GINAと共に

第124回(2016年10月) レイプ事件にみる日本の男女不平等

 大学生による集団レイプ事件が立て続けに起こりました。それも、1つは東京大学、もうひとつは慶応大学のエリート男子学生によるものです。2つの事件ともさんざんメディアが報道しましたが、ここでも簡単に振り返っておきましょう。

 2016年5月11日未明、東京大学の「東大誕生日研究会」なるサークルの主要メンバーが、都内のマンションで女子大学生に暴行を加え、強制わいせつや暴行の罪で逮捕・起訴されました。

 2016年9月2日、慶応大学の「広告学研究会」というサークルのメンバー5人が、神奈川県葉山町にあるこのサークルが運営しているとされる海の家のそばの合宿所で18歳の女子大学生を集団レイプし撮影までおこないました。

 これら2つの事件を聞いて、過去の大学生による集団レイプ事件を思い出した人も多いのではないでしょうか。90年代後半以降、大々的に報道された事件を確認しておきたいと思います。

 1997年11月、当時19歳の女子大学生が帝京大学ラグビー部らの大学生合計8人に集団レイプされました。

 1999年7月、慶応大学の(なんと)医学部の学生5人が、当時20歳の女子大学生を集団レイプしました。

 早稲田大学のサークル「スーパーフリー」のメンバーの大学生らが、1999年頃から常習的に集団レイプを繰り返していたことが発覚し、2001年12月、2003年4月及び5月の合計3件の事件で起訴されました。2004年に制定された「集団強姦罪・集団強姦致死傷罪」はこの事件がきっかけと言われています。

 こういった事件を聞いて加害者の男たちに憤りを感じない人はいないと思いますが、私は加害者だけでなく、大学の対応がいい加減ではないか、と感じます。本来なら、刑事事件を起こした学生を直ちに退学にし、大学が被害者に何らかの対応をすべきではないでしょうか。もちろん入学時に加害者の「罪を犯す潜在性」を見抜くことは現実的にはできないでしょうが、やはり大学は警察任せにすべきではないと思います。

 なぜ、大学は被害者の立場に立った対応をしないのか。私にはその理由が、女性を軽視しているからではないかと思わずにはいられません。おそらく被害にあった女性は生涯この忌々しい事件を忘れることができません。実際、先に述べた帝京大学ラグビー部事件の被害者の女性はその後精神症状に苦しまれているそうです(注1)。(尚、映画「さよなら渓谷」で描かれた集団レイプ事件の被害者のモデルが帝京大学事件の被害者と言われています)

 私はフェミニストではありませんが、レイプの加害者に対する日本の社会の対応は甘すぎるのではないかと常々感じています。私が院長をつとめる(医)太融寺町谷口医院にもときにレイプの被害者が訪れます。初めから「レイプの被害にあって・・・」と申告する人はわずかであり、たいていは何度か通院し、医師・患者関係が築けてからそれをカムアウトされます。受診のきっかけは、めまい、動悸、嘔気、不眠などいろいろです。なかには事件の後、リストカットを繰り返すようになったという人もいます。

 レイプ被害者への不充分な対応と直接関係があることを証明はできませんが、世界経済フォーラムが公表している「ジェンダー・ギャップ指数2015」が興味深いデータを示しています(注2)。男女差別が「ない」順にランキングがおこなわれているのです。1位はアイスランド、2位はノルウェー、3位以降にフィンランド、スウェーデン、アイルランドと続きます。日本はなんと101位です。(ちなみに米国は28位、中国91位、韓国115位)

 このデータは、レイプ被害者への対応が考慮されているわけではなく、経済、教育、政治、保健の4つの分野のデータから分析されたものです。しかし、総合的に男女差別のない国であれば、自然にレイプ被害者に対する手厚い対応がとられるでしょうし、それ以前にレイプそのものに対する世間の見方が日本とは異なるでしょう。

 男女差別がなく、女性の権利が最も認められる国といえば、私にはアメリカのイメージが強いのですが(注3)、意外にも、このランキングで米国は28位です。しかし、その米国では私の知る限り、レイプに対する制度が大変厳しく定められています。

