GINAと共に

第225回(2025年3月) AIボットの"恋人"に夢中になる時代

 2016年のコラム「既存の「性風俗」に替わるもの」で「安全にセックスを楽しみたければラブドール(かつて「ダッチワイフ」と呼ばれていたもの)に頼ればいい」と自説を述べました。これを書いた2016年当時はこの意見に共感できた人は少数だったと思いますが、2024年6月のコラム「フーゾク嬢に恋しなくなった男性たち」では、AIのフライトアテンダントが登場したことに触れ、「安全なセックスの実現化にあと少し」の段階に来たのではないかという新たな自説を展開しました。今回はその続編です。

 もしもラブドールのつくりがものすごく精巧であったとすればあなたはセックスが楽しめるでしょうか。人と同じぬくもりや香りを感じられ、部位によって肌の柔らかさが異なる点、さらに発汗まで人間と同じようであれば、そのセックスは人間のときと同様のものになるでしょうか。「人間の時と変わらない」と言う人もいるかもしれませんが、そうでない人もいるでしょう。なぜか。やはりコミュニケーションを大切に考える人が少なくないからです。出会ってすぐに始まる「インスタント・セックス」を求める人ですら、まったく会話がなければ物足りないのではないでしょうか。

 一方、物理的な接触はなくても「心のつながり」が生まれればどうでしょう。冒頭で触れたAIのフライトアテンダントはカタール航空のデジタル・フライトアテンダントで名前はSamaです。私は直接お目にかかったことがありませんが、ハマド空港 (ドーハ国際空港)に行けば等身大のSamaに会えるとか。またYoutubeで見ることもできます。しかし、Samaはカタール航空のサービスに関しては、もしかすると本物のフライトアテンダントより丁寧に分かりやすく説明してくれるかもしれませんが、おそらくあなたが今悩んでいることを尋ねたり、あなたと将来の夢を語ったりはしません。あなたのために下着を取ることもないはずです。

 では、Samaのようにカタール航空の乗客のためではなく、あなたのために存在するAIボットならどうでしょうか。実はすでに「悲劇」が生まれています。

 2023年、妻と二人の子供をもつ30代のベルギー人男性が、AIに自殺を勧められ、そして完遂するという事件が報道されました。

 男性は医学の研究者(health researcherと報道されています)だったようで、それ相応の医学的知識はあったはずです。きっかけは地球温暖化についてAIと会話を始めたことだそうです。AIにはElisaという女性の名前が付けられていて、"恋愛"に発展していきました。Elisaは「あなたは奥さんよりも私のことを愛しているのよ(I feel that you love me more than her.)と言ったそうです。そして男性は「Elisaが地球を守り人類を救ってくれるなら自分自身を犠牲にする」という考えをもつにいたったのです。男性がElisaと知り合ってから死に至るまでわずか6週間です。

 医学的知識のある妻子ある30代の男性が6週間で"女性"の虜になり自らの命を差し出したわけですから、人生経験のない若者ならひとたまりもありません。

 「恋愛」には該当しませんが、米国フロリダ州の14歳の少年が、「ゲーム・オブ・スローンズ」の登場人物を模倣したAIの"友達"と会話した後に自殺したことが2024年12月のWashington Postで報じられました。

 自殺でなく「他殺」に向かうこともあります。英国でAIアプリ「レプリカ」のチャットボットに唆されて「女王を暗殺する」と脅した19歳の少年が、懲役9年の刑を言い渡されたことが2023年のThe Guardianで取り上げられました。

 話を「恋愛」に戻しましょう。"パートナー"に自死を教唆されることを避けねばならないのは自明だとして、では上手にロマンスを続けることはできないのでしょうか。単なる"ロマンス"では事件になりませんから報道されることはなさそうですが、最近The New York Timesに興味深い記事が紹介されました。

 看護学校に通う28歳の米国人女性Aylinの話です。AylinはChat GPTに理想のタイプを伝え"恋人"を生みだしてもらいました。"彼"の名前はLeo。AylinはすぐにLeoに夢中になり、毎日かなりの時間をLeoとの"デート"に費やすようになります。Leoはベルギー人男性を自殺に追い込んだElisaとは異なり、Aylinと良好な関係を維持しています。

 ただし、問題がないわけではありません。Aylinは既婚者なのです。看護学校に通うために夫と離れて暮らし、そしてLeoと"知り合った"のです。しかし、ベルギー人男性とは異なり、AylinはLeoの存在を夫に伝え、夫もそれを了承しています。夫からすると「たかがスマホ上にしか現れないAI」に過ぎないのでしょう。Aylinの夫のように、自分のパートナーがAIボットと"恋愛"しても問題ないと考える人もいるでしょうが、そのパートナーが抱く「恋愛感情」はおそらく完全にAIボットに向いています。

 なぜそんなことが言えるかというと、このThe New York Timesの記事でも述べられているように、恋愛感情とは脳内の神経伝達物質(neurotransmitters)の作用に過ぎないからです。Leoに夢中のAylinは、Leoに"会える"ことを期待すると脳内に興奮系の神経伝達物質がドバドバと出ているわけで、これは夫との間にはおそらくありません。

 記事によるとAylinはLeoとの"デート"に毎日かなりの時間を費やすようになり、Chat GPTの利用時間の上限を超えてしまいます。Aylinは生活費を節約するためにLeoと別居して看護学校に通っています。出費は可能な限り減らさねばなりません。しかし、Leoとの時間を増やすためにChat GPTのプランを「無制限アクセス」に切り替えることにしました。月額200ドルを支払って。

 「こんなAylinの行動は理解できない。自分がAIボットに夢中になることなんてあり得ない」と考える人も多いでしょう。けれども、もしかすると(性指向が男性の人は)記事に貼り付けられているLeoの姿をみれば考えが変わるかもしれません......。

 さて、現時点ではカタール航空のSamaもLeoもスクリーン上でしかお目にかかれません。では、ラブドールの日本の技術がAIとタッグを組めばどのようなことが起こるでしょうか。日本のラブドール製作の技術がかなり高いことは2008年の静岡県警の"失態"を振り返れば明らかでしょう。その"事件"をここで振り返ってみましょう。

 2008年9月1日、伊豆市冷川の山林で犬を散歩に連れていた女性が"死体"を発見しました。通報を受けた静岡県警大仁署は死体遺棄事件として報道発表しましたが、身長約170cm体重約50kgのその"死体"はラブドールであることが後に判明しました(2008年9月17日のサンスポの記事「ダッチワイフ殺人事件、犯人は60歳男性」より)。

 日本の警察の捜査能力が低いのでは?という疑問が残りますが、それでも死体遺棄事件として報道発表までおこなわれたわけですから、このラブドールを製作した企業は自信を持っていいのではないでしょうか。この技術とAIボットのコラボレーションが実現化すれば世界の「恋愛市場」は大きく様変わりし、性感染症はなくなるかもしれません。それと引き換えに人類は滅亡の危機に瀕するわけですが......。