2014年10月25日 土曜日
第100回 ゲイを公表する社長(Openly Gay CEO) 2014年10月号
日本で同性愛者に対する社会的差別や偏見があることは自明です。ただ、日本よりも同性愛者が生活しにくい国もいくらでもあります。イスラム教の国で同性愛であることをカムアウトしている人はほぼ皆無ですし、アフリカ大陸でも多くの国では隠しながら生きていかねばなりません。これらの国では、宗教的もしくは法的に禁じられているからであり、なかには同性愛者であることが発覚すると「死刑」になる国すらあります。(下記コラム「同性愛者という理由で終身刑」も参照ください)
では、同性愛者に対して寛容な国はどこかと問われれば、タイはその代表国に入るでしょう。タイでは、例えば下校時の中学生の集団に遭遇すると、男子生徒全体の1割くらいは明らかにゲイという格好をしています。女子用のバッグなどを持ち、化粧をしていて、女性らしい仕草で女子生徒と談笑していますから、一目見れば分かります。
タイでは女性の同性愛者も珍しくなく、しかもそれをカムアウトしている人たちが大勢います。私は初対面の女性から「あたしはバイセクシャルだけど今は(男性の)カレシがいるの」という話を聞いたこともあります。
すべての組織で同性愛者が受け入れられているわけではありませんが、タイでは男女とも同性愛者であることをカムアウトしている人たちが少なくなく、またトランスジェンダーの人たちも他国に比べれば暮らしやすい国といえるでしょう。ただし、「他国に比べれば」であり、レディボーイ(日本風に言えば「ニューハーフ」)の客室乗務員を採用する予定があるということで話題になったPCエアーという航空会社も結局は実現に至らなかったようです。
タイの歓楽街に行けば、ゲイ・ストリートやレズビアン・ストリートがあり、自国では堂々とカムアウトできないLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)たちが世界中から集まってきます。実際、日本人のLGBTのなかにもタイが好きという人たちは少なくありません。
では、欧米ではどうかというと、同性婚が認められる国や地域が増えてきていますし、オバマ大統領は「同性婚を支持する」と公言していますし、フランスではPACSという同性愛者に異性愛者と同様の権利を与えるパートナーシップの制度が普及しています。
ただし、欧米でも一般の会社、特に大企業ではLGBTであることをカムアウトしている人はそう多くありません。それが社長クラスになるとなおさらです。しかし、です。ついに米国のある地方銀行のCEO(最高経営責任者)であるTrevor Burgess氏が自らがゲイであることをカムアウトし、それが『New York Times』に写真入りで報道されました(注1)。
この記事のタイトルにわざわざ「Makes History」とあるのは、米国の銀行のトップでゲイであることをカムアウトした人物はこれまでなかったからです。記事によると、欧米諸国では大企業のトップがLGBTであることをカムアウトすることはほとんどなく、Trevor Burgess氏の勇気ある行動は「歴史的」と言えるそうです。またこの記事では、BP社(英国の大手石油会社)のCEOであったJohn Browne氏が、2007年に英国のタブロイド紙にゲイであることをスクープされたせいで辞任に追い込まれたことについても紹介されています。
企業のトップ(CEO)がLGBTであることをカムアウトする現象は急激には広まらないかもしれませんが、LGBTにフレンドリーであることをアピールする企業はこれから急速に広がるのではないかと私はみています。そう考える根拠になる例をここでふたつ取り上げたいと思います。
ひとつは、世界中に展開している大手ホテルチェーンの「マリオット」です。LGBTの有名人を起用した広告キャンペーンを開始し、LGBTの宿泊者を歓迎することをPRしています。ワシントンで行われたLGBTのパレードにも参加し、子どものいる同性カップル向けのイベントの企画もしているそうです。
ふたつめの例は日本の「任天堂」です。ただし「マリオット」とは逆で、LGBTを"差別"していることが批判されたという話です。同社は「トモダチライフ」という架空の生活を楽しむゲームソフトを2014年6月に発売したところ、「同性婚の設定がない」との批判が殺到し、謝罪に追い込まれ、次回発売のソフトではLGBTに配慮することを公約しました。
オバマ大統領の「同性婚支持発言」が拍車をかけているのか、このようにアメリカではLGBTの権利が声高々に主張されるようになってきています。
翻って日本はどうかというと、日本でもほんの少しずつですが、LGBTへの偏見がなくなる方向にあります。最近報道されたニュースをいくつか取り上げてみたいと思います。
1つめは、静岡県の59歳の会社経営者(CEO)が、2012年6月に会員制ゴルフ場の入会を拒否された事件の判決です。このCEOが入会を拒否されたのは、男性から女性に性転換していることが理由です。これに対しこのCEOは損害賠償を求める訴訟を起こしていたのですが、2014年9月8日の静岡地裁の判決は、「入会拒否は違法」とし原告の勝訴となりました。判決は当たり前といえばそうなのですが、このような不当な理由で入会を拒否されるといった事態は今後減少していくことが期待できそうです。
