GINAと共に
第106回 LGBTに対する日米の動き 2015年4月号
このコラム『GINAと共に』第102回(2014年12月)で「2015年はLGBTが一気にメジャーに」というタイトルで、私は、LGBTに対する差別が解消される方向に社会が向かうのではないか、という予測をたてました。
少々楽観的な予測ではありますが、日本でも欧米社会のように社会的地位のある人がLGBTであることをカムアウトしたり、同性カップルに法律上の夫婦と同じ権利を与える企業や自治体が増えたりすることを期待しています。
最近、具体的に起こったことをみていきたいと思います。まずは日本からです。
2015年3月31日、東京都渋谷区の区議会本会議で、同性カップルを結婚に相当する関係と認め<パートナー>として証明書を発行する条例が賛成多数で可決され、4月1日から施行されました。これは全国で初の条例です。
実際に証明書が発行され用いられるようになるには夏頃まで待たなければならないようですが、これにより、例えばアパートの保証人になれないとか、手術の同意書にサインできない、といった問題は解消されることが予想されます。家族向けの区営住宅にも入居できるようになるはずです。条例には、趣旨に反する行為があり、さらに是正勧告にも従わない企業などがあれば事業所名を公表するということも盛り込まれています。
ただし、証明書発行の対象となるのは、区内在住の20歳以上の同性カップルに限られますから、どちらかが未成年であれば証明書は発行されません。また、互いに後見人となる公正証書を作成していることも条件とされています。二人の関係がブレイクアップした場合は、その証明書も取り消されることになります。
今後このような条例が全国で広がるだろうという予測を立てたいのですが、ひとつ気になることがあります。それは区議会の採決で出席者合計31人のうち、10人が反対したということです。自民党及び保守系の無所属の議員が反対したそうですが、この理由は何なのでしょうか。
LGBTの人たちが、反対する議員や反対する議員の家族に迷惑をかけたわけではないでしょうし、証明書の発行が渋谷区民を困らせるわけでもありません。たしかに、世界では同性愛に反対する国も多く、なかには同性愛者というだけで終身刑や死刑が求刑される国もあります。
2012年11月7日、オバマ大統領が再選時のスピーチで「ゲイでもストレートでも・・」という発言をしてから、米国では加速度的にLGBTを擁護する声が強くなってきているように私は感じています。(このスピーチは、私個人としては「歴史に残るスピーチ」だと思っています。おそらくyoutubeなどでも見ることができると思いますので興味のある人は是非聞いてみて下さい)
米国ではアップル社のCEO(最高経営責任者)であるティム・クック氏が自らがゲイであることを公表し、多くの企業がLGBTに向けたメッセージを打ち出し、なかにはLGBT用のプランを用意する企業もでてきました。
2015年に入ってもこの傾向は止まらず、オバマ大統領は2015年4月8日、同性愛者を異性愛者に転向するよう仕向ける心理療法が有害でありやめなければならないという方針を明らかにしました(注1)。事実上同性婚が認められるようになった米国でまだこのような心理療法がおこなわれているということに驚かされますが、(後で述べるように)実は米国では一部の層が頑なにLGBTの存在に反対しています。
オバマ大統領がこのように治療方針の有害性を公式に発表したのには理由があります。それは、2014年12月、同性愛から異性愛へ転向するような心理療法を親に強制された17歳の若者が自殺をするという事件があったからです。このような悲劇を繰り返すことがないよう、オバマ大統領は医学領域にまで踏み込んだ発言をおこなったのでしょう。
では、同性愛を法で禁じる国があり、(アメリカのように)同性愛を認めている国にもLGBTの存在を認めない人がいるのはなぜなのでしょうか。最も大きな理由は<宗教>です。世界三大宗教の2つであるイスラム教とキリスト教では同性愛を認めていません。ですから敬虔な信者であればあるほど、同性愛を認めることができないのです。しかし北米のみならず、ヨーロッパの多くの国や南アフリカ共和国、南米の一部の国々など、国の宗教がキリスト教で同性婚が認められている国も多数あります。厳密に言えば宗教の教えに反することになるかもしれませんが、現実的に柔軟性を持たせて対処しているわけです。
しかしながら、どうしても宗教の教えから逃れられない人もいます。そしてこれを逆手にとって、同性婚を認める動きにカウンターアタックを始めた州があります。
