GINAと共に
第48回 エリート達が支援活動を選ぶ時代(2010年6月)
NPO法人なんてものつくって、いったいどんなメリットがあるの?
これは、2005年頃、私がGINA設立に向けて活動をしていたとき、周囲から何度も言われた言葉です。「メリットは困っている人を支援すること」、と私は答えていたのですが、これがなかなか伝わりませんでした。
「自分の生活も安定してないのに他人の世話だなんて・・・」、とストレートな表現で注意をしてくれる人もいて、こういう人はそれだけ私のことを親身になって考えてくれていたと思うのですが、それでも私にしてみると、「なんで分かってくれないの・・・」と、もどかしい気持ちになることがしばしばありました。
私にしてみれば、自分の生活が安定してから他人を支援する、などといった考えは、まるで、宝くじに当たったら寄附をする、と言っているようなものです。「自分よりもはるかに困っている人がいることを知ってしまった。そんな人たちと接することで自分に何ができるかを考えた結果、支援団体をつくることにした」、と言っても、「どんなメリットが・・・」などという人には伝わらないのです。
一方、外国人(というか西洋人)には伝わりました。タイのエイズ関連の活動で知り合った外国人たちは、「それはいいアイデアだ。ぜひがんばってほしい」、のようなアドバイスをくれたのです。彼(女)らは、私と同じように支援活動ではるばるタイに来ていたわけですから当然と言えば当然なのですが、それだけではありません。自分たちも決して裕福ではないのにはるばるアジアまでやってきてボランティアに従事する欧州人というのは、小さな頃から「困っている人がいれば支援をおこなうのは人間として当然のこと」というキリスト教的な価値観を持っているのです。(念のために言っておくと、私はキリスト教徒ではありませんし、キリスト教がすばらしいと言っているわけでもありません。ただ、結果としてキリスト教徒たちのなかに他人に奉仕することを当然と考えている人が多い、という事実を指摘しているだけです)
さて、西洋人が社会貢献を重要視していることを象徴するような新聞記事を最近見かけたので紹介したいと思います。Voice of America News.comの2010年5月26日に掲載された記事によりますと(詳細は下記参照)、ハーバード大学の学生が就職先として公益事業を選択するケースが少なくないそうなのです。
この新聞記事によりますと、就職において他大学の学生よりも有利な立場にある名門ハーバード大学の学生たちは、高い報酬が期待できる一流企業に就職することが多い一方で、その有利な立場を利用するのではなく、公益事業に関する仕事を選択する人たちも大勢いるそうなのです。
記事によりますと、「多くの学生たちが、孤児院やマイクロファイナンス(注2)、そして現地でエイズ患者のケアなどをしたいと考えている」、とハーバード大学の就職課のスタッフがコメントしています。そして、同大学には、こういった奉仕活動に関する分野に進みたいという学生を支援する仕組みがあるそうです。
さすがはアメリカ、日本とは違うなぁ・・・、とこの記事を読んで少し感動したのですが、最近は日本国内でも奉仕や貢献に興味をもつ人が増えているように感じます。
2010年6月21日の日経新聞(夕刊)に、「NPO職員の平均年収202万円」という記事が掲載されました。記事のタイトルだけをみると、NPOの職員なら年収はそんなもんだろう、と感じるだけですが、この記事をよく読むと、「NPO法人を就職先として選ぶ学生が出始めている」、と述べられていて、実際にNPO法人に就職を決めた学生のコメントも紹介されています。
私はこの記事で初めて知ったのですが、「NPO就職・転職フェア」というものも開催されているそうです。そのフェアの主催者によれば、「学生からNPOに就職するにはどうしたらいいかと聞かれだしたのはここ数年のこと」、だそうです。ということは、学生のなかで就職先にNPO法人を選択肢の1つとして考える時代が日本にも到来した、ということになるのかもしれません。
もっとも、学生がNPOを就職先の1つに検討するのは、不景気で一流企業への就職が困難になっているという社会状況も要因のひとつでしょう。けれども、それだけではなさそうです。
