GINAと共に
第53回 大麻合法化を巡る米国と覚醒剤に甘すぎる日本(2010年11月)
正確なデータを見たことはありませんが、アメリカのイラク帰還兵がHIVに感染する事例が増加しているという話を何度か聞いたことがあります。
戦場で想像を絶するほどの強いストレスを受けたことにより、PTSD(外傷後ストレス障害)となり、その苦しさからヘロインに手を出し、針の使いまわしによりHIVに感染するそうです。
帰還兵は、最初からヘロインに手を出すのではなく、まずはアルコール依存になることが多いそうです。一般的に、薬物は簡単に手に入るものから始められますから、これは容易に想像できます。心の苦しみから逃れるためにアルコールに手を出す→日夜問わずのアルコールへの耽溺→ヘロインの吸入(あぶり)→ヘロインの静脈注射→針の使いまわし→HIV感染となるのです。
アルコールは日本を含む多くの国と地域で成人であれば合法的に手に入りますから、他の薬物に比べて危険性が小さいように思われていますが、実際はそういうわけではありません。アルコールは依存性の大変強い薬物で、ときに人生を破綻させることもあります。また、HIVに感染したイラク帰還兵のように、他のハードドラッグに移行することも少なくありません。
現在アメリカでは、大学生が急性アルコール中毒で救急搬送されるケースが増加しているそうです。FDA(米国食品医薬品局)によりますと、カフェイン入りアルコール飲料が原因となるケースが増加傾向にあり、ついに「商品は違法」とする警告文をカフェイン入りアルコール飲料の製造元に通達したそうです。(報道は2010年11月22日の読売新聞)
2010年11月2日、米国カリフォルニア州ではマリファナ使用の合法化を巡る住民投票がおこなわれました。結果は、合法化反対派が賛成派を制し、マリファナ合法化は見送られることになりました。
住民投票で合法化が見送られたということは、住民の過半数がマリファナを禁止すべきと考えているということですが、少し見方を変えると、「過半数には及ばないものの大勢の人がマリファナを合法化すべきと考えている」ということになります。もしも、大半の人が違法で当然と考えていれば、そもそも住民投票がおこなわれることはないからです。
GINAと共に第34回(下記参照)で述べましたが、カリフォルニア州ではすでに医療用大麻は合法です。しかも、エイズやガンの末期でのみ使える、のではなく、「眠れない」「背中が痛い」「食欲がない」などの症状があれば医師に大麻の処方せんを書いてもらえるそうです。ということは、実質希望すれば誰でも大麻を合法的に入手することがすでに可能なのです。
ですから、大麻合法化に賛成する人たちの多くは、「現在の状況では入手しにくい大麻をなんとか手に入れたいから賛成」なのではなく、「大麻使用が医療に限定されることがおかしい」、と考えているのです。ある雑誌のインタビューに答えていた大麻合法化に向けて活動している人は、「大麻が違法なら、なぜ大麻よりも依存性の強いアルコールが合法なのか・・・」とコメントしていました。
たしかに、「大麻が違法でアルコールが合法」の理由を理論的に説明することは困難です。私にはその理由が見つけられません。
使用時に理性をなくしやすいのはアルコールでしょう。(大麻を吸って車の運転は危険すぎますが、アルコールはもっと危険です) 依存性がより強いのもアルコールです。アルコール依存を断ち切るのは並大抵の努力では無理です。コカインや覚醒剤(アンフェタミン、メタンフェタミン)はアルコール以上に依存性が強く、いったん依存してしまえば、離脱するのは極めて困難ですが、大麻に関してはこういった薬物で起こるようなこれほど強い依存性はありません。むしろ、タバコの依存性の方が大麻よりも強いのです。
なぜ大麻(マリファナやハシシ)はいけないのですか?
