GINAと共に
第22回 タイのHIV陽性者の苦悩(2008年4月)
世界各国のエイズ状況を振り返ったとき、タイは比較的、感染者が過ごしやすい国ということになっています。抗HIV薬は無料で支給されることになっていますし、貧困層であっても必要な医療サービスは無料(2006年10月までは30バーツ)で受けられることになっています。
しかし、実際は陽性者が満足しているかというとそういうわけではありません。
まず、「適切な抗HIV薬が実際には支給されていない」という問題をとりあげてみたいと思います。
現在チェンマイでUNAIDSの定例会議が開かれています。この会議で「Violet House」というゲイの団体が、抗HIV薬が適切に支給されていない現状を報告しました。
タイでは、国内で製造されている「GPO-VIR」という抗HIV薬が広く普及しています。この薬は、HIV陽性者が抗HIV薬が必要になるとまず投与されることが多く、タイ国籍を有している者なら必要性があれば支給されないということはまずありません。
しかしながら、現在はこの「GPO-VIR」でウイルスの増殖を抑えられないケースが増えてきており、そうなればもっと新しい抗HIV薬が必要になります。
現在のタイのエイズ治療の原則は、「GPO-VIRなどの抗HIV薬(これらをファーストライン・ドラッグと言います)が効かないケースには、セカンドライン・ドラッグと呼ばれる新しい薬を使用する」ということになっています。
しかし、「Violet House」によりますと、実際はファーストライン・ドラッグが効かず、セカンドライン・ドラッグが必要な者に対して、すみやかに適切な抗HIV薬が支給されるケースは決して多くないそうです。「Violet House」のメンバーのおよそ200人がHIV陽性ですが、この半数はすでにファーストライン・ドラッグが効かない状態なのにもかかわらず、セカンドライン・ドラッグが支給されていないといいます。
「Violet House」の幹部は次のようにコメントしています。
「ほとんどの病院はセカンドライン・ドラッグを必要な患者に支給すると言うんです。でも実際は支給されるまでにどれくらい待たないといけないかさえ分からないのです」
タイでは、毎年約14,000人が新たにHIVに感染していますが、タイ保健省によりますと、ゲイの占める割合は全体の24%を占めます。これは、最大のハイリスクグループの主婦層に次いで2番目に大きなグループということになります。(何度かこのウェブサイトで紹介しましたが、タイでは自身の夫から性交渉で感染する主婦が最も多いという特徴があります)
現在のタイではおよそ10万人が抗HIV薬を必要としています。タイ疾病管理局によれば、このうち約12%の感染者が「GPO-VIR」などのファーストライン・ドラッグに耐性ができて、セカンドライン・ドラッグを必要としています。
適切な薬が支給されていないという問題は抗HIV薬に限りません。
エイズという病は、進行すると様々な感染症を発症します。感染症といっても細菌感染、真菌感染、原虫の感染、ウイルス感染と様々です。エイズを発症している人には、抗HIVを投与するだけでは不充分です。現れている感染症の治療も同時におこなわなければなりません。
比較的安価な抗生物質で治癒するような細菌感染症もありますが、実際にはそうでないケースも多々あります。私がボランティア医師をつとめていたパバナプ寺では、薬が入手できなくて特に問題になっていたのが抗真菌薬とサイトメガロウイルスというウイルスに対する薬です。これらは、一人当たり月に数万円から10万円以上もするために、病院を受診しても保険診療の枠では処方されません。ボランティアがお金をだしあっても全員に行き渡りません。私は何度か日本から送付したり持ち込んだりもしましたがとてもひとりの力では追いつきません。(私ひとりの力が微々たるものであると感じた想いがGINA設立につながりました)
このように、適切な抗HIV薬(セカンドライン・ドラッグ)や適切な感染症の薬が実際には必要とする人々に行き渡っていないのが現状なのです。
さらに、もうひとつ、注目すべき現在のタイのエイズに関する問題があります。
それは移民や少数民族は治療を受けられないということです。このウェブサイトでも何度か指摘していますが、無料の診療や無料の抗HIV薬が支給される対象となるのは「タイ国籍を有している人」です。
北タイには多数の山岳民族(少数民族)が存在し、彼(女)らにはタイ国籍がありません。また、ラオス、ミャンマー、中国雲南省などから職を求めて不法に入国してくる人たちにもタイ国籍は与えられず医療は受けることができません。
そして、少数民族や不法入国者は、リスクの高い仕事をすることが少なくありません。リスクの高い仕事、すなわち遺法薬物や売春に携わる仕事にはHIV感染というリスクも伴います。
例えば、ミャンマーからタイに売春婦として出稼ぎに来て、タイ国内でHIVに感染、その後エイズを発症というケースがよくあります。こういう人たちは、自国に帰ることもできず(エイズを発症した状態で帰国すれば当局に抹殺されるという噂もあります)、タイ国内でも適切な治療を受けることができません。
チェンマイで開かれているUNAIDSの定例会議では、200人を超える活動家や患者が会場の外に列をつくりました。少数民族や外国人にもエイズの治療が受けられるようにUNAIDSに訴えることを目的とした抗議の列です。
供給されないセカンドライン・ドラッグ、抗真菌薬など入手困難な高価な薬剤、治療を受けられない少数民族や外国人、・・・、と、表向きはエイズ対策に成功しているとみられがちなタイでは、実際は問題が山積みです。
現在、国連やWHOなどの公的機関や大きなNPOは、エイズ患者の支援先をタイではなく、他のアジアやアフリカ諸国にシフトしています。実際、北タイのエイズ関連施設は数年前に比べて減少傾向にあります。
GINAのミッションは"草の根(grass roots)レベル"の活動です。現在のタイのHIV陽性者が直面している問題に積極的に取り組んでいきたいと思います。
