GINAと共に

第21回(2008年3月) 院内感染のリスク

 病院でHIVに感染したかもしれない・・・

 こう言って、HIVの検査を受けに来られる方がいます。しかし、実際にこのようなことがあるのでしょうか。

 たしかに、このウェブサイトでも何度か紹介してきたように、リビアの病院での大規模HIV感染やカザフスタンでのHIV院内感染は世界中のマスコミで報道され、一部の国での不衛生な院内環境が浮き彫りになっていますが、日本を含めた先進国ではHIVの院内感染などは到底考えられないことです。

 しかしながら、最近、この「先進国では院内感染はありえない」という"神話"が崩れつつあります。

 まずは日本の話です。2007年12月、神奈川県茅ヶ崎市のある病院で、心臓カテーテル検査を受けた患者5人が相次いでC型肝炎を発症したことが明らかとなりました。2008年3月5日、茅ヶ崎市は、注射筒などの使いまわしが原因となった可能性があることを発表しました。

 この病院は、この5人と同じ日に心臓カテーテル検査を受けた18人、さらに過去に検査を受けた約600人を調べたところ、C型肝炎の感染はなかったことを発表しています。

 通常、注射筒はディスポーザブル(使い捨て)のものを使うか、患者ごとに新たに滅菌したものを使用しますから、もしも注射筒の使いまわしで感染させたのであれば病院の責任が厳しく追求されることになるでしょう。

 もうひとつ、院内感染の例をみてみましょう。今度は、アメリカのラスベガスです。

 「2004年3月から2008年1月の間に、南ネヴァダの内視鏡センターで麻酔の注射を受けた人は全員、HIV、C型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルスの検査を受けてください」

 これは、ラスベガス当局が2008年2月に発表した市民への案内です。この病院(内視鏡センター)で、麻酔の注射を受けた患者6人がC型肝炎ウイルスに感染していることが発覚し、当局では他にも被害があるとみて、およそ4万人の該当者に検査を呼びかけています。

 この病院では、医師がバイアル(薬液の入っている小さなビン)から薬液を引き抜く際に、針を交換せずに作業をしていた可能性が強いそうです。その作業のせいでC型肝炎ウイルスの院内感染がおこったとみられています。

 医療先進国であるアメリカと、先進国とは言えないにしても安全対策はしっかりとしていると思われている日本で、立て続けにこのような事件が起こったのは、私にとって大変ショックでした。

 ところで、これら2つの事件をよくみたときに、内容は同じようなものですが、事件発覚後の対応は大きく異なっています。

 茅ヶ崎市のケースでは、感染の疑いがあるとみて過去に受診した約600人の患者に対してC型肝炎ウイルスの検査のみをおこなっています。一方、ラスベガスのケースでは、当局が約4万人の患者に検査を呼びかけ、検査項目には、C型肝炎ウイルスだけでなくB型肝炎ウイルスとHIVを加えています。

 まったく同じようなC型肝炎ウイルスの院内感染発覚に対し、アメリカと日本で対応が異なるのは興味深いと言えるでしょう。

 どちらの対応が適切か、という点については議論が分かれるでしょうが、私はアメリカの対応がすぐれている、言い換えれば、茅ヶ崎市の対応が不充分だと感じています。

 なぜなら、C型肝炎ウイルスを院内感染させてしまうような環境をつくっていた現場であれば、同じような感染ルートのB型肝炎ウイルスやHIVの院内感染が起こっていてもおかしくないからです。

 特にB型肝炎ウイルスについては、日本人のワクチン接種率は他の先進国に比べて驚くほど低いという事実があります。一方、アメリカではアメリカ生まれの人であれば成人するまでに通常はB型肝炎ウイルスのワクチンを接種していますから、一部の移民の人や、ワクチン接種が始まる前の世代の高齢者を除けばB型肝炎ウイルスに感染する可能性のある人はほとんどいないのです。ワクチン接種率が極めて低い日本だからこそ、院内感染の可能性があるときには、積極的にB型肝炎ウイルスの検査をすべきなのです。(もちろん検査よりも大切なことは、まだ接種していない人は早急にワクチンをうつということです)

 HIVについては、感染者の数はアメリカの方がはるかに多いですが、日本でも毎年増えているのは事実ですし、献血された血液のなかにもHIVがみつかることがあるのです。C型肝炎ウイルスの院内感染が発覚した以上は、HIVも合わせて調べるべきでしょう。(もちろん対象者の同意があってのことですが・・・)

 さて、問題は、今回院内感染が発覚した日米の2つの病院が特殊なのか、あるいはこれら2病院が「氷山の一角」なのかということです。心情的には、これら2病院が極めて特殊なケースであると信じたいのですが、これらの病院は地域からの信頼が厚い大病院であることを考えると、同じような事件をおこす可能性を孕んでいる医療機関は少なくないのかもしれません・・・。

 患者さんからときどき言われる冒頭の言葉、「病院でHIVに感染したかもしれない・・・」に対して、私はこれまで、「日本も含めて先進国ではそのようなことはあり得ないですよ。だから検査の必要はありませんよ」と説明してきました。

 しかし、これからは、検査結果をみるまでは患者さんを安心させることはできないと考えるべきなのかもしれません・・・。

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