GINAと共に

第179回(2021年5月) コンドームを外せば強姦罪、レイプ後の結婚で無罪

 GINAのサイトでは「レイプ(性暴力)」に伴う諸問題を何度も取り上げてきました。「GINAと共に」第173回(2020年11月)「「性暴力」が日本でこれだけ蔓延るのはなぜか」では、加害者側に罪の意識がないことを指摘しました。また、日本では(おそらく他国でも)知らない間に「セカンドレイプ」の加害者になってしまう問題も2013年のコラム「レイプに関する3つの問題」で指摘しました。

 日本でレイプの被害が多く、加害者意識が低いことの理由として、先述のコラムでは女性の地位が低いから、すなわちジェンダーギャップが大きいからではないかという私見を述べました。そして、2020年のWorld Economic Forumのデータを紹介しました。世界ランキングでは、日本はジャンダーギャップが少ない国(つまり男女差別がない国)の第121位です。

 男女差別がない国のトップ3はアイスランド、ノルウェー、フィンランドです。アジアで最高位にランクされているのはフィリピンで16位。タイは75位、中国106位、韓国108位、インド112位です。いくらなんでもレイプが日常茶飯時となっているインドに日本が負けているということはないと思うのですが、World Economic Forumのランキングでは、日本に厳しい評価が下されています。

 もっとも、どのような視点から統計をとるかで結果は大きく異なってきます。タイを考えると、たしかに女性の方がよく働くのは間違いなく、役所や一般企業で役職の付いている女性は間違いなく日本よりも多いでしょう。そもそも一般のタイ人男性はあまり働きませんから(そんな失礼なこと言うな!という意見もあるでしょうが、タイをよく知る人なら同意してくれるのではないでしょうか。ただしもちろん勤勉なタイ人男性もいます)、昼間の世界では女性の地位が日本より高いのは間違いありません。

 では、本当にタイは日本よりも女性差別が少ないのでしょうか。

 英紙「The Guardian」2021年4月14日に興味深い記事が掲載されました。タイトルは「「レイプ犯と結婚法」は依然として20か国に存在('Marry your rapist' laws in 20 countries still allow perpetrators to escape justice)」です。タイトル通り、レイプの加害者がその女性と結婚すれば罪が帳消しになる国が世界に20か国もあるという話です。

 その20か国のなかのひとつがタイです。タイでは、レイプの加害者が18歳以上、被害者が15歳以上の場合、女性が犯罪に「同意」し、裁判所が結婚の許可を与えれば、結婚はレイプの和解と見なされるのです。

 私自身は実際にこのようにして"結婚"したタイ人の夫婦を見たことはありませんが、英国の一流紙に掲載されたわけですからこれは事実でしょう。ちなみに、記事によれば、タイ以外にこのような制度のある国はロシア、ベネズエラ、クウエート、マリ、ニジェール、セネガルなどです。

 一方、かつては同様の法律があったモロッコでは、若い女性が自分を犯したレイプ犯との結婚を余儀なくされたことを苦痛に自殺し、これがきっかけとなりこの悪しき法律は廃止されました。ヨルダン、パレスチナ、レバノン、チュニジアもモロッコに続いて法改正をしたそうです。

 レイプの加害者になったとしても、その被害者と結婚すれば罪が消えるなら、そもそも「罪」の意識が起こらないでしょう。加害者の男性の視点で言えば、気に入った女性が見つかれば「女性から気に入られること」ではなく「まずレイプ」となることが容易に想像できます。「あの女性、かわいいからライバルが出現する前にレイプしてしまって結婚しよう」と考える男性が出てくるかもしれません。こうなれば、女性の人権などまるでありません。

 他方、2016年のコラム「レイプ事件にみる日本の男女不平等」で紹介したように、米国では性行為に合意がなければレイプと見なされる可能性があり、その「合意」を証明するためのアプリまで存在します。そのアプリの名は「YES to SEX」。パートナーが合意を示す音声を最大25秒間記録できて、セキリュティ管理された専用サーバーに1年間無料で保管してもらえます。

 付き合い始めたパートナーと誰もいないところで見つめ合ったまま無口になり、そのまま自然な流れでキスを......、という流れが"レイプ"になる可能性があるというわけです。

 もうひとつ、興味深い"レイプ"を紹介しましょう。ニュージーランドの日刊紙「The New Zealand Herald」に2021年4月13日に掲載された記事「セックスの途中でコンドームを外す「stealthing」で有罪判決を受けたウェリントンの男(Wellington man convicted of rape after 'stealthing' - removing the condom during sex)」です。

 stealthingという単語を私は初めて見ましたが、これは「steal」+「thing」の造語ではなく、「stealth」のing形でしょう。stealthとは、イメージとしては「こっそり何かをする」という感じで、例えばネコがゆっくりとネズミに近づくときなどに使います。しかし、stealthingという単語は、私が愛用している二つの辞書(「愛用」といってもどちらも無料のオンライン版ですが)「Longman」と「Oxford dictionary」には載っていません。しかし、「stealthing」というキーワードで論文を探すとみつかりました。

 医学誌「PLoS ONE」2018年12月26日号に「メルボルンのセクシャルヘルスクリニックの患者から報告された合意に基づかないコンドームの除去 (Non-consensual condom removal, reported by patients at a sexual health clinic in Melbourne, Australia)」というタイトルの論文が掲載されています。やはりstealthingとは、論文のタイトルにある通り「合意に基づかないコンドームの除去」のことです。

 論文によれば、このクリニックを訪れた女性の32%およびゲイの男性の19%は、stealthingの経験があるそうです。被害者の女性はセックスワーカーに多い傾向があり、ゲイの男性は不安またはうつ病を報告する可能性がstealthingのないゲイ男性に比べて2.13倍高いことが分かりました。

 stealthingは罪であるけれども、性行為には同意があるのなら、コンドームなしでの性行為をするのにはその"同意"も必要ということになります。先述のアプリ「YES to SEX」では現時点ではそこまでの対応はしていないようですが、いずれ近いうちに、その"同意"はコンドームありかなしかを区別できるようになるのかもしれません。

 おそらく、日本ではstealthingで加害者を有罪に問うことはかなり困難でしょう。ただし、先述の論文にあるようにゲイ男性が不安・うつを発症する可能性が高いことには注目すべきです。これはおそらくHIVや他の性感染症に罹患したのではないかという不安が原因ではないでしょうか。そして実際、stealthingによりHIVのリスクは急増するわけです。そう考えると、stealthingという犯罪がもっと注目されるべきということになります。

 レイプをしても結婚で帳消しになる国でstealthingが議論される日は訪れるのでしょうか。