GINAと共に

第188回(2022年2月) マジックマッシュルームは精神疾患の治療薬となるか

 第155回(2019年5月)の「GINAと共に」「デンバーでマジックマッシュルームが合法化」で、タイトル通り、米国コロラド州デンバーでマジックマッシュルームが合法化されたことを紹介しました。

 その後、米国の他の地域でも動きがあり、世界各地でマジックマッシュルームの臨床応用に期待する声が上がっています。果たして、うつ病や不安症、あるいは他の精神または身体症状にマジックマッシュルームが使える日が来るのでしょうか。今回は、米国の動きを中心に今後の展開についてまとめてみたいと思います。

 デンバーが全米初のマジックマッシュルーム合法の市となった2019年5月8日からおよそ1か月後の年6月4日、今度はカリフォルニア州のオークランドで事実上合法化されることが報道されました。

 翌年の2020年2月4日、カリフォルニア州のサンタクルーズ市でも事実上の合法化が決まりました。CNNは「(マジックマッシュルームが合法化された)3番目の都市」と報道しています。

 さらに、2020年9月21日、今度はミシガン州のアナーバー市がマジックマッシュルームを事実上合法化することを決めました。AP通信は、合法化支持者が「マジックマッシュルームは麻薬中毒の治療薬となる」と主張していると報じています。

 そして、2020年11月4日、オレゴン州が州としては全米で初となるマジックマッシュルームの合法化を発表しました。地元メディアによると、同州では精神疾患の治療目的のみならず、マジックマッシュルームが「自己啓発(personal development)」の目的でも使用されることになりそうです。

 2021年3月15日にはワシントンDCが非合法化しました。地元メディアは、マジックマッシュルームがうつ病やPTSDの治療になる可能性を指摘しています。

 2021年10月4日、米シアトル市議会がマジックマッシュルームなどの幻覚剤の非商業目的での使用許可を全会一致で決定したことを地元メディアが伝えました。もっとも、シアトルではこれまでも個人使用でなら逮捕されない政策があったようで、今回の市議会の決定は、宗教や医療が堂々とおこなえるようになることを目的としたものと言われています。

 大麻と比べれば地域が限られているとはいえ、ここまでくればマジックマッシュルームがごく簡単に使用できるようになったといえるでしょう。当面の間、医療目的に限定されることが多いでしょうが、上述したようにオレゴン州では「自己啓発」での使用もOKとされたわけです。米国のなかでも流行の先端とみなされているオレゴン州でのこの決定は全米に、そして全世界に影響を与えるのは間違いありません。

 では、マジックマッシュルームは医薬品としてどの程度有効なのでしょうか。

 上記のニュースが報道される前、つまりまだ世界のどこでも合法化されていなかった2018年10月29日、オランダのメディアが、マジックマッシュルームを「微量摂取(microdosing)」することにより、幻覚をみるのではなく、気分の改善や集中力の向上に使用できるとする研究についての報道をおこないました。ただし、研究は発展途上であり、マジックマッシュルームが抑うつ状態や不安症状の改善効果があることを確認するには、さらなる調査が必要だとも述べています。

 では、米国ではマジックマッシュルームの臨床効果が確認できたから合法化されたのでしょうか。各紙の報道を読む限り、そうではなさそうです。先に紹介したオレゴン州での合法化を報じたメディアによれば、正式なマジックマッシュルームによる精神疾患の治療が開始されるまでには少なくとも2年間は待つ必要があり、大麻やアルコールのように流通するわけではありません。しかしその一方で、治療だけでなく自己啓発にも使用されると述べられていることが興味深いと言えます。

 論文も紹介しておきましょう。医学誌「Journal of Psychopharmacology」2016年12月号に「サイロシビンは生命を脅かすがん患者のうつと不安を実質的かつ持続的に減少させる:無作為二重盲検試験 (Psilocybin produces substantial and sustained decreases in depression and anxiety in patients with life-threatening cancer: A randomized double-blind trial)」というタイトルの論文が掲載されました。「サイロシビン(psilocybin)」というのはマジックマッシュルームの主成分で幻覚作用がある物質です。

 この研究の対象者は51人のがん患者で、超低用量群(プラセボ群)(サイロシビン投与量は1または3mg/70kg)と高用量(22または30mg/70 kg)のグループに分けられました。高用量のグループでは、生活の質の向上や死の不安の減少などが認められ、抑うつ気分および不安感が大幅に減少しました。 6か月後も効果は持続しており、対象者の8割は、抑うつ状態と不安感の減少が維持されていました。

 医学誌「JAMA Psychiatry」2020年11月4日号に「うつ病に対するサイロシビン療法の効果(Effects of Psilocybin-Assisted Therapy on Major Depressive Disorder)」というタイトルの論文が掲載されました。この研究の対象者は合計27人の米国在住者で、調査期間は2017年8月から2019年7月です。こちらも研究の対象者が多くないとはいえ、うつ病に対する有効性が認められています。

 医学誌「pharmaceuticals」2021年9月28日号には「抗うつ治療戦略としてのサイロシビンの再発見 (Rediscovering Psilocybin as an Antidepressive Treatment Strategy )」というタイトルの論文が掲載されました。この論文は、これまで発表されたサイロシビンに関する研究を総括しなおしたもので、「抗うつ薬としてのサイロシビンの治療効果は高い」としています。

 サイロシビン(マジックマッシュルーム)は抑うつや不安感のみならず、薬物依存に有効とする研究もあります。医学誌「The American Journal of Drug and Alcohol Abuse」2016年8月24日号に掲載された論文「薬物依存症の治療法として、サイロシビンを検討すべき時が来た (It's time to take psilocybin seriously as a possible treatment for substance use disorders)」にまとめられています。

 マジックマッシュルームの臨床について、2022年1月12日のThe New York timesが興味深い記事を掲載しています。同紙によると、起業家らはオレゴン州での合法化を受けてサイロシビンの研究にすでに数千万ドル(tens of millions)も費やしているそうです。あと5年もすれば、サイロシビンの錠剤が一部の依存症の治療薬としてFDAの承認を得るに充分なエビデンスが集まると言及しています。

 The New York timesはもうひとつ興味深い指摘をしています。標準量(standard dose)とマイクロドージングを区別しなければならないと強調しているのです。「マイクロドージングは標準量の1割で、(バッドトリップなどの)副作用を大きく減らして精神症状を改善させる」としています。

 今後、ますますマジックマッシュルームの有効性が検証され、やがて医薬品として使用される日が来るのはほぼ確実のように思えます。しかし、安全性が担保されているとは言えません。都市や州が合法化したことと安全性には何ら関係がないのです。

 その証拠を示すこともできます。先に紹介したオレゴン州の地元メディアによると、マジックマッシュルームが合法化された2020年11月4日、同州は、同時にヘロイン、コカイン、メタンフェタミン、エクスタシー、LSD、メサドン(麻薬)、オキシコドン(麻薬)も合法化しているのです。この法改正によりこれら依存性薬物に対する依存症患者が増え、その結果HIV陽性者が増加することを懸念する声がなぜ上がらないのか、私には不思議でなりません。