GINAと共に

第108回(2015年6月) 依存症の治療(後編)

 私が参加させてもらった依存症治療の公開セミナーでは、最初にその団体がおこなっているセッションについて、簡単な内容と、どのような依存症の人が参加しているのか、そしてどの程度の人が依存症を克服できているのかなどについての説明がありました。

 こういったグループに参加してどれくらいの人が依存症を克服できるのか、といったデータを私はこれまでみたことがありませんでしたし、前回も述べたようにニコチン依存症以外の依存症に対して、私は医師としてほとんど"無力"ですから、大変興味のある内容です。

 最も驚いたのは、そのグループに参加した人の68%が1年後も「クリーン」な状態、つまり依存症に戻らずに克服できている、というデータでした。先にも述べたように、私は医師でありながら、依存症を患っているほとんどの患者さんに対して有効な治療ができたためしがありません。

 患者さんに「治したい」という希望があれば精神科専門医を紹介することもありますが、私の経験上うまくいかないことの方が多いのです。ですから、こういった依存症の団体がおこなうグループセッションでの成功率が68%という数字に大変驚かされたのです。

 参加者がどのような依存症を患っているのかというデータについては、アルコール依存症が最多で約6割、他には(違法)薬物やギャンブル、買い物依存なども多く、性依存症も10%に上るそうです。

 講義では具体的な話に入っていくのですが、私にとって最も印象的だった言葉は、アルコール依存症の患者にとってアルコールは「アレルギー」というものです。ここでいう「アレルギー」というのは一般的なアレルギーとは異なるものです。一般的なアレルギーというのは、その物質が体内に入ってくると身体の免疫機能が応答し拒絶反応を示すことをいいますが、ここでいう「アレルギー」はそうではなく、アルコール依存症がアルコールに対して(本当の)アレルギーがあるわけではありません。

 むしろアルコール依存症の者にとっては、次から次へとアルコールを体内に入れたくなりますから(本当の)アレルギーとはまったく異なるものです。アルコール依存症の人は、お酒をわずか一口飲んだだけで、身体が豹変し次の一口がどうしても欲しくなります、そして次の一口を口にすると、身体はさらにアルコールを渇望するようになり、さらに次の一口に・・・、と止まらなくなっていくのです。そして身体が蝕まれ身体も精神もぼろぼろにされていきます。

 つまり、わずかな量でも口にすると身体が崩壊することになるのです。(本当の)アレルギー、例えばコムギアレルギーの人は、パン一切れを口にしただけでアナフィラキシーショックを起し救急搬送されますが、そういう意味で、つまり依存症の「アレルギー」も(本当の)アレルギーも、最初の一口が取り返しの付かないことになる、ということが共通しています。

 これら2種類の"アレルギー"には共通点がまだあります。それは、「最初は"アレルギー"ではなかった」ということです。

 成人のアレルギーには、ピーナッツやソバの食物アレルギーのように幼少児からアレルギー、というタイプもありますが、成人になってから発症するアレルギーの方が頻度は多いといえます。花粉症は成人してから発症することの方が多いですし、カニ・エビや牛肉のアレルギー、アニサキスアレルギーなどの大半は成人してから発症するものです。つまり、以前は問題なく食べられていたものが、次第に食べられなくなる、あるいはある日突然食べられなくなるのです。

 アルコール依存症の人たちも、アルコールを初めて飲んだ日から依存症になる人はいません。それどころか最初はお酒が苦手で、飲むとすぐに吐いていた、という人も少なくないのです。実際、公開セッションで体験談を語られた一人の男性は、最初は飲みに行ったときによく吐いていたという話をされていました。

 苦手だったアルコールがそのうちに不可欠なものとなりついにはアルコール依存症に・・・。好きだったエビを食べ続けているうちにエビアレルギーになり一切食べられなくなった・・・。このように考えるとこれら2つの"アレルギー"は似ています。

