GINAと共に

第88回 HIVを故意にうつす人たち

  もはやHIVはまったく珍しい病気ではなくなり、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にもほぼ毎日のようにHIV陽性の患者さんが受診されます。

 谷口医院では抗HIV薬の処方はできないために(抗HIV薬は更生医療の適用となるため通常はHIV拠点病院で処方されます)、まだ抗HIV薬を飲んでいない人が定期的な検査に来られたり、抗HIV薬をすでに開始している人も含めて、風邪、腹痛、じんましん、不眠といったプライマリケアの治療目的で、といった受診です。

 最近は、初診の患者さんで、例えば花粉症やアトピー性皮膚炎などで受診されて、問診票の「今かかっている病気や過去にかかった病気」の欄に「HIV」と記載されていることも増えてきました。

 最初の受診の目的がHIVの検査や治療でなかったとしても、何度か通院されるうちに診察室での問診や質問の内容の中心はやはりHIV関連のことになってきます。職場での悩み(私はよほどのことがない限り「職場ではカムアウトすべきでない」と話しています)や、家族との関係の悩みなどを聞くことが多いのですが、一番多く相談されるのが「恋愛の悩み」です。パートナーのいる人であれば、パートナーに気を遣う・・・、パートナーはいずれ去っていくのではないか・・・、などの悩みが多く、パートナーがいない人であれば、パートナーはつくるべきでないのではないか・・・、言い寄ってくる人がいるんだけど感染のことが言い出しにくくて・・・、などと話されます。

 谷口医院に通院しているHIV陽性の人たちは、恋愛も含めて何に対しても真面目でいい人が多く(このような言い方をすると「親バカ」ならぬ「主治医バカ」と思われるかもしれませんが・・)、他人への感染を防ぐにはどうすべきか、ということをいつも気にしています。間違っても感染させるかもしれない危険な性交渉をおこなうことはありません(と、私は思っています)。

 しかし、世の中にはそのような良心的なHIV陽性の人ばかりではないようです。感染させる可能性があることがわかっているのにもかかわらず性交渉をもつ、さらにそれが強制的な性交渉、つまりレイプである場合もあるのです。

 以前タイ東北地方のアムナートチャルン県で30代のHIV陽性の男性が50人近くの少女にレイプしていたという事件を紹介しました(下記「GINAと共に」参照)。最近、タイで再びとんでもない悪質な事件が起こりましたので今回はまずそれを紹介し、さらに世界のマスコミでときおり報道されているHIV陽性者の無防備な性交渉やレイプについて考えてみたいと思います。

 タイの英字新聞『Bangkok Post』2013年8月30日号(注1)によりますと、タイ東部チョンブリー県にある児童施設で保護されていた4歳の少女が施設内で複数の男性からレイプの被害にあっていたことが発覚しました。この少女は母親と二人暮らしで、母親はタイの歓楽街パタヤのバーで働いており、2013年6月に薬物容疑で逮捕され拘留されていました。母親は自分が戻るまでの間この施設に娘を預けていたというわけです。

 2ヶ月ぶりに再会した娘の体調がおかしいことに気づいた母親は病院に連れて行きました。医師の診察で膣と肛門から出血があることが判り、レイプの被害に合っていたことが判明しました。警察の調査からこの施設に入所している複数の男性からレイプを受けていたことが明らかとなりました。

『Bangkok Post』の報道はここまでです。これだけでも到底許すことのできない事件であることがわかりますが、この事件には続きがあります。タイの英語でニュースを議論するあるサイト(注2)の情報によりますと、この幼女をレイプした犯人のなかに57歳の男性N氏がいます。

 この57歳のN氏、なんと元警察官だというのです。しかし違法薬物(またもや薬物事件です・・)で警察を解雇されたのが1975年という報道もありますから、おそらく警察官になって間もない時期に解雇されているのだと思われます。そして、報道からは原因や時期はわかりませんが、右足に障害があり車椅子の生活を余儀なくされていたようです。

 問題はここからです。ある報道によると、このN氏がHIV陽性だというのです。ある報道では「生命を脅かす病気(life-threatening disease)」とされていますが、別の報道ではHIVとされており、これはテレビでも放映されました(注3)。なぜこの男性が児童施設にいたのかが気になりますが、ある報道によりますと、ラヨン県の施設で近日中にHIVの治療を受ける予定だったそうです。しかしすぐには入所できなくて待機する間この児童施設に一時的に入所することになっていたそうです。