2つめは、「大阪ガス」の社内での取り組みです。2014年3月、同社は「ダイバーシティ推進方針」で、性的指向・性自認による差別をしない、という宣言をおこなったそうです。その後同社内で、LGBTの人たちがカムアウトを始めたかどうかについては報道されていませんが、日本の大企業がこのような取り組みを実施したことに意味があると思います。
3つめは、日本の会社でなく外資系の金融機関です。「ドイツ証券」の部長職を努める37歳の日本人男性が同性愛者であることを社内でカムアウトしたそうです。これを報道した日経新聞(注2)によりますと、きっかけは「同性パートナーとの同居が社宅の利用条件に合わないと不動産会社に指摘されたこと」だそうです。この男性は人事部に相談し、家族扱いが認められたそうです。
4つめは、ミクシィの子会社で結婚支援サービスの「ダイバース」で、これも上記日経新聞の記事で紹介されています。2014年9月、社内規定を改定し、事実婚や同性パートナーとの同居を届け出る「パートナー届け」制度をつくったそうです。異性婚の夫婦と同じように、結婚、育児、介護などの特別休暇や慶弔見舞金の対象になるようで、報道によれば、同社で働く26歳の女性契約社員は、「今までは"彼女"がいても、会社は認めてくれなかったのでうれしい。正社員を目指すモチベーションにもなる」とコメントしているそうです。
日本のLGBTの人たちは、これまで(今も)偏見の目にさらされることを避けるためにカムアウトできず、社会的不利益を被ってきたわけですが、ここで紹介したような企業がもっともっと増えてくれば住みやすい社会になっていくかもしれません。
ところで、これを読んでいるあなたはLGBTでしょうか。ストレートでしょうか。もしもあなたがストレートならあなたの友達や同僚にLGBTの人はどれくらいいるでしょうか。もしも「ひとりもいない」と思っているとすればそれは間違いである可能性が高いといえます。LGBTの多くの人たちは、よほどのことがない限りは職場や学校でカムアウトすることはないからです。
LGBTの人たちが医療機関を受診するとき、初診時にはたいていそのことを伏せて受診します。多くのケースではそれを言う必要がないからですが、なかには過去に医療機関でイヤな思いをしたという人もいます。ただし、医療者はLGBTの人たちが少なくないことを知っていますから、たとえその患者さんが結婚していたとしてもLGBTである可能性があると考えます。したがって、男性の患者さんと話す場合は、「奥さんはいらっしゃいますか」「彼女はいますか」などという言葉は使いません。「パートナーはいますか」が正しい言い方です。ゲイの人に「彼女は」、レズビアンの人に「彼氏は」などの言葉を使うと、それだけでその人を傷つけることにもなるのです。
これは一般社会でも同じである、と私は考えています。(あなたが女性とすれば)同僚の女性に何気なく「今、彼氏いるの?」などと聞くこと自体が傷つける言葉になってしまうかもしれません。また(あなたが男性とすれば)男性の新入社員に「おごってやるからキャバクラに行こうぜ」などということも不快な言葉になりえます。さらにこういった会話はセクハラに該当するかもしれません。
あまり「〇〇という言葉はNG」といったことが増えると言葉狩りのようになってしまいますが、「性」とは非常にデリケートなものですから、特にストレートの人たちは言葉の選択に充分に注意しなければなりません。これは「新しい時代が来た」わけではなく、「これまでの時代が古すぎた」と考えるべきと、私は思います。
注1 この『New York Times』の記事のタイトルは「A Gay Chief Makes History as His Bank Goes Public」で、下記のURLで全文を読むことができます。Trevor Burgess氏の写真も掲載されています。
http://www.nytimes.com/2014/08/15/business/a-gay-chief-makes-history-as-his-bank-goes-public.html?module=Search&mabReward=relbias%3Ar%2C{%222%22%3A%22RI%3A12%22}&_r=0
注2:日経新聞は「職場の性的マイノリティー施策 日本企業にも広がる 福利厚生に反映」というタイトルで2014年8月19日に特集記事を載せています。下記URLで一部が参照できます。(全文を読むには同紙の有料会員になることが必要です)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFE13H0K_V10C14A8NNMP00/
参考:GINAと共に
第3回(2006年9月)「美しき同性愛」
第93回(2014年3月)「同性愛者という理由で終身刑」
