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第224回(2025年2月) 米国ではストレートの男女以外の「性」がなくなるのか

 2025年1月に誕生したトランプ新政権はまさにやりたい放題という感じで、世界中から非難の声が集まっていますが、現時点ではその勢いは一向におさまりません。トランプ大統領と実業家のイーロン・マスク氏の発言は「歯に衣着せぬ」という表現をとっくに通り越し、およそ表に立つ人間とは思えない暴言の連発です。少し例を挙げてみましょう。

 トランプ大統領は「USAidは過激な狂人たち(radical lunatics)によって運営されてきた。そして我々は彼らを追い出すのだ!」と記者団に語りました。

 マスク氏は「X」の音声メッセージで「我々はUSAidを閉鎖する!(We're shutting it down)」と叫びました。USAidを「犯罪組織(criminal organization)」と罵り、「邪悪(evil)」で「米国を憎む極左マルクス主義者の巣窟(viper's nest of radical-left marxists who hate America)」とこき下ろし、「死ぬべきときが来た(Time for it to die)」と宣言しました。

 さらに「リンゴの中に単に虫が入っているわけではないことが明らかになった。我々が抱えているのは虫のかたまりだった。基本的にそのかたまりすべてを取り除かなければならない("It became apparent that it's not an apple with a worm in it.  What we have is just a ball of worms. You've got to basically get rid of the whole thing.")」とまで述べ、USAidは「修復不可能(beyond repair)」で、「
(職員を解雇することで)USAID を木材粉砕機に送り込んでいるんだ(feeding USAID into the wood chipper)」とまるで自慢しているかのようです。

 米国の大統領と世界で最も有名な実業家の2人がこのような言葉を連発することに対し、まともな神経をしてれば辟易すると思うのですが、米国民はどう感じているのでしょう。連日の報道は私にとっては悪夢を見ているようですが、トランプ大統領は正当な選挙で米国民が選んだ列記とした大統領です。

 その米国を代表する大統領が就任した1月20日に発表したのが「トランスジェンダーの存在を認めない」とする正式な声明です。「大統領命令(EXECUTIVE ORDER)」と記されたこの声明のタイトルは「ジェンダーイデオロギー過激主義から女性を守り、連邦政府に生物学的真実を取り戻す(DEFENDING WOMEN FROM GENDER IDEOLOGY EXTREMISM AND RESTORING BIOLOGICAL TRUTH TO THE FEDERAL GOVERNMENT)」。要するに「『女性』はストレートの女性しか存在しない。トランスとかノンバイナリーとかレズビアンとか、そういうものは認めない」とする声明文が政府から発表されたのです。

 1月28日、その"続編"が公表されました。やはり「大統領命令(EXECUTIVE ORDER)」と記されていて、今度は「化学薬品や外科手術から子供を守る(PROTECTING CHILDREN FROM CHEMICAL AND SURGICAL MUTILATION)」というタイトルです。内容は「19歳未満に対するトランスジェンダーに対する医療行為を禁止する」というものです。

 「性」については社会的あるいは宗教的に様々な考えがあることは理解できます。医学が未発達な時代であればそういった観点からのルールに縛られるのは仕方がないのかもしれません。ですが、現代は性に関する医学的な事項が次々と明らかになっています。

 最も分かりやすいのは過去のコラム「トランスジェンダーと性分化疾患の混乱」で紹介した、DSD(性分化疾患=Differences in sex development)という疾患グループです。DSDのひとつである5α還元酵素欠損症(以下「5ARD」)という疾患に罹患すれば、出生時の「性」は女性ですが血中テストステロン値が標準的な女性よりも高くなります。これが性自認に影響を与えないはずがありません。そもそもこの疾患、出生時には性器のかたちから「女性」と識別されますが、染色体はXY(つまり男性と同じ)です。トランプ政権は幼少時に女性として育てられた「5ARD」の人たちにも「生涯女性でいろ」というのでしょうか。染色体は男性なのに。

 染色体やホルモン代謝がストレートの男女と同じであったとしても、性自認や性指向が遺伝的に決まっていると考えられるケースが多数あります。以前も述べたと思いますが、ストレートの男女は「自分の性自認は男(女)で、性指向は女(男)だ」と考え抜いて決めたのでしょうか。そんなわけはないでしょう。彼(女)らは"自然に"「自分は男(女)でセックスの対象は女(男)だ」と信じて疑っていないはずです。

 これはセクシャルマイノリティにとっても同じことです。例えばレズビアンの女性は考え抜いた末に「セックスの対象は女性」と決めたのではなく、性指向が自然に女性となったわけです。トランスジェンダーの人たちに政府が性自認・性指向を指示するのは、ストレートの男性(女性)に「今日から男性(女性)とセックスしなさい」と強要するのと本質的には同じことです。こんなこと21世紀の医学界では常識中の常識ですが、なぜトランプ新政権にはそんな単純なことが理解できないのでしょうか。政権には医学に少しは明るい人物がいないのでしょうか。

 すでに米国では教育現場で性自認に関する発言は禁止され、セクシャルマイノリティに関する書籍が処分されているようです。子供たちが自分の性に疑問を感じても大人には相談できず、もしも相談すればそれを聞いた方が罰せられるというのです。

 私が院長を務める谷口医院の米国人の患者さんのなかにはセクシャルマイノリティの人たちもいます。彼(女)らは口をそろえて「米国には帰らない(帰りたくない)」と言います。トランプ政権の米国よりも日本の方が自由があるそうなのです。しかし、日本もセクシャルマイノリティにさほど寛容というわけではありません。ある米国人のゲイの男性は「日本ではゲイが生きにくい」と言って、ゲイに寛容なタイで仕事を見つけ最近日本を去っていきました。

 日本でもセクシャルマイノリティの人たちは
米国の影響を受けて今後ますます生きにくくなるのでしょうか。私には俄かには信じがたいのですが、医師のなかにもトランプ新政権を支持する声は小さくないようです。新型コロナワクチンに反対する医師たちがそうらしいとは以前から聞いていたのですが、噂によると、トランプ政権を支持しているHIV医療に従事する医療者もいるとか......。

 医療者がその調子なら政治家の発言は勢いづくかもしれません。これまではセクシャルマイノリティを差別する発言はメディアや世論から糾弾されてきました。「(セクシャルマイノリティの人たちは)できたら静かに隠して生きていただきたい。その方が美しい」と発言した栃木県下野市
の幸福実現党石川信夫、「同性結婚なんて気持ち悪い事は大反対!」とSNSにコメントした愛知県議員の渡辺昇、「(セクシャルマイノリティの人たちは)生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」と会議で述べた自民党の元国土交通政務官簗和生、「(LGBTQの理解を進める学校教育は子供を)同性愛へ誘導しかねない」と発言した東京都台東区議員の松村智成、「レズビアンとゲイについてだけは、もしこれが足立区に完全に広がってしまったら、足立区民いなくなっちゃうのは100年とか200年の先の話じゃない。レズビアンだってゲイだって、法律で守られているじゃないかなんていうような話になったんでは、足立区は滅んでしまう」と区議会で意見を述べた自民党の白石正輝らは、一応は全員が謝罪の言葉を後に述べています(いずれも敬称略)。

 しかし、トランプ新政権が台頭してしまった現在、このような発言をしたとしてもこれまでのようには咎められないかもしれません。時代は確実に逆行しています......。