こう聞かれたとき、私はいつも、「違法だから。そして大麻が覚醒剤などのハードドラッグの入口になるから」、と答えています。
しかし、もしも大麻が合法であれば、覚醒剤などの入口になりやすいとは言えなくなるのではないでしょうか。実際には大麻と覚醒剤はまったく異なるもので、危険性は天と地ほど違うのですが、「大麻も覚醒剤も同じ違法薬物」とくくられることで、大麻と覚醒剤の垣根がほとんどないような錯覚に陥ってしまうのです。ドラッグのディーラーは、「ほら、君はすでに違法である大麻の快楽を知ってしまったのだよ。ならば次はもっと気持ちよくなれる覚醒剤だよ・・・」と悪魔のささやきをおこなうのです。
けれども、実際には冒頭で述べたイラク帰還兵のように、ハードドラッグ(ヘロイン)の入口になりやすいのは大麻よりもアルコールなのです。なぜなら、アルコールの方が大麻よりも依存性が強く、耐性(同じ量を服用しても効かなくなること、要するに飲んでも酔いにくくなる)もできやすいからです。
以前にも指摘したことがありますが、日本ではこういう議論がほとんどおこなわれていません。マスコミの報道をみていても、大麻、覚醒剤、麻薬をひとくくりにしているようなものが目立ちます。これでは、一般市民が大麻と覚醒剤の危険性の違いを自覚できないのも無理もありません。
日本の違法薬物に関する最大の問題は、「覚醒剤に対する法律がゆるすぎる」ことだと私は考えています。日本は世界で唯一、覚醒剤が合法(ヒロポン)だった時代のある「恥ずべき国家」なのです。覚醒剤を合法化していたことをしっかり反省し、そして覚醒剤取締法を重くすべきです。違法薬物を蔓延させない最も合理的で現実的な方法は罪を重くすることなのです。
2008年11月に北九州門司港で密輸の現場を押さえられ逮捕された嶋田徳龍被告は、覚醒剤を合計で800キログラムも密輸していたことが捜査で明らかになりました。これは末端価格で500億円以上に相当するそうです。この男に対して2010年5月に福岡地裁で下された判決は無期懲役でしたが、2010年11月2日の福岡高裁の判決では、なんと懲役20年に減刑されたのです!
ちなみに覚醒剤を1キログラム保持していると中国では死刑だそうです。マレーシアやシンガポール、タイなどでも、1キログラム程度であれば極刑ということはないでしょうが、無期懲役は覚悟しなければなりません。(麻薬であれば死刑でしょう)
一方、日本の法律では、800キログラムの密輸をしていても懲役20年で済んでしまうのです。この摩訶不思議な判決のせいで、すでにドラッグ天国と呼ばれている日本にますます大量の違法薬物と密売人が入ってくることを私は危惧しています。
カリフォルニアの住民投票で大麻合法化反対の人たちの最大の懸念は、大麻を合法化すれば「治安が悪くなるから」だそうです。大麻の健康上の害よりも住みにくい社会になることを危惧しているというわけです。一方、すでにドラッグ天国と言われている日本では、犯罪者をのさばらせていることにあまりにも無関心です。
カリフォルニアの大麻合法化の住民投票と、800キログラムの覚醒剤を密輸した男が減刑される審判が下されたのが共に同じ日の2010年11月2日ということに、アイロニーを感じずにはいられません・・・。
参考:GINAと共に
第34回(2009年4月)「カリフォルニアは大麻天国?!」
第29回(2008年11月)「大麻の危険性とマスコミの責任」
第13回(2007年7月)「恐怖のCM」
戦場で想像を絶するほどの強いストレスを受けたことにより、PTSD(外傷後ストレス障害)となり、その苦しさからヘロインに手を出し、針の使いまわしによりHIVに感染するそうです。
帰還兵は、最初からヘロインに手を出すのではなく、まずはアルコール依存になることが多いそうです。一般的に、薬物は簡単に手に入るものから始められますから、これは容易に想像できます。心の苦しみから逃れるためにアルコールに手を出す→日夜問わずのアルコールへの耽溺→ヘロインの吸入(あぶり)→ヘロインの静脈注射→針の使いまわし→HIV感染となるのです。
アルコールは日本を含む多くの国と地域で成人であれば合法的に手に入りますから、他の薬物に比べて危険性が小さいように思われていますが、実際はそういうわけではありません。アルコールは依存性の大変強い薬物で、ときに人生を破綻させることもあります。また、HIVに感染したイラク帰還兵のように、他のハードドラッグに移行することも少なくありません。
現在アメリカでは、大学生が急性アルコール中毒で救急搬送されるケースが増加しているそうです。FDA(米国食品医薬品局)によりますと、カフェイン入りアルコール飲料が原因となるケースが増加傾向にあり、ついに「商品は違法」とする警告文をカフェイン入りアルコール飲料の製造元に通達したそうです。(報道は2010年11月22日の読売新聞)
2010年11月2日、米国カリフォルニア州ではマリファナ使用の合法化を巡る住民投票がおこなわれました。結果は、合法化反対派が賛成派を制し、マリファナ合法化は見送られることになりました。
住民投票で合法化が見送られたということは、住民の過半数がマリファナを禁止すべきと考えているということですが、少し見方を変えると、「過半数には及ばないものの大勢の人がマリファナを合法化すべきと考えている」ということになります。もしも、大半の人が違法で当然と考えていれば、そもそも住民投票がおこなわれることはないからです。
GINAと共に第34回(下記参照)で述べましたが、カリフォルニア州ではすでに医療用大麻は合法です。しかも、エイズやガンの末期でのみ使える、のではなく、「眠れない」「背中が痛い」「食欲がない」などの症状があれば医師に大麻の処方せんを書いてもらえるそうです。ということは、実質希望すれば誰でも大麻を合法的に入手することがすでに可能なのです。
ですから、大麻合法化に賛成する人たちの多くは、「現在の状況では入手しにくい大麻をなんとか手に入れたいから賛成」なのではなく、「大麻使用が医療に限定されることがおかしい」、と考えているのです。ある雑誌のインタビューに答えていた大麻合法化に向けて活動している人は、「大麻が違法なら、なぜ大麻よりも依存性の強いアルコールが合法なのか・・・」とコメントしていました。
たしかに、「大麻が違法でアルコールが合法」の理由を理論的に説明することは困難です。私にはその理由が見つけられません。
使用時に理性をなくしやすいのはアルコールでしょう。(大麻を吸って車の運転は危険すぎますが、アルコールはもっと危険です) 依存性がより強いのもアルコールです。アルコール依存を断ち切るのは並大抵の努力では無理です。コカインや覚醒剤(アンフェタミン、メタンフェタミン)はアルコール以上に依存性が強く、いったん依存してしまえば、離脱するのは極めて困難ですが、大麻に関してはこういった薬物で起こるようなこれほど強い依存性はありません。むしろ、タバコの依存性の方が大麻よりも強いのです。
なぜ大麻(マリファナやハシシ)はいけないのですか?