第86回(2013年8月)「なぜ日本では同性婚の議論が起こらないのか」
第71回(2012年5月)「オバマの同性婚支持とオランドのPACS」
第60回(2011年6月)「同性愛者の社会保障」
第96回(2014年6月)「行政がホモの指導の必要ない」という発言」
では、同性愛者に対して寛容な国はどこかと問われれば、タイはその代表国に入るでしょう。タイでは、例えば下校時の中学生の集団に遭遇すると、男子生徒全体の1割くらいは明らかにゲイという格好をしています。女子用のバッグなどを持ち、化粧をしていて、女性らしい仕草で女子生徒と談笑していますから、一目見れば分かります。
タイでは女性の同性愛者も珍しくなく、しかもそれをカムアウトしている人たちが大勢います。私は初対面の女性から「あたしはバイセクシャルだけど今は(男性の)カレシがいるの」という話を聞いたこともあります。
すべての組織で同性愛者が受け入れられているわけではありませんが、タイでは男女とも同性愛者であることをカムアウトしている人たちが少なくなく、またトランスジェンダーの人たちも他国に比べれば暮らしやすい国といえるでしょう。ただし、「他国に比べれば」であり、レディボーイ(日本風に言えば「ニューハーフ」)の客室乗務員を採用する予定があるということで話題になったPCエアーという航空会社も結局は実現に至らなかったようです。
タイの歓楽街に行けば、ゲイ・ストリートやレズビアン・ストリートがあり、自国では堂々とカムアウトできないLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)たちが世界中から集まってきます。実際、日本人のLGBTのなかにもタイが好きという人たちは少なくありません。
では、欧米ではどうかというと、同性婚が認められる国や地域が増えてきていますし、オバマ大統領は「同性婚を支持する」と公言していますし、フランスではPACSという同性愛者に異性愛者と同様の権利を与えるパートナーシップの制度が普及しています。
ただし、欧米でも一般の会社、特に大企業ではLGBTであることをカムアウトしている人はそう多くありません。それが社長クラスになるとなおさらです。しかし、です。ついに米国のある地方銀行のCEO(最高経営責任者)であるTrevor Burgess氏が自らがゲイであることをカムアウトし、それが『New York Times』に写真入りで報道されました(注1)。
この記事のタイトルにわざわざ「Makes History」とあるのは、米国の銀行のトップでゲイであることをカムアウトした人物はこれまでなかったからです。記事によると、欧米諸国では大企業のトップがLGBTであることをカムアウトすることはほとんどなく、Trevor Burgess氏の勇気ある行動は「歴史的」と言えるそうです。またこの記事では、BP社(英国の大手石油会社)のCEOであったJohn Browne氏が、2007年に英国のタブロイド紙にゲイであることをスクープされたせいで辞任に追い込まれたことについても紹介されています。
企業のトップ(CEO)がLGBTであることをカムアウトする現象は急激には広まらないかもしれませんが、LGBTにフレンドリーであることをアピールする企業はこれから急速に広がるのではないかと私はみています。そう考える根拠になる例をここでふたつ取り上げたいと思います。
ひとつは、世界中に展開している大手ホテルチェーンの「マリオット」です。LGBTの有名人を起用した広告キャンペーンを開始し、LGBTの宿泊者を歓迎することをPRしています。ワシントンで行われたLGBTのパレードにも参加し、子どものいる同性カップル向けのイベントの企画もしているそうです。
ふたつめの例は日本の「任天堂」です。ただし「マリオット」とは逆で、LGBTを"差別"していることが批判されたという話です。同社は「トモダチライフ」という架空の生活を楽しむゲームソフトを2014年6月に発売したところ、「同性婚の設定がない」との批判が殺到し、謝罪に追い込まれ、次回発売のソフトではLGBTに配慮することを公約しました。
オバマ大統領の「同性婚支持発言」が拍車をかけているのか、このようにアメリカではLGBTの権利が声高々に主張されるようになってきています。
翻って日本はどうかというと、日本でもほんの少しずつですが、LGBTへの偏見がなくなる方向にあります。最近報道されたニュースをいくつか取り上げてみたいと思います。
1つめは、静岡県の59歳の会社経営者(CEO)が、2012年6月に会員制ゴルフ場の入会を拒否された事件の判決です。このCEOが入会を拒否されたのは、男性から女性に性転換していることが理由です。これに対しこのCEOは損害賠償を求める訴訟を起こしていたのですが、2014年9月8日の静岡地裁の判決は、「入会拒否は違法」とし原告の勝訴となりました。判決は当たり前といえばそうなのですが、このような不当な理由で入会を拒否されるといった事態は今後減少していくことが期待できそうです。
