GINAと共に
第157回(2019年7月) 台湾の同性婚合法化で日本も変わるか
2019年5月17日、台湾では同性婚を認める特別法「司法院釈字第748号解釈施行法」が可決され正式に同性婚が合法化されました。もっとも、2017年5月には、台湾の司法最高機関に相当する司法院大法官会議が「同性同士での結婚を認めない民法は憲法に反する」という判断を下していました。この判決を受け、台湾政府は2年以内に(つまり2019年5月までに)同姓婚を認めるよう民法を改正するか、新法をつくらなければならいことが決まっていましたから「同性婚合法化」はすでに2017年5月の時点で決まっていたのです。
ですが、実際にはこの2年間でかなり雲行きが怪しくなっていました。今回は、台湾の同性婚の問題点を指摘し、さらに日本の状況にも目を向けたいのですが、その前にいろいろとあった台湾の過去2年間を振り返ってみましょう。
2016年5月20日、中華民国総統に民進党(民主進歩党)の蔡英文氏が就任しました。台湾初の女性総裁ということもあってなのか、就任当初は国民から絶大な人気を誇っており、上述の司法院による2017年5月の同性婚合法の判断がおこなわれたときも高い支持率を維持していました。もちろん蔡英文及び与党の民進党は「同性婚支持」です。ですから、当時は2年以内どころかすぐにでも同性婚が正式に合法化するとみられていました。
ところが、政情が不安定化していき中国との関係などから民進党の勢いが弱くなっていきます。さらに、民進党の内部からも蔡英文の政策を疑問視する声が上がりだし、蔡英文の求心力が低下していきました。そして、同性婚の審議は先送りされることになりました。
2018年11月24日、同性婚に関する国民投票がおこなわれ、同性婚反対者が賛成者を大きく上回りました。さらに、同日におこなわれた地方選挙で民進党が大きく議席を減らし、蔡英文は民進党の党首を辞任しました。BBCは「国民投票で国民は同性婚を拒否(Taiwan voters reject same-sex marriage in referendums」と報道し、いったん決まった同性婚合法化がなくなる可能性を同性婚支持者が懸念していることを伝えました。
ただ、国民投票で否決されても司法院の判断が覆されるわけではありません。国民投票で否決されれば民法改正は困難になりますが、新しい法律をつくるという方法が残っています。そして、冒頭で述べたように司法院が定めた期限ギリギリの2019年5月、「司法院釈字第748号解釈施行法」が制定され同性婚が正式に認められることになったのです。
正式に合法化されたとはいえ、国民投票では反対派が過半数を占めているわけですから問題はないわけではありません。これについては後述するとして、ここで日本の最近の情勢をみてみましょう。
過去のコラム(「GINAと共に」第141回(2018年3月)「美しき同性愛~その2~」)で、日本では「パートナーシップ宣誓制度」という同性愛者に様々な権利を認める条例が、2015年4月の東京都渋谷区を皮切りに全国で広がってきているという話をしました。そのコラムを書いた2018年3月の時点では、渋谷区、東京都世田谷区、三重県伊賀市、兵庫県宝塚市、沖縄県那覇市、北海道札幌市、福岡市(正確には福岡市は2018年4月から)の合計7つの自治体がこの制度をすでに導入しており、さらに近日中に大阪市が導入を決めていることに触れ、「保守的な大阪でこの制度が採択されるのは画期的である」と述べました。
そして、その後は次々に「パートナーシップ宣誓制度」を導入する自治体が増えてきています。2019年7月1日には、茨城県が都道府県としては初めて導入しました。自治体全体では全国で24例目となります(注1)。
戦勝国に押し付けられた憲法が改正されないまま70年以上がたつ日本は、"保守的な"国であり法律を変えるのは簡単ではないと言われています(現在保守政党が憲法改正を主張していますが、現状を変えることを好まない国民性は「保守的」です)。たしかに、(台湾と同様)民法を変更するのは簡単ではありませんが、それにしてもパートナーシップ制度がこれほど広がってきていることを考えると、行政はそれほど保守的というわけではなく、市民の幸福のために動いてくれているのかもしれません。
では当事者の人たち、つまり同性婚を希望している人たちの動きはどうなのでしょうか。これについては渋谷区がデータを公表しています。2017年11月1日の時点でのパートナーシップ証明の交付状況です。この時点でパートナーシップ宣誓制度を有していた6つの自治体(渋谷区、世田谷区、伊賀市、宝塚市、那覇市、札幌市)が証明を交付したのは133組(266人)です。申請したけれども認められなかった例がどれくらいあるのかは不明ですが、申請の基準はかなり緩やかであり、例えば国際結婚の時のように「〇年以上交際していることを示しなさい」とか「二人でうつっている写真を〇枚以上持参しなさい」などといったルールはありません。ですから、よほどのことがない限り許可されないということはなく、申請すればほとんどが証明を交付されるものと思われます。