こう聞かれたとき、私はいつも、「違法だから。そして大麻が覚醒剤などのハードドラッグの入口になるから」、と答えています。
しかし、もしも大麻が合法であれば、覚醒剤などの入口になりやすいとは言えなくなるのではないでしょうか。実際には大麻と覚醒剤はまったく異なるもので、危険性は天と地ほど違うのですが、「大麻も覚醒剤も同じ違法薬物」とくくられることで、大麻と覚醒剤の垣根がほとんどないような錯覚に陥ってしまうのです。ドラッグのディーラーは、「ほら、君はすでに違法である大麻の快楽を知ってしまったのだよ。ならば次はもっと気持ちよくなれる覚醒剤だよ・・・」と悪魔のささやきをおこなうのです。
けれども、実際には冒頭で述べたイラク帰還兵のように、ハードドラッグ(ヘロイン)の入口になりやすいのは大麻よりもアルコールなのです。なぜなら、アルコールの方が大麻よりも依存性が強く、耐性(同じ量を服用しても効かなくなること、要するに飲んでも酔いにくくなる)もできやすいからです。
以前にも指摘したことがありますが、日本ではこういう議論がほとんどおこなわれていません。マスコミの報道をみていても、大麻、覚醒剤、麻薬をひとくくりにしているようなものが目立ちます。これでは、一般市民が大麻と覚醒剤の危険性の違いを自覚できないのも無理もありません。
日本の違法薬物に関する最大の問題は、「覚醒剤に対する法律がゆるすぎる」ことだと私は考えています。日本は世界で唯一、覚醒剤が合法(ヒロポン)だった時代のある「恥ずべき国家」なのです。覚醒剤を合法化していたことをしっかり反省し、そして覚醒剤取締法を重くすべきです。違法薬物を蔓延させない最も合理的で現実的な方法は罪を重くすることなのです。
2008年11月に北九州門司港で密輸の現場を押さえられ逮捕された嶋田徳龍被告は、覚醒剤を合計で800キログラムも密輸していたことが捜査で明らかになりました。これは末端価格で500億円以上に相当するそうです。この男に対して2010年5月に福岡地裁で下された判決は無期懲役でしたが、2010年11月2日の福岡高裁の判決では、なんと懲役20年に減刑されたのです!
ちなみに覚醒剤を1キログラム保持していると中国では死刑だそうです。マレーシアやシンガポール、タイなどでも、1キログラム程度であれば極刑ということはないでしょうが、無期懲役は覚悟しなければなりません。(麻薬であれば死刑でしょう)
一方、日本の法律では、800キログラムの密輸をしていても懲役20年で済んでしまうのです。この摩訶不思議な判決のせいで、すでにドラッグ天国と呼ばれている日本にますます大量の違法薬物と密売人が入ってくることを私は危惧しています。
カリフォルニアの住民投票で大麻合法化反対の人たちの最大の懸念は、大麻を合法化すれば「治安が悪くなるから」だそうです。大麻の健康上の害よりも住みにくい社会になることを危惧しているというわけです。一方、すでにドラッグ天国と言われている日本では、犯罪者をのさばらせていることにあまりにも無関心です。
カリフォルニアの大麻合法化の住民投票と、800キログラムの覚醒剤を密輸した男が減刑される審判が下されたのが共に同じ日の2010年11月2日ということに、アイロニーを感じずにはいられません・・・。
参考:GINAと共に
第34回(2009年4月)「カリフォルニアは大麻天国?!」
第29回(2008年11月)「大麻の危険性とマスコミの責任」
第13回(2007年7月)「恐怖のCM」