があり人の上に立つ紳士という感じです。持参された人間ドックの結果の説明をするなかで、梅毒に感染している可能性のあることが分かりました。こうなると性生活の話をしないわけにはいきません。性行為の相手は男性だけど(女性と)結婚していると言います。奥さんとの性行為はまったくないどころか、奥さんの体に触れたことすら過去20年以上ほとんどないそうです。さらに、自身の性指向が男性(つまりゲイ)であることを奥さんに隠していると言うのです。

 この奥さんが私の元を訪れたわけではなく、話を聞けたわけではありません。もちろん夫婦には様々なかたちがあってもかまわないわけで、幸せだと感じているふたりの間に入る権利は誰にもありません。ですがこのケース、奥さんはこれでいいのでしょうか。

 「同妻」は(おそらく)日本にはない言葉です。中国語として広く人口に膾炙しているこの言葉、アルファベットではTongqiと書きます。意味は「ゲイと結婚しているストレートの女性」です。中国語で「同志」と言えば本来は共産主義革命の「同志」のことですが、現代では同性愛者のことを指します。その「同志」と結婚している女性だから「同妻」と呼ばれるそうです。結婚後に自分の夫がゲイであったことを知った女性が絶望感に苛まれ自らの命を絶つ事件も中国のメディアでときどき報道されています。

 中国のLGBT研究の第一人者と言われている青島大学医学部元教授のZhang Beichuan氏によれば、中国にはゲイの男性がおよそ2千万人存在し、その8割がストレートの女性を騙し偽りの結婚をし、被害にあった(あっている)(trapped in false marriages)ストレートの女性は少なくとも1,400万人に上ると、ChinaDaily.com.cnが報じています。

 同妻はここ数年、中国全体でクローズアップされており、2015年には同妻をテーマにした北京理工大学珠海学院の学生が作製した映画も公開されています。

 セックスがさほど好きでないという女性もいるかもしれませんが、自分の夫の性指向が男性であり、自分は身体に触れてもらえないと知ったときの絶望感は計り知れません。これだけでも騙したゲイの男性を憎みたくなりますが、問題はまだあります。

 ゲイと同妻の間には子供がいることが少なくありません。これは養子をもらったという意味ではなくて、ゲイ男性が(本当はしたくない)セックスをして子供をもうけるからです。なぜ、したくないセックスをしてまで子供をつくるかというと、結婚の目的が自分の子孫を残すためだからです。中国では伝統的に親の面倒は子供がみるという社会規範があり、また(日本の年金や生活保護の制度のような)公的支援が望めませんから、自身の老後のために子供が必要と考えるのです。さらに、社会での地位を安定、向上させるためには結婚して子供がいなければならないと考える人も多いと聞きます。

 さて、このような関係で生まれた子供は自身の存在をどのように思うのでしょうか。子供自身は親のセクシャリティなど気にしないと考える人もいるかもしれませんが、母親、つまり騙されて結婚しセックスし子を産んだストレートの女性はそうは思いません。自分の子供に本当のことを伝えるべきか否かに悩み苦しむことは想像に難くありません。事実を知らされたときにすんなり受け止める子供ばかりではないでしょう。父親のセクシャリティと自身の出生の真実を知ったことがきっかけで精神を病んでしまう人もいるかもしれません。

 問題はまだあります。女性を主な対象とした米国のメディア「Broadly」が報じたZhang Beichuan元教授のコメントによれば、同妻の性感染症罹患率はなんと3割以上です。そしてその多くが、自身が夫から感染症をうつされたことがきっかけで夫の「真のパートナー」が男性であることを知るというのです。そして、HIV検査を受けた同妻のうち、5.6%がすでにHIVに感染していたという論文もあります。

 同妻の精神状態が良くないことは想像に難くありません。CHINADAILYによれば、夫からの性的無関心(sexual apathy)が恒常化し、9割の同妻がDV(domestic violence)の被害者となっています。ある論文によると、同妻の90%が抑うつ状態となり、40%が自殺企図を持ち、10%が実際に自殺を試みています。

