GINAと共に
第102回 2015年はLGBTが一気にメジャーに 2014年12月号
2014年を振り返ったとき、これほど同性愛者が差別や偏見から解放される出来事が相次いだ年もなかったのではないかと思えます。
もちろん今も同性愛者が異性愛者と同じような扱いを社会から受けているわけではありませんし、特に社会保障の面では不利益を被っています。しかし、世界的にみて同性愛者への偏見は勢いをましてなくなってきているように思えます。
2014年に同性愛者を差別から解放する決定的な出来事があったとまでは言えないかもしれません。しかし次に挙げることは小さくない出来事だと私は考えています。
*******
8月14日、米国の地方銀行のCEO(最高経営責任者)であるTrevor Burgess氏が自らがゲイであることをカムアウトしました。『New York Times』が写真入りで報道し、このニュースは世界中に流れました(注1)。
10月6日、米国連邦最高裁は、同性婚を禁じるユタ州などの法律を「無効」とした高裁判決を支持しました。アメリカでは同性婚の合法性について州ごとに異なり、これまでは同性婚を目的に移住する人も少なくなかったのですが、この連邦最高裁の判決で、アメリカでは事実上すべての州で同性婚が認められることになるはずです。
10月30日、アップル社のCEO(最高経営責任者)のティム・クック氏が自らがゲイであることを公表しました。アメリカの米主要500社のトップが同性愛者であることをカムアウトしたのは初めてです。先に紹介したTrevor Burgess氏も銀行のCEOで世界初のカムアウトでしたから世界中で話題になりましたが(なぜか日本ではそれほど報道されませんでしたが・・)、ティム・クック氏のカムアウトはそれ以上に世界に衝撃を与えています。ロイター社が報じた記事のタイトルは「I'm proud to be gay.(ゲイであることを誇りに思う)」です(注2)。
*******
IT関係に同性愛者が多いことは以前から指摘されていましたが、さすがにアップル社のCEOが自らゲイであることを公表したことには私も驚きました。一部には、これで保守的な層がiPhoneを手放すのではないかという噂もあるようですが、今のところそのような動きはないようです。同性愛に批判的な人や、もっと言えば法律で同性愛を禁じている国の人たちがiPhoneやiPADを使うとき、同性愛がなぜいけないのかを考えてもらいたいと思います。
これら3つの出来事以外にも、任天堂がアメリカで発売した「トモダチライフ」というゲームソフトに「同性婚の設定がない」との批判が殺到し謝罪に追い込まれた、というニュースも注目に値します。
ちなみに私が院長をつとめるクリニック(太融寺町谷口医院)では、2007年に開院したときから、問診票の性別記載欄には「男、女、( )」としていましたが、クリニックのウェブサイトのメール質問のページでは「男性」と「女性」の設定しかできませんでした。この任天堂のニュースを受けてなのかどうかは分かりませんが、改めてウェブサイト作成業者に聞いてみると「その他」の設定も加えられることになったようで、早速変更してもらいました。(ただし「性自認」というのは大変複雑であり、単に「その他」を設ければ解決するというものでもありません)
日本では『チョコレート・ドーナツ』という映画が大ヒットしたことも特筆すべきだと私は思います。同性愛者が主人公の映画でこれほど流行したものを私は思いつきません。この映画はいわゆる「単館系」で比較的小さな劇場でのみの公開でしたが、全国で延長、さらに再上映が相次いで記録的なヒットとなりました。
『チョコレート・ドーナツ』はすべての人に見てもらいたいためにここでストーリーを言及することは避けたいのですが、簡単に述べると、ゲイのカップルが育児を放棄している母親からダウン症の子どもを引き取るものの法律上その男の子を手放さなければならなくなり・・・、というものです。ストーリーのみならず、主役のゲイの男性(実生活でもゲイだそうです)とダウン症の男の子の演技が最高で、これほどの映画はめったにないと思います。
2014年にはLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)という言葉が大きく普及したような印象もあります。この言葉は昔からありましたが、GINAを設立した2006年には一般のマスコミのみならず、同性愛について触れているウェブサイトなどでも見かけることはほとんどありませんでした。それが今では、一般の雑誌や新聞にも載せられるようになっています。
LGBTという言葉は最近ビジネス誌でもよく見かけます。これは先に述べたアップル社のティム・クック氏らの影響もあるでしょうが、マーケットを考えたときにLGBTの存在を無視できない、というよりも、むしろLGBTのマーケットはかなり大きい、もっと言えば、LGBTは人数も少なくないだけでなくお金持ちが多い、という現実があるからだと私はみています。