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しかし、実際は陽性者が満足しているかというとそういうわけではありません。
まず、「適切な抗HIV薬が実際には支給されていない」という問題をとりあげてみたいと思います。
現在チェンマイでUNAIDSの定例会議が開かれています。この会議で「Violet House」というゲイの団体が、抗HIV薬が適切に支給されていない現状を報告しました。
タイでは、国内で製造されている「GPO-VIR」という抗HIV薬が広く普及しています。この薬は、HIV陽性者が抗HIV薬が必要になるとまず投与されることが多く、タイ国籍を有している者なら必要性があれば支給されないということはまずありません。
しかしながら、現在はこの「GPO-VIR」でウイルスの増殖を抑えられないケースが増えてきており、そうなればもっと新しい抗HIV薬が必要になります。
現在のタイのエイズ治療の原則は、「GPO-VIRなどの抗HIV薬(これらをファーストライン・ドラッグと言います)が効かないケースには、セカンドライン・ドラッグと呼ばれる新しい薬を使用する」ということになっています。
しかし、「Violet House」によりますと、実際はファーストライン・ドラッグが効かず、セカンドライン・ドラッグが必要な者に対して、すみやかに適切な抗HIV薬が支給されるケースは決して多くないそうです。「Violet House」のメンバーのおよそ200人がHIV陽性ですが、この半数はすでにファーストライン・ドラッグが効かない状態なのにもかかわらず、セカンドライン・ドラッグが支給されていないといいます。
「Violet House」の幹部は次のようにコメントしています。
「ほとんどの病院はセカンドライン・ドラッグを必要な患者に支給すると言うんです。でも実際は支給されるまでにどれくらい待たないといけないかさえ分からないのです」
タイでは、毎年約14,000人が新たにHIVに感染していますが、タイ保健省によりますと、ゲイの占める割合は全体の24%を占めます。これは、最大のハイリスクグループの主婦層に次いで2番目に大きなグループということになります。(何度かこのウェブサイトで紹介しましたが、タイでは自身の夫から性交渉で感染する主婦が最も多いという特徴があります)
現在のタイではおよそ10万人が抗HIV薬を必要としています。タイ疾病管理局によれば、このうち約12%の感染者が「GPO-VIR」などのファーストライン・ドラッグに耐性ができて、セカンドライン・ドラッグを必要としています。
適切な薬が支給されていないという問題は抗HIV薬に限りません。
エイズという病は、進行すると様々な感染症を発症します。感染症といっても細菌感染、真菌感染、原虫の感染、ウイルス感染と様々です。エイズを発症している人には、抗HIVを投与するだけでは不充分です。現れている感染症の治療も同時におこなわなければなりません。
比較的安価な抗生物質で治癒するような細菌感染症もありますが、実際にはそうでないケースも多々あります。私がボランティア医師をつとめていたパバナプ寺では、薬が入手できなくて特に問題になっていたのが抗真菌薬とサイトメガロウイルスというウイルスに対する薬です。これらは、一人当たり月に数万円から10万円以上もするために、病院を受診しても保険診療の枠では処方されません。ボランティアがお金をだしあっても全員に行き渡りません。私は何度か日本から送付したり持ち込んだりもしましたがとてもひとりの力では追いつきません。(私ひとりの力が微々たるものであると感じた想いがGINA設立につながりました)
このように、適切な抗HIV薬(セカンドライン・ドラッグ)や適切な感染症の薬が実際には必要とする人々に行き渡っていないのが現状なのです。
さらに、もうひとつ、注目すべき現在のタイのエイズに関する問題があります。
それは移民や少数民族は治療を受けられないということです。このウェブサイトでも何度か指摘していますが、無料の診療や無料の抗HIV薬が支給される対象となるのは「タイ国籍を有している人」です。
北タイには多数の山岳民族(少数民族)が存在し、彼(女)らにはタイ国籍がありません。また、ラオス、ミャンマー、中国雲南省などから職を求めて不法に入国してくる人たちにもタイ国籍は与えられず医療は受けることができません。
そして、少数民族や不法入国者は、リスクの高い仕事をすることが少なくありません。リスクの高い仕事、すなわち遺法薬物や売春に携わる仕事にはHIV感染というリスクも伴います。
例えば、ミャンマーからタイに売春婦として出稼ぎに来て、タイ国内でHIVに感染、その後エイズを発症というケースがよくあります。こういう人たちは、自国に帰ることもできず(エイズを発症した状態で帰国すれば当局に抹殺されるという噂もあります)、タイ国内でも適切な治療を受けることができません。
チェンマイで開かれているUNAIDSの定例会議では、200人を超える活動家や患者が会場の外に列をつくりました。少数民族や外国人にもエイズの治療が受けられるようにUNAIDSに訴えることを目的とした抗議の列です。
供給されないセカンドライン・ドラッグ、抗真菌薬など入手困難な高価な薬剤、治療を受けられない少数民族や外国人、・・・、と、表向きはエイズ対策に成功しているとみられがちなタイでは、実際は問題が山積みです。
現在、国連やWHOなどの公的機関や大きなNPOは、エイズ患者の支援先をタイではなく、他のアジアやアフリカ諸国にシフトしています。実際、北タイのエイズ関連施設は数年前に比べて減少傾向にあります。
GINAのミッションは"草の根(grass roots)レベル"の活動です。現在のタイのHIV陽性者が直面している問題に積極的に取り組んでいきたいと思います。
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