この記事で取り上げられているあるNPO法人のスタッフは、「<大企業で必ずやりたいことができるわけではない><社内でしか通用しないキャリアは逆にリスク>と考える学生が増えた」、とコメントしています。また、第一生命経済研究所がNPOで働く20~30代の男女を対象とした調査によりますと、91%ものNPOスタッフが「仕事の内容が面白い」と答えています。これに対し、一般企業の正社員で「仕事の内容が面白い」と答えたのは60%にとどまっています。
支援活動に興味があるのは学生ばかりではありません。ここ数年間、スポーツ界でもチャリティをおこなう選手は確実に増えています。有名なところでは、元サッカー選手の中田英寿氏が設立した慈善団体「TAKE ACTION FOUNDATION」や、日本ハムのダルビッシュ投手の「ダルビッシュ有 水基金」があります。ダルビッシュ投手は、公式戦で一勝するたびに10万円を日本水フォーラムに寄付しているそうです。また、イチロー選手が二軍時代から慈善活動に熱心で、神戸の養護施設や出身地の愛知県などに多額の寄付をしているという話は有名です。
自らNPO法人を設立したスポーツ選手といえば、元マラソン選手でバルセロナ五輪銀メダリストの有森裕子氏も有名です。有森氏は自身のNPO活動(過酷なマラソンを走ることで寄付を募っています)の他に、国連人口基金(UNFPA)の親善大使を2002年から続けています。これまでにカンボジア、インド、パキスタン、ケニア、タンザニアなど数多くの途上国を訪問し、UNFPAの活動状況を視察し、イベントなどでその状況を伝えています。
大学ではどうでしょうか。関西学院大学(私の母校です)は2008年4月に人間福祉学部のなかに「社会起業学科」という学科を開設し話題を呼びました。在校生と卒業生以外には馴染みがないと思いますが、関西学院大学のモットーは「Mastery for Service(奉仕のための練達)」です。社会起業学科のウェブサイトには、「社会起業学科は新しい学科ですが<社会貢献のための現実に即した学び>を目指した、関西学院大学の伝統のど真ん中にある学科」と書かれています。
東京では、2010年4月、「社会起業大学」なるものも登場しました。授業は平日の夜間や土日におこなわれるそうです。現在学んでいる学生が第1期生ということになりますが、少し詳しくみてみると、学生総数が27名、男性:女性は7:3となっています。年齢別では、20代45%、30代22%、40代2%、50代11%です。職業別では、会社員が49%。学生が19%。自営業8%、会社役員8%、主婦・主夫8%となっていて、割合で言えば自営業と会社役員が多いのが興味深いと言えます。
京セラ創業者の稲盛和夫氏が代表をつとめる「盛和塾」は、主に経営者で構成される経営塾ですが塾内では「利他」という言葉がよく飛び交うそうです。稲盛氏は、「世のため人のために尽くすことこそ人間としての最高の行為である」という哲学をお持ちですから、その稲盛氏に集まるメンバーから「利他」という言葉がでるのは当然なのでしょう。
このようにみてみると、ハーバード大学の学生やキリスト教徒の西洋人だけでなく、最近の日本人も捨てたものではありません。
私がGINA設立を考えているとき「どんなメリットが・・・」と聞いてきた人たちの考えも変わっていることを期待したいと思います。
注1:この記事のタイトルは、「Harvard Grads Choose Public Service Over Big Bucks」で、下記のURLで全文を読めます。
http://www1.voanews.com/english/news/education/Harvard-Grads-Choose-Public-Service-Over-Big-Bucks-94944109.html
注2:マイクロファイナンスという言葉はかなり有名になりましたが、簡単に紹介しておくと、「貧困者向けの小口金融」のことで、バングラデシュのムハマド・ユヌス氏が、貧困層を対象に、低金利の無担保融資を農村部で行ったのが発端です。ムハマド・ユヌス氏は、貧困層の経済的・社会的基盤の構築に対する貢献をおこなったとして2006年にノーベル平和賞を受賞しています。