2013年に発表されたアメリカの国勢調査によりますと、全米での同性婚世帯は25万以上でこれは2010年の13万の倍近くになります。もっとも、これは急増したのではなくカムアウトする人が増えたということだと思います。注目すべきは世帯の平均年収で、なんと約115,000ドル(約1,400万円)もあり、これは全米世帯平均の2倍以上になります。アメリカは高学歴者が高収入者となる国ですから、こういったデータは、米国の同性婚のカップルは高学歴で高収入であることを示しています。マーケティング担当者がLGBTを重要なマーケットと考えるのも当然だというわけです。
翻って日本ではどうかというと、今のところLGBTであることをカムアウトした上場企業のトップはいません。しかし、以前にも述べたように(注3)、日本にも例えば「大阪ガス」のようにLGBTの権利を認める企業が増えつつあります。
日本の行政はどうかというと、世界的には大きく遅れをとり同性婚が国会で議題に上がることさえほとんどありません。それどころか、以前にも述べたように(注4)、 2014年5月には兵庫県議会常任委員会で「社会的に認めるべきじゃないといいますか、行政がホモの指導をする必要があるのか」と発言した県会議員もいるほどです。
このような言葉を聞くと絶望的な気持ちになりますが、日本の行政もすてたものではありません。県議会議員が「ホモの指導をする必要が・・・」と発言する兵庫県の隣の大阪に注目すべき自治体があります。
それは大阪市淀川区で、2013年9月になんと公的に「LGBT支援宣言」をおこなったのです(注5)。公的に宣言するだけでも画期的なことですが、活動内容が大変充実しています。専用のホームページが公開され(注6)、2014年7月からは週に2回の電話相談と月に2回のコミュニティスペースが開催されています。しかも、電話相談は17:00~22:00、コミュニティスペースは途中参加自由で平日は20:00まで、さらに日曜や祝日にも開催という、お役所仕事とは思えない柔軟性のある現実的な対応をされています。
ところで、実際にLGBTの人たちはどれくらい存在するのでしょうか。同性愛に関しては世界で多くの報告があり、だいたい人口の3~12%程度が同性愛者とされています。アメリカのキンゼイ報告によりますと「全体の37%は少なくとも1度以上の同性愛の経験があり、20~35歳の白人男性の11.6%は同性愛と異性愛の両方を経験している」そうです。キンゼイ報告はかなり有名で同性愛の話になるとよく引き合いに出されるのですが、統計の取り方に問題があるのでは、という指摘もあります。また、日本人からすると国民性の違いがあるのでは、と考えたくなります。
日本では、最近よく引き合いに出される調査に2012年の電通総研によるものがあります(注7)。この調査によりますとLGBTは5.2%(20~59歳の日本人男女約7万人が対象)となっています。
日本の人口の5.2%がLGBTであることが発表され、「LGBT支援宣言」をおこなう自治体が登場し、大阪ガスなどのようにLGBTの権利を認める宣言をおこなう企業が相次いできているこの状況を考えたとき、今後の展開はどのように推測すべきでしょうか。
2015年はLGBTをターゲットとしたマーケティング活動が広がり、行政はLGBTを支援する活動を繰り広げ、同性のパートナーシップ制度や同性婚についての議論が盛んになる。そしてLGBTという言葉が流行語となり、LGBTを差別する人間が逆に差別されるようになる・・・。少々楽観的ではありますが、これが私の2015年の予測です。
しかし一方では、世界ではいまだに同性愛者というだけで終身刑や死刑が課せられる国があること、差別や偏見でみられている人たちが大勢いること、公衆衛生学的にはLGBTがHIVのハイリスクグループと見なされていること、なども忘れてはいけません。
注1:「GINAと共に」第100回(2014年10月号)「ゲイを公表する社長(Openly Gay CEO)」を参照ください。
注2:この記事のタイトルは「Apple's Cook: 'I'm proud to be gay'」で、下記URLで閲覧することができます。
http://www.reuters.com/article/2014/10/31/us-apple-ceo-idUSKBN0IJ19P20141031
注3:注1の「GINAと共に」で紹介しています。
注4:「GINAと共に」第96回(2014年6月号)「行政がホモの指導の必要ない」を参照ください。
注5:大阪市淀川区の「LGBT支援宣言」は下記URLを参照ください。
http://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000232949.html
注6:大阪市淀川区のLGBT支援事業のホームページは下記URLを参照ください。ホームページのタイトルは「レインボー、はじめました」です。レインボー(虹)とLGBTの関係が知りたい方は注4の「GINAと共に」を参照ください。
http://niji-yodogawa.jimdo.com/
注7電通総研の調査は下記URLを参照ください。
http://dii.dentsu.jp/project/other/pdf/120701.pdf