さて、この133組という数字をどのように解釈すればいいのでしょう。私の見解は「少なすぎる」です。冒頭で紹介した台湾では同性婚の届出受付が開始された初日に526組が"結婚"しています。台湾は完全な同性婚、日本はパートナーシップという違いはありますが、初日に届出をした日本のカップルの数字を報道からみてみると、渋谷区1組、世田谷区7組 大阪市3組、茨城県2組です。台湾の人口が約2350万人、大阪市が約270万人ですから、台湾と同様に届出をする人がいたとすれば、大阪市でも単純計算で60組が届出をしてもおかしくないわけです。
届け出をするかしないかは当事者が決めることであり、私が「少なすぎる」と言うのは「余計なお世話」ではあるのですが、私が懸念するのは、本当は届出したいけれど(たとえばカムアウトに抵抗があり)できない、という人が日本ではかなり大勢いるのではないか、ということです。であるならば、制度ではなく人々の考え方を先に変えていき差別や偏見を取り除く努力が重要、ということになります。台湾でもカムアウトできない人は少なくないでしょうが、日本よりは遥かにリベラルな社会になっているのではないかと私は考えています。今回の合法化で、台北の総統府前広場では「同婚宴」が開催され、2000人以上が祝杯を挙げ、その模様をBBCが「台湾で同性婚合法化、議会が承認(Taiwan gay marriage: Parliament legalises sa)me-sex unions」という記事で報じています。大勢の同性カップルが涙を流して抱き合っている写真やビデオは感動的です。
ここで台湾の同性婚制度の「問題点」を考えてみましょう。まず、民法が改正されたわけではなく、この新しい法律が(例えば政権が変わって)なくなる可能性はないか、という問題があります。実際、それを懸念して次回の選挙までに「婚姻届けを出さねば」と考えている人も多いと聞きます。
次に問題なのは「子供」です。新しい法律では、子供が養子として認められるのは、その子供が「夫婦」のどちらかの一方との血縁関係がある場合のみとされました。つまり一般的な養子縁組はできないのです。女性のカップルの場合、精子の提供を受けて子供を授かるという方法がありますが、男性カップルが子供を持つには代理母出産などに頼らざるをえません。
さらに、外国人と結婚するにはその外国人の国が同性婚を合法化していなければならない、という規定が盛り込まれています。現在世界では30近くの国と地域が同性婚を合法化していますが、アジアでは皆無です。私が院長をつとめる太融寺町谷口医院では最近なぜか日本人と台湾人の同性カップルが増えてきています。そのカップルたちは「日本では同性婚が認められていない」という理由で、台湾に移住したとしても結婚できないわけです。
それから、これは「問題」ではありませんが、台湾で初日に結婚した526組の内訳をみると女性が341組、男性が185組で、65%が女性というのが興味深いと言えます。セクシャルマイノリティ全体でみると、男性同性愛者の方が女性同性愛者よりも多いと言われていますからこの数字は意外です。
ところで、私が初めて台湾人と仲良くなったのは医学部入学前の会社員時代で、その会社が台湾と取引があったことから何人かの台湾人と知り合いました。台湾に渡航したことは数えるほどしかありませんが、タイやそれ以外の国で何人かの台湾人と出会ったことがあります。私が接してきた台湾人の日本に対するイメージは大変良く、「日本に憧れている」と何度も言われました。一方、現在の台湾は同性婚が合法化され、日本のパートナーシップ制度よりも圧倒的に多い人数が"結婚"しています。交際相手が日本人の同性であればその結婚ができません。
すでに、日本人が「台湾に憧れる」時代になっているかもしれません。
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注1:2019年7月25日時点で、「パートナーシップ宣誓制度」を条例で実施している自治体は下記の24(条例が制定された日時順)となります。
東京都渋谷区、東京都世田谷区、三重県伊賀市、兵庫県宝塚市、沖縄県那覇市、北海道札幌市、福岡県福岡市、大阪府大阪市、東京都中野区、群馬県大泉町、千葉県千葉市、東京都江戸川区、東京都豊島区、東京都府中市、神奈川県横須賀市、神奈川県小田原市、大阪府堺市、大阪府枚方市、岡山県総社市、熊本県熊本市、栃木県鹿沼市、宮崎県宮崎市、福岡県北九州市、茨城県