これは、2005年頃、私がGINA設立に向けて活動をしていたとき、周囲から何度も言われた言葉です。「メリットは困っている人を支援すること」、と私は答えていたのですが、これがなかなか伝わりませんでした。
「自分の生活も安定してないのに他人の世話だなんて・・・」、とストレートな表現で注意をしてくれる人もいて、こういう人はそれだけ私のことを親身になって考えてくれていたと思うのですが、それでも私にしてみると、「なんで分かってくれないの・・・」と、もどかしい気持ちになることがしばしばありました。
私にしてみれば、自分の生活が安定してから他人を支援する、などといった考えは、まるで、宝くじに当たったら寄附をする、と言っているようなものです。「自分よりもはるかに困っている人がいることを知ってしまった。そんな人たちと接することで自分に何ができるかを考えた結果、支援団体をつくることにした」、と言っても、「どんなメリットが・・・」などという人には伝わらないのです。
一方、外国人(というか西洋人)には伝わりました。タイのエイズ関連の活動で知り合った外国人たちは、「それはいいアイデアだ。ぜひがんばってほしい」、のようなアドバイスをくれたのです。彼(女)らは、私と同じように支援活動ではるばるタイに来ていたわけですから当然と言えば当然なのですが、それだけではありません。自分たちも決して裕福ではないのにはるばるアジアまでやってきてボランティアに従事する欧州人というのは、小さな頃から「困っている人がいれば支援をおこなうのは人間として当然のこと」というキリスト教的な価値観を持っているのです。(念のために言っておくと、私はキリスト教徒ではありませんし、キリスト教がすばらしいと言っているわけでもありません。ただ、結果としてキリスト教徒たちのなかに他人に奉仕することを当然と考えている人が多い、という事実を指摘しているだけです)
さて、西洋人が社会貢献を重要視していることを象徴するような新聞記事を最近見かけたので紹介したいと思います。Voice of America News.comの2010年5月26日に掲載された記事によりますと(詳細は下記参照)、ハーバード大学の学生が就職先として公益事業を選択するケースが少なくないそうなのです。
この新聞記事によりますと、就職において他大学の学生よりも有利な立場にある名門ハーバード大学の学生たちは、高い報酬が期待できる一流企業に就職することが多い一方で、その有利な立場を利用するのではなく、公益事業に関する仕事を選択する人たちも大勢いるそうなのです。
記事によりますと、「多くの学生たちが、孤児院やマイクロファイナンス(注2)、そして現地でエイズ患者のケアなどをしたいと考えている」、とハーバード大学の就職課のスタッフがコメントしています。そして、同大学には、こういった奉仕活動に関する分野に進みたいという学生を支援する仕組みがあるそうです。
さすがはアメリカ、日本とは違うなぁ・・・、とこの記事を読んで少し感動したのですが、最近は日本国内でも奉仕や貢献に興味をもつ人が増えているように感じます。
2010年6月21日の日経新聞(夕刊)に、「NPO職員の平均年収202万円」という記事が掲載されました。記事のタイトルだけをみると、NPOの職員なら年収はそんなもんだろう、と感じるだけですが、この記事をよく読むと、「NPO法人を就職先として選ぶ学生が出始めている」、と述べられていて、実際にNPO法人に就職を決めた学生のコメントも紹介されています。
私はこの記事で初めて知ったのですが、「NPO就職・転職フェア」というものも開催されているそうです。そのフェアの主催者によれば、「学生からNPOに就職するにはどうしたらいいかと聞かれだしたのはここ数年のこと」、だそうです。ということは、学生のなかで就職先にNPO法人を選択肢の1つとして考える時代が日本にも到来した、ということになるのかもしれません。
もっとも、学生がNPOを就職先の1つに検討するのは、不景気で一流企業への就職が困難になっているという社会状況も要因のひとつでしょう。けれども、それだけではなさそうです。