もちろん今も同性愛者が異性愛者と同じような扱いを社会から受けているわけではありませんし、特に社会保障の面では不利益を被っています。しかし、世界的にみて同性愛者への偏見は勢いをましてなくなってきているように思えます。
2014年に同性愛者を差別から解放する決定的な出来事があったとまでは言えないかもしれません。しかし次に挙げることは小さくない出来事だと私は考えています。
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8月14日、米国の地方銀行のCEO(最高経営責任者)であるTrevor Burgess氏が自らがゲイであることをカムアウトしました。『New York Times』が写真入りで報道し、このニュースは世界中に流れました(注1)。
10月6日、米国連邦最高裁は、同性婚を禁じるユタ州などの法律を「無効」とした高裁判決を支持しました。アメリカでは同性婚の合法性について州ごとに異なり、これまでは同性婚を目的に移住する人も少なくなかったのですが、この連邦最高裁の判決で、アメリカでは事実上すべての州で同性婚が認められることになるはずです。
10月30日、アップル社のCEO(最高経営責任者)のティム・クック氏が自らがゲイであることを公表しました。アメリカの米主要500社のトップが同性愛者であることをカムアウトしたのは初めてです。先に紹介したTrevor Burgess氏も銀行のCEOで世界初のカムアウトでしたから世界中で話題になりましたが(なぜか日本ではそれほど報道されませんでしたが・・)、ティム・クック氏のカムアウトはそれ以上に世界に衝撃を与えています。ロイター社が報じた記事のタイトルは「I'm proud to be gay.(ゲイであることを誇りに思う)」です(注2)。
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IT関係に同性愛者が多いことは以前から指摘されていましたが、さすがにアップル社のCEOが自らゲイであることを公表したことには私も驚きました。一部には、これで保守的な層がiPhoneを手放すのではないかという噂もあるようですが、今のところそのような動きはないようです。同性愛に批判的な人や、もっと言えば法律で同性愛を禁じている国の人たちがiPhoneやiPADを使うとき、同性愛がなぜいけないのかを考えてもらいたいと思います。
これら3つの出来事以外にも、任天堂がアメリカで発売した「トモダチライフ」というゲームソフトに「同性婚の設定がない」との批判が殺到し謝罪に追い込まれた、というニュースも注目に値します。
ちなみに私が院長をつとめるクリニック(太融寺町谷口医院)では、2007年に開院したときから、問診票の性別記載欄には「男、女、( )」としていましたが、クリニックのウェブサイトのメール質問のページでは「男性」と「女性」の設定しかできませんでした。この任天堂のニュースを受けてなのかどうかは分かりませんが、改めてウェブサイト作成業者に聞いてみると「その他」の設定も加えられることになったようで、早速変更してもらいました。(ただし「性自認」というのは大変複雑であり、単に「その他」を設ければ解決するというものでもありません)
日本では『チョコレート・ドーナツ』という映画が大ヒットしたことも特筆すべきだと私は思います。同性愛者が主人公の映画でこれほど流行したものを私は思いつきません。この映画はいわゆる「単館系」で比較的小さな劇場でのみの公開でしたが、全国で延長、さらに再上映が相次いで記録的なヒットとなりました。
『チョコレート・ドーナツ』はすべての人に見てもらいたいためにここでストーリーを言及することは避けたいのですが、簡単に述べると、ゲイのカップルが育児を放棄している母親からダウン症の子どもを引き取るものの法律上その男の子を手放さなければならなくなり・・・、というものです。ストーリーのみならず、主役のゲイの男性(実生活でもゲイだそうです)とダウン症の男の子の演技が最高で、これほどの映画はめったにないと思います。
2014年にはLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)という言葉が大きく普及したような印象もあります。この言葉は昔からありましたが、GINAを設立した2006年には一般のマスコミのみならず、同性愛について触れているウェブサイトなどでも見かけることはほとんどありませんでした。それが今では、一般の雑誌や新聞にも載せられるようになっています。
LGBTという言葉は最近ビジネス誌でもよく見かけます。これは先に述べたアップル社のティム・クック氏らの影響もあるでしょうが、マーケットを考えたときにLGBTの存在を無視できない、というよりも、むしろLGBTのマーケットはかなり大きい、もっと言えば、LGBTは人数も少なくないだけでなくお金持ちが多い、という現実があるからだと私はみています。