 ここで中国の同性愛の「歴史」を簡単に振り返っておきましょう。中国では伝統的な規範により同性愛が長らく禁じられてきました。実際、1997年までは「流氓罪」という厳しい罰則が課せられる犯罪と見なされてきました。2001年までは、同性愛は精神疾患の扱いで矯正治療の対象とされていました。現在は次第にセクシャルマイノリティを受け入れる社会になりつつあるという声もありますが、Pew Research Centerの2013年11月の報告によれば、「社会が同性愛を受け入れるべきだ」と答えた中国人は21%のみです(ちなみに日本は54%)。逆に「受け入れるべきでない」と答えた中国人は57%に上ります(日本は36%)。

 先述したように現在中国には約2千万人のゲイがいて、その8割がストレートの女性を騙して結婚、騙された女性は少なくとも1,400万人にのぼるというのですから、これを看過するわけにはいきません。こうなると、この逆のパターン、つまりレズビアンの女性がストレートの男性を"騙して"結婚する例がどれくらいになるのかも知りたいところです。

 レズビアンの女性に"騙されて"結婚したストレートの男性は同夫(tongfu)と呼ばれます。同妻に比べて同夫の実態はよく分かっておらず信頼できるデータがありません。しかし、「The New York Times」が興味深い報告をしています。同紙によると、中国の同夫は200~400万人は存在するようです。興味深いことに、境遇は同妻よりは良く、性感染症をレズビアンの妻からうつされる可能性はその逆のパターンよりも少なく、また、男性の方が経済的に独立しやすいことから同妻よりも離婚に踏み切りやすいことも指摘されています。DVの被害者は同妻よりもずっと少ないでしょう。

 さて、日本ではどうでしょうか。実は過去のコラムで少しだけ中国の同妻について触れたことがあります。そのときは中国と同じ割合で日本に同妻がいるとすれば単純計算で150万人もの女性がゲイの男性と結婚していることになると述べました。セックスレスで悩んでいるという男女は少なくなく、「配偶者をセックスの対象とみなせない」という声もありますが(これについては過去のコラムで述べました)、その逆に「パートナーが誘ってくれない」という声もちらほらとあります。

 あなたのパートナーが同妻または同夫でないと言い切れるでしょうか。そして性感染症の心配は不要でしょうか。中国の同妻は性交渉がわずかしかないのにもかかわらず3人に1人が何らかの性感染症に罹患し、20人に1人以上がHIV陽性なのです。





 

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第148回(2018年10月) 「新潮45」の休刊で隠れたLGBTの真の問題

 「新潮45」2018年8月号に掲載された杉田水脈議員の記事が物議をかもし、10月号で評論家(?)の小川榮太郎氏が痴漢とLGBTを同列で論じたことが火に油を注ぎました。世間から激しいバッシングを受け同誌は休刊を決めました。

 杉田議員は「LGBTには生産性がない」と述べ、小川氏は「痴漢とLGBTは同じだ」と言ったわけですから、世間の怒りを買うのは当然であり私自身も不快に思いました。ですが、一方では表現の自由がありますし、議論を重ねることで新たな理解が得られることもあるわけですから、私個人としては「新潮45」は休刊ではなく、「杉田・小川氏 vs LGBT当事者たちのディベート」を企画してほしかったと思っています。

 さて、今回LGBTの問題を取り上げたいのは、「新潮45」のせいでLGBTが抱える本当の問題が隠れてしまうことを危惧するからです。「LGBTについて何か言うとややこしいから何も言わないでおこう」という風潮ができあがってしまえば、LGBTに伴う問題の解決が遠のくだけです。今回は、私が医師として感じているLGBTの問題を整理しておきたいと思います。

 ですが、その前に杉田・小川両氏の物議をかもしたコメントに補足をしておきましょう。まず、杉田氏の「生産性」という言葉がややこしくなったのは「生殖性」とごちゃ混ぜになっているからです。LGBTの生殖性がストレートの男女に比べて低い(ただしゼロではない)のは自明です。ですから、はじめから杉田氏は記事のなかで「生殖性」という言葉を使っていればここまで問題は大きくならなかったに違いありません。

 では、杉田氏は簡単な日本語が分からないのか、あるいは編集者が訂正すべきであったのかと言えば、そういうわけではありません。(これは誰かがどこかで言っていたと思いますが)元来、社会学や経済学では医療者が使う生殖性の意味で「生産性」という言葉を用いるからです。ですから(後で述べるように私は杉田氏の"思想"には反対ですが)、この記事は不快ではありましたが、そこまで責められるものではないだろうと感じました。

