GINAと共に
第145回(2018年7月) ロシアでHIV感染は増えるか
2018年はロシアでワールドカップが開催されるという話を聞いて、まず私が感じたのが、各国は「観戦ツアーでHIV感染に注意」という勧告を出すべきではないのか、ということでした。
私はロシアに渡航したことはなく、また、現地の事情に詳しい知人もそういないのですが、私がタイのエイズ問題に関わりだした2000年代前半にはすでにロシアでの感染者増加が問題になっていました。
セックスワーカーが街に氾濫し、ロシア国内のみならず、タイのパタヤなどにも出稼ぎにやってきているという話をよく聞きました。ロシアは旧ソ連のなかではさほど貧困ではないというイメージがあるからなのか、「パタヤにいる自称ロシア人のセックスワーカーの本当の出身地は〇〇スタンと付く旧ソ連の貧しい国だ」、という話もありましたが、GINAが調査したところによると、ロシア出身でタイに出稼ぎにきているセックスワーカー達も少なくありませんでした。
タイでセックスワークとなると、当然考えなければならないのがHIV感染です。こういった問題には信頼できるデータがなく「噂」の域を超えない情報が多いのですが、「ロシアのセックスワーカーにはHIV陽性者が多い」という話も何度か聞きました。
実際、ロシア国内の調査では「サンクトペテルブルグで週に20人以上の顧客がいるセックスワーカーの3人に2人はHIV陽性」というものもあります。これについては、このウェブサイトでも報告したことがあります。「なぜ西洋人や日本人はタイでHIVに感染するのか」でグラフを示しています。
では、最近のロシアではどうなっているのでしょうか。当時(2000年代前半)に比べると、私自身がタイに渡航する機会も減り、パタヤのセックスワーカーに対する情報もあまり入ってこないのですが、どうも以前に比べるとロシア人のセックスワーカーは激減しているようです。代わりに(というわけではありませんが)ロシア人の観光客が激増していると聞きます。つまり、これはロシアが裕福になったということを意味します。
裕福さとHIV陽性率に関連があるとは言い切れないとは思いますが、やはり国民が豊かになりセックスワークをせざるを得ない人たちが減ると感染率は下がるはずです。ならば、ロシア国内でのHIV感染者は減っているのでしょうか。
最も信頼できるHIV感染に関する国別のデータはUNAIDSのものです。ロシアをみてみると、なんと「空欄」になっています...。つまり、公式データがない、もしくはあったとしてもロシアが公表していないということです。カザフスタンやキルギス(キルギスタン)など他の旧ソ連の国々はきちんとデータを公表しているのに、です。
とりあえず信ぴょう性に高くないかもしれませんが存在するデータをみてみましょう。wikipediaによると現在のロシアのHIV陽性者は85万人から150万人、2015年の1年間で95,000人が新たにHIVに感染したとのことです。全体の1/10が1年間で感染しているということは、急激に感染者が増えていることになります。
「Russia」「HIV」で検索してみると、いくつかの英字新聞がヒットします。過去1~2年のものにざっと目を通してみると、軒並み「HIV増加が止まらない」といったことが書かれています。ロシアに滞在する外国人が最もよく読む英字新聞と言われている「The Moscow Times」には、保健大臣(Health Minister)のVeronika Skvortsova氏が現在のHIV状況は危機的であると発言したとの記事もあります。しかし、一方ではロシア政府はそれを認めていないとする報道もあります。
政府が認めていないからといって、ロシア当局のコメントを信用するわけにはいきません。UNAIDSによれば、世界中のHIV新規感染者の約半数は5つの国で感染しており、そのひとつがロシアです。The New York Timesが報道しています。ちなみに他の4か国は、南アフリカ共和国、ナイジェリア、インド、ウガンダです。
さて、話を冒頭のワールドカップ観戦に戻しましょう。私が調べた限り「ワールドカップ観戦でHIV感染が広がるのでは?」といった切り口で報道しているメディアはありませんでした。そういうときは、信頼性は高くないにしても実際に渡航した人に尋ねるしかありません。私が収集した情報によれば、セックスワーカーが街にあふれている、という感じはまったくなかったそうです。「セックスワーカーのいない国や地域はない」と言われますから、おそらく行くべきところに行けばそういう人たちもいるのでしょう。ですが、サンプトペテルブルグからの情報によると、街を見渡した限り、上に紹介したような「週に20人以上の顧客をとっているセックスワーカーがそこらじゅうにいる街」にはとうてい思えないそうです。