 依存症の「アレルギー」のポイントは2つです。1つは、誰にでも「アレルギー」になる、つまり依存症になる可能性があるということ、もうひとつは、(本当の)アレルギーと同様、依存症になればわずか一口の摂取もおこなってはならない、ということです。

 アルコール依存症のみならず依存症のほぼ全員はその物質(買い物やギャンブル、セックスなども含む)がその人にとって幸せをもたらしていた時期があったはずです。アルコールを楽しく害なく飲めていた時代、自分でやりくりできる範囲で買い物ができていた時代、幸せにセックスができていた時代などがあったはずです。しかし、もうその時代(蜜月時代)には戻れないのです。

 この点が理解できない限りはおそらく依存症の克服は困難でしょう。そしてこの克服のためにはグループで話をすることが非常に有効ではないかと感じました。依存症の苦しみが最も理解できるのは、同じ依存症の苦しみを味わった人です。(私を含めて)医療者が依存症にときに無力なのはこの"苦しみ"に共感できないからではないかと思います。私自身はニコチン依存に随分苦しみましたが、アルコール、薬物、買い物、性依存などはおそらくその比ではないのでしょう。

 公開セッションで講師をされていた人たちのみならず、聴講者の多くは通称『ビッグ・ブック』と呼ばれるなにやらバイブルのような本を持っていました。その本はペーパーバッグなのに、なぜ『ビッグ・ブック』と呼ばれているのか分からないのですが、早速私も購入することにしました。しかしAmazonには、ペーパーバックのタイプはなくハードカバーの大きなサイズしかなくそれを注文しました(注1)。

 なるほど、大きなサイズでつくられているから『ビッグ・ブック』か、と感じたのですが、読んでみるとその内容に圧倒されました・・・。もしかすると、依存症から脱却させてくれる"偉大な"書籍であるがゆえに『ビッグ・ブック』と呼ばれているのかもしれません。内容はやや宗教的な色が強い部分もあるのですが、すでに依存症になっている人のみならず、すべての人にすすめたい良書です。

 公開セッションでは先に述べたような講義も興味深かったのですが、最も感銘を受けたのは、依存症から脱却した体験者の話でした。合計4人の元依存症の人たちが自身の体験を話されたのですが、いずれの人の話にも最初から最後まで引き込まれました。当事者の苦痛がよくわかりましたし、その苦痛を感じるまでのそれぞれのエピソードも大変興味深く、依存症から抜け出すのも一筋縄ではいかず、その苦労もよく伝わってきました。さらに、今は自分の苦しかった体験を現在悩んでいる人に伝えることによって依存症の人たちに貢献したい、という気持ちを感じました。

 現在依存症で悩んでいる人がいるとすれば、まず『ビッグ・ブック』をすすめたいのですが、やはり体験者の話を聞くべきだと思います。私が参加させてもらったような公開セッションに足を運んでみるのがいいでしょう。公開セッションはあまりないかと思いますが、このような団体は全国にあるようですので問い合わせてみるのがいいかと思います(注2)。

「依存症なんか自分には縁がない」と考えている人も、関心があれば『ビッグ・ブック』を読んでみたり、周囲に依存症の人がいるという人は公開セッションに参加してみたりするのもいいでしょう。依存症になるのは特別な人ではなく、誰もが依存症となる可能性がある、ということは繰り返しておきたいと思います。

 私は公開セッションに参加して以来、お酒を飲むときにはいつも、壇上で自らの体験を話されていた人たちの姿がまぶたに浮かびます・・・。



注1:『ビッグ・ブック』の正式なタイトルは『アルコホーリクス・アノニマス』です。下記を参照ください。

http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AC/dp/4990228308/ref=sr_1_3?s=books&ie=UTF8&qid=1435274714&sr=1-3

注2:私が参加させてもらった公開セミナーは下記です。
http://rd-daycare.icurus.jp/archives/321

下記のURLが参考になるかと思います。

http://www.japanmac.or.jp/
http://www7b.biglobe.ne.jp/~zen-mac/
http://www.yakkaren.com/zenkoku.html