GINAと共に

第73回 ドラッグ天国に舞い戻ったタイ(その3)(2012年7月)

 このコラムの2008年7月号では「ドラッグ天国に舞い戻ったタイ」、2010年7月号では「ドラッグ天国に舞い戻ったタイ(その2)」というタイトルで、2000年代前半にはいったんクリーンになりかけたタイで再び違法薬物が蔓延しているということを述べました。

 それから2年がたちましたが、この勢いはさらに加速しています。2011年8月にはタクシン元首相の実の妹であるインラック首相が就任し、これでタクシン時代ほどではないにしても、ある程度厳しい取締りがおこなわれるのではないかという期待もありましたが、現実は、違法薬物はますます大量に流通するようになっています。

 現在のタイの違法薬物には3つの問題があると私は考えています。

 まずひとつめは、ミャンマー、ラオス、カンボジアというタイに隣接している3つの国から陸路で薬物を持ち込むことが簡単であることがあげられます。この3つの国の薬物事情はいずれも深刻で、事実上外貨獲得の大きな手段になっていることもあり、国の体制が変わらない限りは供給量が減ることはないでしょう。

 現在、タイ政府は国境の検問所での検査の強化に努めているようで、少しずつ成果を挙げているようですが(だから逮捕者の報道も増えているわけです)、さらに厳しくする必要があるでしょう。カンボジアと国境を接するチャンタブリ県やサケオ県での検問所はかなりしっかりしてきたようですが、同じくカンボジアとの間に国境を有するトラート県ではまだまだ不十分とみられています。

 しかしこの点については、人員を増やす、X線装置を充実させる、などの対策で比較的簡単に解決するかもしれません。

 現在のタイの違法薬物に関する2つ目の問題点は、刑務所内での使用者が多いということです。

 タイの地元紙の報道によりますと、2012年5月15日、ノンタブリ県(バンコク北部に隣接する県です)のバンクワン中央刑務所で受刑者1,000人に対する薬物検査を実施したところ、なんと、200人に陽性反応が出た、というのです。

 これまでも刑務所内での薬物(主に覚醒剤)使用は何度も報道されています。隠し持った携帯電話で薬物取引が指示され、受刑者の知人が差し入れたものに隠されていたり、刑務所の敷地内に投げ込まれた動物の消化管内に入れられていたりしたこともあったそうです。

 タイの刑務所では、なぜこのようなことが可能なのかといえば、おそらく看守のなかに不正行為を働く者がいるからでしょう。なかには看守自らが受刑者に薬物を売っているのではないかとの指摘もあります。我々日本人の感覚からすれば、「刑務所内でこのようなことがあるなんて信じられない」、となりますが、改めて考えてみると、日本の役人というのは(アジアでの比較ですが)他国と比べると極めて真面目で公正なのです。

 ちなみに、この話をフィリピンの刑務所事情に詳しい知人に話すと、タイはまだましでフィリピンではこの比ではないそうです。まず警官が薬物で犯人を捕らえ、押収した薬物を刑務所内で受刑者に売るそうなのです。また、驚くべきことに、フィリピンの刑務所内では買春が当たり前のようにおこなわれているそうです。刑務所を"職場"としているセックスワーカーがいて、事実上売春行為が公認されているというのです。もちろんセックスワーカーたちはショバ代を警官に払わなければなりません。このような構図で、警官は刑務所内で小遣いを稼ぎ、受刑者は快適に(?)「お勤め」をし、セックスワーカーは商売ができている、というわけです。そして、受刑者たちは、違法薬物(針の使い回し)や買春が原因となり刑務所内でHIVに感染していくそうです。

 話をタイに戻しましょう。現在のタイの違法薬物の3つめの問題は、風邪薬から覚醒剤への合成がかなり派手におこなわれている、ということです。複数の国立病院も巻き込み、政治家や役人も関与している可能性が指摘されています。実際、ピサヌローク県の基地に勤務するピヤナット陸軍少佐は、2012年1月にこの件で逮捕され、身柄がバンコクの麻薬制圧局に拘束されました。

 (あまり詳しく書きたくありませんが)風邪薬(市販のものも含めて)に含まれているエフェドリンなどの咳止めの成分は覚醒剤(メタンフェタミンやアンフェタミン)と類似したもので、理系の大学院生くらいの知識があれば簡単に合成することができます。設備も特別なものは不要で、高校の理科室くらいの備品があれば十分に可能です。