それどころか、渡航した人たちのほとんどが「ロシアがこんなに進んだ国とは思ってなかった」と言います。確かに、近年のロシアの経済発展は好調で2000年代初頭に比べると、ひとりあたりのGDP(GDP per capita)は右肩上がりでおよそ2倍になっています。
ここまでをまとめると、▽ロシアは裕福になりひとりあたりの所得が増加した、▽海外(パタヤ)のみならずロシア国内のセックスワーカーも激減した、▽しかしHIV陽性者は急増している、ということになります。ロシアでも違法薬物の静脈注射やタトゥーでHIVに感染する者は多いと聞きますが、これらは国民が裕福になると減少するはずです。となると、なぜロシアでHIV感染が増えているのかの説明がつきません。考えられるのは、「すでにある程度まで蔓延していて、現在では通常の(売買春でない)自由恋愛で広がっている」ということでしょうか。
ならば、ワールドカップ観戦で突然生まれたロシア人とのロマンスで(日本人を含む)外国人がHIV感染、ということも充分にあり得るのではないでしょうか。私が入手したロシア渡航者からの情報によれば、ロシア人(の特に女性)は日本人が抱くステレオタイプ的なイメージ、つまり「冷たくてとっつきにくい」ではなく、実際にはその真逆で、明るくてフレンドリーだそうです。お互い英語がうまくないためにかえってコミュニケーションが盛り上がったという話も...。
ところで、ロシアのHIVを語る上で避けて通れない話があります。それは(種類にもよりますが)「ビザ取得時にHIVに感染していないことを証明しなければならない」という規則です。もちろんこんな規則は「人権侵害」そのものですから世界中から批判されています。ですが、実際にはロシアのみならず、シンガポールや中東諸国などでも同様の規則があり、そのために渡航できない人もいます。
ワールドカップ渡航時にはHIV陰性証明は不要だったと聞きました。もしもあなたがワールドカップ観戦でロシアが気に入り、ロシア語を勉強し、留学もしくは仕事でロシアに行けることになったとしましょう。しかしワールドカップ観戦ツアー中に生まれたロマンスでHIVに感染していて夢が絶たれた...、などということになっていなければいいのですが......。
私はロシアに渡航したことはなく、また、現地の事情に詳しい知人もそういないのですが、私がタイのエイズ問題に関わりだした2000年代前半にはすでにロシアでの感染者増加が問題になっていました。
セックスワーカーが街に氾濫し、ロシア国内のみならず、タイのパタヤなどにも出稼ぎにやってきているという話をよく聞きました。ロシアは旧ソ連のなかではさほど貧困ではないというイメージがあるからなのか、「パタヤにいる自称ロシア人のセックスワーカーの本当の出身地は〇〇スタンと付く旧ソ連の貧しい国だ」、という話もありましたが、GINAが調査したところによると、ロシア出身でタイに出稼ぎにきているセックスワーカー達も少なくありませんでした。
タイでセックスワークとなると、当然考えなければならないのがHIV感染です。こういった問題には信頼できるデータがなく「噂」の域を超えない情報が多いのですが、「ロシアのセックスワーカーにはHIV陽性者が多い」という話も何度か聞きました。
実際、ロシア国内の調査では「サンクトペテルブルグで週に20人以上の顧客がいるセックスワーカーの3人に2人はHIV陽性」というものもあります。これについては、このウェブサイトでも報告したことがあります。「なぜ西洋人や日本人はタイでHIVに感染するのか」でグラフを示しています。
では、最近のロシアではどうなっているのでしょうか。当時(2000年代前半)に比べると、私自身がタイに渡航する機会も減り、パタヤのセックスワーカーに対する情報もあまり入ってこないのですが、どうも以前に比べるとロシア人のセックスワーカーは激減しているようです。代わりに(というわけではありませんが)ロシア人の観光客が激増していると聞きます。つまり、これはロシアが裕福になったということを意味します。
裕福さとHIV陽性率に関連があるとは言い切れないとは思いますが、やはり国民が豊かになりセックスワークをせざるを得ない人たちが減ると感染率は下がるはずです。ならば、ロシア国内でのHIV感染者は減っているのでしょうか。