参考:
第141回(2018年3月)「美しき同性愛~その2~」
第109回(2015年7月)「日本のおじさんが同性愛者を嫌う理由」
第93回(2014年3月)「同性愛者という理由で終身刑」
第86回(2013年8月)「なぜ日本では同性婚の議論が起こらないのか」
ですが、実際にはこの2年間でかなり雲行きが怪しくなっていました。今回は、台湾の同性婚の問題点を指摘し、さらに日本の状況にも目を向けたいのですが、その前にいろいろとあった台湾の過去2年間を振り返ってみましょう。
2016年5月20日、中華民国総統に民進党(民主進歩党)の蔡英文氏が就任しました。台湾初の女性総裁ということもあってなのか、就任当初は国民から絶大な人気を誇っており、上述の司法院による2017年5月の同性婚合法の判断がおこなわれたときも高い支持率を維持していました。もちろん蔡英文及び与党の民進党は「同性婚支持」です。ですから、当時は2年以内どころかすぐにでも同性婚が正式に合法化するとみられていました。
ところが、政情が不安定化していき中国との関係などから民進党の勢いが弱くなっていきます。さらに、民進党の内部からも蔡英文の政策を疑問視する声が上がりだし、蔡英文の求心力が低下していきました。そして、同性婚の審議は先送りされることになりました。
2018年11月24日、同性婚に関する国民投票がおこなわれ、同性婚反対者が賛成者を大きく上回りました。さらに、同日におこなわれた地方選挙で民進党が大きく議席を減らし、蔡英文は民進党の党首を辞任しました。BBCは「国民投票で国民は同性婚を拒否(Taiwan voters reject same-sex marriage in referendums」と報道し、いったん決まった同性婚合法化がなくなる可能性を同性婚支持者が懸念していることを伝えました。
ただ、国民投票で否決されても司法院の判断が覆されるわけではありません。国民投票で否決されれば民法改正は困難になりますが、新しい法律をつくるという方法が残っています。そして、冒頭で述べたように司法院が定めた期限ギリギリの2019年5月、「司法院釈字第748号解釈施行法」が制定され同性婚が正式に認められることになったのです。
正式に合法化されたとはいえ、国民投票では反対派が過半数を占めているわけですから問題はないわけではありません。これについては後述するとして、ここで日本の最近の情勢をみてみましょう。
過去のコラム(「GINAと共に」第141回(2018年3月)「美しき同性愛~その2~」)で、日本では「パートナーシップ宣誓制度」という同性愛者に様々な権利を認める条例が、2015年4月の東京都渋谷区を皮切りに全国で広がってきているという話をしました。そのコラムを書いた2018年3月の時点では、渋谷区、東京都世田谷区、三重県伊賀市、兵庫県宝塚市、沖縄県那覇市、北海道札幌市、福岡市(正確には福岡市は2018年4月から)の合計7つの自治体がこの制度をすでに導入しており、さらに近日中に大阪市が導入を決めていることに触れ、「保守的な大阪でこの制度が採択されるのは画期的である」と述べました。
そして、その後は次々に「パートナーシップ宣誓制度」を導入する自治体が増えてきています。2019年7月1日には、茨城県が都道府県としては初めて導入しました。自治体全体では全国で24例目となります(注1)。
戦勝国に押し付けられた憲法が改正されないまま70年以上がたつ日本は、"保守的な"国であり法律を変えるのは簡単ではないと言われています(現在保守政党が憲法改正を主張していますが、現状を変えることを好まない国民性は「保守的」です)。たしかに、(台湾と同様)民法を変更するのは簡単ではありませんが、それにしてもパートナーシップ制度がこれほど広がってきていることを考えると、行政はそれほど保守的というわけではなく、市民の幸福のために動いてくれているのかもしれません。
では当事者の人たち、つまり同性婚を希望している人たちの動きはどうなのでしょうか。これについては渋谷区がデータを公表しています。2017年11月1日の時点でのパートナーシップ証明の交付状況です。この時点でパートナーシップ宣誓制度を有していた6つの自治体(渋谷区、世田谷区、伊賀市、宝塚市、那覇市、札幌市)が証明を交付したのは133組(266人)です。申請したけれども認められなかった例がどれくらいあるのかは不明ですが、申請の基準はかなり緩やかであり、例えば国際結婚の時のように「〇年以上交際していることを示しなさい」とか「二人でうつっている写真を〇枚以上持参しなさい」などといったルールはありません。ですから、よほどのことがない限り許可されないということはなく、申請すればほとんどが証明を交付されるものと思われます。