米国インディアナ州では、「行政が個人の<信仰の自由>を脅かすことはできない」という理由で州議会の賛成多数を得、2015年3月26日、同州のペンス知事が署名をおこない「宗教の自由回復法」が成立しました。<信仰の自由>と言えば聞こえがいいですが、「キリスト教徒は同性愛を認めない」という自分たちの主張を正当化したいがための法律にすぎません。
米国の中部から南部は保守層が多く、アーカンサス州でも同様の法律が可決され、さらに他の州でも検討されているようです。
しかし、このような「時代錯誤」の法律に世論は黙っていません。インディアナ州での法案成立後、全米で反対するムーブメントが起こりました。アップル社のCEOティム・クック氏も直ちにこの法律に反対する意見をワシントンポスト紙に寄稿しました(注2)。マイクロソフトやウォルマートといった大企業もこの法律に反対を表明しています。
この動きを受けて、いったん署名したインディアナ州のペンス知事は州議会に対して法律の内容を再検討するよう要求しました。アーカンサス州のハッチンソン知事は、可決された内容の法案には署名できないと発表しました。結局、これら2つの州では、「法律を理由とした差別は認められない」といった内容を盛り込んだ修正案を州議会が可決し、両知事が署名するというすっきりしないかたちとなりました。
翻って日本はどうでしょう。日本の政治家で敬虔なイスラム教徒やキリスト教徒はほとんどいないでしょう。それに日本は政教分離が一応は憲法20条で定められていますから、表だって宗教的理由で同性のパートナーシップを反対することはできないはずです。
同性愛に反対する議員や知識人がよくいうセリフに「社会の同意を得られていない」「社会秩序が乱れる可能性がある」というものがありますが、こういう屁理屈を理論的に説明できる人はいません。
LGBTというだけで社会的な不利益を被っている人が実際に存在することの方がよほど「社会秩序が乱れている」わけで、本気で渋谷区の試みが社会秩序を乱すなどと思っている議員がいるとすれば、単なる"幻想"に振り回されているだけです。
社会の困っている人を救うのが議員の仕事のはずです。根拠のない"幻想"に囚われるのではなく、目の前の「困っている人たち」を助けることを考えてもらいたいものです。
このような議員の人たちは気付いていないでしょうが、彼(女)らと同じ職場にもLGBTの人たちはいるはずですし、自分の子供が、あるいは自分の親がLGBTである可能性だってなくはありません。先日報道された中国の調査では中国には同性愛者だけれども妻のいる男性が1,600万人いるという結果が報じられました(注3)。中国の人口は日本のおよそ11倍ですから、単純計算すると、日本にも150万人近くの同性愛者の男性が結婚しており、日本の150万人の女性が同性愛の男性と結婚していることになります。そのうちのほとんどがセックスレスであり、いくらかは虐待を受けている可能性もあります。
LGBTの問題を考えるときに、一番大事なのは「自分の周りにも多くのLGBTの人たちがいて自分は気付いていないだけ」ということです。このことを政治家の先生方によく考えていただきたいのと同時に、我々市民もこのことを忘れてはいけません。
注1:この記事のタイトルは「Obama's move to ban gay conversion therapy, explained」で、下記URLで読むことができます。
http://www.washingtonpost.com/blogs/the-fix/wp/2015/04/09/obamas-move-to-ban-gay-conversion-therapy-explained/
注2:この寄稿のタイトルは「Tim Cook: Pro-discrimination 'religious freedom' laws are dangerous」で、下記URLで読むことができます。
http://www.washingtonpost.com/opinions/pro-discrimination-religious-freedom-laws-are-dangerous-to-america/2015/03/29/bdb4ce9e-d66d-11e4-ba28-f2a685dc7f89_story.html
注3:これは『CHINA DAILY USA』に掲載されています。記事のタイトルは「Survey: Women who marry gay men suffer abuse」で、下記URLで読むことができます。
http://usa.chinadaily.com.cn/china/2015-04/18/content_20464630.htm
