GINAと共に
第12回(2007年6月) レディボーイの苦悩
個人的にはあまり好きな街ではありませんが、バンコクから南東の方向にバスで2時間ほどの距離にパタヤというタイ最大の歓楽街があります。パタヤは、一応は海岸に面しておりビーチリゾートということになっていますが、海は決してきれいではなく、観光客の多くは景色ではなく娯楽を求めてやってきます。
拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』でも述べましたが、パタヤにはありとあらゆる娯楽施設が用意されています。ゴーゴーバー、マッサージパーラー、オープンバー、ムエタイショー、ディスコ、カラオケ、置屋、・・・、と、しばらくこんなところで生活すれば社会復帰ができなくなってしまうのではないかという気にすらなります。
また、世界中からゲイが集まってくるリゾートとしても有名で、実際、パタヤのゲイ・ストリートに足を踏み入れれば、西洋人やタイ人だけでなく、日本人のゲイも大勢集まっていることに驚きます。
そんなパタヤで、今年で第10回となる毎年恒例の一大イベントが先月開かれました。
それは「ミス・ティファニー・ユニバース」という名のミスコンですが、通常のミスコンとは少し趣が異なります。このコンテストでは、最も美しいレディボーイが選ばれます。
「レディボーイ」という言い方は日本ではあまり馴染みがなく「ニューハーフ」とする方が分かりやすいかもしれません。英語では、lady-boyのほか、she-maleと呼ばれることもあります。医学的には、transvestiteと呼ばれることが多いようですが、この表現は差別的なニュアンスがあると言う人もいます。タイでは、カトゥーイと呼ばれます。(ただし、日本語にない母音が含まれるためこのまま発音しても通じません)
さて、今年で第10回となる記念すべきコンテストで見事栄冠を手にしたのは、カセサート大学に通う20歳の大学生タンヤラート・ジラパッパコーン(Thanyarat Jirapatpakorn)さんです。
ミス・ティファニー・ユニバースの映像はYouTubeなどで見ることができるため、ご覧になられた方も多いと思いますが、ステージに立つ彼女らの美しさに圧倒されてしまいます。
栄冠を手にしたタンヤラートさんをはじめ、これだけの美貌をもつ彼女たちは今後華やかな人生を歩むかのように見えますが、必ずしもそうなるわけではありません。
他国と同様、タイでも彼女たちに対する差別や偏見が存在するのです。
たしかに、タイのショービジネスにはレディボーイの存在が欠かせません。レディボーイのショーを売り物とした高級クラブは数多く存在し日本からの観光客もよく訪れます。(私は、何度かそういったクラブに行くことを試みたのですが、あまりにも値段が高いためにいつも断念してしまいます。安くても日本円にして5000円以上もするのです・・・)
また、タイの映画では、レディボーイが主役を演じたり、名脇役としてレディボーイが登場したりすることが少なくありません。
しかしながら、彼女たちが芸能社会で活躍できるのは、彼女らの"性"が興味深いからであり、その"性"がコマーシャリズムに利用されているからに他なりません。
バンコクのスリナカリンウィロット大学(Srinakharinwirot University)の臨床心理学者ヴァンロップ・ピヤマノタム(Vanlop Piyamanotham)氏は、彼女たちの"性"の歪んだ利用のされ方に危機感を抱いています。
「以前は男女のポルノグラフィーが盛んだったが、やがてそれらに飽きる人がでてきた。その結果、幼児とのセックス、高齢者とのセックス、障害者とのセックスなどを描いたポルノが氾濫するようになった。これはビデオ供給者が人々を新たな興奮に導こうと策略したものだ。今後レディボーイが利用されることになりかねないのではないか・・・」
ヴァンロップ氏はバンコクポストの取材に対しこのようにコメントしています。
レディボーイが普通の会社に就職しにくいことも彼女らを悩ませています。
2000年のミス・ティファニー・ユニバースでグランプリに輝いたソムさん(「ソム」はニックネームで、本名はChanya Moranoさん)は言います。