この記事で取り上げられているあるNPO法人のスタッフは、「<大企業で必ずやりたいことができるわけではない><社内でしか通用しないキャリアは逆にリスク>と考える学生が増えた」、とコメントしています。また、第一生命経済研究所がNPOで働く20~30代の男女を対象とした調査によりますと、91%ものNPOスタッフが「仕事の内容が面白い」と答えています。これに対し、一般企業の正社員で「仕事の内容が面白い」と答えたのは60%にとどまっています。
支援活動に興味があるのは学生ばかりではありません。ここ数年間、スポーツ界でもチャリティをおこなう選手は確実に増えています。有名なところでは、元サッカー選手の中田英寿氏が設立した慈善団体「TAKE ACTION FOUNDATION」や、日本ハムのダルビッシュ投手の「ダルビッシュ有 水基金」があります。ダルビッシュ投手は、公式戦で一勝するたびに10万円を日本水フォーラムに寄付しているそうです。また、イチロー選手が二軍時代から慈善活動に熱心で、神戸の養護施設や出身地の愛知県などに多額の寄付をしているという話は有名です。
自らNPO法人を設立したスポーツ選手といえば、元マラソン選手でバルセロナ五輪銀メダリストの有森裕子氏も有名です。有森氏は自身のNPO活動(過酷なマラソンを走ることで寄付を募っています)の他に、国連人口基金(UNFPA)の親善大使を2002年から続けています。これまでにカンボジア、インド、パキスタン、ケニア、タンザニアなど数多くの途上国を訪問し、UNFPAの活動状況を視察し、イベントなどでその状況を伝えています。
大学ではどうでしょうか。関西学院大学(私の母校です)は2008年4月に人間福祉学部のなかに「社会起業学科」という学科を開設し話題を呼びました。在校生と卒業生以外には馴染みがないと思いますが、関西学院大学のモットーは「Mastery for Service(奉仕のための練達)」です。社会起業学科のウェブサイトには、「社会起業学科は新しい学科ですが<社会貢献のための現実に即した学び>を目指した、関西学院大学の伝統のど真ん中にある学科」と書かれています。
東京では、2010年4月、「社会起業大学」なるものも登場しました。授業は平日の夜間や土日におこなわれるそうです。現在学んでいる学生が第1期生ということになりますが、少し詳しくみてみると、学生総数が27名、男性:女性は7:3となっています。年齢別では、20代45%、30代22%、40代2%、50代11%です。職業別では、会社員が49%。学生が19%。自営業8%、会社役員8%、主婦・主夫8%となっていて、割合で言えば自営業と会社役員が多いのが興味深いと言えます。
京セラ創業者の稲盛和夫氏が代表をつとめる「盛和塾」は、主に経営者で構成される経営塾ですが塾内では「利他」という言葉がよく飛び交うそうです。稲盛氏は、「世のため人のために尽くすことこそ人間としての最高の行為である」という哲学をお持ちですから、その稲盛氏に集まるメンバーから「利他」という言葉がでるのは当然なのでしょう。
このようにみてみると、ハーバード大学の学生やキリスト教徒の西洋人だけでなく、最近の日本人も捨てたものではありません。
私がGINA設立を考えているとき「どんなメリットが・・・」と聞いてきた人たちの考えも変わっていることを期待したいと思います。
注1:この記事のタイトルは、「Harvard Grads Choose Public Service Over Big Bucks」で、下記のURLで全文を読めます。
http://www1.voanews.com/english/news/education/Harvard-Grads-Choose-Public-Service-Over-Big-Bucks-94944109.html
注2:マイクロファイナンスという言葉はかなり有名になりましたが、簡単に紹介しておくと、「貧困者向けの小口金融」のことで、バングラデシュのムハマド・ユヌス氏が、貧困層を対象に、低金利の無担保融資を農村部で行ったのが発端です。ムハマド・ユヌス氏は、貧困層の経済的・社会的基盤の構築に対する貢献をおこなったとして2006年にノーベル平和賞を受賞しています。