GINAと共に

第208回(2023年10月) 他人の不幸や未来はどうでもいいのか

 10月7日に勃発し、事実上すでに戦争と呼べる段階に入った「ガザ(パレスチナ)・イスラエル紛争」は収拾の目途が立っていません。先制攻撃を仕掛けたのはガザのハマスと呼ばれるパレスチナの民族グループですが、その後直ちにイスラエルが報復の攻撃を開始したため、本原稿執筆時点ではガザ地区の被害者の方が圧倒的に多くなっています。

 数字だけでみればイスラエルが過剰な報復措置をとっているという見方ができますし、アントニオ・グテーレス(Antonio Guterres)国連事務総長は、10月24日、「明らかな国際人道法違反(the clear violations of international humanitarian law)」がガザで起こっていると発言し、イスラエルを批判しました。

 さらに、「パレスチナ人は56年間にわたり窒息するような占領(suffocating occupation)にさらされてきた」とコメントしました。「56年間」というのは、言い換えれば「第三次中東戦争以来」となります。そもそも、イスラエルは「自国がハマスというテロ組織に襲われた」というようなことを主張しているようですが、ガザ地域は(そしてヨルダン川西岸も)、1947年のイスラエル建国時点ではパレスチナ人の居住地だったわけです。その土地を第三次中東戦争でパレスチナ人からかっぱらったのです。

 アントニオ・グテーレス国連事務総長のこの発言に対し、イスラエルは反発しました。この発言を理由にグテーレス事務総長の辞任を要求したのです。

 歴史を「正当な立場で」検証するのは困難ですが、イスラエルの主張が100%正しいとは言えないでしょう。アントニオ・グテーレス国連事務総長の言い分が間違っているとは思えません。

 しかし、事務総長の意見だけで、国連が正式にイスラエルに戦闘を中止するよう勧告することはできません。常任理事国が1か国でも否決権を行使すれば国連の総意とはならないからです。

 ユダヤ人が政界・経済界で力を持っている米国は一貫してイスラエルを支持していますし、これからもこの方針は変わらないでしょう。実際、パレスチナは「パレスチナ国」として138の国連加盟国から承認されていますが、米国は承認していません。英国、仏国も国内にユダヤ人の影響が少なくないことに加え、第二次世界大戦時の"複雑な"歴史がありますから、イスラエルを非難することは容易にはできません。

 ドイツは国連常任理事国ではありませんが、ホロコーストの歴史がありますから、ドイツ政府としては「無条件でイスラエルを支持」するしかありません。もっとも、ドイツ国民はそうは思っていないようです。POLITICOによると、世論調査では、極右政党「ドイツのための選択肢」の支持者の78%が、「ドイツには『イスラエルに対して特別な義務』があるという考えに同意していない」と答えています。ドイツでは10月7日からの8日間で、戦争に関連した反ユダヤ的事件が202件発生しています。

 「反ユダヤ」というよりは「親パレスチナ」で目立ってきているのがマレーシアとインドネシアです。カタールのメディア「アルジャジーラ」によると、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相は、「ハマスを非難せよ」とする西側諸国からの圧力に抗し、「ハマスとの関係を維持する」と宣言しました。マレーシアは「パレススナ国」を承認している一方で、イスラエルとは外交関係を持っていません。

 世界で最も人口の多いイスラム教徒を抱えるのがインドネシアです。インドネシアもまたマレーシアと同様、「パレスチナ国」を承認し、そしてイスラエルとは外交のない国です。報道によると、ジョコ・ウィドド大統領は「イスラエルが占領しているパレスチナの土地については国連の同意によって解決されなければならない」と、イスラエルを非難するコメントを表明しています。

 ついでに他国の状況もまとめてみましょう。ユダヤ人ともパレスチナ人とも直接的な関係の薄い大国は他の政治要因が関わってきます。ロシアはウクライナ戦争の真っただ中ですから米国に味方することはないでしょうが、プーチン大統領とネタニヤフ首相は懇意の仲だと聞きます。一方、シリアのアサド大統領との関係も重要でしょうから、イスラエルとパレスチナの今回の戦争に関してはロシアはしばらく大きな動きを見せないと思います。

 中国も複雑です。自国がイスラム教徒の新疆ウイグル自治区に対し非人道的な政策をとっていることからイスラム諸国からの評判はよくないわけですが、外交に長けた中国はおそらくこの戦争をチャンスと考え、イスラエル、パレスチナの双方に巧みに近づくのではないでしょうか。

 意外なのがインドです。インドは1988年にいち早く「パレスチナ国」を承認した国ですから、今回もパレスチナ寄りなのかと思いきや、アルジャジーラによると、政府は反イスラエルのデモを鎮圧する動きにでています。おそらくこれは現在インド政府が政治経済的に米国に近づこうとしているからではないでしょうか。大衆による反イスラエルのデモが活発化して米国の怒りを買いたくないという姑息な考えがあるのではないかと私はみています。