「何度も何度も仕事を求めて面接に行ったわ。だけど私はレディボーイであるという理由で決して採用されないの。何度失望したか分からないわ・・・」
ミス・ティファニー・ユニバースの主催者は、「彼女たちには可能性がある。我々は彼女らに仕事の機会を与えているのだ」と言いますが、グランプリを取ったソムさんでさえ(普通の会社には)就職ができないのです。
結局のところ、彼女たちはショービジネスで利用されているにすぎないのかもしれません・・・
世界最大のエイズホスピスであるパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)には、常に何人かのレディボーイのHIV陽性者がいます。彼女たちはHIVに感染し、体力が低下していますが、ほぼ毎日のように、ホスピスを訪れる観光客に対してショーを演じて観光客を楽しませています。ショーを演じるのはわずか数十分ですが、化粧と衣装合わせに数時間を費やしています。
私がタイで初めて出会ったレディボーイはパバナプ寺のジョイ(仮名)と言います。ジョイは、どんなに疲れていても毎日綺麗に着飾って必ず観光客の前でステージに立っていました。悲観的な表情は一切見せず、私は彼女の底抜けの明るさに何度も励まされました。
去年も今年も、ミス・ティファニー・ユニバースの報道をみて、私の心に浮かんだのはジョイの美しい笑顔です。
彼女の明るさを前にすると想像することすらできませんでしたが、やはり彼女も実社会では差別を受けていたのでしょう・・・
参考:Bangkok Post 2007年5月17日 「Lady boys become a business」
************
注1 ここではレディボーイたちの三人称を「彼女」としていますが、これは正確でないかもしれません。戸籍上は「彼」ですし、レディボーイたちの性自認は必ずしも女性であるわけではありません。しかし、これ以上の議論は話が複雑になりますのでここでは「彼女」としておきます。
注2 今年の優勝者タンヤラートさんの写真はhttp://www.thaiphotoblogs.com/index.php?blog=5&p=463&more=1&c=1&tb=1&pb=1で見ることができます
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拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』でも述べましたが、パタヤにはありとあらゆる娯楽施設が用意されています。ゴーゴーバー、マッサージパーラー、オープンバー、ムエタイショー、ディスコ、カラオケ、置屋、・・・、と、しばらくこんなところで生活すれば社会復帰ができなくなってしまうのではないかという気にすらなります。
また、世界中からゲイが集まってくるリゾートとしても有名で、実際、パタヤのゲイ・ストリートに足を踏み入れれば、西洋人やタイ人だけでなく、日本人のゲイも大勢集まっていることに驚きます。
そんなパタヤで、今年で第10回となる毎年恒例の一大イベントが先月開かれました。
それは「ミス・ティファニー・ユニバース」という名のミスコンですが、通常のミスコンとは少し趣が異なります。このコンテストでは、最も美しいレディボーイが選ばれます。
「レディボーイ」という言い方は日本ではあまり馴染みがなく「ニューハーフ」とする方が分かりやすいかもしれません。英語では、lady-boyのほか、she-maleと呼ばれることもあります。医学的には、transvestiteと呼ばれることが多いようですが、この表現は差別的なニュアンスがあると言う人もいます。タイでは、カトゥーイと呼ばれます。(ただし、日本語にない母音が含まれるためこのまま発音しても通じません)
さて、今年で第10回となる記念すべきコンテストで見事栄冠を手にしたのは、カセサート大学に通う20歳の大学生タンヤラート・ジラパッパコーン(Thanyarat Jirapatpakorn)さんです。
ミス・ティファニー・ユニバースの映像はYouTubeなどで見ることができるため、ご覧になられた方も多いと思いますが、ステージに立つ彼女らの美しさに圧倒されてしまいます。
栄冠を手にしたタンヤラートさんをはじめ、これだけの美貌をもつ彼女たちは今後華やかな人生を歩むかのように見えますが、必ずしもそうなるわけではありません。