 私のようにタイを中途半端にしか知らない者からみると、あんなに他人に対して優しい心を持った人たちの国でなぜこんなことが・・・、と思ってしまいますが、タイをよく知る人たちに言わせると、「タイでは似たような事件はいくらでもあって今回の事件も特に驚くに値しない・・・」そうです。

 他国をみてみましょう。2013年3月13日の「LivedoorNEWS」によりますと(注4)、台湾の38歳の男性が、自身がHIV陽性であることを知りながら違法薬物の「ケタミン」のパーティ(事実上は同性愛者の乱交パーティ)を開催し100人以上の男性と性的関係をもったそうです。そして、パーティに参加した50人がHIVに感染したそうです。さらに驚かされるのが、この男性は小学校の教師だそうです。現在はすでに逮捕されており勤務先の学校から停職処分を受けているそうです。

 これと似たような事件は以前オーストラリアでもありました。当時40代のHIV陽性の男性(同性愛者)が乱交パーティを開催し2000年から2006年の間に少なくとも16人に故意に感染させようとし実際にそのうち2人はHIVに感染したそうです(下記GINAニュース参照)。

 ヨーロッパでもこのような事件がときどき報道されます。例えば、2008年2月にBBCで報道されたニュースによりますと、当時32歳のスウェーデン在住のイギリス人男性(ストレート)がインターネットで知り合った女性100人以上と性交渉をもち、少なくとも2人の女性(なんと2人とも15歳未満の少女)がHIVに感染していたそうです(下記GINAニュース参照)。

 それにしてもなぜこのような事件が起こるのでしょうか。私はタイでも日本でもHIV陽性の人たちを多数みてきましたが、彼(女)らは社会的な不利益を被っていることが少なくありません。特にタイでは、最近は改善されてきてはいますが、地域社会から家族から、そして医療機関からも差別されてきた人たちをずいぶんとみてきました。そのような経験があるために、ついつい私はHIV陽性の人を助けたいという気持ちが強くなりすぎることがあります。逆差別してはいけない、ということを自分に言い聞かせることもしばしばあります。

 そのような私からみると、HIV陽性者が相手に黙って性交渉をもつのは許されないとしても、社会からの差別やスティグマがあるからHIV陽性であることを言い出しにくいのです。感染を隠して性交渉をもつ人たちだけに責任を押しつけるのではなく、社会全体で差別やスティグマをなくす努力をおこなわなければならない、というのが私の考えです。

 しかし、上に紹介した元警官による4歳の女子へのレイプ事件や、小学校教師が乱交パーティを開き50人以上に感染させた事件などをみると、悠長なことを言っている場合ではありません。特に幼女へのレイプについては絶対に許せる事件ではありません。

 けれども、このような犯罪者に対する糾弾の声が大きくなればなるほど、善良なHIV陽性の人たちも影響を受ける可能性があるわけで・・・、そのあたりがむつかしいところです。


注1 この記事のタイトルは「Girl, 4, raped repeatedly in child shelter」で、下記のURLで閲覧することができます。
http://www.bangkokpost.com/news/local/367160/young-girl-repeatedly-raped-after-being-placed-in-child-shelter

注2:下記のURLで閲覧することができます。
http://www.udontalk.com/forum/viewtopic.php?f=24&t=12826

注3:下記のURLを参照ください。映像もあります。(ただしタイ語です)
http://hilight.kapook.com/view/90564

注4:下記のURLを参照ください。しかし、この記事の信憑性は検証できませんでした。いくら何でも1人で50人に感染させたというのはあまりにも多すぎるような気がしますし、これだけの事件をおこしておいて勤務先の小学校から解雇にならずに停職処分を受けただけということにも違和感があります。
http://news.livedoor.com/article/detail/7494676/


参考:
GINAと共に第44回(2010年2月)「エイズ患者によるレイプ事件」
GINAと共に第51回(2010年9月)「HIV感染を隠した性交渉はどれだけの罪に問われるべきか」
GINAニュース2007年3月23日「オーストラリアのゲイが乱交パーティを主催し・・・」
GINAニュース2008年2月7日「2人の少女にHIVを感染させた男が有罪に」