GINAと共に

第90回 日本人男性の奇妙な性の慣習 2013年12月号

  前回のコラムで、実際に私が医師として診察した性依存症の症例を3例(1例は奥さんからの相談)紹介しました。その3つの症例のいずれもが「性風俗店」を頻繁に利用していました。わずかな例で断定することはできないかもしれませんが、私には、日本人で性依存症をわずらっている人の多く、さらに性依存症とまで言えなくても日本人男性の何パーセントかは「性風俗店」をいとも簡単に利用しているように思えてなりません。

 私が日本人の性行動がおかしい、あるいは「おかしい」とまで言えないとしても西洋人と大きく異なることに気付いたのは、2006年、タイのフリーで顧客をとるセックス・ワーカーの調査を実施したときです。

 我々がこの調査が必要と考えたきっかけは、なぜ外国人(特に西洋人)は自国ではなくタイでHIVに感染するのか、について知りたかったからです。すでに世界のマスコミでは、タイでHIVに感染する外国人が多いことが指摘されていましたし、医学誌『British Medical Journal』では、イギリス国籍を持つ異性愛者でHIVに感染した男性の69%は海外での感染で、国別ではタイが最多で全体の22%に相当するということが報告されていました(注1)。

 なぜ知的レベルの高い(はずの)英国人がいとも簡単にタイで危険な性行為をおこなうのか、我々はそれが知りたかったのです。

 しかし我々はこの答えがまったく分からないから調査に乗り出したというわけではなく、ある程度の見当はついていました。そのヒントは『British Medical Journal』のこの論文のなかにありました。筆者は「intimate friends」(仲の良い友達)というキーワードを使いこの点を解説しています。つまり(品位のある)英国人は、タイの歓楽街で夜に働く女性をセックス・ワーカーとしてではなく「intimate friends」(仲の良い友達)とみなしている、というわけなのです。

 ただし、そう聞かされても、ああ、そうなのですね、と同意するには無理があります。夜にバーなどに出かけてターゲットとなる男性を見つけ、お金を介した性交渉をしている女性はやはりセックス・ワーカーではないか、と常識的には考えられるからです。この謎を解くことをひとつの目的としてGINAの調査が開始されました。

 調査では様々なことがわかりました(注2)。医学的に最も興味深かったのは、週あたりの顧客の数が少なければ少ないほど性感染症の罹患率が高いということです。これは一見不可解です。単純に考えて、顧客人数が多ければ多いほどそれだけ性感染症のリスクが高くなるはずだからです。

 では、なぜまったく逆の結果となったのか。この答えがintimate friends(仲の良い友達)という言葉にあります。つまり、時間がたつにつれて、最初は顧客とセックス・ワーカーの関係だったのがいつのまにか「金銭の関係以上・恋人未満」という関係になり、さらにこれが進行して「友達以上・恋人未満」(タイの文化やタイ語に詳しい人なら「ギグ」という言葉がしっくりくるでしょう)、あるいは本当の「恋人」の関係、そして実際に結婚にまで至るケースもそう珍しくはないのです。

 西洋人がそうならば日本人も同じかというと、同じ点とそうでない点があります。同じ点としては、日本人のなかにも西洋人と同じように、最初は顧客とセックス・ワーカーの関係であったのだけれどもそのうちに本物の恋愛感情に発展していき、実際に同棲・さらに結婚に至るケースも珍しくないということです。

 次に、西洋人と日本人の異なる点について述べていきたいのですが、ここからが今回の本題です。この調査はGINAがタイ人の女性数名を雇い、半年間に渡り総勢200名のセックス・ワーカーに対し実際に聞き取り調査をおこなったのですが、このときの私はまだ勤務医の立場で比較的休暇を取りやすかったために2~3ヶ月に一度タイを訪れていました。この調査の進捗状況も度々確認するために、実際に私自身が歓楽街に出かけたこともあります。(ただしセックス・ワーカーへの聞き取りは全例タイ女性にまかせました)

 そんななか、バンコクの歓楽街で私はひとりの日本人男性の大学院生(仮にS君とします)と知り合いました。いつの間にかS君とは連絡がとれなくなってしまったのですが、彼は当時、論文にまとめるとかでタイの性風俗についての調査をしていました。S君がユニークなのは、実際に様々な風俗施設にまで出向いて調査をしていたことです。いわばフィールドワークをきちんと実践していたというわけです。誤解のないように言っておくと、S君はそこで女性を買っていたわけではありません。タイの性風俗店というのは、建物の中には気軽には入れるようで、もしもそこで気に入った女性がいればそこから金銭の交渉が始まるそうなのです。施設によっては食事をしながら「商品としての」女性を眺めることもできるそうです。

 S君は、マッサージパーラー(日本で言うソープランド)で西洋人を見たことがないと言います。ほとんどが日本人もしくはタイ人だそうで、高級店になると日本人オンリーになり、客に交渉をしかけるタイ人男性は日本語がかなり堪能だそうです。

