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第151回(2019年1月) 本当に危険な麻薬(オピオイド)

 2018年に報道された違法薬物関連のニュースをみると、おそらく一般紙で最も取り上げられたのは「大麻」でしょう。以前から決まっていたこととはいえ、カナダで嗜好用(recreational)大麻が合法化されたことが世界中のメディアで大きく報道されました。カナダはウルグアイに次ぐ全面的に嗜好用大麻を認めた2番目の国となりました。

 米国は州によって法律が異なります。2016年11年に実施された住民投票で、多くの州で医療用のみならず嗜好用大麻が合法化されたことは過去のコラムで述べました。そして、大麻の成分CBD(カンナビジオール)でできた医薬品が重症のてんかんに有効であることをCDCが承認したことも過去のコラムで述べました。ある調査によると、米国成人の85%が医療大麻を、57%が嗜好大麻を支持しています。娯楽用どころか医療用大麻の検討すらおこなわれていない日本でも大麻の使用者(というより逮捕者)は増加傾向にあるようです。

 支持者の間では、依存性も副作用も少ないのだからタバコやアルコールが合法で大麻が違法なのはおかしい、とよく言われますが、私も含めて医療者の間には安易な使用に抵抗のある者も少なくありません。この理由はこのサイトで繰り返し述べているので今回は繰り返しませんが、大麻よりも遥かに危険な違法薬物の話を今回はおこないます。それは「麻薬」です。

 米国の医療情報提供サイト「HealthDay」が発表した「2018年の健康問題トップ9」のトップにくるのが麻薬汚染です。ちなみに、残りの8つのうち1つに「大麻使用者の増加」が挙げられています。残り7つは「電子タバコ利用者の増加」、「インフルエンザの脅威」「オバマケアが維持されたこと」「遺伝子をターゲットとした個別化がん治療」「レタスからの大腸菌感染」「がん検診の基準変更」「ポリオに似た原因不明の神経疾患」です。改めて9つを分類してみると、感染症が3つ、がん関連が2つ、制度が1つ、依存性薬物が3つ、ということになります。

 麻薬がどれくらい恐ろしい薬物なのかについては、実はこのサイトの過去のコラムでも述べたことがあります。そのコラムでは、なぜ麻薬汚染がHIV感染の増加につながるかについて述べました。今回は、麻薬そのものの危険性を新しいデータなどをみながら再確認したいと思います。

 その前に言葉を確認しておきましょう。「麻薬」とはケシ(opium)の実から抽出される天然のオピオイド及びオピオイドの合成化合物のことを指します。具体的にはモルヒネ、ヘロイン、コデイン、フェンタニルなどです。ただ、報道などではコカインやLSDが"麻薬"に分類されることもありますし、さらに文脈によっては覚醒剤や大麻まで含めて"麻薬"と呼ばれるようなこともあり混乱を招きやすいので、ここからは本来の麻薬のことを「オピオイド」で統一したいと思います。

 「HealthDay」はCDC(米疾病対策センター)が2018年11月に発表したデータを引き合いに出しています。CDCのこのページだけでは分かりにくいので、これを解説した薬物依存のリハビリの団体「Recovery Village」のサイトを参照し特徴をまとめてみます。

 CDCの報告によれば、2017年の一年間で薬物の過剰摂取で死亡した米国人は72,000人以上でこれは2016年から10%の上昇。そのうち68%(約48,000人)はオピオイドが原因です。2002年から比較するとオピオイドによる死亡者はおよそ4倍にもなっています。米国の平均寿命は3年連続で減少しており、その原因がオピオイドであることが指摘されています。オピオイドの中では、フェンタニルの過剰摂取による死亡が急増していることが問題視されています。

 フェンタニルは、ヘロインの50倍、モルヒネの100倍とも言われる強力なオピオイドで、依存性や中毒性も突出しています。前回は、フレディ・マーキュリーをはじめとするエイズで他界したミュージシャンについての話をしましたが、薬物で亡くなるミュージシャンが多いのもまた事実です。そして、2016年に急死したプリンスの死因がフェンタニルだったと言われています。

 薬物による死亡の危機は女性で深刻です。米国CDCの報告によれば、1999年から2017の間で、30~64歳の女性では薬物関連の死亡者が260%も増加しています(人口10万人あたり6.7人から24.3人への上昇、死亡者数でみれば4,314人から18,110人へと増加)。ここでいう薬物には、抗うつ薬、ベンゾジアゼピン(参照:太融寺町谷口医院「はやりの病気」第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」)、コカイン、ヘロインなども含まれますが、CDCはこの期間に合成オピオイドの医師による処方が大幅に増加したことを指摘しており、なかでも55~64歳への処方が急増していることを問題視しています。

 オピオイドを摂取している女性が妊娠することもあり、当然新生児に影響を与えます。neonatal abstinence syndrome(通称「NAS」、日本語ではあまり使わない言葉で、あえて日本語にすると「新生児禁断症候群」)と呼ばれる様々な症状が生じますし、頭囲が小さくなることが報告されています。

 女性→新生児だけではありません。小児から思春期の生徒の間でもオピオイド汚染が深刻となっています。1999年から2016の18年間に約9千人の小児または若年者(adolescents)が、薬物が原因で死亡していることが医学誌「JAMA」で報告されています。違法に入手した薬物もありますが、注目すべきは、(フェンタニルなどの)合成オピオイドの多さです。2014年から2016年の間、合計1,508人のオピオイドでの死亡があり、そのうち468人(31.0%)が合成オピオイドだというのです。

 オピオイドはネイティブアメリカンの命も奪っています。CDCの報告によれば、2013年から2015年の間、ネイティブアメリカン(American IndianとAlaska Natives)のオピオイド過剰摂取の死亡率は、白人の2.7~4.1倍となっています。

 ここでオピオイド依存症に陥る人はどうやってオピオイドを手に入れているのかを考えてみましょう。医師には職業上の倫理観がありますから、患者さんから頼まれても必要以上の処方はできません。オピオイド依存症になったきっかけが医師の最初の処方なのは事実ですが。オピオイドを求めて医療機関を渡り歩いて入手する人もいるでしょうが、これはすぐに発覚します。したがって、闇ルートで違法に入手することになるのですが、最近"裏の手"が流行している可能性が指摘されています。

 それは「獣医からの入手」です。医学誌『JAMA』に掲載された論文によると、ペンシルバニア大学獣医学部で処方されたオピオイドは2007年から2017年で41%も増加しているのに対し、受診した動物は13%しか増えておらず、この理由として飼い主がオピオイドを使用している疑いが指摘されています。

 さて、オピオイドが問題である理由のひとつは過去のコラムでも述べたようにHIV感染ですが、もちろんそれだけではありません。現在米国ではHIVだけではなく、オピオイド乱用に伴うC型肝炎ウイルス(以下HCV)も問題になっています。

 医学誌『JAMA』に掲載された論文によると、HCV陽性のアメリカ人の半数以上は9つの州(カリフォルニア、テキサス、フロリダ、ニューヨーク、ペンシルバニア、オアイオ、ミシガン、テネシー、ノースカロライナ)に住んでいて、そのなかの5つ(ニューヨーク、ノースカロライナ、オハイオ、ペンシルバニア、テネシー)でオピオイド乱用が問題になっています。ちなみに、これら5つの州はアパラチア(Appalachian)地域と呼ばれる米国東部の地域です。

 さて、過去のコラムで述べたように日本でもオピオイドが処方される機会が急増しており、しかも患者さん自身は危険性を充分に聞かされていないケースが目立ちます。米国に追随してはいけません...。