GINAと共に
第115回(2016年1月) 悲しき日本人女性
これは私が実際にフィリピン人女性から聞いた話です。(本人が特定されないように詳細はアレンジしています)
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ルソン島北部の小さな集落で生まれ育ったジョアンナ(仮名)は現在25歳。マニラのオフィス街に位置する英会話学校の講師だ。
マニラというと「治安が悪い」というイメージが多いようだが、マニラのすべてがそういうわけではない。たしかに、ゴミでできた有名なスモーキーマウンテンがあるトンドなどはスラムそのものだが、近代的なビルが立ち並び、外国人が泊まるホテルが集中している地域もある。ジョアンナが働く、日本人を対象とした英会話学校もそのような少し高級な地域のビルの中にある。
ジョアンナの学校の生徒は全員日本人。近年、韓国人と日本人を対象とした英会話学校がマニラに乱立している。フィリピン人の安い人件費で、外国では考えられないような低価格でマンツーマンレッスンが受けられるのが人気の理由だ。フィリピンではタガログ語が標準語と思っている日本人が多いが、実際の公用語は英語である。発音も決して悪くない。アジアではおそらく最もきれいな英語を話す。
マンツーマンレッスンの英会話学校流行の発端はセブ島のようで、現在もセブの方が人気があるそうだ。しかし、日本人の長期滞在者が多いマニラでも当然需要があり、セブでは韓国人対象のところの方が多いらしいが、マニラでは日本人向けの学校の方が多い。
片岡理恵(仮名)がジョアンナの働く英会話学校に入学したのは2年前の12月30日。この日はフィリピンの祝日。英雄ホセ・リサールが処刑された日だ。本当は祝日は休みたいのだが、日本人経営者がそれを許さない。ジョアンナの休みは月に1~2回。それも希望日に取れるわけではない。外国には労働法がありこんな働き方は許されないはずだし、本当はフィリピンにも法律があるのだが、はなから誰も守ろうとしていない。もっとも、自称「風邪」や「腹痛」などで突然休む者も多く、それに対して咎める者もいない。フィリピンとはそういう国なのだ。
片岡理恵に対するジョアンナの第一印象は「フィリピンが似合わない日本人」だった。ジョアンナはマニラの大学を卒業している。大学時代に国際関係を学んでいたジョアンナは、留学に来ていた多くの日本の大学生と仲良くなった。日本人の印象を一言でいえば「シャイ」だが、それでも次第に打ち解けるようになり1ヶ月もすればすっかりフィリピン文化に溶け込む者が多い。「ほほえみの国」といえばタイのことを指すらしいが、フィリピン人もタイ人に負けていない。留学に来た日本人もいつのまにかフィリピン・スマイルに感化され、いつしか笑顔が絶えないようになるのだ。
しかし、最後まで本当の笑みをみせず、何を考えているのか分からないままの留学生も一部いる。ジョアンナはそんな日本人を「フィリピンが似合わない日本人」と呼んでいる。そして片岡理恵の第一印象からそれを感じたのだ。
片岡理恵は英語はよくできた。文法はかなりできるし発音も悪くない。レスポンスがいささか遅いのは、頭の中で文章を組み立ててから発言するからだろう。あとは、もう少し聞き取りができるようになって、語彙を増やし、自分の意見を主張できるようになれば日常レベルの会話は合格になる。これだけの英語力があれば、普通はもっと講師と仲良くなるものだが、片岡理恵の場合はプライベートな会話が弾まない。
この学校は生徒どうしの仲が良く、特に若者は行動を共にして頻繁にパーティを開いている。ジョアンナの大学時代の留学生だけでなく、英会話学校の日本人もいつの間にかフィリピン文化に溶け込んでいるのだ。日本でそのようなことはあまりないらしいが、日本人の生徒は講師をパーティによく誘う。参加費は生徒持ちだ。ジョアンナの月給はわずか8千ペソ、日本円で2万円程度だ。これで日本人の飲み食いに参加できるわけがない。ただし、フィリピンではこれでも給与はいい方だ。幼なじみのスーザン(仮名)は看護師になったというのに給与はこの半分ほどしかないらしい。
この学校では、こういう非公式のパーティが好評で、口コミでこのことを知って入学する日本人もいると聞く。日本人どうしが仲良くなれて、講師からは「生きた英語」が学べることが人気の秘訣らしく、講師陣もタダで食事がとれて日本人のことを知ることができる上、何よりも楽しい。ジョアンナは典型的なフィリピン人なのだ。そして、このパーティに片岡理恵が参加したことはない。
片岡理恵が問題発言をおこなったのは去年の2月25日。やはり祝日だったのでよく覚えている。この日はコラソン・アキノ氏がフィリピン大統領に就任した日だ。