2つめは、「大阪ガス」の社内での取り組みです。2014年3月、同社は「ダイバーシティ推進方針」で、性的指向・性自認による差別をしない、という宣言をおこなったそうです。その後同社内で、LGBTの人たちがカムアウトを始めたかどうかについては報道されていませんが、日本の大企業がこのような取り組みを実施したことに意味があると思います。
3つめは、日本の会社でなく外資系の金融機関です。「ドイツ証券」の部長職を努める37歳の日本人男性が同性愛者であることを社内でカムアウトしたそうです。これを報道した日経新聞(注2)によりますと、きっかけは「同性パートナーとの同居が社宅の利用条件に合わないと不動産会社に指摘されたこと」だそうです。この男性は人事部に相談し、家族扱いが認められたそうです。
4つめは、ミクシィの子会社で結婚支援サービスの「ダイバース」で、これも上記日経新聞の記事で紹介されています。2014年9月、社内規定を改定し、事実婚や同性パートナーとの同居を届け出る「パートナー届け」制度をつくったそうです。異性婚の夫婦と同じように、結婚、育児、介護などの特別休暇や慶弔見舞金の対象になるようで、報道によれば、同社で働く26歳の女性契約社員は、「今までは"彼女"がいても、会社は認めてくれなかったのでうれしい。正社員を目指すモチベーションにもなる」とコメントしているそうです。
日本のLGBTの人たちは、これまで(今も)偏見の目にさらされることを避けるためにカムアウトできず、社会的不利益を被ってきたわけですが、ここで紹介したような企業がもっともっと増えてくれば住みやすい社会になっていくかもしれません。
ところで、これを読んでいるあなたはLGBTでしょうか。ストレートでしょうか。もしもあなたがストレートならあなたの友達や同僚にLGBTの人はどれくらいいるでしょうか。もしも「ひとりもいない」と思っているとすればそれは間違いである可能性が高いといえます。LGBTの多くの人たちは、よほどのことがない限りは職場や学校でカムアウトすることはないからです。
LGBTの人たちが医療機関を受診するとき、初診時にはたいていそのことを伏せて受診します。多くのケースではそれを言う必要がないからですが、なかには過去に医療機関でイヤな思いをしたという人もいます。ただし、医療者はLGBTの人たちが少なくないことを知っていますから、たとえその患者さんが結婚していたとしてもLGBTである可能性があると考えます。したがって、男性の患者さんと話す場合は、「奥さんはいらっしゃいますか」「彼女はいますか」などという言葉は使いません。「パートナーはいますか」が正しい言い方です。ゲイの人に「彼女は」、レズビアンの人に「彼氏は」などの言葉を使うと、それだけでその人を傷つけることにもなるのです。
これは一般社会でも同じである、と私は考えています。(あなたが女性とすれば)同僚の女性に何気なく「今、彼氏いるの?」などと聞くこと自体が傷つける言葉になってしまうかもしれません。また(あなたが男性とすれば)男性の新入社員に「おごってやるからキャバクラに行こうぜ」などということも不快な言葉になりえます。さらにこういった会話はセクハラに該当するかもしれません。
あまり「〇〇という言葉はNG」といったことが増えると言葉狩りのようになってしまいますが、「性」とは非常にデリケートなものですから、特にストレートの人たちは言葉の選択に充分に注意しなければなりません。これは「新しい時代が来た」わけではなく、「これまでの時代が古すぎた」と考えるべきと、私は思います。
注1 この『New York Times』の記事のタイトルは「A Gay Chief Makes History as His Bank Goes Public」で、下記のURLで全文を読むことができます。Trevor Burgess氏の写真も掲載されています。
http://www.nytimes.com/2014/08/15/business/a-gay-chief-makes-history-as-his-bank-goes-public.html?module=Search&mabReward=relbias%3Ar%2C{%222%22%3A%22RI%3A12%22}&_r=0
注2:日経新聞は「職場の性的マイノリティー施策 日本企業にも広がる 福利厚生に反映」というタイトルで2014年8月19日に特集記事を載せています。下記URLで一部が参照できます。(全文を読むには同紙の有料会員になることが必要です)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFE13H0K_V10C14A8NNMP00/
参考:GINAと共に
第3回(2006年9月)「美しき同性愛」
第93回(2014年3月)「同性愛者という理由で終身刑」
第86回(2013年8月)「なぜ日本では同性婚の議論が起こらないのか」
第71回(2012年5月)「オバマの同性婚支持とオランドのPACS」
第60回(2011年6月)「同性愛者の社会保障」
第96回(2014年6月)「行政がホモの指導の必要ない」という発言」
投稿者 医療法人太融寺町谷口医院