 日本とは大きく異なり、米国の大学では、性交渉におよぶときはパートナーからの正式な「合意」を得られなければ、なんと大学から除名されるそうなのです。オンラインマガジンの『クーリエ・ジャポン』が伝えています(注4)。

 報道によれば、現在米国の多くの大学では、キャンパス内でのレイプや男女間のトラブルを避けるための性交渉のルールが作られています。例えば、ニューヨーク州では、州内の大学に対し、性交渉におよぶときには「積極的合意」を事前に得ることを義務付けているそうです。さらに、規約には、「沈黙や我慢、静観は、"同意をしている"とは見なさない」と定められているのです。

 つまり、性行為に及ぶときは互いの「合意」が必要であり、例えば見つめ合ったまま言葉もなくキスをするのは「合意なし」とされ、レイプとして訴えられるかもしれない、ということになります。

 まだあります。「合意」は、自発的なものでなければならず、それもはっきりと示さなければならないそうです。しかも、その「合意」は、いつでも取り消し可能であることが必要であるとまで定められているそうです。

 いまや米国の1,500以上もの大学で似たようなルールが設けられているそうです。

 そして、性行為の「合意」を証明するためのアプリまで存在するというから驚かされます。このアプリ、その名も『YES to SEX』といい、パートナーが合意を示す音声を最大25秒間記録し、それをセキリュティ管理された専用サーバーに1年間無料で保管してもらえるというものです。その音声は、訴訟になった場合にのみアクセスができる仕組みになっているそうです。

 私は過去に何人か、レイプの被害で性感染症に罹患したという患者さんを診察しています。タイではレイプでHIVに感染したという未成年に遭遇したこともあります。日本の患者さんでレイプでHIVに感染したという症例は診たことがありませんが、レイプの被害にあい、「HIVに感染したかもしれない・・」という不安に駆られ、何日も眠れない夜を過ごし、感染していなかったことが判ってからも精神症状に苦しんでいる患者さんを複数診ています。そして、以前のコラムでも述べたように(注5)、レイプの加害者は、まったくの見ず知らずの男よりも、(元)配偶者からのものが多く、また(元)恋人、友人、知人、上司などが加害者のケースも少なくないのです。これを「デートレイプ」と呼び、日本では軽視され過ぎていることをそのコラムで問題提起しました。デートレイプが軽視できない以上は、先に述べた『YES to SEX 』は日本でも必要なツールかもしれません。

 しかし、一方では、最近の若い男女(特に男性)は性に消極的という話もよく聞きます。性行為前の「合意」をアメリカと同じように義務付けるなら、日本の若者はさらに性から遠ざかってしまうのではないでしょうか。けれども、レイプの被害者のことを考えると・・・。むつかしい問題です。

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注1:下記が参考になります。
http://www.tsukuru.co.jp/tsukuru_blog/2013/06/-20111212.html

注2:内閣府の下記ページで詳しく紹介されています。

http://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2015/201601/201601_03.html

注3:私はアメリカ人女性と交際したことはありませんが、アメリカ人女性の強いフェミニズムに辟易としたという男性(日本人もアメリカ人も)の話は過去に何度か聞いたことがあります。そして、こういう話を外国人とおこなうと、よく話題になる「世界三大不幸」というものがあります。イギリスの料理を食べて、日本の家に住んで、アメリカ人の妻を持つ、というものです。一方、「世界三大幸福」は、中国の料理を食べて、アメリカの(大きな)家に住んで、日本人の妻をもつ、というものです。(これ以外にも、ドイツの車に乗る、イタリアの服を着る、フランスの愛人を持つなどのバリエーションがあります) この手の話は男性どうしの会話ではたいてい盛り上がりますが、「アメリカ人の妻をもつ」も「日本人の妻をもつ」も女性蔑視に違いありません。

注4:下記を参照ください。

https://courrier.jp/news/archives/58348/2/

注5:GINAと共に第81回(2013年3月)「レイプに関する3つの問題」