 さらに興味深いことがあります。S君によると、日本人には団体客が多く、企業の接待でそのような場所を使うことも珍しくないそうなのです。例えば、バンコクに支店をかまえるある会社が、取引のある日本の会社から出張に来ている数名を接待としてそのような性風俗店に連れて行く、といった感じだそうです。その後、同じような話を日本人、日本人をよく知るタイ人から何度も聞きました。

 つまり、団体で女性を買うのが日本人、それもその団体というのはプライベートの友達ではなく仕事を通した団体であるのが日本人、ということが言えるわけです。ここが西洋人にはみられない日本人の買春の特徴です。

 そしてもうひとつ日本人の特徴があります。ここで話をGINAの調査に戻します。GINAが対象としたのは「フリーのセックス・ワーカー」です。フリーというのは無料という意味ではもちろんなく、性風俗店などに所属せずに顧客との交渉は自分でおこなう、という意味です。男女が集まるバーやカフェなどに出向き、そこで自ら男性に声をかけ、あるいは声をかけられるのを待ち顧客を探すというわけです。

 ポイントはここからです。金銭を介した交渉ということでは同じですが、日本で言う「性風俗」と異なるのは女性の方に拒否権があるということです。つまり、男性がバーやカフェで気に入った女性を見つけたから金で連れ出せるというわけでは必ずしもなくて、その女性に気に入られなければ連れ出すことはできないのです。もちろん彼女らの大半はお金に困っていますから、よほどのことがない限り男性の申し入れを拒否することはないでしょう。しかし、彼女らもできることなら好みの男性と一夜を過ごしたいでしょうし、会話も楽しみたいわけです。あわゆくば本当の恋人や結婚、という想いがあることもあります。

 実際GINAの調査では、セックス・ワーカー200人のうち、顧客を恋人にしてもよいかという質問に「イエス」と答えたのが77%、顧客と結婚してもよいかに「イエス」と答えたのが82%にものぼるのです。

 GINAのこの調査では、「どこの国の男性が好きか」という質問もしています。その答えは西洋人が154人なのに対し、日本人はわずか26人しかいません。この数字も踏まえて私が調査全体から得た日本人男性の買春に対する印象をまとめると下記のようになります。

・日本人は初対面の女性とコミュニケーションをとるのが苦手
・日本人はコミュニケーションをとらずいきなり性交渉をおこなうことに抵抗がない
・日本人は夜に遊ぶ女性を探すという個人的なことですら個人でなく団体で行動する
・日本人の団体行動はプライベートな友達ではなく仕事上のものであることが多い

 西洋人の特徴はこの逆になります。つまり、コミュニケーションを楽しむことができて気に入った女性がいると果敢にアタックし、個人で行動するのです。

 これはどちらがいいかを結論づけることに意味はないかもしれませんが、私個人の印象を言えば西洋人型の方に好感がもてます。もっと言えば、以前も述べましたが、集団買春などという馬鹿げたことをしているから、従軍慰安婦の問題に対する日本人の発言が説得力を持たないわけです(注3)。

 最近は「コミュ力」とか「コミュ障(害)」という言葉が流行しているようで、私自身はこのようなコミュニケーション至上主義には疑問がありますが、それでも性愛に関してはコミュニケーションを重要視すべきだと思います。

 コミュニケーションを大切にしていない、性とは極めて個人的なものであるのにもかかわらず団体行動をとろうとする、このふたつが私自身が思う日本人男性の性愛についての問題です。そして、コミュニケーションを重視しないから、いきなり性交渉が始められる(?)性風俗店に行く男性が存在し、さらにそれを団体行動でおこなうといった、諸外国からは理解できない行動がとられているのです。

 しかし、です。先に紹介したように、西洋人はセックス・ワーカーとコミュニケーションを密にとるから顧客とセックス・ワーカーの関係からintimate friendあるいは恋人への関係へと進展しやすいわけで、さらにこの関係がコンドームを用いない性交渉(unprotected sex)へと移行し、その結果がHIVの増加につながっているとも言えるわけです。

 ということは、日本人の男性は"日本式の"性風俗を好むが故に、世界諸国からみるとHIVの感染者が少ないと言えるのかもしれません。何とも皮肉なものです・・・。


注1:この論文は医学誌『British Medical Journal』の2004年7月22日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Sex, sun, sea, and STIs: sexually transmitted infections acquired on holiday」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/329/7459/214

注2:この調査の詳細はこのサイトの「タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について」で詳しく紹介しています。興味のある方は下記を参照ください。
http://www.npo-gina.org/taihuri-baishunhu/


注3:この点については下記の「GINAと共に」を参照ください。
第69回 南京虐殺と集団買春(2012年3月)