GINAと共に

第198回(2022年12月) インドの性暴力被害、10年たってもまるで改善せず......


 2017年に公開した「GINAと共に」「インド女性の2つの「惨状」」で、インドの女性の悲惨な実情を紹介しました。同国では性暴力(レイプ)の被害が絶えず、"日常化"していると言えるほどです。

 そのコラムでは執筆直前に報道された3つの性被害事件を紹介しました。

Case#1:2017年5月、インド北部グルグラムで、9か月の赤ちゃんと一緒にバスに乗った女性が、同乗していた3人の男性にレイプされ、赤ちゃんが走行中にバスの外に放り出されて死亡

Case#2:2017年6月、インド北東部のビハール州で16歳の少女が電車のなかで集団レイプされ、さらに電車から捨てられて重体を負った(その後の経過は不明)

Case#3:2017年6月、35歳の女性がグルグラム発(Greater Noida行き)のバス中で3人の男に8時間にわたりレイプされた

 このコラムを書いた2017年7月、世界中のサイトを検索して「インドのレイプ事情」を調べてみました。私が知らないだけで世界には同様か、あるいはそれ以上に悲惨な地域もあるのかもしれませんが、世界第2位の人口を有し先進国に加えられることが増えてきたこの国が、これだけひどい問題を放置していることに強い違和感を覚えます。

 今回はそのインドの性暴力事情の続編となります。

 インドの性暴力問題が全国規模で取り上げられ、海外からも注目されるようになったのは、2012年の「ニルバーヤ事件(Nirbhaya case)」がきっかけと言われています。この事件、Wikipediaで紹介されているだけでなく、日本のウィキペディアにもページがありました。しかもよくまとまった文章が載せられています。
ニルバーヤ事件のあらましをWikipediaから抜粋すると以下のようになります。

 2012年12月16日、デリーで理学療法士の実習生の23歳女性が友人の男性と(おそらく小さな)バスに乗車しました。そのバスには運転手を含めて6人が乗っていました。2人が乗り込むと、バスはルートをそれました。友人の男性は暴力をふるわれ、女性は6人全員からレイプの被害に遭いました。レイプの内容は凄まじいもので、女性は全身に傷を負いました。バスから放り出された二人は通行人に発見され病院に運ばれました。女性は極度の重症で、高度な医療を受けるためにシンガポールの病院に搬送されましたが数日後に死亡しました。

 Wikipediaによると、2015年3月4日に英国BBCがニルバーヤ事件を取材したドキュメンタリー番組を放映しました。また、インド系カナダ人の映画監督Deepa Mehtaは『Anatomy of Violence(暴力の解剖学)』というニルバーヤ事件に基づいた作品を2016年に公開しました。

 さて、2022年12月16日でニルバーヤ事件から10年が経過したことになります。この10年でインドの女性の窮状は改善されたのでしょうか。

 法律は変えられました。ニルバーヤ事件から数か月後、インド政府は性暴力に関する法律を全面的に見直し、レイプに対する懲役刑が大幅に延長されました。しかし、The Telegraphによると、実態はほとんど変わっていません。

 2016年の「The National Family Health Survey(全国家族健康調査)」で、インド国内のレイプの99%以上が報告されず、インドの少女の47%が幼少期に何らかの性的虐待を受けていることが分かりました。「India's National Crime Records Bureau(インド国家犯罪記録局)」に報告されている2021年の全国のレイプ事件の件数は31,677件です。しかも、これは氷山の一角(the tip of an iceberg)だと考えられています。

 同紙が報じている最近の4つのレイプ事件を紹介しましょう。

・ムンバイの42歳の女性が、男性グループに自宅でナイフを突きつけられ集団レイプされ、タバコを性器に押し付けられ重症化し入院

・テランガナ州の留学生が、大学教授に誘拐されレイプされた

・行方不明の13歳の少女の遺体がハリヤーナ州北部のヒサール市の水道タンクで発見された。遺体にはレイプされた痕跡があった

・グジャラートの有名なレスリングチャンピオンが100人以上の女性をレイプしたことを認めた

 大学教授が教え子を誘拐して強姦というような事件は他国でもあるのかもしれませんが、やはり現代の先進国の視点からみれば異常だと言わざるをえません。

 では、なぜこのように女性が蔑視されているのでしょうか。インドの階級社会に問題があるのは間違いありません。インドはカースト制が有名ですが、男女間も厳密に"区別"されています。女性は「不浄」な存在とされ、料理を作ったり運んだりすることが宗教上禁止されています。女性は男性の「所有物」とみなされ、そのため男性は誘いを断った女性の顔面に硫酸をかけても(アシッド・アタック)、たいした罪に問われず社会から糾弾されることもないのです(冒頭の過去のコラム参照)。

 では、この国の政治家たちは何をしているのでしょうか。インドの政治家は大半が男性であり、現在の与党の議員の90%以上が男性です。

 日本でも政治家のセクハラ発言がときおり報道されていますが、インドではそんな日本のセクハラオヤジ達も真っ青の発言があります。2021年、野党のある国会議員が女性に対し「レイプが避けられないときは、横になって楽しんでください」と発言したのです。また、現在4人の国会議員は女性への暴力で起訴されています。

 「夫婦間レイプ(Marital rape)」という言葉があります。文字通りの意味です。The Telegraphによると、現在夫婦間レイプが合法な国が世界で32か国あり、インドはその筆頭になります。「ニルバーヤ事件の後、レイプに対する法改正がおこなわれた」のは事実ですが、そもそも根本がまったく解決していないわけです。

 ちなみに、日本はその32か国には入っていませんが、夫婦間のレイプは加害者には(ときには被害者にも)「罪」の意識がないことがしばしばあります。内閣府の男女共同参画局によると、2021年の総選挙での当選者に占める女性の割合は9.7%です。偶然にもインドとほぼ同じです。

 世界経済フォーラムの「Global Gender Gap Report 2022(男女格差指数2022)」によると、男女平等の国のランキングで、インドは135位(0.629)、日本は116位(0.650)と、日本はなんとかインドよりは上位にいます。ちなみに、韓国99位、中国102位、フィリピン19位、タイは79位です。

 HIVを含む性感染症の予防には「正確な知識」が必要ですが、暴力が支配する世界ではその知識を声に出しても空しく響くだけです。女性蔑視の考え方を変えねばなりません。2020年の時点で、インドのHIV陽性者は230万人、南アフリカ共和国に次いで世界第2位です。