2013年に発表されたアメリカの国勢調査によりますと、全米での同性婚世帯は25万以上でこれは2010年の13万の倍近くになります。もっとも、これは急増したのではなくカムアウトする人が増えたということだと思います。注目すべきは世帯の平均年収で、なんと約115,000ドル(約1,400万円)もあり、これは全米世帯平均の2倍以上になります。アメリカは高学歴者が高収入者となる国ですから、こういったデータは、米国の同性婚のカップルは高学歴で高収入であることを示しています。マーケティング担当者がLGBTを重要なマーケットと考えるのも当然だというわけです。
翻って日本ではどうかというと、今のところLGBTであることをカムアウトした上場企業のトップはいません。しかし、以前にも述べたように(注3)、日本にも例えば「大阪ガス」のようにLGBTの権利を認める企業が増えつつあります。
日本の行政はどうかというと、世界的には大きく遅れをとり同性婚が国会で議題に上がることさえほとんどありません。それどころか、以前にも述べたように(注4)、 2014年5月には兵庫県議会常任委員会で「社会的に認めるべきじゃないといいますか、行政がホモの指導をする必要があるのか」と発言した県会議員もいるほどです。
このような言葉を聞くと絶望的な気持ちになりますが、日本の行政もすてたものではありません。県議会議員が「ホモの指導をする必要が・・・」と発言する兵庫県の隣の大阪に注目すべき自治体があります。
それは大阪市淀川区で、2013年9月になんと公的に「LGBT支援宣言」をおこなったのです(注5)。公的に宣言するだけでも画期的なことですが、活動内容が大変充実しています。専用のホームページが公開され(注6)、2014年7月からは週に2回の電話相談と月に2回のコミュニティスペースが開催されています。しかも、電話相談は17:00~22:00、コミュニティスペースは途中参加自由で平日は20:00まで、さらに日曜や祝日にも開催という、お役所仕事とは思えない柔軟性のある現実的な対応をされています。
ところで、実際にLGBTの人たちはどれくらい存在するのでしょうか。同性愛に関しては世界で多くの報告があり、だいたい人口の3~12%程度が同性愛者とされています。アメリカのキンゼイ報告によりますと「全体の37%は少なくとも1度以上の同性愛の経験があり、20~35歳の白人男性の11.6%は同性愛と異性愛の両方を経験している」そうです。キンゼイ報告はかなり有名で同性愛の話になるとよく引き合いに出されるのですが、統計の取り方に問題があるのでは、という指摘もあります。また、日本人からすると国民性の違いがあるのでは、と考えたくなります。
日本では、最近よく引き合いに出される調査に2012年の電通総研によるものがあります(注7)。この調査によりますとLGBTは5.2%(20~59歳の日本人男女約7万人が対象)となっています。
日本の人口の5.2%がLGBTであることが発表され、「LGBT支援宣言」をおこなう自治体が登場し、大阪ガスなどのようにLGBTの権利を認める宣言をおこなう企業が相次いできているこの状況を考えたとき、今後の展開はどのように推測すべきでしょうか。
2015年はLGBTをターゲットとしたマーケティング活動が広がり、行政はLGBTを支援する活動を繰り広げ、同性のパートナーシップ制度や同性婚についての議論が盛んになる。そしてLGBTという言葉が流行語となり、LGBTを差別する人間が逆に差別されるようになる・・・。少々楽観的ではありますが、これが私の2015年の予測です。
しかし一方では、世界ではいまだに同性愛者というだけで終身刑や死刑が課せられる国があること、差別や偏見でみられている人たちが大勢いること、公衆衛生学的にはLGBTがHIVのハイリスクグループと見なされていること、なども忘れてはいけません。
注1:「GINAと共に」第100回(2014年10月号)「ゲイを公表する社長(Openly Gay CEO)」を参照ください。
注2:この記事のタイトルは「Apple's Cook: 'I'm proud to be gay'」で、下記URLで閲覧することができます。
http://www.reuters.com/article/2014/10/31/us-apple-ceo-idUSKBN0IJ19P20141031
注3:注1の「GINAと共に」で紹介しています。
注4:「GINAと共に」第96回(2014年6月号)「行政がホモの指導の必要ない」を参照ください。
注5:大阪市淀川区の「LGBT支援宣言」は下記URLを参照ください。
http://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000232949.html
注6:大阪市淀川区のLGBT支援事業のホームページは下記URLを参照ください。ホームページのタイトルは「レインボー、はじめました」です。レインボー(虹)とLGBTの関係が知りたい方は注4の「GINAと共に」を参照ください。
http://niji-yodogawa.jimdo.com/
注7電通総研の調査は下記URLを参照ください。
http://dii.dentsu.jp/project/other/pdf/120701.pdf