GINAと共に
第176回(2021年2月) コロナ時代の性交渉
私が院長を務める太融寺町谷口医院に通院するHIV陽性の患者さんから、この1年間で多かった質問が「HIV陽性者が新型コロナに感染すれば重症化するのか」というものです。
一方、主にGINAのウェブサイトから寄せられるメールの相談でこの1年間多かったのが「性交渉で新型コロナに感染するのが怖い......」というものです。なかには、「決心がつかずHIVの検査を受けていない(だから感染しているかもしれない)。今、新型コロナに感染すると重症化するのではないかと思って......」というものもあります。
今回は、コロナ禍のなか、性交渉ではどのような注意が必要かについてみていきましょう。ただし、このような情報は日本語のものも含めてたくさん出回っていますので、他のサイトでは触れていない踏み込んだことを述べていきます。
私がまず提案したいのは、「HIV感染の有無を知ること」です。HIV陽性か否かで新型コロナ感染時の重症化のリスクが変わってきます。新型コロナウイルスが流行しだした昨年(2020年)の2月頃は、HIV陽性だからといって重症化するリスクや死亡率が上昇することはないと考えられていました。医学の世界で「ない」を証明するのは困難なのですが、おそらく多くの患者を診ている医療者の印象がそうだったのでしょう。
他方、初めから明らかにハイリスクと考えられていたのが、高齢、肥満、喫煙、糖尿病です。その後のデータもこれらが間違いないことを示しています。喘息については今もはっきりしていませんが、明らかなリスク因子ではなさそうです。喘息でよく使われる「オルベスコ」という吸入薬が新型コロナの治療になるのではないかと言われていたくらいですから、喘息があってもしっかりと治療を受けていればリスク因子とはならないと考えられています。尚、このオルベスコという薬、あまりにも注目されすぎたために一時は品切れが続いていましたが、きちんとした研究がおこなわれ新型コロナに対する効果が否定されてからは品切れすることがなくなりました......。
HIVについても喘息と少し似ているところがあります。カレトラという抗HIV薬が新型コロナに有効なのではないかと注目されていました。こういった経緯もあり、HIV陽性で抗HIV薬を内服している人はコロナに感染しにくく重症化しにくいのではないかと言われることもありました。2020年2月~3月頃には、GINAのサイトに同じような質問が多数寄せられました。「抗HIV薬(カレトラ)が効くなら、当社が扱っている免疫力を上げるハーブも効くのでは?」というビジネスがらみの問い合わせも複数ありました。
その後カレトラを含む抗HIV薬の新型コロナへの有効性はほぼ否定されるに至りました。尚、現時点で新型コロナに有効とされている薬は、デキサメタゾンという昔からあるステロイドくらいです。ただし、これは重症化したときに使うものであり、軽症者には使えません。もちろん予防効果もありません。その逆で、ステロイドですから免疫を下げて余計に感染しやすくなる可能性すらあります。
トランプ元大統領が使用したことで有名になった「REGN-COV2」は注目されていて、現在治験が進められています。これは新型コロナウイルスに対する抗体(中和抗体)そのものと考えて差支えありません。感染初期であれば、この抗体を投与することでウイルスの増殖を抑えることができます。ただし費用はものすごく高くつきます。
話をHIVに戻します。HIV陽性者は新型コロナに脆弱なのか否か......。しばらくの間は答えが分からなかったのですが、イギリスで興味深い研究がおこなわれました。結論から言えば「HIV陽性者は新型コロナ重症化のリスクになる」ことが分かりました。
医学誌「The Lancet」2021年1月1日号に「HIV感染と新型コロナによる死亡~英国の分析~ (HIV infection and COVID-19 death: a population-based cohort analysis of UK primary care data and linked national death registrations within the OpenSAFELY platform)」というタイトルの論文が掲載されました。英国のデータベースが解析され、HIVと新型コロナの関係が調べられました。
データベースに登録されている成人17,282,905人のうち27,480人(0.16%)がHIV陽性です。追跡期間中に14,882人が新型コロナで死亡し、HIV感染者は25人でした。これらを統計学的に解析すると、HIV陽性者は陰性者に比べて死亡リスクが2.9倍高いことが分かりました。人種、喫煙率、体重などの新型コロナ重症化に影響を与える因子を取り除いてリスクを分析すると2.59倍となります。人種間で明らかな差があり、非黒人では1.84倍リスクが上昇しているのに対し、黒人では4.31倍にもなっています。