この日、片岡理恵を担当した講師は、この学校の人気講師ジェームス(仮名)だ。ジェームスはゲイでそれをカムアウトしている。日本でこのようなことはあり得ないらしいがフィリピンではよくあることで誰も珍しがりはしない。このあたりもタイと似ているようだ。バンコクやパタヤのゲイストリートほど有名でないが、マニラのゲイスポットもそれなりには知られている。もっとも、双方に詳しい者によれば、規模の大きさでタイに軍配が上がるようだが。
ジェームスが人気講師なのは、話題が豊富で他人を笑わせるのが得意だからだけではない。この学校で唯一大学院を出ているエリートで、英語力も最上級だ。学生時代にスピーチコンテストで賞を取ったこともある。しかし、フィリピンの不況は深刻でこれだけ優秀な若者でも安定した企業への就職は極めて困難なのである。それで給料の安い英会話学校で働いているというわけだ。一方、そのおかげで優秀な講師から低価格で日本人が英語を学べるのである。
片岡理恵はプライベートは無口であり、何を考えているのか分からないというのが講師陣の一致した印象なのだが、この日は違った。「ゲイから学びたくない。ゲイと同じ空間にいるのが不快(discomfort)。あたしはゲイを生理的に(instinctively)受け付けないの!」と、何と本人の前で発言し、さらに事務室に飛び込み日本人の事務員に抗議したのだ。
結局この件で片岡理恵、ジェームスの双方が学校を去ることになった。片岡理恵はしばらく学校に来ていたが、ジョアンナを含む講師陣や日本人の生徒からの視線に耐えられなくなったのだろう。ジェームスは全員で引き留めたのだがショックが大きかったようだ。もう日本人には関わりたくない、と言って学校を去って行った・・・。
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この話をジョアンナ(仮名)から聞くまで、私はゲイを否定する発言は日本人の中年男性または高齢者男性からしか聞いたことがありませんでした。「あのゲイ、ムカつく!!」といった言葉は、日本人の女性からもタイ人の女性からも聞いたことがありますが、これはゲイを否定しているのではなく、その人間に対する嫌悪感を表しているだけです。
ゲイそのものを否定するこの女性、片岡理恵(仮名)は問題ですが、おそらく説得で考えを改めることはないでしょう。なにしろ「生理的に(instinctively)」という言葉を使っているくらいですから。
こういう人間も存在する、という前提でLGBTの諸問題を考えていくべきなのかもしれません・・・。
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ルソン島北部の小さな集落で生まれ育ったジョアンナ(仮名)は現在25歳。マニラのオフィス街に位置する英会話学校の講師だ。
マニラというと「治安が悪い」というイメージが多いようだが、マニラのすべてがそういうわけではない。たしかに、ゴミでできた有名なスモーキーマウンテンがあるトンドなどはスラムそのものだが、近代的なビルが立ち並び、外国人が泊まるホテルが集中している地域もある。ジョアンナが働く、日本人を対象とした英会話学校もそのような少し高級な地域のビルの中にある。
ジョアンナの学校の生徒は全員日本人。近年、韓国人と日本人を対象とした英会話学校がマニラに乱立している。フィリピン人の安い人件費で、外国では考えられないような低価格でマンツーマンレッスンが受けられるのが人気の理由だ。フィリピンではタガログ語が標準語と思っている日本人が多いが、実際の公用語は英語である。発音も決して悪くない。アジアではおそらく最もきれいな英語を話す。
マンツーマンレッスンの英会話学校流行の発端はセブ島のようで、現在もセブの方が人気があるそうだ。しかし、日本人の長期滞在者が多いマニラでも当然需要があり、セブでは韓国人対象のところの方が多いらしいが、マニラでは日本人向けの学校の方が多い。
片岡理恵(仮名)がジョアンナの働く英会話学校に入学したのは2年前の12月30日。この日はフィリピンの祝日。英雄ホセ・リサールが処刑された日だ。本当は祝日は休みたいのだが、日本人経営者がそれを許さない。ジョアンナの休みは月に1~2回。それも希望日に取れるわけではない。外国には労働法がありこんな働き方は許されないはずだし、本当はフィリピンにも法律があるのだが、はなから誰も守ろうとしていない。もっとも、自称「風邪」や「腹痛」などで突然休む者も多く、それに対して咎める者もいない。フィリピンとはそういう国なのだ。
片岡理恵に対するジョアンナの第一印象は「フィリピンが似合わない日本人」だった。ジョアンナはマニラの大学を卒業している。大学時代に国際関係を学んでいたジョアンナは、留学に来ていた多くの日本の大学生と仲良くなった。日本人の印象を一言でいえば「シャイ」だが、それでも次第に打ち解けるようになり1ヶ月もすればすっかりフィリピン文化に溶け込む者が多い。「ほほえみの国」といえばタイのことを指すらしいが、フィリピン人もタイ人に負けていない。留学に来た日本人もいつのまにかフィリピン・スマイルに感化され、いつしか笑顔が絶えないようになるのだ。