 一方、小川氏の「痴漢論」は一線を越えてしまっています。痴漢には明らかな被害者がいるわけですからLGBTと同列に論じることはできません。ですが、小川氏の立場に立って考えると(念のために付記しておくと私は小川氏の"思想"に共感していません)、痴漢はしたくてしているわけではなく依存症のひとつであり個人の理性では静止できない、つまり理性で決められるものではないという点でセクシャル・アイデンティティといくらかの類似性があるのではないか、ということが言いたかったのではないかと思います。

 さて、私が考えるLGBTの問題の話に入ります。そもそも私はこの「LGBT」という言葉に違和感を覚えています。「セクシャル・マイノリティ」でいいではないか、と思うのです。なぜLGBTがダメかというと、友人知人にLGBTの人がおらず深く話したことがないという人は、次のように考えてしまわないでしょうか。

・ストレート以外にL(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシャル)、T(トランスジェンダー)の4つのセクシャル・アイデンティティがある。

・レズビアンは生物学的に女性であり、性指向(性の対象)が女性である。

・ゲイは生物学的に男性であり、性指向が男性である。

・バイセクシャルは生物学的に男性であろうが女性であろうが、性指向は両方の性である。

・トランスジェンダーは、生物学的に男性であれば女性、女性であれば男性という性自認(自分の性はどちらかという認識)を持っている

 このように考える人がいるとすればLGBTを正確に理解できません。実際にはこの4つに当てはまらない人も少なからずいるからです。実際、そのあたりをきちんと区別しようという声もあり、「LGBTQIA+」という表記も出てきています。「Q」は「Questioning」の「Q」で、性指向や性自認がはっきりしない人を指します。さらに「Intersex」の「I」、「Asexual」の「A」、さらにこれらに入らないものを「+」で表現しようというものです。ここまでくれば、次は何?と考えてしまわないでしょうか。「セクシャル・マイノリティ」でいいではないか、と私が思う所以です。

 次に、これは上記「Q」に近いものですが、性自認も性指向も含めてセクシャル・アイデンティティがはっきりしないことがあるというだけではなく「流動性」もある場合があります。そして、この流動性にはストレートも含まれます。例えば、私の知人のなかにも、ストレート→トランスジェンダー→レズビアン→ストレート→バイセクシャル→ストレート(だが現在も性自認も性指向も揺れ動いている)という人がいます。

 つまり、セクシャル・アイデンティティはL、G、B、Tという4つのどれかに分類されるわけではまったくないどころか、流動性があり、また「自分でもよく分からない」と答える人が少なからずいるのです。また、「A」の人にはそもそも性指向という概念がないこともあり、このタイプの人に「性指向は?」と尋ねること自体が不快感をもたらすこともあります。

 そして、最も重要なのは、L、G、B、T、あるいはそれ以外のどれになるかは自分では選択できないということです。今の時代、食べる物、着る服、乗る車、仕事、住む国、などは自分の意思で決めることができますが、セクシャル・アイデンティティは自分の意思で決めることができないのです(注1)。これは、ストレートの人が性指向を男性(女性)と"選択"して決めたわけではないことを思い出せば簡単に理解できるでしょう。

 私が杉田議員に同意できない理由はここにあります。杉田氏はあるテレビ番組のなかで「自分も女子高出身だから憧れの先輩がいたり後輩に好意を持たれたりしたことがあるが、やがて本来の性が理解できるようになる」といったことを話していました(注2)。これはまったく的を得ていません。セクシャル・アイデンティティとはそういう次元のものではないのです。

 最後に、私が考える最も重要なLGBTの問題を述べたいと思います。それはストレートの人たちと比べて、精神障害を抱える割合が高く、自殺も少なくなく、いじめの被害にあった体験を持つ人も多い、ということです。「LGBTの自殺率はストレートに比べて6倍」という数字が独り歩きしています。この数字の信ぴょう性は置いておいて、杉田議員は先述のテレビ番組のなかで、司会者から「自殺が6倍という声もあるようですが...」と質問されて、「それがどうしたの?」とでも言わんばかりにあざ笑っているのです。文章では隠せてもテレビではそうはいきません。杉田議員のなかにLGBTを蔑む意識があるように私には感じられます。

 セクシャル・マイノリティのことを完璧に理解するのは困難だと思います。理解しようと努めること自体が、当事者の人たちからうっとうしがられることもあります。「薔薇族」の創刊者、伊藤文學氏は「当事者でないあんたに何が分かる!?」という批判を常に受けていたと聞いたことがあります。