おそらくこれを読まれているのはほとんどが「非黒人」の方でしょうから、「HIV陽性者の新型コロナでの死亡リスクは非HIV陽性者に比べて1.84倍」と考えればいいでしょう。
ところで、HIVに感染していないかどうかは知っておくべきですが、これは自分自身だけでなくパートナーについてもです。もちろん人には「知らない権利」というものもありますから、検査を強要してはいけません。ですが、HIVはすでに死に至る病ではなく、早期発見・早期治療ができれば命が助かるだけでなく様々な合併症(特にHANDと呼ばれる認知症など脳の障害)のリスクを下げることができます。つまり、パートナーのことを大切に想えば想うほど、パートナーの健康状態を知りたくなるのは自然なことであり、HIVの有無もそれらに入ってくるわけです。
HIV陽性者が新型コロナに感染すると重症化するリスクが上がることが分かった今、パートナーがいる人は二人で今一度検査をすべきかどうかについて話し合うことを勧めたいと思います。
互いに陰性であることが分かれば性行為を持てばいいわけですが、新型コロナが厄介なのは無症状でもうつすことです。米国CDCによると半数以上が無症状感染者から感染しています。そして、新型コロナ陽性者の3分の1以上が無症状とする研究もあります。ということは、性交渉をもてばパートナーに新型コロナを感染させ、しかも重症化させる。そして自分自身は始終無症状という可能性もでてきます。
コロナ禍の性交渉について書かれたサイトなどをみると、手洗いをする、症状があれば行為を控える、2メートル以上あけて生活する、などと書かれています。ですが、このようなこと、愛し合う二人の前では意味をなさないのではないかと私は思います。そもそも恋愛は理屈でするものではありません。理性では説明できない衝動に突き動かされることだってあるわけです。
ならば、パートナーとの間の感染を防ぐ方法をあれこれ考えるよりも、二人が他者から感染しないように何をすべきか、もしもどちらかが感染の可能性があるときは何をすべきか、感染した可能性があるときに相談できるところは確保できているか、感染すればそれぞれ重症化のリスクはどれくらいあるのか、同棲している場合どちらかが感染の可能性があるときは別の宿泊場所を確保できるか、という話を早い段階でしておくのが現実的です。こういったことを考えた上で、若くて健康な二人であれば「どちらかに疑う症状が出ても一緒に過ごす」という選択肢もあっていいはずです。
若い頃の恋愛はとても大切で貴重なものです。新型コロナを甘くみてはいけませんが、恐れすぎるあまり貴重な経験の機会を失うこともまた避けなければなりません。
一方、主にGINAのウェブサイトから寄せられるメールの相談でこの1年間多かったのが「性交渉で新型コロナに感染するのが怖い......」というものです。なかには、「決心がつかずHIVの検査を受けていない(だから感染しているかもしれない)。今、新型コロナに感染すると重症化するのではないかと思って......」というものもあります。
今回は、コロナ禍のなか、性交渉ではどのような注意が必要かについてみていきましょう。ただし、このような情報は日本語のものも含めてたくさん出回っていますので、他のサイトでは触れていない踏み込んだことを述べていきます。
私がまず提案したいのは、「HIV感染の有無を知ること」です。HIV陽性か否かで新型コロナ感染時の重症化のリスクが変わってきます。新型コロナウイルスが流行しだした昨年(2020年)の2月頃は、HIV陽性だからといって重症化するリスクや死亡率が上昇することはないと考えられていました。医学の世界で「ない」を証明するのは困難なのですが、おそらく多くの患者を診ている医療者の印象がそうだったのでしょう。
他方、初めから明らかにハイリスクと考えられていたのが、高齢、肥満、喫煙、糖尿病です。その後のデータもこれらが間違いないことを示しています。喘息については今もはっきりしていませんが、明らかなリスク因子ではなさそうです。喘息でよく使われる「オルベスコ」という吸入薬が新型コロナの治療になるのではないかと言われていたくらいですから、喘息があってもしっかりと治療を受けていればリスク因子とはならないと考えられています。尚、このオルベスコという薬、あまりにも注目されすぎたために一時は品切れが続いていましたが、きちんとした研究がおこなわれ新型コロナに対する効果が否定されてからは品切れすることがなくなりました......。
HIVについても喘息と少し似ているところがあります。カレトラという抗HIV薬が新型コロナに有効なのではないかと注目されていました。こういった経緯もあり、HIV陽性で抗HIV薬を内服している人はコロナに感染しにくく重症化しにくいのではないかと言われることもありました。2020年2月~3月頃には、GINAのサイトに同じような質問が多数寄せられました。「抗HIV薬(カレトラ)が効くなら、当社が扱っている免疫力を上げるハーブも効くのでは?」というビジネスがらみの問い合わせも複数ありました。