 このように俯瞰してみると、中東で局所的に勃発した地域の戦争はすでに世界に多大な影響を与えています。ウクライナ戦争に終結の兆しは見えません。三大緊迫地域とされている東欧と中東ですでに火がついているわけですから、残りの1つである東アジア(つまり北朝鮮)の緊張感が高まれば一気に第三次世界大戦に突入するかもしれません。

 もしもそのようなことが起これば、というよりすでにこれだけ火が上がり、軍事産業が興隆しているわけですから「地球温暖化」は加速されています。なぜかあまり話題に上がりませんが、地球温暖化を研究する国際機関IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)は、2018年に「早ければ、2040年前後までに地球は壊滅的な状態になる」と報告しています。

 今年(2023年)は、6~8月は連続で20世紀以降で最高温度を記録しました。中東やアフリカ大陸では洪水の被害が深刻で、カナダでは史上最悪の山火事が起こりました。コペルニクス大気モニタリングサービス(Copernicus Atmosphere Monitoring Service)によると、2023年は7月末の時点で、年初からの山火事による炭素排出量推定総量は、2014年のカナダの年間推定山火事炭素排出量総量の2倍に達しています。BBCによると、カナダ北西部のフォート・グッド・ホープ(Fort Good Hop)では気温が37.4度まで上昇しました。カナダでは地下の氷層が溶けて、アスファルトが陥没し、
地盤沈下で木や家が傾く被害が相次いでいるそうです。こうなると地震のリスクがでてきます。

 リビアで11,000人以上が死亡し尚も1万人以上が行方不明の2つのダムが決壊した事故は、"人災"だとも言われていますが、地球温暖化が引き金を引いたのもまた事実です。

 2022年に発表された論文によると、北極圏の温暖化は1979年以来、過去43年間で地球全体の4倍近くの速さで温暖化しています。実際、シベリアではツンドラがどんどん溶けているようで、溶けると元に戻るのに数万年かかると言われています。シベリアでは森林火災も深刻で、凍土層が溶けて地中の炭素が大気に放出されています。炭素は二酸化炭素とメタンとなり温室効果の原因となります。ロシアは2015年の報告で、すでに温暖化が地球全体の2.5倍の速さで進行していることが指摘されています。

 しかし地球温暖化の影響を最も強く受けている(というよりとばっちりを受けている)のはアフリカです。世界気象機関(WMO)によると、アフリカの温室効果ガス排出量は世界全体の10%にも満たないのに関わらず、気候変動によるアフリカの損失と損害のコストは、(年間)2,900億ドルから4,400億ドルになると予測されています。

 2015年に国連で採択されたパリ協定では産業革命以前と比較して平均気温上昇を1.5度以内とすることが決められました。BBCによると、今年(2023年)は、10月2日までの時点で86日間は、産業革命以前よりも1.5度以上気温が高かったことが示されており、これはこれまでで過去最高だった2016年の記録を上回っています。パリ協定の基準は「年間を通して1.5度以上」ですからこの基準は満たさないと予想されますが、いずれこの基準を超えるのは火を見るより明らかでしょう。

 病気の話もしましょう。随所で述べているように、新型コロナウイルスについて私が最もショックだったのが「日頃診ている患者を見放す医師たち」でした。日本のHIVに関しては、「HIV陽性というだけで(HIV自体は安定しているのに)拒否する医師」です。こちらは最近はかなり少なくなってきましたが、まだこのようなクリニックもあります。

 結局、人間というのは自分には関係のないこと、自分の得にならないことについては関心が持てない生き物なのでしょう。遠い国の子供たちが無残な殺され方をしようが、将来の地球に住めなくなろうが、病気で困っている赤の他人がいようが、そんなことはおかまいなしに目先の利益を追求するのが人間の本質なのかもしれません。最後に今年102歳の生涯を閉じた洋画家の野見山暁治氏のエピソードを『眼の人』(北里晋著)から紹介したいと思います。

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(出征前の宴会の場で)ぼくは上座に据えられ、みんなから激励の言葉を受けた。「国のために戦ってこい」とか「敵をやっつけろ」とか。これが今のぼくへの期待なのか。
 
 一通り済んだところで、親父が「おまえ、みんなにあいさつをしろ」と言い出した。何としても嫌だったが、「ひとこと言え」と聞かない。みんなシーンとして待っている。この人たちに応える言葉は一つも浮かばない。
 
 あるドイツの詩人が「われはドイツに生まれたる世界の市民なり」と言っています。われ知らずぼくはそう口走ると、後は止まらなくなった。私は日本に生まれた世界の市民です。それがどうして敵をつくったり、殺し合ったりしないといけないのか。私にそんなことはできない。どうしても嫌です。

 「貴様、やめろ」と軍人が立ち上がった。(略)散々な罵声の中、宴会はメチャクチャになった。
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