しかし、最後まで本当の笑みをみせず、何を考えているのか分からないままの留学生も一部いる。ジョアンナはそんな日本人を「フィリピンが似合わない日本人」と呼んでいる。そして片岡理恵の第一印象からそれを感じたのだ。
片岡理恵は英語はよくできた。文法はかなりできるし発音も悪くない。レスポンスがいささか遅いのは、頭の中で文章を組み立ててから発言するからだろう。あとは、もう少し聞き取りができるようになって、語彙を増やし、自分の意見を主張できるようになれば日常レベルの会話は合格になる。これだけの英語力があれば、普通はもっと講師と仲良くなるものだが、片岡理恵の場合はプライベートな会話が弾まない。
この学校は生徒どうしの仲が良く、特に若者は行動を共にして頻繁にパーティを開いている。ジョアンナの大学時代の留学生だけでなく、英会話学校の日本人もいつの間にかフィリピン文化に溶け込んでいるのだ。日本でそのようなことはあまりないらしいが、日本人の生徒は講師をパーティによく誘う。参加費は生徒持ちだ。ジョアンナの月給はわずか8千ペソ、日本円で2万円程度だ。これで日本人の飲み食いに参加できるわけがない。ただし、フィリピンではこれでも給与はいい方だ。幼なじみのスーザン(仮名)は看護師になったというのに給与はこの半分ほどしかないらしい。
この学校では、こういう非公式のパーティが好評で、口コミでこのことを知って入学する日本人もいると聞く。日本人どうしが仲良くなれて、講師からは「生きた英語」が学べることが人気の秘訣らしく、講師陣もタダで食事がとれて日本人のことを知ることができる上、何よりも楽しい。ジョアンナは典型的なフィリピン人なのだ。そして、このパーティに片岡理恵が参加したことはない。
片岡理恵が問題発言をおこなったのは去年の2月25日。やはり祝日だったのでよく覚えている。この日はコラソン・アキノ氏がフィリピン大統領に就任した日だ。
この日、片岡理恵を担当した講師は、この学校の人気講師ジェームス(仮名)だ。ジェームスはゲイでそれをカムアウトしている。日本でこのようなことはあり得ないらしいがフィリピンではよくあることで誰も珍しがりはしない。このあたりもタイと似ているようだ。バンコクやパタヤのゲイストリートほど有名でないが、マニラのゲイスポットもそれなりには知られている。もっとも、双方に詳しい者によれば、規模の大きさでタイに軍配が上がるようだが。
ジェームスが人気講師なのは、話題が豊富で他人を笑わせるのが得意だからだけではない。この学校で唯一大学院を出ているエリートで、英語力も最上級だ。学生時代にスピーチコンテストで賞を取ったこともある。しかし、フィリピンの不況は深刻でこれだけ優秀な若者でも安定した企業への就職は極めて困難なのである。それで給料の安い英会話学校で働いているというわけだ。一方、そのおかげで優秀な講師から低価格で日本人が英語を学べるのである。
片岡理恵はプライベートは無口であり、何を考えているのか分からないというのが講師陣の一致した印象なのだが、この日は違った。「ゲイから学びたくない。ゲイと同じ空間にいるのが不快(discomfort)。あたしはゲイを生理的に(instinctively)受け付けないの!」と、何と本人の前で発言し、さらに事務室に飛び込み日本人の事務員に抗議したのだ。
結局この件で片岡理恵、ジェームスの双方が学校を去ることになった。片岡理恵はしばらく学校に来ていたが、ジョアンナを含む講師陣や日本人の生徒からの視線に耐えられなくなったのだろう。ジェームスは全員で引き留めたのだがショックが大きかったようだ。もう日本人には関わりたくない、と言って学校を去って行った・・・。
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この話をジョアンナ(仮名)から聞くまで、私はゲイを否定する発言は日本人の中年男性または高齢者男性からしか聞いたことがありませんでした。「あのゲイ、ムカつく!!」といった言葉は、日本人の女性からもタイ人の女性からも聞いたことがありますが、これはゲイを否定しているのではなく、その人間に対する嫌悪感を表しているだけです。
ゲイそのものを否定するこの女性、片岡理恵(仮名)は問題ですが、おそらく説得で考えを改めることはないでしょう。なにしろ「生理的に(instinctively)」という言葉を使っているくらいですから。
こういう人間も存在する、という前提でLGBTの諸問題を考えていくべきなのかもしれません・・・。