GINAと共に

第203回(2023年5月) 薬物で堕ちていく米国~覚醒剤編~

 2023年1月のコラム「薬物で堕ちていく米国」では、米国では麻薬の他にも様々な依存性のある薬物が蔓延し、なかでも大麻は、急増した結果、小児の誤嚥事故も相次ぎ、大きな問題となっていることを紹介しました。今回は覚醒剤の話をします。

 従来、覚醒剤はさほど米国では流行していませんでした。なぜ覚醒剤は米国ではさほど人気がなかったのか。その理由は(私の分析によると)2つあります。

 1つは米国人の「性格」です。そもそも覚醒剤は麻薬や大麻のような多幸感をもたらすわけではなく「ハッピーになるためのドラッグ」という面はありません。覚醒剤がきまると、頭がスッキリとし、寝なくても平気になります。食欲も湧きません。ではこのようなドラッグ、どのような人が求めるのでしょうか。

 例えば深夜も走る長距離ドライバーのように「仕事に使いたい」という人がいます。実際、覚醒剤が日本でまだ合法だった頃、長距離ドライバーの何割かは眠気覚ましに「ヒロポン」に頼っていたようです。徹夜で勉強しなければならないときにもうってつけで、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)のある患者さんは覚醒剤のことを「テスト前の飛び道具」と表現していました。戦中には神風特攻隊が出撃に出る前に気合をいれるために摂取していたという話もあります。つまり、覚醒剤とは興奮系のドラッグであり、「もっと頑張らねば!」と考える真面目な(?)日本人にこそ向いている薬物ともいえるわけです。

 では「仕事」や「勉強」以外には使われていないのかといえば、そういうわけではなく、もうひとつ大きな用途は「セックス」です。覚醒剤がキマると理論的には勃起不全になると思われます。実際、そのような訴えもあり、覚醒剤をキメてのセックス時にはバイアグラ(などのED改善薬)が欠かせない」という患者さんもいました。ただ、少々の勃起不全があったとしても、寝ずに一心不乱にセックスに没頭することが快楽を増強させるそうです。パートナーと共に覚醒剤をキメてのセックスから得られる快感は他に替わるものがなくやめられないと言う人もいます。三日三晩ほとんど飲まず食わずでセックスに耽溺する人たちもいるとか...。

 ちなみに2014年には、通称「岩手のブラックジャック」と呼ばれていた(らしい)岩手医科大のW教授が外国人女性と逢瀬を重ね、その女性に覚醒剤を注射していたことが「週刊文春」により報道されました(ただしW教授自身が摂取していたのかどうかは不明)。

 ここまでをまとめておくと、覚醒剤はセックスでの興奮度を上げるという一面はあるものの基本的には「仕事」や「勉強」で使いたいと考える日本人に人気があり米国ではそうではなかった、というのが米国で覚醒剤が流行らなかった1つ目の理由です。

 もうひとつの理由は「米国では以前からコカインの流通量が多い」というものです。主な原産地が南米のコカインは地理的な要因から米国で大量に消費されています。コカインは覚醒剤と同じ"方向"に働きます。つまり興奮系のドラッグです。やはり眠くならず、またセックスでの興奮度を上げると聞きます。つまり、興奮系のドラッグを求めるならコカインが簡単に入手できるために、わざわざ覚醒剤を手に入れる必要がなかったわけです。

 ではコカインが覚醒剤よりも圧倒的に人気があった米国で覚醒剤が流行り出したのはなぜなのでしょうか。答えは「ADHDの治療としての覚醒剤の流通量が飛躍的に増えた」からです。

 ADHD(注意欠如・多動症)は10年ほど前から日米を含む世界各国で患者数が急激に増えています。「精神疾患の患者数が急激に増えるのはおかしい。過去には診断されていなかっただけで実際には昔から多かった」という意見があります。また、「いや、そうではなく現在過剰に診断がつけられているから見かけの数字が増えているのであって、実際の患者数はこんなに多くない」という声もあります。

 私自身は「過剰診断があるのは間違いないが増えているのもおそらく事実だ」と考えています。谷口医院のコラム「「発達障害」を"治す"方法」でも述べたように発達障害は"増えて"います。

 「病気があるなら薬で治療すればいい」という考えはあるときには正しいのですが、場合によっては間違いです。なぜなら、ADHDを含めて「薬は使わなければそれにこしたことはない」からです。ところが現在、ADHDの薬は日本でも米国でも大量に処方されています。

 日本ではADHDの治療薬は3種類が使われています。商品名でいえば「コンサータ」「ストラテラ」「インチュニブ」の3種です。以前は「リタリン」という薬が処方されており、これは「もろに覚醒剤」と考えて差支えありません。コンサータはこのリタリンをマイルドにしたようなものと考えてOKです。ということは、コンサータはやはり覚醒剤の一種と考えるべきであり、当然依存性があります。

 これに対し、ストラテラとインチュニブは一応「依存性はない」とされています。私としてはその考えに少し疑問があるのですが、その話には今回は立ち入らず米国の話をしましょう。

 米国も(日本と同様)、ADHDの過剰診断が問題になっています。そして、日本でもコンサータの大量処方が問題視されていますが、米国は日本の比ではありません。より依存性の高いアデロール(Adderall)という薬が大量に出回っているのです。

 アデロールは覚醒剤類似物質というよりも覚醒剤(アンフェタミン)そのものです。上述したコンサータ、あるいはリタリンよりもさらに"純正の"覚醒剤に近い、ではなく「覚醒剤そのもの」です。よって、ものすごく依存性の高い薬物です。そして、FDAによると昨年(2022年)よりそのアデロールが供給不足となっています。

 上記FDAの報告によると、供給不足の原因は製造会社の製造過程にあるとされていますが、需要が急増しているのも大きな要因です。要するにADHDの(診断をつけられる)患者が急増しているのです。報道によると、ADHDの診断を簡単につけられアデロール(≒アンフェタミン)を処方される小学生も少なくないようです。

 アデロールが供給不足になるとどうなるか。火を見るより明らかです。いったん覚醒剤の"魅力"を知ってしまった人たちはなんとしても手に入れようとします。いかがわしい地域や裏稼業の人物に近づかなくても、この時代、インターネットがあれば違法薬物など簡単に入手できます。

 すると、アンフェタミン(またはメタンフェタミン)の純度の高いものを求めるようになります。覚醒剤には耐性があるからです。今後、覚醒剤依存症の諸症状、なかでも幻聴に襲われる人たちが続出し、他人に危害を加えるような犯罪が増加するでしょう。特に銃による犯罪が急増するのではないかと私はみています。

 これまで繰り返し述べてきたように、米国は麻薬汚染が深刻で人口減が生じているほどです。大麻合法化が普及したことにより、子供の中毒事故が相次いでいます。ケタミン、マジックマッシュルームが合法化され、ついにはMDMAもその仲間に加わりそうです。そして、覚醒剤は今述べたとおりです。

 GINAはHIV/AIDSに関する誤解・偏見を取り除き予防の啓発をすることをミッションとしています。薬物について繰り返し取り上げてきたのは、最初はマイルドな薬物しか使用していなかったとしても、そのうちに注射による摂取が始まり、その後注射針の使いまわしでHIVに感染するケースが増えるからです。そして、その代表的な「注射を使う薬物」が麻薬と覚醒剤です。米国の覚醒剤使用者急増がHIV感染増加につながるのは間違いないと私はみています。