 では我々はどうすればいいのか。月並みな言い方になりますが、性には多様性があることを理解し、自分が標準だと思わないことが重要です。そして、何気ない言葉で他人を傷つけることがあることを知っておくべきです。例えば、彼氏、彼女、結婚、妊娠、出産、お見合い、などという言葉を発しただけで他人を傷つけることもあるのです。

 そしてもっともっとLGBTに対する議論を重ねることが重要です。私が思う「新潮45」の本当の"罪"は、休刊により世間に「LGBTの話題はタブー」と思わせてしまったところにあります。

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注1:実際、特定はされていないものの遺伝的にセクシャル・アイデンティティが決まっている可能性があります。

参考:DNA differences are linked to having same-sex sexual partners

注2:下記を参照ください。
https://www.youtube.com/watch?v=Ci5-FYrrx7U&t=799s



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第147回(2018年9月) 買春に罪の意識がない日本人は世界の非常識

 2018年8月16日、ジャカルタで開催されたアジア競技大会に日本代表として参加していた男子バスケットボールの20代の選手4人が現地女性を「買春」していたことが発覚し、JOC(日本オリンピック委員会)は4人を代表から追放し自腹で強制帰国させました。JBA(日本バスケットボール協会)は記者会見を開き、4人に対し1年間公式試合の出場権を剥奪することを発表しました。この記者会見は当事者の4人も出席する「謝罪会見」となりました。

 出席した記者から「どんな気持ちで店に行ったのか」、「日の丸を背負っている自覚はあったのか」、「違法と思わなかったか」といった質問を次々と浴びせられ、顔と実名を晒した4人は「一生背負うつもりです」「これからの人生でも立て直せないかもしれません」「全国民の皆様に泥を塗る行為をしてしまいました」「国民の皆様へ謝罪がなかったことをお詫びします」などと謝罪の言葉を述べました。さらに、この謝罪会見の模様は世界中のメディアで報道され4人は全世界に恥をさらすことになりました。

 これに対し、日本のSNSなどでは「かわいそう」「そこまでひどいしうちをしなくてもいいのでは?」「ジャカルタ在住の日本人駐在員の多くは経験がある」など4人を擁護する声が多数あるようです。買春を認めるような発言には慎重にならざるを得ないのか、さすがに大手新聞や著名な評論家・文化人は4人の味方になるようなコメントは差し控えていましたが、「週刊新潮」は、2018年9月6日号で「特集・そんなに悪いか『ジャカルタ買春』!~『バスケ日本代表』の未来を潰した『朝日新聞』」というタイトルで4人を擁護する記事を載せました。

 わざわざタイトルに朝日新聞の名前を入れているところが興味深いと言えます。この事件が発覚したのは朝日新聞の関係者が偶然4人の「行為」を見かけたからで、朝日新聞が余計なことをしなければ彼らは罪に問われなかったということが言いたいわけです。

 なるほど、週刊新潮の読者のマジョリティは愛国心にあふれた高齢の男性と言われていますから、朝日新聞の悪口を書き、本人たちにも経験があるであろう買春を擁護するような記事にすれば読者からのウケはよくなるのでしょう。また、週刊新潮はこの記事で社会学者の古市憲寿氏の以下のコメントを引用しています。

「スポーツ選手にどうして過度に"聖人君子"であることを求めるのでしょうか。ジャカルタに行ったのもバスケットをするためで、試合以外の時間に何をするのも、彼らの自由のはず。一般人以上の規範を求める必要はないはずです」

 これは私の見解ですが、おそらく古市氏は4人を擁護するコメントを他の知識人が表明しないものだから"炎上"覚悟でこういった意見を発表したのではないでしょうか。古市氏ほど知識が豊富で国際的なセンスを身に着けている学者が100%の本心でこのようなことを考えているとは私には思えません。古市氏のことですから、はじめから週刊新潮の読者層を想定してこの言葉を選んだのだと私は考えています。

 GINAのこれまでの活動を通して私が感じるのは「日本人の買春に対する考え方はとてもヘンであり日本の常識は世界の非常識である」ということです。解説していきましょう。