その後カレトラを含む抗HIV薬の新型コロナへの有効性はほぼ否定されるに至りました。尚、現時点で新型コロナに有効とされている薬は、デキサメタゾンという昔からあるステロイドくらいです。ただし、これは重症化したときに使うものであり、軽症者には使えません。もちろん予防効果もありません。その逆で、ステロイドですから免疫を下げて余計に感染しやすくなる可能性すらあります。
トランプ元大統領が使用したことで有名になった「REGN-COV2」は注目されていて、現在治験が進められています。これは新型コロナウイルスに対する抗体(中和抗体)そのものと考えて差支えありません。感染初期であれば、この抗体を投与することでウイルスの増殖を抑えることができます。ただし費用はものすごく高くつきます。
話をHIVに戻します。HIV陽性者は新型コロナに脆弱なのか否か......。しばらくの間は答えが分からなかったのですが、イギリスで興味深い研究がおこなわれました。結論から言えば「HIV陽性者は新型コロナ重症化のリスクになる」ことが分かりました。
医学誌「The Lancet」2021年1月1日号に「HIV感染と新型コロナによる死亡~英国の分析~ (HIV infection and COVID-19 death: a population-based cohort analysis of UK primary care data and linked national death registrations within the OpenSAFELY platform)」というタイトルの論文が掲載されました。英国のデータベースが解析され、HIVと新型コロナの関係が調べられました。
データベースに登録されている成人17,282,905人のうち27,480人(0.16%)がHIV陽性です。追跡期間中に14,882人が新型コロナで死亡し、HIV感染者は25人でした。これらを統計学的に解析すると、HIV陽性者は陰性者に比べて死亡リスクが2.9倍高いことが分かりました。人種、喫煙率、体重などの新型コロナ重症化に影響を与える因子を取り除いてリスクを分析すると2.59倍となります。人種間で明らかな差があり、非黒人では1.84倍リスクが上昇しているのに対し、黒人では4.31倍にもなっています。
おそらくこれを読まれているのはほとんどが「非黒人」の方でしょうから、「HIV陽性者の新型コロナでの死亡リスクは非HIV陽性者に比べて1.84倍」と考えればいいでしょう。
ところで、HIVに感染していないかどうかは知っておくべきですが、これは自分自身だけでなくパートナーについてもです。もちろん人には「知らない権利」というものもありますから、検査を強要してはいけません。ですが、HIVはすでに死に至る病ではなく、早期発見・早期治療ができれば命が助かるだけでなく様々な合併症(特にHANDと呼ばれる認知症など脳の障害)のリスクを下げることができます。つまり、パートナーのことを大切に想えば想うほど、パートナーの健康状態を知りたくなるのは自然なことであり、HIVの有無もそれらに入ってくるわけです。
HIV陽性者が新型コロナに感染すると重症化するリスクが上がることが分かった今、パートナーがいる人は二人で今一度検査をすべきかどうかについて話し合うことを勧めたいと思います。
互いに陰性であることが分かれば性行為を持てばいいわけですが、新型コロナが厄介なのは無症状でもうつすことです。米国CDCによると半数以上が無症状感染者から感染しています。そして、新型コロナ陽性者の3分の1以上が無症状とする研究もあります。ということは、性交渉をもてばパートナーに新型コロナを感染させ、しかも重症化させる。そして自分自身は始終無症状という可能性もでてきます。
コロナ禍の性交渉について書かれたサイトなどをみると、手洗いをする、症状があれば行為を控える、2メートル以上あけて生活する、などと書かれています。ですが、このようなこと、愛し合う二人の前では意味をなさないのではないかと私は思います。そもそも恋愛は理屈でするものではありません。理性では説明できない衝動に突き動かされることだってあるわけです。
ならば、パートナーとの間の感染を防ぐ方法をあれこれ考えるよりも、二人が他者から感染しないように何をすべきか、もしもどちらかが感染の可能性があるときは何をすべきか、感染した可能性があるときに相談できるところは確保できているか、感染すればそれぞれ重症化のリスクはどれくらいあるのか、同棲している場合どちらかが感染の可能性があるときは別の宿泊場所を確保できるか、という話を早い段階でしておくのが現実的です。こういったことを考えた上で、若くて健康な二人であれば「どちらかに疑う症状が出ても一緒に過ごす」という選択肢もあっていいはずです。
若い頃の恋愛はとても大切で貴重なものです。新型コロナを甘くみてはいけませんが、恐れすぎるあまり貴重な経験の機会を失うこともまた避けなければなりません。