GINAと共に

第84回 橋下市長の発言に対して誰も言わないこと(前編)(2013年6月)

 2013年5月13日、大阪市の橋下市長が記者団の取材に応じ慰安婦問題などについておこなった発言は、日本国内のみならず世界中で物議を醸し、これまで多くのマスコミや知識人などがコメントを発しています。

 当たり障りのないコメントから、橋下市長を(全面的にではないにせよ)擁護するような意見まで多くの議論が飛び交っていますが、一連の橋下市長のコメントで私が最も強く疑問を感じた2つの点についてはなぜか誰もコメントしていないので、今回(と次回)はそれについて述べたいと思います。

 従軍慰安婦に関する橋下市長の一連の発言は、部分的には筋が通っているのではないかと私は感じています。話を都合のいいようにすり替えている、などと指摘されることもあるようですが、少し贔屓目にみれば、橋下市長の発言には頷けるところもあります。

 例えば、「歴史をひもといたら、いろんな戦争で、勝った側が負けた側をレイプするだのなんだのっていうのは、山ほどある。弾丸が飛び交う中で命をかけて走っているとき、どこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度が必要なのは誰だってわかる」、というコメントがあったようです。この発言に対し、ヒステリックに反応した人も少なくないようですが、このこと自体は全面的に誤りとは言えないと思います。

 あまり堂々と語られることはありませんが、戦後米兵にレイプされた日本人女性は少なくないという指摘があり、現在でもときおり強姦事件が報道されていることからもこれは自明でしょう。1955年に沖縄で起こった「由美子ちゃん誘拐強姦惨殺事件」はあまりにも悲惨であり、その後その地域では「由美子」という名前を付ける親がいなくなったほどです(下記コラムも参照ください)。

 1995年におきた黒人米兵3人による小6少女レイプ事件は多くの人にとってまだ記憶に新しいでしょう。この事件の直後に当時のアメリカ太平洋軍司令官は「レンタカーを借りる金で女が買えた」と発言しました。

 今回の橋下市長の発言のなかに、米軍普天間飛行場の司令官に対して「もっと風俗業を活用してほしい」と進言した、というものがありますが、この発言も1995年の当時の司令官のコメントの直後なら、世論の批判はここまで大きくなかったかもしれません。「あなたがたが性欲をおさえられない異常集団だということはよく分かりました。次からはお金を払って合意を得た女性を相手にしてくださいね。小学生はお願いだから勘弁してくださいね」と言っているようなものですから、米兵、さらに米国民に対して痛烈な皮肉になったはずです(ただし、沖縄県民に対しては失礼極まりない発言です)。 

 ちなみに、橋下市長の発言がまだ覚めていない2013年5月21日、米海軍佐世保基地の米兵2人が日本人女性に対する性的暴行の疑いで取り調べを受けていることを一部のマスコミが報じています。

 軍人が一般女性をレイプするのはアメリカ人だけではありません。例えばベトナムには「ライタイハン」という言葉がありますが、この言葉の意味は「ライ」が雑種、「タイハン」は韓国です。つまり、ライタイハンとは、ベトナム戦争で米国を支援するためにベトナムに派遣された韓国兵と現地女性との間にできた子供のことです。ライタイハンのなかには、現地女性と韓国兵との間に恋愛が芽生えてその結果生まれてきたというケースもあったでしょう。しかし、レイプで孕まされたベトナム人女性が多かったことが指摘されていますし、レイプでなくても、お金を払って現地女性を買っていた韓国兵がいたことを否定する人はいないと思います。

 タイのパタヤでは、今でも米海軍が寄港すると数千人の米兵が女性を買っているのは誰もが認める事実です。世界中にこのような例はいくらでもあり、橋下市長の言うように、軍人のなかには買春に及んだり、あるいはレイプの加害者になったりするケースがあるのは間違いありません。ですから、橋下市長の発言に対し、ヒステリックに「女性の権利を踏みにじる許せない発言」と言ってみたり、従軍慰安婦の保証問題に議論を持っていったりすると話が噛み合わなくなるわけです。

 ただし、私は橋下市長の従軍慰安婦に関する発言に対して看過できない部分があります。

 橋下氏は市長に就任する前(2003年)に、テレビ番組で「日本人による集団買春は中国へのODAみたいなもの」と発言し、そしてその言葉の責任をとり、涙を浮かべながら番組を降板することを宣言しそのままスタジオから出て行った、というエピソードがあります。