参考:GINAと共に第102回(2014年12月)「2015年はLGBTが一気にメジャーに」
少々楽観的な予測ではありますが、日本でも欧米社会のように社会的地位のある人がLGBTであることをカムアウトしたり、同性カップルに法律上の夫婦と同じ権利を与える企業や自治体が増えたりすることを期待しています。
最近、具体的に起こったことをみていきたいと思います。まずは日本からです。
2015年3月31日、東京都渋谷区の区議会本会議で、同性カップルを結婚に相当する関係と認め<パートナー>として証明書を発行する条例が賛成多数で可決され、4月1日から施行されました。これは全国で初の条例です。
実際に証明書が発行され用いられるようになるには夏頃まで待たなければならないようですが、これにより、例えばアパートの保証人になれないとか、手術の同意書にサインできない、といった問題は解消されることが予想されます。家族向けの区営住宅にも入居できるようになるはずです。条例には、趣旨に反する行為があり、さらに是正勧告にも従わない企業などがあれば事業所名を公表するということも盛り込まれています。
ただし、証明書発行の対象となるのは、区内在住の20歳以上の同性カップルに限られますから、どちらかが未成年であれば証明書は発行されません。また、互いに後見人となる公正証書を作成していることも条件とされています。二人の関係がブレイクアップした場合は、その証明書も取り消されることになります。
今後このような条例が全国で広がるだろうという予測を立てたいのですが、ひとつ気になることがあります。それは区議会の採決で出席者合計31人のうち、10人が反対したということです。自民党及び保守系の無所属の議員が反対したそうですが、この理由は何なのでしょうか。
LGBTの人たちが、反対する議員や反対する議員の家族に迷惑をかけたわけではないでしょうし、証明書の発行が渋谷区民を困らせるわけでもありません。たしかに、世界では同性愛に反対する国も多く、なかには同性愛者というだけで終身刑や死刑が求刑される国もあります。
2012年11月7日、オバマ大統領が再選時のスピーチで「ゲイでもストレートでも・・」という発言をしてから、米国では加速度的にLGBTを擁護する声が強くなってきているように私は感じています。(このスピーチは、私個人としては「歴史に残るスピーチ」だと思っています。おそらくyoutubeなどでも見ることができると思いますので興味のある人は是非聞いてみて下さい)
米国ではアップル社のCEO(最高経営責任者)であるティム・クック氏が自らがゲイであることを公表し、多くの企業がLGBTに向けたメッセージを打ち出し、なかにはLGBT用のプランを用意する企業もでてきました。
2015年に入ってもこの傾向は止まらず、オバマ大統領は2015年4月8日、同性愛者を異性愛者に転向するよう仕向ける心理療法が有害でありやめなければならないという方針を明らかにしました(注1)。事実上同性婚が認められるようになった米国でまだこのような心理療法がおこなわれているということに驚かされますが、(後で述べるように)実は米国では一部の層が頑なにLGBTの存在に反対しています。
オバマ大統領がこのように治療方針の有害性を公式に発表したのには理由があります。それは、2014年12月、同性愛から異性愛へ転向するような心理療法を親に強制された17歳の若者が自殺をするという事件があったからです。このような悲劇を繰り返すことがないよう、オバマ大統領は医学領域にまで踏み込んだ発言をおこなったのでしょう。
では、同性愛を法で禁じる国があり、(アメリカのように)同性愛を認めている国にもLGBTの存在を認めない人がいるのはなぜなのでしょうか。最も大きな理由は<宗教>です。世界三大宗教の2つであるイスラム教とキリスト教では同性愛を認めていません。ですから敬虔な信者であればあるほど、同性愛を認めることができないのです。しかし北米のみならず、ヨーロッパの多くの国や南アフリカ共和国、南米の一部の国々など、国の宗教がキリスト教で同性婚が認められている国も多数あります。厳密に言えば宗教の教えに反することになるかもしれませんが、現実的に柔軟性を持たせて対処しているわけです。
しかしながら、どうしても宗教の教えから逃れられない人もいます。そしてこれを逆手にとって、同性婚を認める動きにカウンターアタックを始めた州があります。