 まず、私は今回の4人の報道を聞いたときに「あり得ること」と感じました。そして、大手メディアは4人を非難するであろうが、世間は彼らに同情的になり、そのうちに彼らを擁護する有名人も出てくるだろうと思ったのです(そしてその通りになりました)。私の予想ではこの「有名人」は芸人(お笑いタレント)でした。「誰にも迷惑かけてないし、売春婦もお金もらって楽しい時間を過ごしたんだから放っておけばいい」という意見が必ず出てくると考えたのです。実際に芸人がこういう発言をしたかどうかは調べきれませんでしたが、いずれにしても「彼らを許してあげて」という雰囲気になっていくはずです(もうなっているかもしれません)。

 ですが、これはやはり"おかしい"のです。GINAのこのサイトで何度か紹介したように、タイのマッサージパーラー(日本でいうソープランドのようなもの)を利用するのは日本人がほとんどです(ただしここ数年は韓国人、中国人も増えていると聞きますが)。私の知る限り、欧米人はこのような「性風俗店」には行きません。そもそも、「買春」などという行為は、異常とまでは言えないとしても、ごく少数の人たちがとる行動です。過去のコラムでも紹介したように、買春の経験のある男性は米国0.3%、英国0.6%、フランス1.1%というデータがあります。一方、日本では1~(なんと)4割もが性風俗の経験があるとする調査があるのです。

 ただし、バンコクやパタヤをみればすぐに分かるように欧米人もタイ女性との金銭を介した「love affair」を楽しんでいます。彼らはどうしているかというと、タイ女性のいるバーやカフェ、あるいは他のミーティングスポットに行くわけです。そこで気に入った女性を見つけて話しかけ女性と"意気投合"するとその後は二人の時間となるのです。そして別れ際に金銭を"プレゼント"します。これに対し、「結局欧米人のやっていることは買春と同じじゃないか」という意見があり、ある意味では確かにその通りです。ですから先述の買春経験の数字も買春の「定義」を変えると日本と差がなくなるかもしれません。

 ただ、私が個人的に(GINAの調査という名のもとに)欧米人にインタビューしたところによると、話をしていくなかで盛り上がらなかったり、気が変わったりして結局その女性とは進展がなかった、ということもよくあると言います。まあ、すぐに次の女性を狙いにいくわけですが。

 以前バンコクである日本人の駐在員(男性)に面白い話を聞いたことがあります。その男性は取引先の日本企業からタイに出張にくる男性を「性風俗接待」して業績を挙げています。調子に乗ったこの男性は、それをドイツ人の営業マンに持ち掛け、大ヒンシュクを買い商談が流れてしまったそうです。軽蔑された目で見られとても気まずい思いをしたと言っていました。

 その話を聞いた翌日、偶然にもドイツ人のカップルと仲良くなった私は、女性がトイレで席を外したときにこの日本人駐在員の「失敗談」を話しました。そのドイツ人男性によると、ドイツにも有名な性風俗エリアがあり、敷地内全体が買春施設になっているところもあるそうです。ですが、そのようなところに出入りする男性は「社会の底辺」であり、まともなビジネスマンは絶対に行かないと言います。日本人駐在員が軽蔑されたのは、そのドイツ人が「そのような施設に行く底辺の層と見なされたと感じたから」ではないかと話していました。

 先述した週刊新潮の記事でも触れられていたように、元行革担当大臣の佐田玄一郎氏は女子大生との1回4万円の援助交際で、元総務大臣の新藤義孝氏はソープランドの常連であることを週刊誌に曝露されました。元新潟県知事の米山隆一氏が複数の女性と1回3万円を支払って買春していたことや、奈良県天理市の市長が東京出張時に性風俗を2回も利用していたことも報じられました。

 過去のコラムでも述べたように、自由恋愛との境界が曖昧な「後払い式欧米型買春」はHIVを含む性感染症のリスクが高く、売買春することを先に決める「前払い式日本型買春」は恋愛に発展する可能性も性感染症のリスクも低いということはいえそうです(上記「4人」のうち一人はsex workerとLINEで連絡先を交換したと報道されていますが)。

 欧米型買春を肯定するわけではありませんが、日本型買春は「世界の非常識」だと認識すべきだと私は思います。今回の事件はもちろん中国や韓国でも報じられています。従軍慰安婦を含め性的搾取が実際にあったのかどうか私には分かりませんが、中国や韓国の人たちは4人の事件をどのように感じるでしょう。

 最後に、事件を報じたReuterの記事の最後の1行を紹介しておきます。

 2020年に東京で開催される次のオリンピックは日本がホスト国だ。

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