 私はこれをテレビで見ていたわけではなく後で知ったのですが、いくら問題発言をしたからといって、生放送中に謝罪をし自ら降板したというその行動に潔さを感じました。そして、集団買春が断じて許されるべきでないことをきちんと認識されたのだろうと信じていました。

 しかし、今回の一連の発言のなかに、「精神的に高ぶる集団には慰安婦制度が必要」「もっと風俗業を活用してほしい」などという発言があったということは、橋下市長の本心では、今でも「集団買春はODAみたいなもの」という考えが変わっていないのではないかと疑わざるを得ません。橋下市長は「集団買春」というものはあって当然で「みんながおこなう正常な行為」とみなしているのではないでしょうか。

 戦中のことを知る手がかりは限られていて従軍慰安婦のことについてはっきりしたことはわかりません。従軍慰安婦がなかったと主張する日本人は多いですが、一般に「あったこと」よりも「なかったこと」を証明するのは困難です。しかし、戦中のことは分からなくても現在のことは分かります。私は、橋下市長や橋下市長の主張を全面的に支持する人に聞いてみたいことがあります。

 それは「集団買春をしている国民が日本以外にあるか?」というものです。私はGINAの関連でタイの売買春について取材をしたことがあり、中国で問題になったような集団買春をタイでおこなった日本の組織があることを知っています。しかしいくら取材を重ねても日本人以外が集団買春をおこなったという話は聞けませんでした。(ただし、金払いの良さや女性に対して暴力を振るわないなど最も"紳士的"なのも日本人という声もありましたが・・・)

 21世紀になってから日本を訪れる韓国人や中国人が増え、例えば九州のゴルフ場などでは日本人客の方が少ない日もあると聞きます。しかし、ではその韓国人や中国人の中年の男性の集団が日本人女性を集団買春しているかというと、そのようなことは(私が知らないだけかもしれませんが)まったく聞きません。

 では、なぜ日本人以外の国民は集団買春をしないのでしょうか。それは、そういった行為が恥ずかしいという羞恥心を持っているからではないでしょうか。その逆に、ODAみたいなもの、風俗業を活用してほしい、などと発言する橋下市長にはその羞恥心がないように感じられるのです。

 赤信号みんなで渡れば・・・、などという言葉があることからも分かるように、日本人というのは集団になれば信じられないような行為を簡単にしてしまう民族なのかもしれません。しかし政治家はそうであってはなりません。まともな羞恥心を持ち、上品な言動をこころがけるべきです。

 まとめていきましょう。橋下市長の発言に対する私の疑問のひとつは、「集団でおこなう破廉恥な行為をあまりにも当然のことのように考えていないか」ということです。個人行動として戦地でレイプをする米国人や韓国人の方が正しい、と私は言っているわけではありません。「誰だって・・」という表現に私は同意しませんが、性の衝動を抑えられない軍人がいるのは間違いないでしょうし、旅行先で性的衝動が抑えられなくなる人がいるのも事実でしょう。どれだけ道徳教育をしようが、モラルに逸脱した人間を皆無にするのは現実的には不可能だと思います。しかし、集団行動を是認するというのはあまりにも飛躍しすぎですし、それを政治家が公言するなどというのはあってはならないことだと私は思います。
 
 それからもうひとつ指摘しておきたいのは、橋下市長は性感染症のリスクを知っているのか、ということです。ガンやリウマチなどの疾患であれば、病気と戦っている人や克服した人がマスコミに登場したり、本を出したりしますが、「性風俗に行ってHIVになりました」、とか、「風俗でB型肝炎ウイルスをうつされ入院して妻と子供は逃げていきました・・・」、などといったことを堂々と公表する人はほとんどいません。しかし現実には「性風俗を利用してその後の人生が大きく変わってしまった」、という人は枚挙に暇がありません。橋下市長がそのような現実を知っているとは到底思えない、というか、知っていたらあのような発言はしないと思うのです。

 政治家というのは大変強い影響力を持っています。橋下市長の発言を聞いて、「性風俗って意外に敷居が低いんだな・・」と感じる青少年が出てくるのではないか、私はそのことを危惧します。

 そして、一連の橋下市長の発言で、もうひとつ私が看過することのできないものがあり、そのことの方が今回述べたことよりも重要なのですが、それについては次回お話したいと思います。


参考:GINAと共に
第81回(2013年3月)「レイプに関する3つの問題」
第69回(2012年3月)「南京虐殺と集団買春」