米国インディアナ州では、「行政が個人の<信仰の自由>を脅かすことはできない」という理由で州議会の賛成多数を得、2015年3月26日、同州のペンス知事が署名をおこない「宗教の自由回復法」が成立しました。<信仰の自由>と言えば聞こえがいいですが、「キリスト教徒は同性愛を認めない」という自分たちの主張を正当化したいがための法律にすぎません。
米国の中部から南部は保守層が多く、アーカンサス州でも同様の法律が可決され、さらに他の州でも検討されているようです。
しかし、このような「時代錯誤」の法律に世論は黙っていません。インディアナ州での法案成立後、全米で反対するムーブメントが起こりました。アップル社のCEOティム・クック氏も直ちにこの法律に反対する意見をワシントンポスト紙に寄稿しました(注2)。マイクロソフトやウォルマートといった大企業もこの法律に反対を表明しています。
この動きを受けて、いったん署名したインディアナ州のペンス知事は州議会に対して法律の内容を再検討するよう要求しました。アーカンサス州のハッチンソン知事は、可決された内容の法案には署名できないと発表しました。結局、これら2つの州では、「法律を理由とした差別は認められない」といった内容を盛り込んだ修正案を州議会が可決し、両知事が署名するというすっきりしないかたちとなりました。
翻って日本はどうでしょう。日本の政治家で敬虔なイスラム教徒やキリスト教徒はほとんどいないでしょう。それに日本は政教分離が一応は憲法20条で定められていますから、表だって宗教的理由で同性のパートナーシップを反対することはできないはずです。
同性愛に反対する議員や知識人がよくいうセリフに「社会の同意を得られていない」「社会秩序が乱れる可能性がある」というものがありますが、こういう屁理屈を理論的に説明できる人はいません。
LGBTというだけで社会的な不利益を被っている人が実際に存在することの方がよほど「社会秩序が乱れている」わけで、本気で渋谷区の試みが社会秩序を乱すなどと思っている議員がいるとすれば、単なる"幻想"に振り回されているだけです。
社会の困っている人を救うのが議員の仕事のはずです。根拠のない"幻想"に囚われるのではなく、目の前の「困っている人たち」を助けることを考えてもらいたいものです。
このような議員の人たちは気付いていないでしょうが、彼(女)らと同じ職場にもLGBTの人たちはいるはずですし、自分の子供が、あるいは自分の親がLGBTである可能性だってなくはありません。先日報道された中国の調査では中国には同性愛者だけれども妻のいる男性が1,600万人いるという結果が報じられました(注3)。中国の人口は日本のおよそ11倍ですから、単純計算すると、日本にも150万人近くの同性愛者の男性が結婚しており、日本の150万人の女性が同性愛の男性と結婚していることになります。そのうちのほとんどがセックスレスであり、いくらかは虐待を受けている可能性もあります。
LGBTの問題を考えるときに、一番大事なのは「自分の周りにも多くのLGBTの人たちがいて自分は気付いていないだけ」ということです。このことを政治家の先生方によく考えていただきたいのと同時に、我々市民もこのことを忘れてはいけません。
注1:この記事のタイトルは「Obama's move to ban gay conversion therapy, explained」で、下記URLで読むことができます。
http://www.washingtonpost.com/blogs/the-fix/wp/2015/04/09/obamas-move-to-ban-gay-conversion-therapy-explained/
注2:この寄稿のタイトルは「Tim Cook: Pro-discrimination 'religious freedom' laws are dangerous」で、下記URLで読むことができます。
http://www.washingtonpost.com/opinions/pro-discrimination-religious-freedom-laws-are-dangerous-to-america/2015/03/29/bdb4ce9e-d66d-11e4-ba28-f2a685dc7f89_story.html
注3:これは『CHINA DAILY USA』に掲載されています。記事のタイトルは「Survey: Women who marry gay men suffer abuse」で、下記URLで読むことができます。
http://usa.chinadaily.com.cn/china/2015-04/18/content_20464630.htm
参考:GINAと共に第102回(2014年12月)「2015年はLGBTが一気にメジャーに」