最も信頼できるHIV感染に関する国別のデータはUNAIDSのものです。ロシアをみてみると、なんと「空欄」になっています...。つまり、公式データがない、もしくはあったとしてもロシアが公表していないということです。カザフスタンやキルギス(キルギスタン)など他の旧ソ連の国々はきちんとデータを公表しているのに、です。
とりあえず信ぴょう性に高くないかもしれませんが存在するデータをみてみましょう。wikipediaによると現在のロシアのHIV陽性者は85万人から150万人、2015年の1年間で95,000人が新たにHIVに感染したとのことです。全体の1/10が1年間で感染しているということは、急激に感染者が増えていることになります。
「Russia」「HIV」で検索してみると、いくつかの英字新聞がヒットします。過去1~2年のものにざっと目を通してみると、軒並み「HIV増加が止まらない」といったことが書かれています。ロシアに滞在する外国人が最もよく読む英字新聞と言われている「The Moscow Times」には、保健大臣(Health Minister)のVeronika Skvortsova氏が現在のHIV状況は危機的であると発言したとの記事もあります。しかし、一方ではロシア政府はそれを認めていないとする報道もあります。
政府が認めていないからといって、ロシア当局のコメントを信用するわけにはいきません。UNAIDSによれば、世界中のHIV新規感染者の約半数は5つの国で感染しており、そのひとつがロシアです。The New York Timesが報道しています。ちなみに他の4か国は、南アフリカ共和国、ナイジェリア、インド、ウガンダです。
さて、話を冒頭のワールドカップ観戦に戻しましょう。私が調べた限り「ワールドカップ観戦でHIV感染が広がるのでは?」といった切り口で報道しているメディアはありませんでした。そういうときは、信頼性は高くないにしても実際に渡航した人に尋ねるしかありません。私が収集した情報によれば、セックスワーカーが街にあふれている、という感じはまったくなかったそうです。「セックスワーカーのいない国や地域はない」と言われますから、おそらく行くべきところに行けばそういう人たちもいるのでしょう。ですが、サンプトペテルブルグからの情報によると、街を見渡した限り、上に紹介したような「週に20人以上の顧客をとっているセックスワーカーがそこらじゅうにいる街」にはとうてい思えないそうです。
それどころか、渡航した人たちのほとんどが「ロシアがこんなに進んだ国とは思ってなかった」と言います。確かに、近年のロシアの経済発展は好調で2000年代初頭に比べると、ひとりあたりのGDP(GDP per capita)は右肩上がりでおよそ2倍になっています。
ここまでをまとめると、▽ロシアは裕福になりひとりあたりの所得が増加した、▽海外(パタヤ)のみならずロシア国内のセックスワーカーも激減した、▽しかしHIV陽性者は急増している、ということになります。ロシアでも違法薬物の静脈注射やタトゥーでHIVに感染する者は多いと聞きますが、これらは国民が裕福になると減少するはずです。となると、なぜロシアでHIV感染が増えているのかの説明がつきません。考えられるのは、「すでにある程度まで蔓延していて、現在では通常の(売買春でない)自由恋愛で広がっている」ということでしょうか。
ならば、ワールドカップ観戦で突然生まれたロシア人とのロマンスで(日本人を含む)外国人がHIV感染、ということも充分にあり得るのではないでしょうか。私が入手したロシア渡航者からの情報によれば、ロシア人(の特に女性)は日本人が抱くステレオタイプ的なイメージ、つまり「冷たくてとっつきにくい」ではなく、実際にはその真逆で、明るくてフレンドリーだそうです。お互い英語がうまくないためにかえってコミュニケーションが盛り上がったという話も...。
ところで、ロシアのHIVを語る上で避けて通れない話があります。それは(種類にもよりますが)「ビザ取得時にHIVに感染していないことを証明しなければならない」という規則です。もちろんこんな規則は「人権侵害」そのものですから世界中から批判されています。ですが、実際にはロシアのみならず、シンガポールや中東諸国などでも同様の規則があり、そのために渡航できない人もいます。
ワールドカップ渡航時にはHIV陰性証明は不要だったと聞きました。もしもあなたがワールドカップ観戦でロシアが気に入り、ロシア語を勉強し、留学もしくは仕事でロシアに行けることになったとしましょう。しかしワールドカップ観戦ツアー中に生まれたロマンスでHIVに感染していて夢が絶たれた...、などということになっていなければいいのですが......。