GINAと共に

第196回(2022年10月) 「許される性依存症」とセックスワーカー

 性依存症について過去に何度か取り上げました。チャーリー・シーンのHIVのカミングアクトを取り上げたコラム「欺瞞と恐喝と性依存症」では、他にもマイケル・ダグラス、エディ・マーフィー、タイガー・ウッズなども性依存症と診断されていることを紹介しました。

 実際に私が診た患者さんやその家族については、2013年のコラム「性依存症という病」で詳しく述べました。このコラムに登場したすべての男性は性依存症の診断がつけられるのではなか、という私見を述べました。

 しかし、「フーゾク通いがやめられなくて借金した」「他の複数の女性との関係が発覚しパートナーを傷つけた」というのは家庭が崩壊する恐れがありますから「病気」と呼んでいいでしょうが、「性感染症のリスクを考えずにセックスしてしまう」までは病気とは呼べないのではないか、という考えもあります。

 前述のコラムで、私は「フーゾク通いが度を越してサラ金に借金をしている夫」の妻から相談を受けたエピソードを紹介しました。そのために、この女性は頭痛やめまいといった様々な症状が出現していました。我々医師は目の前で苦痛を訴える患者さんを放っておくことはできず、苦痛に原因があるのならその原因にアプローチすることを考えます。よって、この夫をなんとかして性依存症から脱却させる(フーゾク通いをやめさせる)方法を考えねばなりません。

 ではこの男性にパートナーがおらず、そして収入の多くをフーゾクにつぎこんだとしても無借金の場合はどうでしょうか。

 おそらくそういう男性(女性はほとんどいないと思います)もそれなりにいるのではないでしょうか。ここでは私が過去にバンコクで知り合ったOさんの話をしたいと思います。

 当時40代半ばのOさんはかなり整ったルックスで、英語のみならずタイ語もそれなりに話します。ちょっと理屈っぽい物の言い方が気になりますが、知的レベルは相当高いことが分ります。

 Oさんは一年のうち3か月くらい関東地方の工場の深夜勤務で資金を稼ぎ、そのお金を持って渡タイし、残りの9ヶ月はタイで買春を満喫するというライフスタイルをもう何年も続けているそうです。

 言うまでもなく買春にはそれなりのコストがかかります。日本で3か月働いたくらいでそんなお金が捻出できるのか、というのが気になりますが、それが「できる」と言います。どうも、Oさんは相当な倹約家(というより、「ケチ」という表現の方が正しいでしょう)で、タバコを1本単位で友達に販売するようなことをしていました。住んでいたのは「台北ホテル」という、当時"不良日本人"がたむろしていた安宿です(私自身もこのホテルに泊まったことがあります。参考「悲しき日本の高齢者~「豊かな青春、惨めな老後」~」

 買春が趣味というか、もはや"生きがい"と呼んでもいいようなOさんが過去にタイで買春した人数は600人を超えると言います。そういった「人数」を自慢のように話す男性は他にもいますが、Oさんの場合、驚かされるのは「そのすべてを覚えている」というのです。それだけではなく、専用ノートをつくって、その女性の年齢、およその身長・体重・胸のサイズ、セックスの良し悪しを記録しているのです。興味深かったのは、その「セックスワーカー情報」に女性の出身県を書いていたことです。出身県は東北地方が圧倒的に多く、「シーサケート県のノックちゃんは......」という感じで、"思い出"を話していました。

 驚いたのはそれだけではありません。Oさんのその買春専用ノートには"別冊"があったのです。これはいわば"写真集"で、これまでに買春したセックスワーカーの写真を貼っていました。通常、(もしも私がセックスワーカーなら)身元は隠したいですから、客に写真を撮られることを拒むと思うのですが、Oさんにはそう言わせない"魅力"があるのかもしれません。

 さて、では私がそんなOさんに否定的な印象を持ったのかというと、不思議なことにそのような感覚は沸きませんでした。当時の私は、複数のエイズ施設をボランティアなどで訪問していて、セックスワークでHIVに感染した男女の患者さんをたくさん知っていました。Oさんのようなセックスワーカーの顧客はある意味で彼(女)らの"敵"のはずです。にもかかわらず、私はOさんの証言を興味深く聞き、ある種の好感さえもってしまったのです。

 日本人で最も有名な性依存症の男性といえば、2015年に発覚した横浜市立中学校の元校長でしょう。Wikipediaによると、この校長は1988年から合計65回フィリピンに渡航し、10代から(なんと)70代の女性合計12,660人を買春していました。宿泊していたホテルに1回で何人も持ち帰るという行為を1日に3-5回おこない、女性には一律2,600円を渡していました。さらに「写真撮影」もおこない、これまでに合計147,600枚もの写真をアルバムに保管していたのです。

 この事件を聞いたときに私が真っ先に思い出したのがOさんです。そして、「Oさんに対して私は反感を持つどころか、どこかで好感を持ってしまったように、きっとこの校長も、直接話をすれば憎しみの感情が沸かないのではないか」と感じました。

 この校長は妻と3人の子供がいると報道されていましたから、家族は大変傷ついたでしょうが、それ以外の誰に迷惑をかけたでしょうか。セックスワーカーのなかには未成年もいましたから、それは法律上の罪にはなりますが、誤解を恐れずに言えば、未成年のセックスワーカーも収入を得、それが生活の糧になっていたわけです。レイプとは異なります。

 売買春の議論には様々なものがあります。「働く権利」を求めるセックスワーカーも少なくありません。ということは互いに同意のもとの売買春であれば(未成年や人身売買の問題はありますが)、罪にならず誰も困らないわけです。

 私自身はGINA設立以来、「性感染症のリスクを負ってまで売買春をすべきでない」と言い続けていますが、「性感染症のリスクを背負って売買春をする」という人にはそれ以上何も言うことがありません。

 では、「許されない性依存症」とはどのようなものでしょうか。

 最近、4回目の逮捕が報じられた東京の40代の美容外科医は、自身が院長を務めていたクリニックの女性スタッフ2名に睡眠薬を飲ませてレイプし、さらに全身麻酔で眠っている自院の複数の患者をレイプしていたことが発覚しました。さらに、その画像を保存してあったことが報道されています。

 自分の部下2人に睡眠薬を飲ませ、患者には麻酔で眠っている間にレイプをはたらき、それを写真撮影、というのは極めて異常で悪質です。罪としては「連続強姦罪」となるのでしょうが、法律以前の問題で、世間はこの医師を許さないでしょうし、医療の世界に戻るの不可能です。

 この事件を聞いて私が感じたことは、「そんなバカなことをせずに、バンコクのOさんや横浜の校長先生を見習えばよかったのに......」というものです。

 上述したように、このコーナーで最初に私が性依存症について書いてから9年が経過しました。この間、大勢の性依存症の人たちを診察室で診てきました。また、GINAのサイトから相談メールをたくさんいただきました。

 今の私が思うことをまとめると、「性依存症の人は(それが病気かどうかは別にして)それを自覚すべき。そして次におこなうべきことは、その性行為により傷つく人がいないかを確認すること。現実的には性行為の対象の多くはセックスワーカーに向かわざるを得ない」となります。

 性依存症の人が存在する限り、セックスワーカーという職業は社会から求められているのかもしれません。