さて、この133組という数字をどのように解釈すればいいのでしょう。私の見解は「少なすぎる」です。冒頭で紹介した台湾では同性婚の届出受付が開始された初日に526組が"結婚"しています。台湾は完全な同性婚、日本はパートナーシップという違いはありますが、初日に届出をした日本のカップルの数字を報道からみてみると、渋谷区1組、世田谷区7組 大阪市3組、茨城県2組です。台湾の人口が約2350万人、大阪市が約270万人ですから、台湾と同様に届出をする人がいたとすれば、大阪市でも単純計算で60組が届出をしてもおかしくないわけです。
届け出をするかしないかは当事者が決めることであり、私が「少なすぎる」と言うのは「余計なお世話」ではあるのですが、私が懸念するのは、本当は届出したいけれど(たとえばカムアウトに抵抗があり)できない、という人が日本ではかなり大勢いるのではないか、ということです。であるならば、制度ではなく人々の考え方を先に変えていき差別や偏見を取り除く努力が重要、ということになります。台湾でもカムアウトできない人は少なくないでしょうが、日本よりは遥かにリベラルな社会になっているのではないかと私は考えています。今回の合法化で、台北の総統府前広場では「同婚宴」が開催され、2000人以上が祝杯を挙げ、その模様をBBCが「台湾で同性婚合法化、議会が承認(Taiwan gay marriage: Parliament legalises sa)me-sex unions」という記事で報じています。大勢の同性カップルが涙を流して抱き合っている写真やビデオは感動的です。
ここで台湾の同性婚制度の「問題点」を考えてみましょう。まず、民法が改正されたわけではなく、この新しい法律が(例えば政権が変わって)なくなる可能性はないか、という問題があります。実際、それを懸念して次回の選挙までに「婚姻届けを出さねば」と考えている人も多いと聞きます。
次に問題なのは「子供」です。新しい法律では、子供が養子として認められるのは、その子供が「夫婦」のどちらかの一方との血縁関係がある場合のみとされました。つまり一般的な養子縁組はできないのです。女性のカップルの場合、精子の提供を受けて子供を授かるという方法がありますが、男性カップルが子供を持つには代理母出産などに頼らざるをえません。
さらに、外国人と結婚するにはその外国人の国が同性婚を合法化していなければならない、という規定が盛り込まれています。現在世界では30近くの国と地域が同性婚を合法化していますが、アジアでは皆無です。私が院長をつとめる太融寺町谷口医院では最近なぜか日本人と台湾人の同性カップルが増えてきています。そのカップルたちは「日本では同性婚が認められていない」という理由で、台湾に移住したとしても結婚できないわけです。
それから、これは「問題」ではありませんが、台湾で初日に結婚した526組の内訳をみると女性が341組、男性が185組で、65%が女性というのが興味深いと言えます。セクシャルマイノリティ全体でみると、男性同性愛者の方が女性同性愛者よりも多いと言われていますからこの数字は意外です。
ところで、私が初めて台湾人と仲良くなったのは医学部入学前の会社員時代で、その会社が台湾と取引があったことから何人かの台湾人と知り合いました。台湾に渡航したことは数えるほどしかありませんが、タイやそれ以外の国で何人かの台湾人と出会ったことがあります。私が接してきた台湾人の日本に対するイメージは大変良く、「日本に憧れている」と何度も言われました。一方、現在の台湾は同性婚が合法化され、日本のパートナーシップ制度よりも圧倒的に多い人数が"結婚"しています。交際相手が日本人の同性であればその結婚ができません。
すでに、日本人が「台湾に憧れる」時代になっているかもしれません。
************
注1:2019年7月25日時点で、「パートナーシップ宣誓制度」を条例で実施している自治体は下記の24(条例が制定された日時順)となります。
東京都渋谷区、東京都世田谷区、三重県伊賀市、兵庫県宝塚市、沖縄県那覇市、北海道札幌市、福岡県福岡市、大阪府大阪市、東京都中野区、群馬県大泉町、千葉県千葉市、東京都江戸川区、東京都豊島区、東京都府中市、神奈川県横須賀市、神奈川県小田原市、大阪府堺市、大阪府枚方市、岡山県総社市、熊本県熊本市、栃木県鹿沼市、宮崎県宮崎市、福岡県北九州市、茨城県
参考:
第141回(2018年3月)「美しき同性愛~その2~」
第109回(2015年7月)「日本のおじさんが同性愛者を嫌う理由」
第93回(2014年3月)「同性愛者という理由で終身刑」
第86回(2013年8月)「なぜ日本では同性婚の議論が起こらないのか」