 病院に置いてある風邪薬を右から左に流すだけで大金が入るとなれば、病院の職員のなかには犯罪に手を染める者がでてきても不思議ではありません。実際、今年(2012年)はいくつもの国公立を含む病院で風邪薬が不足し、必要な患者さんに処方できなくなっています。報道によりますと、ここ数年間で少なくとも合計4,500万錠の風邪薬が紛失しているそうです。

 さらに大規模な動きもあります。法務省の調査によりますと、2012年4月、韓国から8億5千万錠もの風邪薬がタイに輸入されていたことが判りました。この輸入をおこなったのが電子部品を扱う会社と自動車販売会社であることも判明しており、民間企業が覚醒剤の製造に関与していることが明らかとなりました。さらに法務省は、中国から100億錠もの風邪薬が輸入される契約があったことをつきとめて公表しています。

 私はこれまで、覚醒剤が最も深刻な国は日本であり、タイはまだましな方、ということを何度も述べてきましたが、さすがにここまでくると、覚醒剤大国の汚名を日本からタイに譲り渡すべきかもしれません。

 では、どうすればいいのでしょうか・・・。タイのことはタイの役人や政治家が考えるべきですが、日本の深刻な覚醒剤汚染も合わせて考えたときに、私の現在の見解としては、「大麻を合法化して、覚醒剤や、さらにハードなヘロイン、コカイン、LSDなどを徹底的に取り締まる」というものです。

 これまで私は何度も述べていますが、日本で覚醒剤の敷居が低い理由のひとつは、大麻も覚醒剤も同じようなイメージが植えつけられているからです。そして、現在のタイも似たような状況になってきているように思われます。(もっとも、タイでは以前から「ヤーバー」と呼ばれる純度の低い覚醒剤が大量に出回っており、日本と同じように大麻と覚醒剤の差がそれほど認識されていなかったともいえます)

 欧米人の場合は、このあたりの認識がしっかりできています。オランダが大麻合法なのは昔から有名ですが、スペインでも2001年からは合法となっています。現在日本では女優Sがスペインで大麻を使用していたことが『週刊文春』で報道され話題になっていますが、同誌の取材で女優Sと一緒に大麻を摂取していたスペイン人男性が堂々と写真を撮らせているのは、同国では何ら違法行為ではないからです。21世紀を迎えてから南米でも大麻合法化を認める傾向にありますし、アメリカを含むいくつかの国では医療用大麻は(実際には医療用に用いなくても)簡単に入手できます。しかし、大麻フリークの欧米人(もちろん全員ではありませんが)は、覚醒剤を含むハードドラッグの危険性を知っています。なかには「アルコールやタバコは有害だからやらない」と言って大麻を楽しんでいる人たちもいます。

 人間はなぜ違法薬物に手を出すのか・・・。その理由のひとつは「つらくてしんどい現実から一時だけでも開放されたいから」ではないでしょうか。であるならば、大麻をその危険性(例えば大麻摂取後の運転は絶対にNGです)を理解した上で楽しみ、明日からまたがんばるようにしてみるというのはどうでしょうか。

 しかし、現在は日本では(タイでも)大麻は非合法ですし、合法化されている国や地域に行ったときも外国人は非合法である場合もあります。私は法律を犯してまで大麻を試すことに賛成しているわけではありません。日本でもタイでもここまで違法薬物が深刻化しているなかで、大麻合法化に関する発言をみんながおこなっていくことが重要ではないかと思うのです。もちろん大麻合法化に反対する人もいるでしょう。反対派と賛成派で意見を交わし大勢の人に是非を検討してもらうことが必要な時期にきているのではないかと思うのです(注1)


注1:参考までにUNODC(国際連合薬物犯罪事務所)が、世界の違法薬物に関する調査をまとめた「World Drug Report 2012」を発行しています。興味のある方は下記URLを参照ください。

http://www.unodc.org/unodc/en/data-and-analysis/WDR-2012.html

参考:
GINAと共に
第25回(2008年7月) 「ドラッグ天国に舞い戻ったタイ」
第49回(2010年7月) 「ドラッグ天国に舞い戻ったタイ(その2)」          
第53回(2010年11月) 「大麻合法化を巡る米国と覚醒剤に甘すぎる日本」
第34回(2009年4月) 「カリフォルニアは大麻天国?!」        
第29回(2008年11月) 「大麻の危険性とマスコミの責任」       
第13回(2007年7月) 「恐怖のCM」

(医)太融寺町谷口医院 マンスリーレポート(2012年6月) 「酒とハーブと覚醒剤」