他国と同様、タイでも彼女たちに対する差別や偏見が存在するのです。
たしかに、タイのショービジネスにはレディボーイの存在が欠かせません。レディボーイのショーを売り物とした高級クラブは数多く存在し日本からの観光客もよく訪れます。(私は、何度かそういったクラブに行くことを試みたのですが、あまりにも値段が高いためにいつも断念してしまいます。安くても日本円にして5000円以上もするのです・・・)
また、タイの映画では、レディボーイが主役を演じたり、名脇役としてレディボーイが登場したりすることが少なくありません。
しかしながら、彼女たちが芸能社会で活躍できるのは、彼女らの"性"が興味深いからであり、その"性"がコマーシャリズムに利用されているからに他なりません。
バンコクのスリナカリンウィロット大学(Srinakharinwirot University)の臨床心理学者ヴァンロップ・ピヤマノタム(Vanlop Piyamanotham)氏は、彼女たちの"性"の歪んだ利用のされ方に危機感を抱いています。
「以前は男女のポルノグラフィーが盛んだったが、やがてそれらに飽きる人がでてきた。その結果、幼児とのセックス、高齢者とのセックス、障害者とのセックスなどを描いたポルノが氾濫するようになった。これはビデオ供給者が人々を新たな興奮に導こうと策略したものだ。今後レディボーイが利用されることになりかねないのではないか・・・」
ヴァンロップ氏はバンコクポストの取材に対しこのようにコメントしています。
レディボーイが普通の会社に就職しにくいことも彼女らを悩ませています。
2000年のミス・ティファニー・ユニバースでグランプリに輝いたソムさん(「ソム」はニックネームで、本名はChanya Moranoさん)は言います。
「何度も何度も仕事を求めて面接に行ったわ。だけど私はレディボーイであるという理由で決して採用されないの。何度失望したか分からないわ・・・」
ミス・ティファニー・ユニバースの主催者は、「彼女たちには可能性がある。我々は彼女らに仕事の機会を与えているのだ」と言いますが、グランプリを取ったソムさんでさえ(普通の会社には)就職ができないのです。
結局のところ、彼女たちはショービジネスで利用されているにすぎないのかもしれません・・・
世界最大のエイズホスピスであるパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)には、常に何人かのレディボーイのHIV陽性者がいます。彼女たちはHIVに感染し、体力が低下していますが、ほぼ毎日のように、ホスピスを訪れる観光客に対してショーを演じて観光客を楽しませています。ショーを演じるのはわずか数十分ですが、化粧と衣装合わせに数時間を費やしています。
私がタイで初めて出会ったレディボーイはパバナプ寺のジョイ(仮名)と言います。ジョイは、どんなに疲れていても毎日綺麗に着飾って必ず観光客の前でステージに立っていました。悲観的な表情は一切見せず、私は彼女の底抜けの明るさに何度も励まされました。
去年も今年も、ミス・ティファニー・ユニバースの報道をみて、私の心に浮かんだのはジョイの美しい笑顔です。
彼女の明るさを前にすると想像することすらできませんでしたが、やはり彼女も実社会では差別を受けていたのでしょう・・・
参考:Bangkok Post 2007年5月17日 「Lady boys become a business」
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注1 ここではレディボーイたちの三人称を「彼女」としていますが、これは正確でないかもしれません。戸籍上は「彼」ですし、レディボーイたちの性自認は必ずしも女性であるわけではありません。しかし、これ以上の議論は話が複雑になりますのでここでは「彼女」としておきます。
注2 今年の優勝者タンヤラートさんの写真はhttp://www.thaiphotoblogs.com/index.php?blog=5&p=463&more=1&c=1&tb=1&pb=1で見ることができます
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